追放薬師は人見知り!?

川上とむ

文字の大きさ
上 下
49 / 59
第三部 夏の思い出を作りに行きます!?

第11話『薬師、お菓子を作る』

しおりを挟む

 そんなことがあった翌日。空はあいにくの雨模様だった。

 夏といっても、常に晴れているわけじゃない。

 海の向こうから時折真っ黒な雨雲がやってきては、こうして雨を降らすのだ。

 若干気温も下がるので、窓から流れ込む潮風が心地よかった。

「うー、雨、止まないかなぁー」

 割り当てられた客室で皆と過ごしていると、マイラさんがベッドに寝っ転がり、窓の外を憎らしげに見ている。

「まぁまぁ、こんな日もありますって。マイラもスフィアちゃんを見習って、本でも読んだらどうですか?」

「本かぁ……あたし、文字ばっかりの本読んだらすぐ眠くなるんだよねぇ」

 部屋に備え付けられたソファーに座り、黙々とページをめくるスフィアを一瞬見たあと、マイラさんがため息まじりに言う。

 本を読むような人ではないと思ってはいたけど、それも極端な話だ。

「あのー、エリン先生、ちょっと質問があるんですが」

「へっ、わ、わたしですか?」

 そんなマイラさんをなんともいえない気持ちで見ていると、ふいにスフィアから声をかけられた。

 直後に彼女は立ち上がり、本のページを見せてくる。そこにはアプリコットを使ったスイーツの作り方が書かれていた。

「……もしかしてスフィア、熱心に読んでいたのは、お菓子の本だったんですか」

「えへへ……実はそうなんです。絵もついているので、どれもおいしそうで……じゃなくて、ここなんですが」

 とろけるような笑顔を見せた直後、急に真面目な口調で訊いてくる。

「ここに書かれているアプリコットって、薬材やくざいにも使う、あのアプリコットですよね?」

「そ、そうです。薬だけじゃなく、お菓子の材料にも使えるんです。アプリコットの種を粉砕して水と混ぜたあと、それをして作ったエキスにミルクと砂糖を加えて、ゼラチンで固めるんです。冷たくてぷるぷる。おいしいんですよ」

 説明するうちに、スフィアの瞳がキラキラと輝いていくのがわかった。

「……もしかしてスフィア、食べたいんですか」

「はい!」

 思わず問いかけると、待ってましたとばかりに元気な返事が飛んできた。

「エリンさん、あたしたちもそれ、食べてみたいなー」

「冷たくてぷるぷる……どんなお菓子なのか、気になりますねぇ。量産が可能なら、浜辺で販売してもいいのでは……!」

 はと気づくと、マイラさんやクロエさんまでが期待に満ちた目でわたしを見ていた。

 ……これは、今更断れそうもない。

「わ、わかりました。ちょっと、エドヴィンさんに聞いてみます。その、あまり期待しないでくださいね」

 彼女たちの視線に負け、わたしは逃げるように客室をあとにする。

 そのまま調合室ヘ向かい、何やら作業をしていたエドヴィンさんに事情を説明。アプリコットを使ったスイーツを作る許可をもらう。

「薬材を使ったスイーツですか。私も非常に興味がありますので、工程を見学させていただいてもよろしいですか」

 いえ、よろしくないです。緊張しますので、見ないでください。

 ……なんてことはとても言えず、わたしは曖昧な返事をするしかなかった。

 それを肯定と捉えたのか、エドヴィンさんはわたしの後ろに立ち、食い入るような視線を向けてくる。

 こ、これは是が非でも緊張してしまう……頑張れエリン。負けるなエリン。

 心の中で自分にそう言い聞かせてから、まずは薬材であるアプリコットの種を薬研やげんで粉にする。

 完成したそれを手に、今度はキッチンへと向かう。その後ろを、エドヴィンさんがしっかりとついてくる。

 そしてミルクや砂糖を用意する間も、わたしの一挙手一投足を食い入るように見ていた。

「あ、あの、ひとつ気になったことがあるのですが」

「はて、なんでしょうか」

 その視線に耐えかねたわたしは、エドヴィンさんに質問をしてみる。

「この街の薬師やくし工房……フランティオ工房でしたっけ。あそこって、評判悪いんですか?」

「最近、代替わりしたという話ですが……何かあったのですかな」

「じ、実は……」

 わたしは作業を続けながら、先日の出来事について彼に話して聞かせる。

「ふむ……フランティオ様の御子息については、薬師としての腕前は平凡だと聞いていましたが、性格にも難あり、ということですか」

「そ、そこまで言い切るのはどうかと思います。ただ、あのおじいさん以外にも、不良品と言ってもいい薬を買わされた人がいるのではないかと思いまして」

「なるほどですね……ここはわたくしの独断で動くわけにはまいりませんし、旦那様がお戻りになられたら、お話をしてみましょう」

「よ、よろしくお願いします」

「……あら、エリンさんにエドヴィン、一緒にいるなんて珍しいですね」

 ちょうど会話が一区切りしたところで、背後からオリヴィア様の声がした。

「オリヴィア様こそ、こんな時間にどうされたのですかな」

「えっ、その……少し小腹が空いてしまって」

「……要するに、つまみ食いにいらしたと」

「わ、わたくしだけじゃないのよ。イアンも何か食べたいと言っていたわ。食欲が出るのはいいことよね」

 エドヴィンさんに問われ、彼女はどこか恥ずかしそうな顔をするも、すぐにそう取り繕った。

「やれやれ。仕方ありません。ちょうど今から、エリン様がお菓子を作ってくださいます。もうしばらくお待ちください」

「まぁ、エリンさんがお菓子作りを? せっかくですし、わたくしも見学させてもらっていいかしら」

「ど、どうぞ」

 ……見学者が増えた。

 その後、わたしは背後からの二人分の視線に耐えながら、なんとかスイーツを完成させたのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。

重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。 あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。 よくある聖女追放ものです。

もう、終わった話ですし

志位斗 茂家波
ファンタジー
一国が滅びた。 その知らせを聞いても、私には関係の無い事。 だってね、もう分っていたことなのよね‥‥‥ ‥‥‥たまにやりたくなる、ありきたりな婚約破棄ざまぁ(?)もの 少々物足りないような気がするので、気が向いたらオマケ書こうかな?

お妃様に魔力を奪われ城から追い出された魔法使いですが…愚か者達と縁が切れて幸せです。

coco
恋愛
妃に逆恨みされ、魔力を奪われ城から追い出された魔法使いの私。 でも…それによって愚か者達と縁が切れ、私は清々してます─!

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【短編】追放した仲間が行方不明!?

mimiaizu
ファンタジー
Aランク冒険者パーティー『強欲の翼』。そこで支援術師として仲間たちを支援し続けていたアリクは、リーダーのウーバの悪意で追補された。だが、その追放は間違っていた。これをきっかけとしてウーバと『強欲の翼』は失敗が続き、落ちぶれていくのであった。 ※「行方不明」の「追放系」を思いついて投稿しました。短編で終わらせるつもりなのでよろしくお願いします。

家の全仕事を請け負っていた私ですが「無能はいらない!」と追放されました。

水垣するめ
恋愛
主人公のミア・スコットは幼い頃から家の仕事をさせられていた。 兄と妹が優秀すぎたため、ミアは「無能」とレッテルが貼られていた。 しかし幼い頃から仕事を行ってきたミアは仕事の腕が鍛えられ、とても優秀になっていた。 それは公爵家の仕事を一人で回せるくらいに。 だが最初からミアを見下している両親や兄と妹はそれには気づかない。 そしてある日、とうとうミアを家から追い出してしまう。 自由になったミアは人生を謳歌し始める。 それと対象的に、ミアを追放したスコット家は仕事が回らなくなり没落していく……。

結界師、パーティ追放されたら五秒でざまぁ

七辻ゆゆ
ファンタジー
「こっちは上を目指してんだよ! 遊びじゃねえんだ!」 「ってわけでな、おまえとはここでお別れだ。ついてくんなよ、邪魔だから」 「ま、まってくださ……!」 「誰が待つかよバーーーーーカ!」 「そっちは危な……っあ」

処理中です...