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第三十話『まさかの食事デート』

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 ……それから数日後。俺とルナは二人で大通りを歩いていた。

 事の発端は昨日の夜。ゼロさんを交えて開かれた夕食会まで遡る。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「……俺の方で村を襲った連中や、月の巫女については調べてはいるんだが、あまり情報が無くてよ。もう数日待ってくれ」

 持参してきたパンに、ハムとサラダを挟んで作った即席のサンドイッチを豪快にかじりながら、ゼロさんはまるで日常会話の延長のように言う。

 王様なんだから、もう少し品よく食べてくれと俺がぼやくと、「硬いこと言うなって。ここにいる時が一番、羽を伸ばせるんだ」と言い、スープを一口飲む。

 さっきも結構重要な話をさらっと伝えてきたし、俺たちに余計な心配をかけないように、ゼロさんなりに考えているのかもしれないけど。本当、よく食うなぁ。

「食後のデザートにリンゴもあるから、楽しみにしててね」

 そんなゼロさんを見ながら、ルナは笑顔だった。リンゴが楽しみなのはお前だろという野暮なツッコミはなしにして、ルナは自分の料理を食べてくれるのが純粋に嬉しいみたいだ。今日は俺が忙しくて、料理の準備は殆どルナに任せてしまったし。

「料理は美味いが、お前ら、しっかり肉と魚食ってるか?」

「「え?」」

 思わずルナと声が重なる。

 テーブルの上には味付けにスパイスを使った野菜の炒め物と、自家製ドレッシングを使ったサラダ、パン、野菜スープが並ぶ。

 申し訳程度にハムや干し肉も置かれているけど、口に合わなかったんだろうか。

「誤解すんなよ。別に俺が食いたいわけじゃない。お前らの健康を考えて、だ」

 両手をあげながら、ゼロさんが取り繕うように言う。確かに今日だけでなく、最近の献立は貰い物の野菜や貯蔵庫の食材でやりくりしてきた。

 味は申し分ないんだけど、正直野菜ばかりだから、栄養バランス……と言われると、偏っているかもしれない。

「お前ら、俺が渡した金、使ってるか?」

 ゼロさんはおもむろに立ち上がると、棚の上に置かれていた布袋をひょいと手に取り、中身を確認する。そしてため息混じりに「ほとんど減ってねーじゃねーか」と頭を抱えていた。

「王都に来て、一度も買いだしに行かなかったのか?」

「えっと、一度だけ市場に行ってみたけど……その、高くて」

 問われて、ルナが申し訳なさそうに言う。食料市場は大通りを北に下った先にあるんだけど、あらゆる品物が高かった気がする。

 ちなみに、ゼロさんからもらった袋の中には銀貨が30枚と銅貨が20枚が入っていた。銀貨1枚は銅貨50枚に相当する。

 村では一日働いて、銅貨10枚ももらえれば良い方で、野菜は3つで銅貨1枚、パンは2つを銅貨1枚で買えたから、一日三食食べるだけなら全く問題なかった。

 一方で、王都では野菜はひとつ銅貨2枚。パンはひとつ銅貨3枚。単純に村の6倍だ。一度買い物に出たルナが真っ青な顔して戻ってきたのも頷ける。

「物価が違うんだし、気にせず使えって言ったのによ。肉や魚食わなきゃ、力出ねぇぞ」

 頭を掻きながらゼロさんが言う。続けて「王都では職業にもよるが、日払いの給料は銀貨1枚だ」とも教えてくれた。つまり、あの袋に入っているのはこの国のひと月分の稼ぎとほぼ同額らしい。

 そんなこと言われても、実際に王都で働いたことのない俺たちは、村の金銭感覚が抜けないでいた。

「それにほら、魚は高級品だし……」

 ルナは苦笑いを浮かべながら言う。村の近くには川や池が無かったから、魚といえば年に数回、誕生日や祭りの時に商人から買って食べるくらいだった。

 王都では国中に張り巡らされた水路の一部を使って魚の養殖もしているから、それなりに手が届く値段になっていると聞いた気もするけど、長年の先入観はそうそう抜けるものじゃない。

「……わかった。お前ら、明日は二人で外食して、少し遊んで来い。そんで、王都の金銭感覚ってもんを勉強しろ」

 席に戻りながら、そんなことを言う。嘘だろ。

「あの、できたらゼロさんが一緒に来てくれた方が勉強になると思うんだけど」

 人通りの少ない旧市街地ならともかく、食事をするとなると人通りの多い場所に行く必要がある。俺と二人だけだと不安なのか、ルナが不安げに言った。ゼロさんは商人をやってるし、確かに色々と教えてはもらえそうだけど。

「駄目だ。二人だけで、身をもって体験しろ。それに、せっかくの食事デートの邪魔をするような無粋なことはできねぇしな」

「「でっ……!?」」

 再び俺とルナの声が重なった。以前も言ったと思うけど、俺たちはそんな関係じゃないんだけど。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 ……というわけで、俺たちは大通りを彷徨っていた。

 屋敷の片付けもひと段落したし、これはあくまで気晴らしの外食だ。決して、食事デートじゃない。

 街中を歩きながら、そう自分に言い聞かせる。ルナも人が多くて不安なのか、しっかりと俺の手を握っているけど、これはデートじゃないんだ。

「あ、屋台で魚売ってるよ」

 そしてルナが指差す先を見てみると、香ばしく焼かれた魚が串に刺して売られていた。

 値段は銅貨20枚。エラール村の青空市場に比べて半額以下だけど、相変わらず尻込みしてしまう値段だ。それでも時々売れているし、ゼロさんの言う通り、べらぼうに高いわけではないみたいだ。

 その時、ルナがごくりと喉を鳴らすのが聞こえた。手も繋いでるし、おのずと距離も近くなるんだけど、ここまで聞こえるなんて。

 せっかくだし、お昼は魚だな……と心に決めたけど、屋台っていうのもなんか勿体無い。きちんとしたお店を探してみることにした。




 ……食事処を探しながら、大通りの色々な場所を見て回る。

 王都の中心部だけあって、露店や屋台ももちろん多いけど、それ以上に小物店や服屋、調理器具を扱うお店など、村では見たこともない店がたくさんあった。

 そんな中、ルナの立っての希望で書店に入ってみた。

 村には当然本屋なんてなかったし、殆どの村人は本を読む習慣なんてない。俺も、ルナの部屋に何冊か置かれているのを見たくらいで、ここまで大量の本に囲まれたのも初めての経験だった。

 何とも言えない匂いがするな、と口にすると、ルナは目を輝かせて「この匂いが良いんだよ」と嬉しそうに言いながら本棚の周りをくるくると回り始めた。その様子がどこか微笑ましくて「せっかくだし、一冊買ってやるよ」と伝えると、より一層嬉しそうに本棚を物色し始めた。



「……じゃあ、これがいいな」

 しばらく悩んで、ルナは裁縫の本を選んだ。値段は銀貨1枚で、以前に青空市場で売られていたものと同じ本だった。

 というか、青空市場では銀貨3枚で売られていた気がする。エラール村までの輸送費用がかかるとはいえ、なかなかのぼったくり価格だったわけだ。

「えへへ、これで新しい服の作り方とか勉強したいの」

 そう言って大事そうに本を胸に抱く。今日着てる服だって、屋敷を掃除している時に見つけた古着を仕立て直したものらしいし。ルナにはピッタリな本だと思う。


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