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第一章『しまねこと、春に拾った少女』

第14話『島の賑わいと、マリンソーダ』

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「わー、すごい人なのです」

「これは予想以上だね。小夜さよ、大丈夫かい?」

 ……全身全霊でお店を回していると、おじーちゃんとヒナが団体さんを連れてカフェに戻ってきた。

「ぜ、全然大丈夫! おかえりなさーい!」

 揃って心配顔をしてくれる二人に空元気で応えて、おじーちゃんにカフェの仕事を引き継ぐ。

 その後は団体さんを連れて島猫ツアーに出発するも、いつも猫たちがいる神社や漁港は人で溢れかえり、普段の半分ほどの猫たちにしか出会うことができなかった。

 いくら佐苗島さなえじまの猫が人に慣れているといっても、人が多すぎると隠れてしまう子もいる。

 人が増える前にさっさと隠れてしまったトリコさんなど、その最たる例だった。

  ◇

 一時間ほどの島猫ツアーを終えると、すぐにまたカフェの手伝いが待っていた。

 お昼時はとうに過ぎたというのに、客足は途絶えず。ようやく休めたのは14時を回った頃だった。

「はー、これがあと数日は続くのかぁ……」

 港周辺を適当にぶらつきながら、思わずそんな声を漏らす。

 カフェの中ではまだ多くのお客さんがいるので、店内では十分に休めないだろう……と、おじーちゃんが配慮してくれたのだけど、今日はどこに行っても人で溢れていた。

 5月にしては少し強い日差しの中、特設の売店や屋台、果てはお手洗いにまで人の列ができている。

 普段の佐苗島からはかけ離れた光景がそこにあった。

「島の夏祭りでも、ここまで人集まらないわよ……ゴールデンウィーク、おそるべし」

 誰にともなく呟いて、比較的人の少ない屋台でマリンソーダを買う。

 本土からやってきたお店のようで、店員さんは知らない人だった。

「はー、おいしい」

 空の色と同じ青色に染まった炭酸を喉に流し込むと、しゅわしゅわとした刺激のあとに強烈な甘味が口に残った。普段なら甘すぎると感じるけれど、今は疲れた体に染み渡る。

「……あれ?」

 飲み物を片手に港を歩き、いつもミミとハナがいる郵便局の前へとやってくるも、そこに彼女たちの姿はなかった。

 あの子たちは人懐っこいけど、あまりに人が多いと隠れてしまう。

 島唯一の観光名所である灯台に行くには、ここを通るのが一番近いし、今日は人通りが多すぎるのだろう。

 一人納得しながらストローに口をつけたとき、少し離れた港の駐車場に人影があることに気がついた。

 パステルカラーに統一されたブラウスとスカートを身に着け、腰ほどまでありそうな髪は桜色のリボンでポニーテールに結われていた。

 どうみても観光客で、年はあたしより少し上だろう。モデルと言われても誰も疑わないような、可愛らしい容姿をしている。

 そんな人が、スカートや髪が汚れるのも気に留めず、車の下を覗き込んでいた。
声をかけようか迷っていると、彼女は立ち上がり、肩を落としながら人波へと消えていった。

「……なんだったのかしら。まるで何か探してるみたいだったけど」

「あれ、小夜じゃん。こんなところで何してんだ? 暇なのか?」

 不思議に思いながら首をひねっていると、すぐ近くから知った声がした。

 見ると、黒のワイシャツ姿の新也が驚いた表情であたしを見ていた。

「暇なわけないでしょー。ずっとカフェ手伝ってて、ようやく休憩時間なの。そーいうあんたこそ暇そうねー」

「しょ、しょーがねーだろ。うちは別に商売してるわけじゃねーしさ。父ちゃんは忙しそうだったけど、俺が手伝えるもんじゃねーし」

 ばつが悪そうに言って、彼は被っていた帽子の位置を整えた。

 見慣れないデザインだけど、あれが先日コンビニヨシ子でお取り寄せした帽子のよう。

 服と同じような黒っぽいデザインで、彼に似合っていた。

「それなら、なっちゃんの手伝いでもしてあげたらいいのに。ゴールデンウィークは民宿忙しいって言ってたし、きっと喜ぶわよー?」

「男と女じゃ持ち場が違うんだよ。すぐに親父のほうに捕まって、魚の下ごしらえばっかやらされる」

 すでに経験済みなのだろう。言いながら、げんなりとした顔をしていた。

 今のうちに将来のお義父さんと仲良くなっとけばいいのに。わかってないわねー。

 あたしはつい、そんなことを考えてしまう。新也となっちゃん、実は両思いなのだ。

 知ったのはつい最近だけど、その情報源はもちろん、猫たちだ。

 そりゃあ、そろそろ異性を意識する年頃だし? 吐き出せない心のもやもやを、偶然居合わせた猫に相談する……なんてことがあっても不思議じゃない。

 普通なら絶対バレないと思う。そう、普通なら。猫の言葉がわかる、あたしがいなければ。

 小耳に入れておきたい話があるんだけどネ……と、どこか嬉しそうに寄ってきたネネの話を興味本位で聞いてしまったことを、あたしは今更ながら後悔していた。

「あーもー、ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと手伝いに行く! ほら、歩いて歩いて!」

「ちょっ……押すなよ! わかったって! 行くって!」

 二人の秘密を知ってしまった後ろめたさを隠すように、あたしは新也の背後に回ると、その背中を押す。

 恋のキューピットになるつもりは毛頭ないのだけど、罪滅ぼしというか、この二人にはうまくいってほしかった。
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