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第32話 夏休みの図書室にて
しおりを挟む今日も今日とて、俺は部室に向かっていた。
夏休み中ということで校内は静かなもので、時折グラウンドから運動部の元気な声が聞こえてくるくらいだ。
「……そうだ。本を返しておかないと」
階段を登って二階までやってきた時、以前部長が借りた本を返却し忘れていたことを思い出した。
いつでも返せるよう、彼女が読み終わったあとは鞄に入れておいたのだけど、部室と図書室の距離が離れているのもあって、すっかり忘れていた。
そろそろ新しい資料も借りたいし、部室に行く前にちょっと寄っていこう。
ついでに、この本の続きがあれば部長に借りてあげてもいいし。
俺はそう考えながら、図書室のある三階へ足を向けた。
◇
この学校の図書室は夏休み中も利用可能で、土日以外は基本開いている。
「内川君、おはよう」
「おはようございます」
大抵誰かが受付をしているのだけど、どうやら今日は例の――以前傘を貸してくれた、井上先生のようだった。
「これ、返却します」
「はーい。面白かった?」
部長の借りていた恋愛小説を返却したところ、そんな言葉が飛んできた。
「え、何がです?」
「何がって、この本よ。シリーズ物だけど、ちょくちょく借りてるでしょう?」
井上先生は眼鏡の奥で紺色の瞳を細めながら言う。そう言われても、実際に読んでいるのは雨宮部長で、俺は一切読んでいないのだけど。
「そ、そうですね……面白かったですよ」
詳しい感想を求められても困るので、俺は当たり障りのないことを口にしたあと、逃げるように奥の書架へと歩いていく。
そこに並ぶ美術の専門書の中から、表現技法に関する本を一冊選び取り、そのページを開く。
「……それ、モダンテクニックの本?」
「うわっ」
ぱらぱらとページをめくっていると、突然背後から声をかけられる。振り返ると、井上先生が立っていた。
「ええ、ちょっと勉強しておこうかと思いまして……って、先生、美術の技法わかるんですか?」
「少しだけねー。これでも大学生の頃は絵画サークルに入っていたこともあるのよー」
先生は眼鏡の位置を整えて、誇らしげな顔をしていた。
ちなみにモダンテクニックとは偶然を生かした技法とも呼ばれ、専用絵の具を使ってマーブル模様を描いたり、多めの水で溶いた絵の具をストローで吹き流したりして、作者も意図しないような造形を生み出すテクニックのことだ。
「まあ、最近は忙しくて全然絵を描けてないのだけどねー」
彼女は笑顔で言い、俺が返却した本を書架にしまう。
いきなり現れて驚いたけど、たまたま本を棚に戻しに来ただけのようだ。
「はいこれ。続き、読むでしょ?」
なんの気なしにその背中を眺めていると、彼女は別の本を手に取り、俺に差し出してきた。
表紙を見るに、部長が借りていた恋愛小説の続刊らしかった。
「そ、そうですね……お借りします」
俺はどこか恥ずかしい気持ちになりながらそれを受け取り、二冊の本を手に受付へと向かう。
そんな俺の動きを見て、先生も小走りで受付カウンターへと入っていく。
「いつもありがとう。それにしても、恋愛小説と美術の本を毎回セットで借りる男子生徒なんて珍しいわねー」
「はは……恋愛小説は部長が……あ」
貸出カードに記入してもらいながら会話をしていると、つい口が滑ってしまった。
「じゃあ、この本は部長さんが読んでたのねー。やっぱり、女の子?」
「え? ええまあ……」
頬をかきながら、つい視線をそらす。そんな俺を見ながら、井上先生は何か察したような表情でうんうんと頷いていた。
「ところで、内川君は何の部活に入っているの? 借りてる本の種類からして、美術部?」
「いえ、イラスト同好会です」
「あー……そう言えば、そんな部活ができたって話を聞いたような」
先生は思い出したように言って、「言われてみれば、美術部の部長さんは男の子だったわ」と続けた。
あれだけポスターを張ったにも関わらず、イラスト同好会の知名度は低いままのようだった。
「はい。夏休みの間は10日間貸し出せるから。部長さんにゆっくり読んで大丈夫だって伝えてね」
やがて貸出処理を終え、先生から本を受け取る。そのタイミングで、俺は思い切って彼女に尋ねてみる。
「あの、先生は今、何か部活動の顧問はされていますか?」
「今? 見ての通り、図書部の顧問よ」
「あ、そうですか……」
もしかしてこの人なら……と思って尋ねてみたものの、どうやら無理のようだった。
「それなら先生のクラスに、イラストに興味がありそうな人はいませんか?」
「ごめんなさい。私、クラス担任はしていないの。担当科目はあるのだけどね」
彼女は本当に申し訳なさそうに言った。
すでに部員数は昇格条件を満たしているけど、人数は多いにこしたことはない。
一人でも興味のある人が増えれば……とも思ったけど、それも難しそうだった。
「いえ、ありがとうございます。それじゃ」
俺は内心落胆しつつ、本を手に図書室をあとにしたのだった。
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