39 / 54
第38話 突然の訪問者 前編
しおりを挟む「誰だろ。入部希望者かな」
突如として現れた男子生徒を見ながら部長が言うも、彼は明らかに肩を怒らせながら俺のもとへと歩み寄ってくる。どう見ても入部希望者ではなさそうだ。
わずかに茶色がかった髪色と、少しハネた毛先。校章の色からして三年生のようだけど、どこかで見たことがあるような……?
「聞いたことある名前だと思ったら、本当にお前だったのな」
そんな疑問を感じていた時、俺の目の前に立った彼が口を開く。
続いて見下すような視線を向けられた直後、俺は思い出した。
「……美術部の部長さんが、うちになんの用ですか」
思わず立ち上がって語気を強めるも、彼は蔑むような目のままだ。
……この表情。以前俺の絵を破り捨てた美術部の部長に間違いなかった。
「イラスト同好会なんてもんができたって聞いたから、見に来たのさ。お前が部長らしいな」
「俺は部長代理です」
「ハッ。よくわからないが、菓子食いながら絵を描くのか? やる気ないだろ」
室内を見渡したあと、彼は置きっぱなしになっていたドーナッツに視線を送り、失笑する。
「それは差し入れです。部員に料理部と掛け持ちをしている子がいるので」
「へえ、部員いんの。掛け持ちってことは、半分幽霊部員?」
「いえ、きちんと活動してくれてますよ」
俺は感情を押し殺しながら、淡々と対応していく。
「物好きな奴もいるもんだな。けどさ、こりゃないだろ」
彼は続いて、机の上に置かれたポスターを指差しながらせせら笑う。
それはこの間まで掲示板に張られていたポスターで、汐見さんが一生懸命描いてくれたものだった。
「ま、画材の質も悪そうだし、掛け持ち部員ならこのクオリティも仕方ないか」
若干着崩した制服のポケットに手を突っ込みながら、彼はゆっくりと部室の中を歩き回る。
「こっちにはカメラとか置いてあるしよ。カメラオタクでもいんの?」
「関係ないでしょう。美術部だって、素材の撮影しないんですか」
「そういうのは写真部にやってもらってるから。それより、これだよこれ」
彼はそう言いながら俺の前に戻ってきて、右手に持っていた筒状のものを広げた。
それは数日前に張ったばかりの、新しい部活勧誘のポスターだった。
「一年の掲示板は無法地帯だからいいけど、二年や三年の学年掲示板にこんなもん張られたら困るんだよ。貴重なスペースの無駄」
「でも、きちんと許可はもらってますよ」
「許可があっても、同好会レベルでやられちゃ迷惑。せめて部活になってからやれよ」
手にしたポスターを乱暴に振りながら、彼は言う。
そもそも、部員の勧誘は同好会が部活動に昇格するために必要不可欠なのに、それを部活になってからやれだなんて、めちゃくちゃだ。
それに、この人はイラストというものを……いや、同好会そのものをすごく下に見ている。
いくらこの学校で一番力のある部活の長だとしても、他の部の活動を制限する権限はないはずだ。
「美術部に入れなかった腹いせに、新しい部活を作るなんてさ。お前も妙な対抗意識燃やしてね?」
「やりたいからやってるだけです。他意はないですよ」
「とにかく、こんな低レベルなポスター、三年の掲示板には張らないようにな。目障りだから」
「あ……!」
次の瞬間、彼は俺たちの目の前でポスターを破り捨てる。
破られたポスターが、ひらひらと四方に散り、やがて床に落ちる。俺はそれをただ見つめることしかできなかった。
「……いくらなんでも、破ることはないでしょう」
「それは悪かったな。また頑張って描いてくれ。落書きをな」
言うだけ言って満足したのか、彼は踵を返し、扉へと向かっていく。
……そんな彼の後頭部に、デッサン人形が直撃した。
「いてっ……てめっ、何しやがる?」
「いや……俺じゃないです」
美術部の部長が頭をさすりながら振り返るも、俺はそう答える。
……そう。俺じゃない。デッサン人形を投げつけたのは……雨宮部長だ。
「てめっ、ふざけんなよ」
舞い戻ってきた彼が俺の胸ぐらを掴んだと同時、今度は机がガタガタと揺れ始めた。
俺の隣に立った部長が、机の上で拳を震わせていた。その振動が机に伝わっていたのだ。
「なんにも知らないくせに……イラスト同好会を、私の居場所を馬鹿にするな!」
そう叫んだ直後、部長は傍らに置いていたドーナちゃん人形を彼に叩きつけた。
柔らかい材質で大した威力はなかったけど、彼は床に転がった人形を驚愕の表情で見ていた。
「……謝れ! この!」
雨宮部長は床に落ちた人形を拾い上げると、もう一度彼にぶつける。ほとんど体当たりのようだった。
「ひっ……うわああ!?」
彼はそのまま尻餅をつくも、彼女の攻撃は止まらない。
まるで俺の代わりに怒りをぶつけてくれているかのように、何度も、何度も。
「た、助けてくれっ……!」
雨宮部長の姿が見えない彼にとって、突然人形が動き出して襲いかかってきたように見えたのだろう。一転して情けない声を上げたあと、四つん這いになりながら部室から逃げ出していく。
「こら、逃げるなー!」
「ちょ、ちょっと、雨宮さん!」
今にも追いかけていきそうな彼女を止めようと、俺は背後から抱きつく。
それによって我に返ったのか、部長はへなへなと地面に座り込んでしまった。
「まったくもう、何してるんですか……自分の姿が人に見えないこと、忘れてたでしょう?」
「……うう、やってしまった。ポルターガイスト現象。これは明日、新聞部が来る」
彼女は取り繕うように言うも、その息は荒く、瞳には涙が浮かんでいた。
「来ませんから落ち着いてください。あんな行動するなんて、予想外でしたよ」
「面目ない……イラスト同好会を貶されてるようで、我慢ならなかったの。取り乱しちゃって、ごめん」
「でも、嬉しかったですよ。俺の代わりに怒ってくれたんですから」
「あ、やっぱり護くんも怒ってたの? 淡々としてたから、そんなことないのかと」
「いや、あんなこと言われたら誰だって怒りますって。頑張って隠してたんです」
「そかそか。やっぱり、私たちは似たもの同士だね」
「……そ、それより、三階のポスターだけでも早めに回収したほうが良さそうですね。またいつ難癖をつけられるかもわからないですし」
はにかむ部長の顔を直視できず、俺は顔を背けながら話題を変える。
「そうだね。運動部を引退したイラスト好きな三年生が来てくれるかも……なんて考えてたけど、そんなのどうでも良くなっちゃったよ。キミたち、投げちゃってごめんね」
部長はそんな言葉をかけながらデッサン人形を机の上に戻し、ドーナちゃん人形の埃をはたいて椅子の上に置いた。
「それにしても……今の美術部、あんな人が部長なの? 辞めてから近づかないようにしてたけど、絵の実力さえあれば、見た目とか性格は関係ないのかな。美術部はこの学校の顔なんだし、もっと品行方正な人にしてほしいよ」
そして別の椅子に腰を下ろしながら、部長がため息まじりに言う。
彼女自身、一度は美術部の部長を経験しているからこそ、現役部長の態度が気に食わなかったのだろう。
「……はっ」
そんなことを考えていると、部長がなにか思い出したように俺の顔を見る。
「そういえばさっき護くん、私のことを『雨宮さん』って」
「え? ああ……あの場に部長が二人いたので、思わずそう呼んでしまいました。すみません」
「別に謝らなくていいよー。なんなら、これからずっと雨宮さんでも……」
「あのー、イラスト同好会の部室って、ここですか?」
瞳を輝かせる部長の言葉を遮るように、部室の入口から声がした。
反射的に視線を向けると、そこに一人の女性が立っていた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
貞操逆転世界に転生したのに…男女比一対一って…
美鈴
ファンタジー
俺は隼 豊和(はやぶさ とよかず)。年齢は15歳。今年から高校生になるんだけど、何を隠そう俺には前世の記憶があるんだ。前世の記憶があるということは亡くなって生まれ変わったという事なんだろうけど、生まれ変わった世界はなんと貞操逆転世界だった。これはモテると喜んだのも束の間…その世界の男女比の差は全く無く、男性が優遇される世界ではなかった…寧ろ…。とにかく他にも色々とおかしい、そんな世界で俺にどうしろと!?また誰とも付き合えないのかっ!?そんなお話です…。
※カクヨム様にも投稿しております。内容は異なります。
※イラストはAI生成です
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
アイの彼方へ。
美也
青春
地球は一度、――死んだ。僕らは…地球人第2世代。
地球人第ニ世代のアイルはある日チェリーの木から小さな球を見つける。それは不思議な細工がしてあった。研究を進めるにつれ、日常でおかしな感情が起き始める。平和で平等が約束された世界で、失われた恐怖や真の愛情について悩みもがきながら、本当の幸せを探す青春恋愛ストーリー。
幼馴染と話し合って恋人になってみた→夫婦になってみた
久野真一
青春
最近の俺はちょっとした悩みを抱えている。クラスメート曰く、
幼馴染である百合(ゆり)と仲が良すぎるせいで付き合ってるか気になるらしい。
堀川百合(ほりかわゆり)。美人で成績優秀、運動完璧だけど朝が弱くてゲーム好きな天才肌の女の子。
猫みたいに気まぐれだけど優しい一面もあるそんな女の子。
百合とはゲームや面白いことが好きなところが馬が合って仲の良い関係を続けている。
そんな百合は今年は隣のクラス。俺と付き合ってるのかよく勘ぐられるらしい。
男女が仲良くしてるからすぐ付き合ってるだの何だの勘ぐってくるのは困る。
とはいえ。百合は異性としても魅力的なわけで付き合ってみたいという気持ちもある。
そんなことを悩んでいたある日の下校途中。百合から
「修二は私と恋人になりたい?」
なんて聞かれた。考えた末の言葉らしい。
百合としても満更じゃないのなら恋人になるのを躊躇する理由もない。
「なれたらいいと思ってる」
少し曖昧な返事とともに恋人になった俺たち。
食べさせあいをしたり、キスやその先もしてみたり。
恋人になった後は今までよりもっと楽しい毎日。
そんな俺達は大学に入る時に籍を入れて学生夫婦としての生活も開始。
夜一緒に寝たり、一緒に大学の講義を受けたり、新婚旅行に行ったりと
新婚生活も満喫中。
これは俺と百合が恋人としてイチャイチャしたり、
新婚生活を楽しんだりする、甘くてほのぼのとする日常のお話。
夏休み、隣の席の可愛いオバケと恋をしました。
みっちゃん
青春
『俺の隣の席はいつも空いている。』
俺、九重大地の左隣の席は本格的に夏休みが始まる今日この日まで埋まることは無かった。
しかしある日、授業中に居眠りして目を覚ますと隣の席に女の子が座っていた。
「私、、オバケだもん!」
出会って直ぐにそんなことを言っている彼女の勢いに乗せられて友達となってしまった俺の夏休みは色濃いものとなっていく。
信じること、友達の大切さ、昔の事で出来なかったことが彼女の影響で出来るようになるのか。
ちょっぴり早い夏の思い出を一緒に作っていく。
幼馴染に告白したら、交際契約書にサインを求められた件。クーリングオフは可能らしいけど、そんなつもりはない。
久野真一
青春
羽多野幸久(はたのゆきひさ)は成績そこそこだけど、運動などそれ以外全般が優秀な高校二年生。
そんな彼が最近考えるのは想い人の、湯川雅(ゆかわみやび)。異常な頭の良さで「博士」のあだ名で呼ばれる才媛。
彼はある日、勇気を出して雅に告白したのだが―
「交際してくれるなら、この契約書にサインして欲しいの」とずれた返事がかえってきたのだった。
幸久は呆れつつも契約書を読むのだが、そこに書かれていたのは予想と少し違った、想いの籠もった、
ある意味ラブレターのような代物で―
彼女を想い続けた男の子と頭がいいけどどこかずれた思考を持つ彼女の、ちょっと変な、でもほっとする恋模様をお届けします。
全三話構成です。

まずはお嫁さんからお願いします。
桜庭かなめ
恋愛
高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。
4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。
総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。
いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。
デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!
※特別編4が完結しました!(2025.4.20)
※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、感想をお待ちしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる