追放薬師は人見知り!?

川上とむ

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第三部 夏の思い出を作りに行きます!?

第16話『薬師、王様の薬を作る』

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「それで先生。相談なんだけど……」 

 アイシャが誠が座っている椅子に向かって歩いてくる。いつものように黙っていれば司法局実働部隊屈指の美貌の持ち主である彼女に迫られて誠は動揺していた。

「あのー、アイシャさん。僕の事『先生』て呼ぶの止めてくれませんか?」 

 誠の隊での法術師としての能力を除く価値は草野球チームのエース候補であり漫画を描けることしか無かった。去年までは野球サークルでエースを務める傍ら、漫画サークルで四年の時は表紙を描いたのはいい思い出だった。ただ、こちらは下士官、アイシャは佐官。さすがに『先生』呼ばわりは気が引けた。

「それじゃあ誠ちゃん。お願いがあるんだけど」 

 誠ちゃん。そう呼んだ時にかなめとカウラが気に障ったとでも言う様な視線を投げる。アイシャはそれを無視すると、誠の手を握りしめた。

「あ、え、その。なんでしょうか?」 

 針のムシロ。吉田と騒動を見物に来ていた管理部の菰田邦弘主計曹長以下の男性陣は明らかにざまあみろというような顔をしている。

「実はね……いい水着が無いのよ。お願いだから……一緒に買うの付き合ってくれる?」 

 突然のアイシャの言葉に誠はただ呆然と彼女の切れる様な鋭い視線に戸惑うだけだった。

「おいおい。オメエ去年はシャムとお揃いの着てなかったか?」 

 タレ目のかなめがそう突っ込みを入れる。隣でカウラがうなづいている。どちらもアイシャの態度にあからさまな敵意を見ることが出来た。誠は動揺も隠すことが出来なくなってつい、汗が流れているわけでもないのに左手で額を拭っていた。

「シャムさんと同じって……?」 

 誠はシャムのほうを見る。そして彼女の笑顔を見るとすぐにその答えが予想できた。

「やっぱりスクール水着にキャップは欠かせないでしょう!」 

 予想通りのシャムの反応。確かに身長138cmに幼児体型のシャムには似合うだろう。均整の取れた女性らしいアイシャが着るのは少し無理があるように誠でも思ってしまう。

「オメエ等、一緒に地元の餓鬼と砂の城でも作ってろ。アタシは……」 

 誠を眺めていたかなめがカウラの方を向いた。そして満足げな笑みを浮かべながらその平らな胸を見つめる。優越感に染まるかなめの目の色を見てカウラはその視線に気づいて慌てて自分のコンプレックスの源である胸を隠した。

「なんだ、西園寺。私は何も言っていないぞ……」 

 そう静かに言ってはいるが、カウラのこめかみが動いているのは彼女の動揺を示していた。いつもはクールなカウラが動揺する姿に目が行きそうになる誠だが、さすがに上司のコンプレックスを刺激する趣味は無かった。そして同時に部屋の空気がいつものだれた調子に落ち込んでいくのを感じていた。

「カウラちゃん気にしないの……そう言う娘(こ)が好きだって人もいるんだから」

「お姉さん……フォローになってませんよ」

 能天気なリアナの言葉にアイシャが思わず突っ込んだ。

「平らなカウラは、まあ……正直競泳用のを買えばいいんじゃないのか?」

「かなめちゃん……それじゃあちょっとカウラちゃんがかわいそうじゃないの」

 アイシャの言葉もまたフォローになっていない。かなめは自分のアイデアが否定されたことに腹が立ったというように口を膨らませた。

「まあいいや、アタシは水着持ってないから行かねえよ」

「胡州帝国宰相の娘が水着一つ持ってない?」

「アイシャ。イヤミのつもりか?それとアタシの前で親父の話はするな」

 かなめは胡州帝国の貴族の頂点に立つ四大公の筆頭、西園寺家の一人娘だった。しかも、現在の西園寺家当主、西園寺義基は胡州帝国宰相の職にあった。だが父親の話をされると明らかにかなめのトーンが切り替わった。洒落にならない殺気が放たれている。

「誠ちゃん。ちゃんと可愛いの選んでね」

 かなめが切れかかっているのを知りつつもアイシャはさらに挑発的に誠に絡む。

「そ……そんなのわかりませんよ」

「そうだな。神前にわかるわけないよな」

 頷きながらかなめは青筋を浮かべている。そんな彼女を満足げにうなづきながらアイシャが見つめる。

「それじゃああなたも来ればいいんじゃない?」 

「おお!上等じゃねえか!神前!終わったら付き合え」 

 ヒートアップして売り言葉に買い言葉、おそらくいつも通りアイシャの挑発に乗ったかなめが後先考えずに受けて立ったのだろう。

「西園寺。勝手に決めんな。とりあえず今日は神前には先日の『近藤事件』の出動の際に提出した書類のチェックをだな……」 

「黙れ!チビ!」 

 くちばしを挟んだランをかなめはあっさりと蹴散らす。人一倍自分の幼生固定された身体にコンプレックスを持っているランは口をつぐむしかなかった。

「じゃあパーラの車で行きましょ!いいわねパーラ?」 

 8人乗りの四駆に乗っているパーラはこういう時はいつでも貧乏くじである。『不幸といえばパーラさん』。これは実働部隊の隊員誰もが静かに口伝えている言葉だった。
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