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第十一話『青空市場』
しおりを挟む村中の人間が集まっているのではないかと思える程の人混みの中を、ルナと二人で分け入るように進む。
そして辿り着いた広場の両端を埋め尽くすように、珍しい野菜や果物、王都産の織物を扱う露店が出ていた。誰が買うのか、中には魚や書物といった高級品まで持ち寄られているみたいだ。
「青空市場、久しぶりだよねっ」
この祭りみたいな雰囲気が楽しいのか、ルナは俺の少し先を、語尾を弾ませながら歩いている。
「……って俺たち、人を探しに来たんだよな?」
「あ」
思わずそう声をかけると、そのまま固まった。
「……お前、完全に忘れてたろ」
「そ、そんなことないよ。ゼロさん、探さないとね」
そう言いながらも、見るからに気落ちしていた。久しぶりの外出だし、浮かれてしまうのも分かる。
「……でも、そろそろお昼だし、何か食べてもいいかもな」
「そ、そうだよねっ。それくらい良いよねっ」
項垂れるルナが不憫に思えてそんな提案をすると、今度は一転、嬉しそうに目を細めた。昨日ソーンさんからもらった報酬があるし、お昼くらい奮発してもいいよな。
……その時、香ばしいにおいが鼻をついた。
思わず鼻をひくつかせながら周囲を見渡すと、焚火台を組んで魚を焼いている店があった。
「すごいな。魚とか久しぶりに見たよ」
「本当だね。村の近くには魚がいるような川や池はないし、最後に食べたのは去年のウォルスくんの誕生日かな」
二人で思わず駆け寄って、たき火で焼かれる魚を覗き込む。
「いらっしゃい。こいつは王都の水路で獲れた魚さ。生かしたまま運んできたから、鮮度も抜群だぜ?」
そんな俺たちを見て、店主が声をかけてきた。言われてみれば、少し離れたところに水が張られた大きな壺があって、中で魚が泳いでいた。確かに新鮮そうだけど……。
俺は恐る恐る値札を見る。焼き魚一串の値段は銀貨1枚。銀貨1枚は銅貨50枚分に相当するから、とてもじゃないけど手が出せない。
「わ」
俺の視線を追って、ルナもその時初めて値段に気づいたみたいだ。その大きな目をより一層見開いていた。
「味付けもアレスの岩塩を使ってるから、味はお墨付きだぜ?」
「あー、その、えーっと」
「……ありゃ? もしかして冷やかしなのか? それなら帰った帰った」
視線を泳がせる俺たちを見て察したのか、店主はひらひらと手を振りながら離れていった。さすがに高すぎるし、別なのにしよう。
……結局、お昼は近くに売っていたエラールバーガーなる食べ物を選んだ。村特産のパンにレタスとトマト、それにカリカリに焼いた豚肉を挟んだものに、特製のソースがかかっている。このソースに秘密があるのか、豚肉を使っている割にあっさりしていて美味しかった。
その後は改めて、商人のゼロさんを探しながら青空市場の中を練り歩く。
「あら。そこのお嬢さん、良い服を着てるわね。王都で買ったの?」
「え?」
歩き出してすぐ、ルナが女性から声をかけられていた。格好からして商人だし、どうやら服を売っているらしい。
「いえ、この服はその、ソーンさんが錬金術で作ってくれたもので……」
「え? 錬金術……?」
ルナの答えに商人さんは戸惑っていた。以前、ソーンさんが錬金術はマニアックな学問だって言っていたし、さすがに知らないんだろう。
「人を探してるんで。ルナ、行くぞ」
相手が言葉に詰まった隙をついて、俺はルナの手を引いて露店から離れる。ああいうのは捕まったら長くなるからな。
それにしても、錬金術って薬だけじゃなく服まで作れるのか? ほんと、魔法みたいだな。
……それからも、本や小物を売る露店に捕まったりした。特に本はルナも興味津々だっただけに、俺も引き離すのに苦労した。いくら最新版の裁縫の本とは言え、銀貨3枚なんて高すぎる。
「……つ、疲れる」
賑やかなのはいいことだけど、気を抜いたらすぐに声をかけられるし、妙なものを買わされないように気を張るだけで大変だ。ルナもぐたってるし。
「ゼロさんも見つからないね……」
ため息混じりにそう言うルナと二人、ベンチに腰を下ろす。すっかり人波に酔ってしまっていた。
「そういえばさ、その商人のゼロさんってどんな人なんだ?」
ずっと二人でその人を探してはいるけど、顔を知るルナに頼りっきりだった。特徴を聞けば、俺でも見つけられるかもしれない。
「見るからに商人さん、って格好してるし、すぐにわかるはずだけど。すごく背も高いし」
ルナが座っていたベンチから立ち上がって、今一度周囲を見渡す。見るからに商人な格好……と言われても、ここは青空市場。どこもかしこも商人だらけだ。
「……いた! あの人だよ!」
俺も同じように周囲を見渡していた時、ルナが声をあげながらとある場所を指差す。
露店と露店のちょうど中間になるそこには一本の大きな木が生えていて、その木の幹に寄りかかるようにして一人の男性が立っていた。確かに商人のような格好しているけど、すごく背が高くて、人ごみの中でも目立っていた。
「セロさん、こんにちはっ」
「おお、ルナじゃねーか。お前も青空市場に来てたのか?」
ルナは足取り軽く駆け寄って、親しげに話しかけていた。
「ん? 始めて見る奴が一緒だな。こいつは?」
「こっちはウォルスくん。今日はわたしの護衛で来てもらったの」
それを追うようについていくと、ルナがそう俺を紹介してくれた。
「ウォルスタークだ。よろしく」
本当に久しぶりに本名を名乗って、握手を求める。
「俺はゼロディアス。気軽にゼロと呼んでくれ」
ゼロさんもそうれに応じてくれ、がっしりと握手を交わす。商人とは思えない、大きな手だった。
「なるほどな。お前がソーンの言っていた何でも屋か。さしずめ、今日は荷物持ちを任された感じだな」
短くそろえられた金髪に、深紅の瞳。年齢は三十を超えてると思うんだけど。なんというか、独特な雰囲気を持つ人だった。ソーンさんの知り合いってことだから、信用していいとは思うけど。
「しかし、ウォルスが来てくれて助かったぜ」
「え、何が?」
その時、ゼロさんが俺の顔を見ながら言う。いきなり呼び捨てにされて、俺も虚を突かれた。
距離の詰め方が凄いけど、助かったって何が?
「実はソーンから頼まれた荷物な、集めてみたら結構な量になっちまってよ」
そう言いながら足元に置かれた荷物を見やる。何が入っているのかはわからないけど、立派な木箱が3つと、大きな袋が1つ置かれていた。
「てっきりルナが一人で来るもんだと思ってたから、馬車を手配してたんだが……手違いで到着が明日になっちまったらしくてな」
そう続けて、青空市場の隅に用意された馬車小屋に視線を送る。そこには馬の姿はなく、もぬけの殻だった。
「今日のところは宿屋に泊まってもらって、明日改めて出発してもらおうと思ってたんだが……」
「そ、それは困るよ! ソーンさんからは泊まりは許さないって言われてるし!」
……そう言えば言われてたな。たぶん、ソーンさん的には別の意味で言ったんだと思うけど。
「安心しな。男手が二人いるなら話は別だ。全員で手分けして荷物を持てば、今日中にセレーネ村に帰りつけるだろう」
「……もしかして、これだけの荷物を人力で運ぶのか!?」
俺は思わず叫ぶ。あの木箱とか、めちゃくちゃ重そうなんだけど。
「報酬は弾むから頼んだぜ? なんでも屋のウォルスさんよ!」
そう言いながら俺の肩を叩く。揶揄している感じはなく、むしろ期待されているような気さえしてくる。不思議だった。
「……わかった。やるよ」
少し悩んで、俺はそう答えた。
「わ、わたしも頑張る」
そんな俺に、ルナも続く。さすがに、あの木箱はルナには重そうだけど……。
「良く言った。それじゃ、ルナはこの袋を持ってくれ。見てくれはでかいが、中身は布製品だから軽いはずだ」
「うん。これくらいなら平気……よい、しょっと」
ゼロさんに言われて、ルナは置かれていた袋を背負うようにして持ち上げる。確かに大きい。後ろから見ると、完全にルナが隠れてしまっている。
「ウォルスの方は俺と手分けして、こっちの木箱を運ぶぞ。薬やら色々な液体が入った瓶が入ってるから重いが、落とすなよー?」
そう言われながら、試しに持ってみると、ガチャガチャと音がした。そしてずっしりと重い。
「持つときはできるだけ自分の身体に近づけて、膝と腰の力を使って持ちあげるんだ。運ぶときは角に手を置けば腕が疲れないで済むぜ」
言われた通りにすると、かなり楽になった。さすが商人。専門的な知識も持っているみたいだ。
……ちなみに、ゼロさんは俺と同じ大きさの木箱を二つ抱えて、涼しい顔をしていた。持ち方云々より、この人はすごい力がある気がする。
「すぐに出発すれば日が落ちる前にセレーネ村に着けるだろうし、早いうちに出発しようぜ」
そしてそのままの表情で歩き出した。俺とルナも急いでその後を追う。
「ウォルス。俺は見ての通り商人だからな。道中で魔物が出た時は、お前がルナを守ってやれよ?」
「わ、分かってるさ」
街道に出る魔物くらいなら、俺でも対処できたし。きっと大丈夫だ。
……こうして、俺たちは商人のゼロさんと三人でセレーネ村へと戻ることになった。
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