追放薬師は人見知り!?

川上とむ

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第三部 夏の思い出を作りに行きます!?

第8話『薬師、陽キャの巣窟へ向かう』

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 休憩を終えて、再び遊び始める皆を尻目に、わたしは一人ミレー貝を探す。

 わたしの本来の目的はこの貝の採取だし、ようやく本腰を入れることができる。

「……あれ?」

 けれど、いくら探してもそれらしい貝は見つからなかった。

 ミレー貝はその貝殻が薬になるだけでなく、中身もおいしく食べることができるので、場所によっては乱獲されてしまう可能性もあるけど……ここはプライベートビーチだ。荒らされている可能性はないと思ったのだけど。

 首を傾げながら波打ち際を探してまわり、時折砂を掘り返してみるも、それらしい貝は見つけられなかった。

「あ、あの、ミレー貝、全然いないんですが」

 わたしはエドヴィンさんのもとへ向かい、おずおずと尋ねてみる。

「おかしいですね……もしかすると、今年は潮の流れが違うのかもしれません」

 イアン様の近くに控えるエドヴィンさんは、海のほうを見ながらそう口にした。

「ということは、ミレー貝は手に入らないと……?」

「いえ、繁殖地が違っているだけでしょう。ここではなく、街の反対側の浜辺に行けば確保できるかと」

 思わず肩を落とすも、エドヴィンさんはそんな言葉を返してくれる。

「そ、そうですか……うん?」

 一瞬安堵するも、彼の言葉が少し引っかかった。

「ま、街の反対側……と言うと、まさか」

「ええ。一般の方々に開放されている浜辺になります。ここと違って賑やかですし、一度足を運んでみてはいかがですかな」

「ありがとうございます。貝は諦めます」

 わたしは深々と頭を下げたあと、そそくさと帰り支度を始める。

 人がたくさんいる場所に行くだけでも緊張してしまうというのに、浜辺はそれこそ、距離感がおかしい人たちというか、眩しい人種が集う場所と聞いている。

 貝の採集に行くとしても、わざわざ昼間に行く必要はない。そういう人たちが帰ってしまったあと、こっそりと行くことにしよう。

「へー、街の反対側にも浜辺があるんだね!」

 その時、わたしとエドヴィンさんのやり取りを聞いていたのか、マイラさんたちが瞳を輝かせていた。

「はい。そちらは人も多く、飲み物や軽食を販売する店も数多く出ていると聞いています」

「エリンさん、せっかくだし行ってみようよ! ここもいいけど、賑やかな場所もいいよね!?」

 ……いえ、よくないです。

「エリン先生、私、どんなお店があるのか気になります!」

 ……わたしは気になりません。

 太陽に負けない笑顔で言うマイラさんとスフィアに対し、脳内でそう突っ込むも……実際には口にできず。

 助け舟を出してくれないかと、彼女たちの背後に立つクロエさんを見るも……他の二人と同じ笑みをたたえるだけだった。

「というわけで、皆で行ってみよう!」

 どういうわけなのかさっぱり理解できないうちに、わたしは左右の手を掴まれる。

「いえ、あのあの……」

 そして一切弁解できないまま、ずるずると引きずられていった。



 それからわたしたちは、もう一つのビーチを目指しで街の中を進む。

 場所が場所だけに貴族のお二人は同行できなかったけど、賑やかな街の様子に、わたし以外の三人ははしゃいでいた。

「見てください。あれはお土産物屋さんでしょうか?」

「観光案内所……って書いてありますね。これだけ大きな街ですし、観光名所も多いのかもしれません」

「あっちにはフルーツジュースのお店があるよ! 暑いし、皆で飲んでく?」

 多くの人が行き交う街の喧騒に負けないように、三人は声を弾ませる。

 そんな彼女たちの後ろに隠れるようにして歩みを進めていると、道行く人々の恰好が気になった。

 薄い上着をはおりつつも、皆が皆、移動中も水着だった。

 常に暑い海辺の街ならではの光景だとは思うけど、皆、恥ずかしくないのかな。

 わたしたちも同じような上着を着ているけど、正直言ってスケスケで、目隠しとしてはまったく意味をなしていない。

 ……やっぱり恥ずかしすぎる。暑くてもいいから、普通の服が着たい。

 そうこうしていると、目的の浜辺にたどり着いた。

「はうっ……」

 そして目の前に広がる光景を見た時、わたしは立ち眩みがした。

 砂浜の至る所に人の輪ができていて、それはどれもが友人知人の集まりのよう。

 売店で買ったらしい飲み物を片手に、波音に負けない声量で会話に花を咲かせていた。

 とにもかくにも人が多い。下手をしたら王都の帰宅時間帯より混んでいるかもしれない。

 先程までのプライベートビーチとは似ても似つかぬ状況だった。

「お、キミたち、この街は初めてかい?」

「よかったら、俺たちが案内してあげようか?」

 ……その時、さっそく何か寄ってきた。

 いい感じに日焼けした、男の人が二人。これはあれだろうか。いわゆるガールハントというやつだろうか。
「あー、そういうのは間に合ってますのでー」

 直後、クロエさんが営業スマイルでそれを一蹴する。

 商人気質もあるのか、笑顔ながら凛とした態度で、はっきりと断っていた。

「そ、そう? 残念だなぁ」

 そんな彼女に気圧されたのか、男性たちはすごすごと退散していく。

「うわー、ああいう人、本当にいるんだねぇ」

「スフィアちゃんの教育に悪いので、やめてほしいんですけどね」

 首を傾げるスフィアを横目に、クロエさんたちが言う。

「お、可愛い子たち発見―!」

 その矢先、また別の男性が馴れ馴れしく近づいてきた。

 けれど、再び営業スマイルのクロエさんが鉄壁の守りを見せ、男性は撃退されていった。

 ……その後も、何人もの男性がわたしたちに声をかけてくるも、その全てをクロエさんは追い返していた。

「困ったものですね。エリンさん、かわいいですから、狙われてますよ?」

「は、はい?」

 そして何人目かわからない男性を追い返した時、クロエさんはため息まじりに言った。

「い、いやいや、なんでわたしなんですか。それこそ、クロエさんやマイラさんを狙ってきたんじゃないですか」

「違いますよー。あの人たち、皆エリンさんを見てましたよー?」

 からからと笑いながら、クロエさんが言う。

「そ、そんな。わたしなんて、スライムが水着着て歩いているようなものですよ。なにかの間違いでは?」

「だーかーらー、必要以上に自分を卑下ひげしない! てりゃ!」

「あああーー!」

 思わずそんなことを口にした直後、マイラさんがわたしの羽織っていた上着を取り上げる。

「ちょ、ちょっとマイラさん、返してください……」

「むー、あたしたちの誰よりも立派なもの持ってるんだから、もっと堂々としてればいいのに」

 抱くように体を隠し、そう懇願するも……マイラさんは苦笑いを浮かべるばかり。上着を返してはくれなかった。

「ところでエリン先生、探している貝って、どんなのですか?」

「え? えっと、このくらいの大きさの二枚貝です。日に当てると貝殻がピンク色の光沢を放つので、すぐにわかるかと」

 続いてスフィアに問われ、わたしは手のひらを広げつつそう説明する。

「りょーかい! それじゃ、皆で手分けして探そう!」

「そうですね! 固まって探すより、散らばったほうが効率いいですし!」

 その直後、わたし以外の三人はそう言って握りこぶしを作る。

 ……え、この状況で、ひとりになれと? それだけは絶対に嫌だ。

「い、いえその、貝はまだいいので、えっと……」

 しどろもどろになりながらそう告げると、三人は揃って頭の上に疑問符を浮かべていた。

「も、もう少し、皆と一緒に遊びたいな、なーんて……」

 ひきつった笑顔と一緒に口から出たのは、そんな言葉だった。

「そうだったんですね! そうならそうと、早く言ってくださいよ!」

「わひゃ!?」

 言うが早いか、スフィアが嬉しそうに抱きついてきた。

「本当だよー。それじゃ、まずはお店巡り! あのお店、気になってたんだー」

「そうですねー。レシャプの実を使ったジュースって、どんなのでしょうか」

 スフィアに手を引かれるわたしの後ろを、マイラさんとクロエさんがニコニコ顔でついてくる。

 ……身から出た錆とは言え、これはもう逃げられそうもない。

 人も多いことだし、ミレー貝は夕方から夜にかけて、ほそぼそと集めることにしよう。

 楽しそうな三人に囲まれながら、わたしはそう決めたのだった。
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