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第三部 夏の思い出を作りに行きます!?
第10話『薬師、海辺の工房を訪れる』
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「こんにちはー!」
入店を知らせる鈴を勢いよく鳴らしながら、スフィアはフランティオ工房の扉をくぐる。
彼女に手を引かれたままのわたしも、当然その後に続くことになる。
「いらっしゃー……見ない顔だな。よそ者か?」
薬材の独特な香りが鼻をつくのと同時に、奥から気だるげな声が飛んできた。
見ると、茶色の短髪に無精髭を生やした中年の男性がカウンターに頬杖をついている。
「はい! よそ者です! ちょっと工房長さんのお耳に入れたいことがありまして!」
スフィアはそう元気に答え、声の主のほうへずんずんと近づいていく。
……この子はどうして、ここまで物怖じしないのだろう。あの男の人、なんか怖そうだし、せめてマイラさんを連れて出直したほうが……。
そんなことを考えている間にも、わたしは引きずられるようにカウンター前へと移動する。
「工房長は俺だが、何を耳に入れたいって?」
「実はですね。私たち、こちらで薬を買ったおじいさんとお会いしたのですが……」
わたしが止める間もなく、スフィアは事の詳細を話していく。
「心臓の薬……あー、ローダリーのじーさんか」
彼女の話を聞き終えた彼は、眉間にシワを寄せながらため息を漏らす。
「その人が、副作用に苦しんでいまして。体にあった薬を調合してあげてほしいんですが」
「お嬢ちゃん、気にする必要ねーよ。あのじーさん、そう長くねぇから。やるだけ手間だろ」
「え……」
続く工房長の言葉に、わたしとスフィアは唖然としてしまった。
いやいやいや、いくらなんでも、子どもに対してその言い方はないと思う。
「……あ、あの。その言い方は、やめたほうがいいかと」
「だって事実だしなぁ」
思わずそう口にするも、彼は悪びれる様子もなかった。
「じ、事実だとしても、相手は子どもですよ。それにその、手の施しようがないにしろ、患者さんの苦しみを少しでも和らげてあげるのが、薬師の努めだと思いますが」
「……あんた、何様だ?」
「ひっ」
口から出るに任せていると、ぎろりと睨みつけられ、わたしは反射的に後ずさる。
「エリン先生は、国家公認工房の看板薬師なんですよ! 言うことを聞いたほうがいいです!」
「ちょ、ちょっとスフィア」
簡単に素性を話してしまったスフィアを咎めるも、一度口から出た言葉は戻らない。
「へぇ。あんたみたいなおどおどした性格でも看板薬師になれるんだな……女だし、色仕掛けでも使ったのか?」
「そ、そんなことはしていませんっ……」
彼はなんともいやらしい笑みを浮かべながら言う。恥ずかしさと恐怖で、わたしは声が震えた。ま、負けるなエリン。頑張れエリン。
「と、とにかく、そちらの薬は副作用も強いですし、薬材の品質も怪しいです。早いうちに手を打たないと、そのうち大変なことになりますよ」
「そう言われてもなぁ。俺も最近店を継いだばっかなんだ。親父が急に倒れちまって、大変なんだぜ」
そう言った彼が指差す先には、額に入った委任状が置かれていた。
そこに書かれている薬師免許のランクは『指定工房内・二級薬師』。つまり、工房の経営を続けるために彼の父親から暫定的に渡された免許で、この工房でしか効力を発揮しない。
それでいて二級相当ということは、彼の実力はかなり低いと思われる。
「そうだ。うちも人手不足なんだよ。そこまで言うんなら、先生がうちで働いてくれないか。夜の相手もしてくれたら、給料弾むぜ」
「夜の……? 夜勤でもあるんですか?」
「お、おおお、お断りします!」
続く工房長の言葉にスフィアが首を傾げる一方で、わたしは目を白黒させる。
「ス、スフィア、帰りますよ! こんなところにいたら、教育に悪いです!」
それからスフィアの手を取って、逃げるように工房を飛び出す。
薬師工房として患者さんのことを全く考えないばかりか、あの態度はなんなのだろう。
これだけ大きな街の薬師工房だから、何かしらの対応をしてくれるのではないかと期待していたのに。わたしはすっかり失望してしまったのだった。
入店を知らせる鈴を勢いよく鳴らしながら、スフィアはフランティオ工房の扉をくぐる。
彼女に手を引かれたままのわたしも、当然その後に続くことになる。
「いらっしゃー……見ない顔だな。よそ者か?」
薬材の独特な香りが鼻をつくのと同時に、奥から気だるげな声が飛んできた。
見ると、茶色の短髪に無精髭を生やした中年の男性がカウンターに頬杖をついている。
「はい! よそ者です! ちょっと工房長さんのお耳に入れたいことがありまして!」
スフィアはそう元気に答え、声の主のほうへずんずんと近づいていく。
……この子はどうして、ここまで物怖じしないのだろう。あの男の人、なんか怖そうだし、せめてマイラさんを連れて出直したほうが……。
そんなことを考えている間にも、わたしは引きずられるようにカウンター前へと移動する。
「工房長は俺だが、何を耳に入れたいって?」
「実はですね。私たち、こちらで薬を買ったおじいさんとお会いしたのですが……」
わたしが止める間もなく、スフィアは事の詳細を話していく。
「心臓の薬……あー、ローダリーのじーさんか」
彼女の話を聞き終えた彼は、眉間にシワを寄せながらため息を漏らす。
「その人が、副作用に苦しんでいまして。体にあった薬を調合してあげてほしいんですが」
「お嬢ちゃん、気にする必要ねーよ。あのじーさん、そう長くねぇから。やるだけ手間だろ」
「え……」
続く工房長の言葉に、わたしとスフィアは唖然としてしまった。
いやいやいや、いくらなんでも、子どもに対してその言い方はないと思う。
「……あ、あの。その言い方は、やめたほうがいいかと」
「だって事実だしなぁ」
思わずそう口にするも、彼は悪びれる様子もなかった。
「じ、事実だとしても、相手は子どもですよ。それにその、手の施しようがないにしろ、患者さんの苦しみを少しでも和らげてあげるのが、薬師の努めだと思いますが」
「……あんた、何様だ?」
「ひっ」
口から出るに任せていると、ぎろりと睨みつけられ、わたしは反射的に後ずさる。
「エリン先生は、国家公認工房の看板薬師なんですよ! 言うことを聞いたほうがいいです!」
「ちょ、ちょっとスフィア」
簡単に素性を話してしまったスフィアを咎めるも、一度口から出た言葉は戻らない。
「へぇ。あんたみたいなおどおどした性格でも看板薬師になれるんだな……女だし、色仕掛けでも使ったのか?」
「そ、そんなことはしていませんっ……」
彼はなんともいやらしい笑みを浮かべながら言う。恥ずかしさと恐怖で、わたしは声が震えた。ま、負けるなエリン。頑張れエリン。
「と、とにかく、そちらの薬は副作用も強いですし、薬材の品質も怪しいです。早いうちに手を打たないと、そのうち大変なことになりますよ」
「そう言われてもなぁ。俺も最近店を継いだばっかなんだ。親父が急に倒れちまって、大変なんだぜ」
そう言った彼が指差す先には、額に入った委任状が置かれていた。
そこに書かれている薬師免許のランクは『指定工房内・二級薬師』。つまり、工房の経営を続けるために彼の父親から暫定的に渡された免許で、この工房でしか効力を発揮しない。
それでいて二級相当ということは、彼の実力はかなり低いと思われる。
「そうだ。うちも人手不足なんだよ。そこまで言うんなら、先生がうちで働いてくれないか。夜の相手もしてくれたら、給料弾むぜ」
「夜の……? 夜勤でもあるんですか?」
「お、おおお、お断りします!」
続く工房長の言葉にスフィアが首を傾げる一方で、わたしは目を白黒させる。
「ス、スフィア、帰りますよ! こんなところにいたら、教育に悪いです!」
それからスフィアの手を取って、逃げるように工房を飛び出す。
薬師工房として患者さんのことを全く考えないばかりか、あの態度はなんなのだろう。
これだけ大きな街の薬師工房だから、何かしらの対応をしてくれるのではないかと期待していたのに。わたしはすっかり失望してしまったのだった。
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