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第二十九話『王都での日常』
しおりを挟むそれから数日が経過し、段々と俺たちも王都での生活に慣れてきた。
ルナも持ち前の明るさで近所の人とも仲良くなり、最近はすっかり元気になった。
一方で広い屋敷の片付けや掃除も二人でちまちまと続けていて、俺も近所のおじさんから草刈りの道具を借りて、朝から庭の除草作業中だった。
「ふー。これで半分ってとこかな」
俺は屋敷から庭に繋がるウッドデッキに腰を下ろし、袖で汗をぬぐう。気がつけばお昼近くになっていた。
集中して作業した甲斐あって、はじめは草が伸び放題だった庭もだいぶマシになってきた。借りた道具の性能もあると思うけど、村で便利屋として働いた経験がここでも生きた形だ。半分錆びついた鎌一本で、ここと同じくらいの広さの草を刈ってくれと頼まれたこともあったし。
「よう。今日も頑張ってんな。差し入れだ」
その時、休憩のタイミングを見計らったかのようにゼロさんがやってきた。その手には、炭酸水の瓶があった。
ちょうど喉が渇いていたので、お礼を言って瓶を受け取り、蓋を取る。ポン、と心地のいい音の後に、爽やかなブドウの香りがやってきた。
「あれ、今度はブドウを入れたのか?」
「ああ、新商品を開発中なんだよ。先日のリンゴ味は好評だったから、今度は王都特産のブドウを入れてみたんだ。ルナにも試飲してもらいたいんだが……」
ルナの姿を探すゼロさんに「気合い入れて二階の掃除してるよ」と、苦笑しながら伝える。この屋敷に来た当初に比べたらかなり綺麗になったけど、まだまだ終わる気配はない。「広いお家は嬉しいけど、掃除大変」と、笑顔で言っていたのを覚えている。元々教会の掃除を一人でやってたし、言葉の割に苦になってる様子はないけど。
「なら、掃除の邪魔しても悪いし、そのうち降りてくるか」なんて言いつつ、ゼロさんは俺の隣に座った。今日も暑いくらいの陽気だよなー……とか言いつつ、パタパタと襟元に風を送る様子は、とてもこの国を治める国王とは思えなかった。それこそ、戦いにも強いしさ。
「……そういえば、ゼロさんに聞きたいことがあるんだけどさ」
ブドウの香りのする炭酸水を一口飲んでから、そう口にする。ゼロさんも「改まってどうした。余程の国家機密でなきゃ、答えてやるぜ?」と、本気なのか冗談なのかわからない言葉を返しつつ、炭酸水に蓋をして俺の方に向き直る。
「ゼロさんの使ってる……魔闘術だっけ。あれ、俺にも教えてくれないか?」
「あー……悪いが、それは国家機密以上だな。こいつは王家に伝わる武術で、門外不出だ。さすがに教えられねーよ」
ゼロさんは一瞬驚いた表情を見せた後、いつものひょうひょうとした態度で言う。
「……しかし、藪から棒だな。お前にだって例の魔法の力があるじゃねーか。何を焦る必要がある」
「そうだけど……今後、またあの兵士たちが現れたとして、今の俺の力じゃ、ルナを守りきれないかもしれない。だから、少しでも力をつけたいと思ったんだ」
火に包まれた村で、敵の兵士に羽交い締めにされた俺は何もできなかった。一方で、ゼロさんはその兵士を一撃で倒していたし。あの技を学ぶことができれば、同じ轍は踏まないだろう……と考えたんだ。
「そういうことか……うーむ」
理由を話すと、ゼロさんは腕組みをして考え込んでしまった。さすがに、身勝手が過ぎるかな。
「……民を盾にする王は王にあらず。民の上に立つ者、一朝有事の際は民のために敵前に立て」
「え、それは?」
「死んだ親父の言葉だ。普段は国民に食わせてもらって威張り散らしてる分、いざという時は国民の盾となって最前線で戦えって意味な。俺の力は、そのためにある」
拳を見つめなが言う。ゼロさんの親父ということは、先代の国王陛下の言葉なんだろう。先の戦争で先代国王は崩御されたと聞いたけど、まさか、戦死だったんだろうか。
「誰かを守るための力って意味なら、俺とお前の力は似てるのかもな……よーし」
ゼロさんは持っていた瓶を置くと、わざとらしく勢いをつけて立ち上がる。
「魔闘術そのものは教えられねぇが、魔力を操るコツみたいなもんなら教えてやれるぜ。ついて来な」
呆気に取られていると、ゼロさんはそう言いながら庭へと進んでいく。俺も慌てて腰を上げて、その後に続いた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「……この辺の木が手ごろだな」
そして辿り着いたのは、草刈りが終わったばかりの庭の奥。そこには何本かの木が生えていた。
「この木で何をするんだ?」
「訓練だよ。ウォルス、お前は自分の魔力を炎にして外へ放出する術は習得済みなんだから、後はそれをもっと繊細にコントロールするだけでいい」
ぽんぽんと、目の前の木を叩く。なかなかに太い木だけど「もしかして、この木を折ればいいのか?」と問うと、笑いながら否定された。
「そんなの、全力で殴りゃいいだけだ。言ったろ。繊細な魔力のコントロールが必要だってよ」
そう言うや、ゼロさんは拳を構える。昼間だからうっすらとしか見えなかったけど、その拳に虹色の魔力が宿っているのが見えた。
「炎じゃなく、相手に直接魔力を叩き込む感じをイメージしろ。集めた魔力を手で掴んで、決して離さず、一気に叩き込む。こうだ」
……次の瞬間、目にも留まらぬ速さでゼロさんが木の幹を殴る。
ここから見ていても木の輪郭がブレるほどの威力で、打ちつけられた魔力は木全体へと広がり、その衝撃で枝についていた葉が一枚残らず落ちてしまった。
「……すげ」
「こんな感じだ。まぁ、見よう見まねでいいからやってみろ」
息一つ乱さぬに腕組みするゼロさんの前で、俺は別の木の前に立つ。深呼吸して、いつものように掌へと魔力を集める。
本来ならここで外に放出するところをぐっと堪え、ぎゅっと握りしめた。よし。いける。
深く息をして、目の前の木を全力で殴る。ゴツンといい音がした。
「いってぇ!」
鈍い痛みが走った拳を反対の手で庇っていると、ゼロさんが「殴る方に意識が集中しちまって、直前に魔力が四散しちまってるぞ」と、笑いながら言う。
俺としては魔力にも注意を向けていたつもりだったんだけど。いつもとほんの少し違うだけで、うまくいかないもんだな。
「こりゃ、まずは動きながら魔力を扱う訓練からだな。それができるようになるだけで、身体能力が上がるし、格段に動きやすくなるぜ」
簡単に言うけど、道は険しそうだ。でも、これもいざという時にルナを守るためだし、頑張らないと。
「……ねぇ、ふたりで何してるの?」
気を取り直して、もう一度……なんて考えていたら、背後からルナの声がした。
「ああ、ちょっとウォルスの特訓を……げ」
一足先に振り向いたゼロさんが言葉を失ったのを不思議に思いつつ、俺も振り向くと……そこには冷たい笑顔を浮かべたルナが立っていた。
「特訓も良いけど、せっかく干してた洗濯物が落ちちゃったんだけど」
ルナはそんな笑顔のまま、少し離れた場所にある物干し台を指差す。それは見事にひっくり返っていて、洗濯物が周囲に散乱していた。
……どうやら、ゼロさんが手本を見せてくれた時の衝撃が地面を伝わり、物干し台を倒してしまったらしい。これはやばい。
「それに、どうしてこんなに葉っぱが落ちてるの? さっきまで綺麗だったよね?」
言われてみると、周囲は一面葉っぱだらけだった。一本の木についた葉が全て落ちてしまえば、これくらいの量にはなるだろう。
「いやその、これはさ……」
「ウォルスが技の手本を見せてくれって言うからよ。不可抗力って奴だな」
ゼロさんは頭を掻きながら平謝りをした。逃げた。一国の王が逃げた。ずるいぞ。
「言い訳しても駄目! はい!」
俺もなんて言い訳しようか考えていたら、それより先にルナからほうきを渡された。ゼロさんも同じようにほうきを渡されているし、これは自分たちの出したゴミは自分たちで片付けろということだろうか。
「ほらほら、ぼーっと突っ立ってないで! 掃除終わるまで、お昼ごはん作らないから!」
汚れた洗濯物を拾いなおして、ぱたぱたと裏の井戸へと走って行くルナを見送った後、俺とゼロさんは顔を見合わせてため息をついたのだった。
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