45 / 54
第44話 もう一度、力を合わせて 前編
しおりを挟む皆で話し合った結果、新しいポスターは制服姿の男女が手を繋いで文化祭を楽しんでいるデザインに決まった。
それは当初、部長が提案してくれたものだった。
「今回の背景は校門のところになるんだけど、翔也、また下書きを頼めるかな」
「ラフから察するに、校門の手前だな。よし、ちょっと待っててくれ」
そう言うが早いか、翔也は部室を出ていく。やがて戻ってきた彼は、俺たちにスマホを見せてくる。
「この場所でいいか?」
そこには文化祭の準備が進みつつある校門の写真があった。入場ゲートも完成していて、雰囲気はバッチリだ。
「うん。これでいいと思う」
「よっしゃ、それじゃ描きますかね」
翔也はスマホをポケットにしまうと、鉛筆を手にポスター台紙へ向かう。
あの写真はあくまで俺たちに見せるためのもので、風景そのものは彼の頭の中に記憶されているのだろう。さすが瞬間記憶能力の持ち主だった。
そんな翔也に背景の下書きを任せている間、俺は中央に配置する男女のデザインを考える。
いくつかの構図を考えていくも、一抹の不安が頭をよぎる。
イラスト同好会に所属するメンバーは総じて人物イラストが苦手で、俺もそこまで得意じゃない。
その短所を補うため、以前のポスターでは朝倉先輩が極力人物を描写しない構図を考えてくれていたが、今回は手を繋いだ男女をポスターの中央に描く必要がある。
ラフの段階なら多少誤魔化せるけど、これを清書した場合、納得いくものが描けるだろうか。
「……護くん、そろそろ休憩したら?」
「え?」
そんな不安と戦いながら一心不乱にラフを描き続けていると、部長からそう声をかけられた。
思わず顔を上げると、部室には俺と部長の姿しかなかった。
「あれ、皆は?」
「お昼買ってくるって言ってたよ。護くん、集中してて聞いてなかったでしょ」
「あー、もうそんな時間ですか」
すっかり固まってしまった背中を伸ばしながら、俺は立ち上がる。
壁の時計は正午を少し過ぎている。ラフを描き始めてから、いつしか二時間近くが経過していた。
床に置かれたポスターに視線を落とすと、下書きの三分の一ほどが終わっている。
翔也は何も見ずに描けるのだが、その分描写が非常に細かい。完成まではもうしばらくかかりそうだ。
「お、一区切りついたか?」
しげしげとポスターを眺めていると、翔也たちが部室に戻ってきた。その手には購買の袋がある。
「内川君もお昼にしようー? はいこれ」
汐見さんは笑顔で言って、カツサンドと紅茶を俺に手渡してくれた。
「あ、わざわざ買ってきてくれたんだ。ありがとう。いくらかな?」
「お金なんていいよ。それ、翔也のおごりだから」
俺が財布を取り出そうとすると、汐見さんは翔也を見ながらそう口にする。
「なんでお前が誇らしげなんだよ……まあ、今日の俺は気分がいいからな。気にせず食ってくれ」
「ふふ、購買が文化祭応援セールをやっていてね。全品半額だったのよ」
その流れで翔也にお礼を言おうとしたところ、朝倉先輩が含み笑いを浮かべながらそう教えてくれた。
なんにしてもありがたいし、ここは彼の好意に甘えよう。
……食事を済ませると、翔也はすぐに作業を再開する。
特に手伝えることもできないので、俺たちは絵筆や絵の具などの画材を準備しておく。
「内川君、今回はアクリル絵の具を使うのはどうかしら」
「あー……もしかして、濡れても大丈夫なようにですか?」
「……そうね。正直、そういった面もあるわ」
朝倉先輩に尋ねると、そんな言葉が返ってきた。
例の墨汁事件があったばかりだし、耐水性のあるアクリル絵の具を使いたくなる気持ちもわかる。
「アクリル絵の具はメリハリのある絵が描けるけど……今回のイメージとはちょっとかけ離れちゃうかな。もっとこう、ぼわっ、ふわっとした感じが出したい。できれば水彩絵の具がいいかも」
そんな折、俺たちと行動をともにする雨宮部長が身振り手振りを交えながら言う。今のポスター原案を考えたのも彼女だし、その意見はできるだけ尊重したい。
「朝倉先輩の気持ちはわかりますけど、ここは水彩絵の具にしましょう。こっちのほうがイメージに合うんです」
俺はそう言って、棚から水彩絵の具を引っ張り出した。
「それだと速乾性がないけど、大丈夫?」
「……夏に借りたままの扇風機がありますし、それでなんとかします」
雨宮部長が指差す先にある扇風機を見ながら、俺は力強くそう口にしたのだった。
……その後、完全下校時間ギリギリになって、背景の下書きが完了する。
人物の下書きはできなかったけど、ラフは描き溜めてあるし、明日は背景の着色作業を優先しよう。
「私が絵筆を持てれば、夜の間に完成させてやるのに……!」
部長は心底悔しそうに言って、机の上の絵筆に手を伸ばす。見事に通り抜けてしまっていた。
がっくりとうなだれる彼女を横目に見ながら、俺は今日の作業の終了を宣言。その日は解散となったのだった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~
kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】キスの練習相手は幼馴染で好きな人【連載版】
猫都299
青春
沼田海里(17)は幼馴染でクラスメイトの一井柚佳に恋心を抱いていた。しかしある時、彼女は同じクラスの桜場篤の事が好きなのだと知る。桜場篤は学年一モテる文武両道で性格もいいイケメンだ。告白する予定だと言う柚佳に焦り、失言を重ねる海里。納得できないながらも彼女を応援しようと決めた。しかし自信のなさそうな柚佳に色々と間違ったアドバイスをしてしまう。己の経験のなさも棚に上げて。
「キス、練習すりゃいいだろ? 篤をイチコロにするやつ」
秘密や嘘で隠されたそれぞれの思惑。ずっと好きだった幼馴染に翻弄されながらも、その本心に近付いていく。
※現在完結しています。ほかの小説が落ち着いた時等に何か書き足す事もあるかもしれません。(2024.12.2追記)
※「キスの練習相手は〜」「幼馴染に裏切られたので〜」「ダブルラヴァーズ〜」「やり直しの人生では〜」等は同じ地方都市が舞台です。(2024.12.2追記)
※小説家になろう、カクヨム、アルファポリス、ノベルアップ+、Nolaノベルに投稿しています。

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。
四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……?
どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、
「私と同棲してください!」
「要求が増えてますよ!」
意味のわからない同棲宣言をされてしまう。
とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。
中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。
無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
鷹鷲高校執事科
三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。
東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。
物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。
各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。
表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)
【完結】ぽっちゃり好きの望まない青春
mazecco
青春
◆◆◆第6回ライト文芸大賞 奨励賞受賞作◆◆◆
人ってさ、テンプレから外れた人を仕分けるのが好きだよね。
イケメンとか、金持ちとか、デブとか、なんとかかんとか。
そんなものに俺はもう振り回されたくないから、友だちなんかいらないって思ってる。
俺じゃなくて俺の顔と財布ばっかり見て喋るヤツらと話してると虚しくなってくるんだもん。
誰もほんとの俺のことなんか見てないんだから。
どうせみんな、俺がぽっちゃり好きの陰キャだって知ったら離れていくに決まってる。
そう思ってたのに……
どうしてみんな俺を放っておいてくれないんだよ!
※ラブコメ風ですがこの小説は友情物語です※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる