上 下
29 / 60

第二十九話『王都での日常』

しおりを挟む



 それから数日が経過し、段々と俺たちも王都での生活に慣れてきた。

 ルナも持ち前の明るさで近所の人とも仲良くなり、最近はすっかり元気になった。

 一方で広い屋敷の片付けや掃除も二人でちまちまと続けていて、俺も近所のおじさんから草刈りの道具を借りて、朝から庭の除草作業中だった。

「ふー。これで半分ってとこかな」

 俺は屋敷から庭に繋がるウッドデッキに腰を下ろし、袖で汗をぬぐう。気がつけばお昼近くになっていた。

 集中して作業した甲斐あって、はじめは草が伸び放題だった庭もだいぶマシになってきた。借りた道具の性能もあると思うけど、村で便利屋として働いた経験がここでも生きた形だ。半分錆びついた鎌一本で、ここと同じくらいの広さの草を刈ってくれと頼まれたこともあったし。

「よう。今日も頑張ってんな。差し入れだ」

 その時、休憩のタイミングを見計らったかのようにゼロさんがやってきた。その手には、炭酸水の瓶があった。

 ちょうど喉が渇いていたので、お礼を言って瓶を受け取り、蓋を取る。ポン、と心地のいい音の後に、爽やかなブドウの香りがやってきた。

「あれ、今度はブドウを入れたのか?」

「ああ、新商品を開発中なんだよ。先日のリンゴ味は好評だったから、今度は王都特産のブドウを入れてみたんだ。ルナにも試飲してもらいたいんだが……」

 ルナの姿を探すゼロさんに「気合い入れて二階の掃除してるよ」と、苦笑しながら伝える。この屋敷に来た当初に比べたらかなり綺麗になったけど、まだまだ終わる気配はない。「広いお家は嬉しいけど、掃除大変」と、笑顔で言っていたのを覚えている。元々教会の掃除を一人でやってたし、言葉の割に苦になってる様子はないけど。

「なら、掃除の邪魔しても悪いし、そのうち降りてくるか」なんて言いつつ、ゼロさんは俺の隣に座った。今日も暑いくらいの陽気だよなー……とか言いつつ、パタパタと襟元に風を送る様子は、とてもこの国を治める国王とは思えなかった。それこそ、戦いにも強いしさ。

「……そういえば、ゼロさんに聞きたいことがあるんだけどさ」

 ブドウの香りのする炭酸水を一口飲んでから、そう口にする。ゼロさんも「改まってどうした。余程の国家機密でなきゃ、答えてやるぜ?」と、本気なのか冗談なのかわからない言葉を返しつつ、炭酸水に蓋をして俺の方に向き直る。

「ゼロさんの使ってる……魔闘術だっけ。あれ、俺にも教えてくれないか?」

「あー……悪いが、それは国家機密以上だな。こいつは王家に伝わる武術で、門外不出だ。さすがに教えられねーよ」

 ゼロさんは一瞬驚いた表情を見せた後、いつものひょうひょうとした態度で言う。

「……しかし、藪から棒だな。お前にだって例の魔法の力があるじゃねーか。何を焦る必要がある」

「そうだけど……今後、またあの兵士たちが現れたとして、今の俺の力じゃ、ルナを守りきれないかもしれない。だから、少しでも力をつけたいと思ったんだ」

 火に包まれた村で、敵の兵士に羽交い締めにされた俺は何もできなかった。一方で、ゼロさんはその兵士を一撃で倒していたし。あの技を学ぶことができれば、同じ轍は踏まないだろう……と考えたんだ。

「そういうことか……うーむ」

 理由を話すと、ゼロさんは腕組みをして考え込んでしまった。さすがに、身勝手が過ぎるかな。

「……民を盾にする王は王にあらず。民の上に立つ者、一朝有事の際は民のために敵前に立て」

「え、それは?」

「死んだ親父の言葉だ。普段は国民に食わせてもらって威張り散らしてる分、いざという時は国民の盾となって最前線で戦えって意味な。俺の力は、そのためにある」

 拳を見つめなが言う。ゼロさんの親父ということは、先代の国王陛下の言葉なんだろう。先の戦争で先代国王は崩御されたと聞いたけど、まさか、戦死だったんだろうか。

「誰かを守るための力って意味なら、俺とお前の力は似てるのかもな……よーし」

 ゼロさんは持っていた瓶を置くと、わざとらしく勢いをつけて立ち上がる。

「魔闘術そのものは教えられねぇが、魔力を操るコツみたいなもんなら教えてやれるぜ。ついて来な」

 呆気に取られていると、ゼロさんはそう言いながら庭へと進んでいく。俺も慌てて腰を上げて、その後に続いた。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「……この辺の木が手ごろだな」

 そして辿り着いたのは、草刈りが終わったばかりの庭の奥。そこには何本かの木が生えていた。

「この木で何をするんだ?」

「訓練だよ。ウォルス、お前は自分の魔力を炎にして外へ放出する術は習得済みなんだから、後はそれをもっと繊細にコントロールするだけでいい」

 ぽんぽんと、目の前の木を叩く。なかなかに太い木だけど「もしかして、この木を折ればいいのか?」と問うと、笑いながら否定された。

「そんなの、全力で殴りゃいいだけだ。言ったろ。繊細な魔力のコントロールが必要だってよ」

 そう言うや、ゼロさんは拳を構える。昼間だからうっすらとしか見えなかったけど、その拳に虹色の魔力が宿っているのが見えた。

「炎じゃなく、相手に直接魔力を叩き込む感じをイメージしろ。集めた魔力を手で掴んで、決して離さず、一気に叩き込む。こうだ」

 ……次の瞬間、目にも留まらぬ速さでゼロさんが木の幹を殴る。

 ここから見ていても木の輪郭がブレるほどの威力で、打ちつけられた魔力は木全体へと広がり、その衝撃で枝についていた葉が一枚残らず落ちてしまった。

「……すげ」

「こんな感じだ。まぁ、見よう見まねでいいからやってみろ」

 息一つ乱さぬに腕組みするゼロさんの前で、俺は別の木の前に立つ。深呼吸して、いつものように掌へと魔力を集める。

 本来ならここで外に放出するところをぐっと堪え、ぎゅっと握りしめた。よし。いける。

 深く息をして、目の前の木を全力で殴る。ゴツンといい音がした。

「いってぇ!」

 鈍い痛みが走った拳を反対の手で庇っていると、ゼロさんが「殴る方に意識が集中しちまって、直前に魔力が四散しちまってるぞ」と、笑いながら言う。

 俺としては魔力にも注意を向けていたつもりだったんだけど。いつもとほんの少し違うだけで、うまくいかないもんだな。

「こりゃ、まずは動きながら魔力を扱う訓練からだな。それができるようになるだけで、身体能力が上がるし、格段に動きやすくなるぜ」

 簡単に言うけど、道は険しそうだ。でも、これもいざという時にルナを守るためだし、頑張らないと。

「……ねぇ、ふたりで何してるの?」

 気を取り直して、もう一度……なんて考えていたら、背後からルナの声がした。

「ああ、ちょっとウォルスの特訓を……げ」

 一足先に振り向いたゼロさんが言葉を失ったのを不思議に思いつつ、俺も振り向くと……そこには冷たい笑顔を浮かべたルナが立っていた。

「特訓も良いけど、せっかく干してた洗濯物が落ちちゃったんだけど」

 ルナはそんな笑顔のまま、少し離れた場所にある物干し台を指差す。それは見事にひっくり返っていて、洗濯物が周囲に散乱していた。

 ……どうやら、ゼロさんが手本を見せてくれた時の衝撃が地面を伝わり、物干し台を倒してしまったらしい。これはやばい。

「それに、どうしてこんなに葉っぱが落ちてるの? さっきまで綺麗だったよね?」

 言われてみると、周囲は一面葉っぱだらけだった。一本の木についた葉が全て落ちてしまえば、これくらいの量にはなるだろう。

「いやその、これはさ……」

「ウォルスが技の手本を見せてくれって言うからよ。不可抗力って奴だな」

 ゼロさんは頭を掻きながら平謝りをした。逃げた。一国の王が逃げた。ずるいぞ。

「言い訳しても駄目! はい!」

 俺もなんて言い訳しようか考えていたら、それより先にルナからほうきを渡された。ゼロさんも同じようにほうきを渡されているし、これは自分たちの出したゴミは自分たちで片付けろということだろうか。

「ほらほら、ぼーっと突っ立ってないで! 掃除終わるまで、お昼ごはん作らないから!」

 汚れた洗濯物を拾いなおして、ぱたぱたと裏の井戸へと走って行くルナを見送った後、俺とゼロさんは顔を見合わせてため息をついたのだった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

【12/29にて公開終了】愛するつもりなぞないんでしょうから

真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」  期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。    ※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。  ※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。  ※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。 ※コミカライズにより12/29にて公開を終了させていただきます。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

処理中です...