51 / 54
第50話 京桜祭ポスターコンクール 前編
しおりを挟む……それからのことは、よく覚えていない。
ひたすら色を塗っては、二人がかりで乾かし、また色を塗る。その作業を繰り返した。
「お、終わりましたね……!」
「間に合った……間に合ったよ、護くん……!」
すっかり日が昇り、時折放送機器のテスト音声が聞こえる中、新しいポスターは完成を迎えた。
それを見届けて、俺と部長は大の字になって床に転がる。
「水彩絵の具だから、乾燥が間に合うか不安だったけど……なんとかなるもんだね」
「そうですね。出しっぱなしにしていた扇風機、大活躍でしたね」
ひとしきり部長と笑いあってから、俺は壁の時計を見る。その針は8時を指していた。
開会式は8時半からなので、それまでにポスターを展示会場に運ばなければいけない。
「本当に完成させたのか……やるな、護」
寝不足の頭でそんなことを考えていると、部室の入口から翔也の声がした。視線を向けると、彼の背後には汐見さんと朝倉先輩の姿もある。
「うん……結局徹夜しちゃったけど、なんとかね……」
苦笑しながら体を起こし、改めて目の前のポスターに視線を送る。
入場ゲートを背景に、手を繋いだ男女が幸せそうな笑顔を浮かべて立っている。二人の楽しげな会話が、今にも聞こえてきそうだった。
「見ているこっちが楽しくなるような、素敵なポスターね」
いつしか隣にやってきた朝倉先輩が、ポスターを見ながら目を細める。
「あはは……ありがとうございます」
「でも……この絵のタッチ、内川君とかなり違うような気がするけど」
お礼を言った直後、他の皆に聞こえないような声で耳打ちされた。
「実は、ある人に手伝ってもらったんです」
「……もしかして、部長さん?」
「そうです。ほとんど彼女が描いてくれたようなものなんですよ」
俺が正直に答えると、彼女は納得顔をしていた。
おそらく、夜の間に手伝いに来てくれた……くらいに思っているのだろう。
まあ、実際に部長から手伝ってもらったのだし、嘘は言っていない。
「さすが部長さんね。上手だわ」
「いやー、さっちゃんに褒められると、照れるなー」
俺たちの会話が聞こえたのか、隣に座る部長が恥ずかしそうに頭を掻いていた。
そんな二人を横目に、俺は汐見さんへと視線を向ける。
翔也や先輩が声をかけてくれる中、彼女だけ少し離れた場所にぽつんと立っている。
なにより、その服装が気になった。
「……汐見さん、なんでメイド服なの?」
「内川君、聞かないで」
思わず問いかけると、彼女はうつむきながら、消え入りそうな声を出す。
白と黒を基調としたエプロンドレスに、頭に乗ったホワイトブリム。それはまごうことなきメイド服だった。
「服飾部がメイド喫茶をやるんだが、そこの女子が一人、風邪で急遽休んだらしいんだ」
わざとらしい笑みを浮かべたまま、翔也が言う。汐見さんは顔を赤くしたまま、エプロンドレスの裾をぎゅっと掴んだ。
「そこの責任者と俺が知り合いでな。相談されたのはいいが、男の俺がメイド服着て店に立つわけにもいかないだろ? そこで、ほのかの出番ってわけだよ」
彼はそう続けて、汐見さんの肩に手を置く。当の本人は死んだ魚のような目をしていた。
「うう……メイド喫茶、せっかく回避できたと思ったのに……」
「ほのかっち、メイド服似合ってるよー。かわいいよー」
いつしか汐見さんの隣に立っていた部長が励ましの言葉をかけるも、当然彼女には聞こえていない。
けれど、必死な部長がどこかおかしくて、俺は吹き出してしまう。
「内川君、笑わないで……」
「ご、ごめん。似合ってると思うよ。あとでお店のほうにも行くから、頑張っ……」
「来なくていいー!」
妙な勘違いをされていると思い取り繕うも、汐見さんはダッシュで逃げていった。
「……汐見さん、何があったの?」
そんな彼女と入れ替わるように、井上先生が部室にやってきた。
俺が理由を説明すると、先生は憐れむような視線を廊下の先へと向けた。
「あの子も大変ねー。まあ、そういうのは若いうちに経験しときなさいとしか言えないけど」
わずかに目を伏せながら言ったあと、先生は完成したポスターに目を向ける。
「こっちは立派なポスターができたわね。内川君、おつかれさま」
そして俺に労いの言葉をかけてくれたあと、「もちろん、皆もね」と続けた。
「よーし、あとはこれを展示会場に運ぶだけだな」
「そうだね。万一にも破れたりしないよう、慎重に運ぼう」
腕まくりをしながらそう言ってくれる翔也に笑顔を返し、俺たちはポスターを手に部室をあとにした。
◇
校舎から出て、着々と模擬店の準備が進む校庭を通り抜ける。
校門前の入場ゲートから延びるメイン通りの一角に、数十枚のポスターが並べられたエリアがあった。
そこが京桜祭ポスターコンクールの会場だ。
「すみません。イラスト同好会です。遅くなりました」
受付の教師に声をかけ、手続きを済ませる。
その間にも、部長は無数に並べられたポスターに見入っていた。
このコンクールは審査ではなく、在校生による投票で順位が決まる。
全校生徒にはあらかじめシリアルナンバー入りの投票券が配布されていて、各自、気に入ったポスターの番号を書いて投票するのだ。
ちなみに、使用後の投票券は200円分の割引券として文化祭の模擬店で使えるようになる。
投票数を少しでも増やすための措置らしいけど、投票開始直後は早く割引券を手に入れようとする生徒たちが押し寄せ、大混雑する……と、朝倉先輩が教えてくれた。
こうやってゆっくりポスターを鑑賞できるのは今のうちだけだということを、部長は知っているのだろう。
「部長、開会式の間、ここにいます?」
受付を終えたあと、俺は小声で部長に尋ねる。
「そうだね。ゆっくり見てるよ。この園芸部のポスターとかすごくない? 全部花だよ。ドライフラワー」
『№7 園芸部 題名:百花繚乱』と札がつけられたポスターを見ながら、彼女は声を弾ませる。
自分たちのポスターを作るのに必死で、よそのポスターを気にする余裕なんてなかったけど、部活動ごとに個性が出ているし、見ているだけで楽しそうだった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
夏休み、隣の席の可愛いオバケと恋をしました。
みっちゃん
青春
『俺の隣の席はいつも空いている。』
俺、九重大地の左隣の席は本格的に夏休みが始まる今日この日まで埋まることは無かった。
しかしある日、授業中に居眠りして目を覚ますと隣の席に女の子が座っていた。
「私、、オバケだもん!」
出会って直ぐにそんなことを言っている彼女の勢いに乗せられて友達となってしまった俺の夏休みは色濃いものとなっていく。
信じること、友達の大切さ、昔の事で出来なかったことが彼女の影響で出来るようになるのか。
ちょっぴり早い夏の思い出を一緒に作っていく。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
私の隣は、心が見えない男の子
舟渡あさひ
青春
人の心を五感で感じ取れる少女、人見一透。
隣の席の男子は九十九くん。一透は彼の心が上手く読み取れない。
二人はこの春から、同じクラスの高校生。
一透は九十九くんの心の様子が気になって、彼の観察を始めることにしました。
きっと彼が、私の求める答えを持っている。そう信じて。
先輩に振られた。でも、いとこと幼馴染が結婚したいという想いを伝えてくる。俺を振った先輩は、間に合わない。恋、デレデレ、甘々でラブラブな青春。
のんびりとゆっくり
青春
俺、海春夢海(うみはるゆめうみ)。俺は高校一年生の時、先輩に振られた。高校二年生の始業式の日、俺は、いとこの春島紗緒里(はるしまさおり)ちゃんと再会を果たす。彼女は、幼い頃もかわいかったが、より一層かわいくなっていた。彼女は、俺に恋している。そして、婚約して結婚したい、と言ってきている。戸惑いながらも、彼女の熱い想いに、次第に彼女に傾いていく俺の心。そして、かわいい子で幼馴染の夏森寿々子(なつもりすずこ)ちゃんも、俺と婚約して結婚してほしい、という気持ちを伝えてきた。先輩は、その後、付き合ってほしいと言ってきたが、間に合わない。俺のデレデレ、甘々でラブラブな青春が、今始まろうとしている。この作品は、「小説家になろう」様「カクヨム」様にも投稿しています。「小説家になろう」様「カクヨム」様への投稿は、「先輩に振られた俺。でも、その後、いとこと幼馴染が婚約して結婚したい、という想いを一生懸命伝えてくる。俺を振った先輩が付き合ってほしいと言ってきても、間に合わない。恋、デレデレ、甘々でラブラブな青春。」という題名でしています。
プレッシャァー 〜農高校球児の成り上がり〜
三日月コウヤ
青春
父親の異常な教育によって一人野球同然でマウンドに登り続けた主人公赤坂輝明(あかさかてるあき)。
父の他界後母親と暮らすようになり一年。母親の母校である農業高校で個性の強いチームメイトと生活を共にしながらありきたりでありながらかけがえのないモノを取り戻しながら一緒に苦難を乗り越えて甲子園目指す。そんなお話です
*進行速度遅めですがご了承ください
*この作品はカクヨムでも投稿しております
そして明日の世界へ
喜多朱里
青春
6年前の『平成30年7月東日本豪雨災害』で、最上 叶人(もがみ かなと)は大切なものをすべて失った。土石流に巻き込まれた家族は遺体で発見され、幼馴染の利根 彩佳(とね あやか)は必死の捜索も虚しく未だに行方不明のままだ。
高校2年生になった叶人は長女を失った利根家に迎え入れられ面倒を見てもらいながら、親友の鳴瀬 由良(なるせ ゆら)に協力してもらい彩佳の捜索を続けていた。
災害跡地を訪れた叶人は瓦礫の下に奇妙な扉を発見する。体勢を崩した拍子に扉の中へと落ちてしまい――その先はもう一つの足波市へと繋がっていた。
同じように見えて違いのある世界で、叶人は行方不明になっていた彩佳と死んだ筈の家族と再会する。そして彩佳の口から叶人こそがずっと行方不明になっていたのだと伝えられる。記憶の差異からお互いの探している彩佳と叶人は別人であると気付いた二人は、どちらの世界でも協力者になってくれた由良と共に、二つの世界からもう一人の自分を探すことになるが――?
鷹鷲高校執事科
三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。
東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。
物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。
各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。
表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる