追放薬師は人見知り!?

川上とむ

文字の大きさ
上 下
48 / 59
第三部 夏の思い出を作りに行きます!?

第10話『薬師、海辺の工房を訪れる』

しおりを挟む
「こんにちはー!」

 入店を知らせる鈴を勢いよく鳴らしながら、スフィアはフランティオ工房の扉をくぐる。

 彼女に手を引かれたままのわたしも、当然その後に続くことになる。

「いらっしゃー……見ない顔だな。よそ者か?」

 薬材やくざいの独特な香りが鼻をつくのと同時に、奥から気だるげな声が飛んできた。

 見ると、茶色の短髪に無精髭を生やした中年の男性がカウンターに頬杖をついている。

「はい! よそ者です! ちょっと工房長さんのお耳に入れたいことがありまして!」

 スフィアはそう元気に答え、声の主のほうへずんずんと近づいていく。

 ……この子はどうして、ここまで物怖じしないのだろう。あの男の人、なんか怖そうだし、せめてマイラさんを連れて出直したほうが……。

 そんなことを考えている間にも、わたしは引きずられるようにカウンター前へと移動する。

「工房長は俺だが、何を耳に入れたいって?」

「実はですね。私たち、こちらで薬を買ったおじいさんとお会いしたのですが……」

 わたしが止める間もなく、スフィアは事の詳細を話していく。

「心臓の薬……あー、ローダリーのじーさんか」

 彼女の話を聞き終えた彼は、眉間にシワを寄せながらため息を漏らす。

「その人が、副作用に苦しんでいまして。体にあった薬を調合してあげてほしいんですが」

「お嬢ちゃん、気にする必要ねーよ。あのじーさん、そう長くねぇから。やるだけ手間だろ」

「え……」

 続く工房長の言葉に、わたしとスフィアは唖然としてしまった。

 いやいやいや、いくらなんでも、子どもに対してその言い方はないと思う。

「……あ、あの。その言い方は、やめたほうがいいかと」

「だって事実だしなぁ」

 思わずそう口にするも、彼は悪びれる様子もなかった。

「じ、事実だとしても、相手は子どもですよ。それにその、手の施しようがないにしろ、患者さんの苦しみを少しでも和らげてあげるのが、薬師やくしの努めだと思いますが」

「……あんた、何様だ?」

「ひっ」

 口から出るに任せていると、ぎろりと睨みつけられ、わたしは反射的に後ずさる。

「エリン先生は、国家公認工房の看板薬師なんですよ! 言うことを聞いたほうがいいです!」

「ちょ、ちょっとスフィア」

 簡単に素性を話してしまったスフィアを咎めるも、一度口から出た言葉は戻らない。

「へぇ。あんたみたいなおどおどした性格でも看板薬師になれるんだな……女だし、色仕掛けでも使ったのか?」

「そ、そんなことはしていませんっ……」

 彼はなんともいやらしい笑みを浮かべながら言う。恥ずかしさと恐怖で、わたしは声が震えた。ま、負けるなエリン。頑張れエリン。

「と、とにかく、そちらの薬は副作用も強いですし、薬材の品質も怪しいです。早いうちに手を打たないと、そのうち大変なことになりますよ」

「そう言われてもなぁ。俺も最近店を継いだばっかなんだ。親父が急に倒れちまって、大変なんだぜ」

 そう言った彼が指差す先には、額に入った委任状が置かれていた。

 そこに書かれている薬師免許のランクは『指定工房内・二級薬師』。つまり、工房の経営を続けるために彼の父親から暫定的に渡された免許で、この工房でしか効力を発揮しない。

 それでいて二級相当ということは、彼の実力はかなり低いと思われる。

「そうだ。うちも人手不足なんだよ。そこまで言うんなら、先生がうちで働いてくれないか。夜の相手もしてくれたら、給料弾むぜ」

「夜の……? 夜勤でもあるんですか?」

「お、おおお、お断りします!」

 続く工房長の言葉にスフィアが首を傾げる一方で、わたしは目を白黒させる。

「ス、スフィア、帰りますよ! こんなところにいたら、教育に悪いです!」

 それからスフィアの手を取って、逃げるように工房を飛び出す。

 薬師工房として患者さんのことを全く考えないばかりか、あの態度はなんなのだろう。

 これだけ大きな街の薬師工房だから、何かしらの対応をしてくれるのではないかと期待していたのに。わたしはすっかり失望してしまったのだった。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。

重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。 あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。 よくある聖女追放ものです。

お妃様に魔力を奪われ城から追い出された魔法使いですが…愚か者達と縁が切れて幸せです。

coco
恋愛
妃に逆恨みされ、魔力を奪われ城から追い出された魔法使いの私。 でも…それによって愚か者達と縁が切れ、私は清々してます─!

もう、終わった話ですし

志位斗 茂家波
ファンタジー
一国が滅びた。 その知らせを聞いても、私には関係の無い事。 だってね、もう分っていたことなのよね‥‥‥ ‥‥‥たまにやりたくなる、ありきたりな婚約破棄ざまぁ(?)もの 少々物足りないような気がするので、気が向いたらオマケ書こうかな?

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

家の全仕事を請け負っていた私ですが「無能はいらない!」と追放されました。

水垣するめ
恋愛
主人公のミア・スコットは幼い頃から家の仕事をさせられていた。 兄と妹が優秀すぎたため、ミアは「無能」とレッテルが貼られていた。 しかし幼い頃から仕事を行ってきたミアは仕事の腕が鍛えられ、とても優秀になっていた。 それは公爵家の仕事を一人で回せるくらいに。 だが最初からミアを見下している両親や兄と妹はそれには気づかない。 そしてある日、とうとうミアを家から追い出してしまう。 自由になったミアは人生を謳歌し始める。 それと対象的に、ミアを追放したスコット家は仕事が回らなくなり没落していく……。

【短編】追放した仲間が行方不明!?

mimiaizu
ファンタジー
Aランク冒険者パーティー『強欲の翼』。そこで支援術師として仲間たちを支援し続けていたアリクは、リーダーのウーバの悪意で追補された。だが、その追放は間違っていた。これをきっかけとしてウーバと『強欲の翼』は失敗が続き、落ちぶれていくのであった。 ※「行方不明」の「追放系」を思いついて投稿しました。短編で終わらせるつもりなのでよろしくお願いします。

結界師、パーティ追放されたら五秒でざまぁ

七辻ゆゆ
ファンタジー
「こっちは上を目指してんだよ! 遊びじゃねえんだ!」 「ってわけでな、おまえとはここでお別れだ。ついてくんなよ、邪魔だから」 「ま、まってくださ……!」 「誰が待つかよバーーーーーカ!」 「そっちは危な……っあ」

処理中です...