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第三部 夏の思い出を作りに行きます!?
第11話『薬師、お菓子を作る』
しおりを挟むそんなことがあった翌日。空はあいにくの雨模様だった。
夏といっても、常に晴れているわけじゃない。
海の向こうから時折真っ黒な雨雲がやってきては、こうして雨を降らすのだ。
若干気温も下がるので、窓から流れ込む潮風が心地よかった。
「うー、雨、止まないかなぁー」
割り当てられた客室で皆と過ごしていると、マイラさんがベッドに寝っ転がり、窓の外を憎らしげに見ている。
「まぁまぁ、こんな日もありますって。マイラもスフィアちゃんを見習って、本でも読んだらどうですか?」
「本かぁ……あたし、文字ばっかりの本読んだらすぐ眠くなるんだよねぇ」
部屋に備え付けられたソファーに座り、黙々とページをめくるスフィアを一瞬見たあと、マイラさんがため息まじりに言う。
本を読むような人ではないと思ってはいたけど、それも極端な話だ。
「あのー、エリン先生、ちょっと質問があるんですが」
「へっ、わ、わたしですか?」
そんなマイラさんをなんともいえない気持ちで見ていると、ふいにスフィアから声をかけられた。
直後に彼女は立ち上がり、本のページを見せてくる。そこにはアプリコットを使ったスイーツの作り方が書かれていた。
「……もしかしてスフィア、熱心に読んでいたのは、お菓子の本だったんですか」
「えへへ……実はそうなんです。絵もついているので、どれもおいしそうで……じゃなくて、ここなんですが」
とろけるような笑顔を見せた直後、急に真面目な口調で訊いてくる。
「ここに書かれているアプリコットって、薬材にも使う、あのアプリコットですよね?」
「そ、そうです。薬だけじゃなく、お菓子の材料にも使えるんです。アプリコットの種を粉砕して水と混ぜたあと、それを濾して作ったエキスにミルクと砂糖を加えて、ゼラチンで固めるんです。冷たくてぷるぷる。おいしいんですよ」
説明するうちに、スフィアの瞳がキラキラと輝いていくのがわかった。
「……もしかしてスフィア、食べたいんですか」
「はい!」
思わず問いかけると、待ってましたとばかりに元気な返事が飛んできた。
「エリンさん、あたしたちもそれ、食べてみたいなー」
「冷たくてぷるぷる……どんなお菓子なのか、気になりますねぇ。量産が可能なら、浜辺で販売してもいいのでは……!」
はと気づくと、マイラさんやクロエさんまでが期待に満ちた目でわたしを見ていた。
……これは、今更断れそうもない。
「わ、わかりました。ちょっと、エドヴィンさんに聞いてみます。その、あまり期待しないでくださいね」
彼女たちの視線に負け、わたしは逃げるように客室をあとにする。
そのまま調合室ヘ向かい、何やら作業をしていたエドヴィンさんに事情を説明。アプリコットを使ったスイーツを作る許可をもらう。
「薬材を使ったスイーツですか。私も非常に興味がありますので、工程を見学させていただいてもよろしいですか」
いえ、よろしくないです。緊張しますので、見ないでください。
……なんてことはとても言えず、わたしは曖昧な返事をするしかなかった。
それを肯定と捉えたのか、エドヴィンさんはわたしの後ろに立ち、食い入るような視線を向けてくる。
こ、これは是が非でも緊張してしまう……頑張れエリン。負けるなエリン。
心の中で自分にそう言い聞かせてから、まずは薬材であるアプリコットの種を薬研で粉にする。
完成したそれを手に、今度はキッチンへと向かう。その後ろを、エドヴィンさんがしっかりとついてくる。
そしてミルクや砂糖を用意する間も、わたしの一挙手一投足を食い入るように見ていた。
「あ、あの、ひとつ気になったことがあるのですが」
「はて、なんでしょうか」
その視線に耐えかねたわたしは、エドヴィンさんに質問をしてみる。
「この街の薬師工房……フランティオ工房でしたっけ。あそこって、評判悪いんですか?」
「最近、代替わりしたという話ですが……何かあったのですかな」
「じ、実は……」
わたしは作業を続けながら、先日の出来事について彼に話して聞かせる。
「ふむ……フランティオ様の御子息については、薬師としての腕前は平凡だと聞いていましたが、性格にも難あり、ということですか」
「そ、そこまで言い切るのはどうかと思います。ただ、あのおじいさん以外にも、不良品と言ってもいい薬を買わされた人がいるのではないかと思いまして」
「なるほどですね……ここはわたくしの独断で動くわけにはまいりませんし、旦那様がお戻りになられたら、お話をしてみましょう」
「よ、よろしくお願いします」
「……あら、エリンさんにエドヴィン、一緒にいるなんて珍しいですね」
ちょうど会話が一区切りしたところで、背後からオリヴィア様の声がした。
「オリヴィア様こそ、こんな時間にどうされたのですかな」
「えっ、その……少し小腹が空いてしまって」
「……要するに、つまみ食いにいらしたと」
「わ、わたくしだけじゃないのよ。イアンも何か食べたいと言っていたわ。食欲が出るのはいいことよね」
エドヴィンさんに問われ、彼女はどこか恥ずかしそうな顔をするも、すぐにそう取り繕った。
「やれやれ。仕方ありません。ちょうど今から、エリン様がお菓子を作ってくださいます。もうしばらくお待ちください」
「まぁ、エリンさんがお菓子作りを? せっかくですし、わたくしも見学させてもらっていいかしら」
「ど、どうぞ」
……見学者が増えた。
その後、わたしは背後からの二人分の視線に耐えながら、なんとかスイーツを完成させたのだった。
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