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第50話 京桜祭ポスターコンクール 前編

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 ……それからのことは、よく覚えていない。

 ひたすら色を塗っては、二人がかりで乾かし、また色を塗る。その作業を繰り返した。

「お、終わりましたね……!」
「間に合った……間に合ったよ、まもるくん……!」

 すっかり日が昇り、時折放送機器のテスト音声が聞こえる中、新しいポスターは完成を迎えた。
 それを見届けて、俺と部長は大の字になって床に転がる。

「水彩絵の具だから、乾燥が間に合うか不安だったけど……なんとかなるもんだね」
「そうですね。出しっぱなしにしていた扇風機、大活躍でしたね」

 ひとしきり部長と笑いあってから、俺は壁の時計を見る。その針は8時を指していた。
 開会式は8時半からなので、それまでにポスターを展示会場に運ばなければいけない。

「本当に完成させたのか……やるな、護」

 寝不足の頭でそんなことを考えていると、部室の入口から翔也しょうやの声がした。視線を向けると、彼の背後には汐見しおみさんと朝倉あさくら先輩の姿もある。

「うん……結局徹夜しちゃったけど、なんとかね……」

 苦笑しながら体を起こし、改めて目の前のポスターに視線を送る。
 入場ゲートを背景に、手を繋いだ男女が幸せそうな笑顔を浮かべて立っている。二人の楽しげな会話が、今にも聞こえてきそうだった。

「見ているこっちが楽しくなるような、素敵なポスターね」

 いつしか隣にやってきた朝倉先輩が、ポスターを見ながら目を細める。

「あはは……ありがとうございます」
「でも……この絵のタッチ、内川君とかなり違うような気がするけど」

 お礼を言った直後、他の皆に聞こえないような声で耳打ちされた。

「実は、ある人に手伝ってもらったんです」
「……もしかして、部長さん?」
「そうです。ほとんど彼女が描いてくれたようなものなんですよ」

 俺が正直に答えると、彼女は納得顔をしていた。

 おそらく、夜の間に手伝いに来てくれた……くらいに思っているのだろう。
 まあ、実際に部長から手伝ってもらったのだし、嘘は言っていない。

「さすが部長さんね。上手だわ」
「いやー、さっちゃんに褒められると、照れるなー」

 俺たちの会話が聞こえたのか、隣に座る部長が恥ずかしそうに頭を掻いていた。

 そんな二人を横目に、俺は汐見さんへと視線を向ける。
 翔也や先輩が声をかけてくれる中、彼女だけ少し離れた場所にぽつんと立っている。
 なにより、その服装が気になった。

「……汐見さん、なんでメイド服なの?」
「内川君、聞かないで」

 思わず問いかけると、彼女はうつむきながら、消え入りそうな声を出す。
 白と黒を基調としたエプロンドレスに、頭に乗ったホワイトブリム。それはまごうことなきメイド服だった。

「服飾部がメイド喫茶をやるんだが、そこの女子が一人、風邪で急遽休んだらしいんだ」

 わざとらしい笑みを浮かべたまま、翔也が言う。汐見さんは顔を赤くしたまま、エプロンドレスの裾をぎゅっと掴んだ。

「そこの責任者と俺が知り合いでな。相談されたのはいいが、男の俺がメイド服着て店に立つわけにもいかないだろ? そこで、ほのかの出番ってわけだよ」

 彼はそう続けて、汐見さんの肩に手を置く。当の本人は死んだ魚のような目をしていた。

「うう……メイド喫茶、せっかく回避できたと思ったのに……」
「ほのかっち、メイド服似合ってるよー。かわいいよー」

 いつしか汐見さんの隣に立っていた部長が励ましの言葉をかけるも、当然彼女には聞こえていない。
 けれど、必死な部長がどこかおかしくて、俺は吹き出してしまう。

「内川君、笑わないで……」
「ご、ごめん。似合ってると思うよ。あとでお店のほうにも行くから、頑張っ……」
「来なくていいー!」

 妙な勘違いをされていると思い取り繕うも、汐見さんはダッシュで逃げていった。

「……汐見さん、何があったの?」

 そんな彼女と入れ替わるように、井上いのうえ先生が部室にやってきた。
 俺が理由を説明すると、先生は憐れむような視線を廊下の先へと向けた。

「あの子も大変ねー。まあ、そういうのは若いうちに経験しときなさいとしか言えないけど」

 わずかに目を伏せながら言ったあと、先生は完成したポスターに目を向ける。

「こっちは立派なポスターができたわね。内川君、おつかれさま」

 そして俺に労いの言葉をかけてくれたあと、「もちろん、皆もね」と続けた。

「よーし、あとはこれを展示会場に運ぶだけだな」
「そうだね。万一にも破れたりしないよう、慎重に運ぼう」

 腕まくりをしながらそう言ってくれる翔也に笑顔を返し、俺たちはポスターを手に部室をあとにした。

 ◇

 校舎から出て、着々と模擬店の準備が進む校庭を通り抜ける。
 校門前の入場ゲートから延びるメイン通りの一角に、数十枚のポスターが並べられたエリアがあった。
 そこが京桜祭けいおうさいポスターコンクールの会場だ。

「すみません。イラスト同好会です。遅くなりました」

 受付の教師に声をかけ、手続きを済ませる。
 その間にも、部長は無数に並べられたポスターに見入っていた。

 このコンクールは審査ではなく、在校生による投票で順位が決まる。
 全校生徒にはあらかじめシリアルナンバー入りの投票券が配布されていて、各自、気に入ったポスターの番号を書いて投票するのだ。

 ちなみに、使用後の投票券は200円分の割引券として文化祭の模擬店で使えるようになる。
 投票数を少しでも増やすための措置らしいけど、投票開始直後は早く割引券を手に入れようとする生徒たちが押し寄せ、大混雑する……と、朝倉先輩が教えてくれた。

 こうやってゆっくりポスターを鑑賞できるのは今のうちだけだということを、部長は知っているのだろう。

「部長、開会式の間、ここにいます?」

 受付を終えたあと、俺は小声で部長に尋ねる。

「そうだね。ゆっくり見てるよ。この園芸部のポスターとかすごくない? 全部花だよ。ドライフラワー」

『№7 園芸部 題名:百花繚乱』と札がつけられたポスターを見ながら、彼女は声を弾ませる。
 自分たちのポスターを作るのに必死で、よそのポスターを気にする余裕なんてなかったけど、部活動ごとに個性が出ているし、見ているだけで楽しそうだった。
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