43 / 59
第三部 夏の思い出を作りに行きます!?
第5話『薬師、休憩中に大失敗する』
しおりを挟む「私が爵位を得ることができたのは、セドオアの助力が非常に大きかった。だからこそ、旧恩に報いねばなるま
い……そう思ったのだ」
それから父との思い出話をしてくれた伯爵様は、最後にそう締めた。
「実に興味深いお話でしたわ。わたくしたちが生まれる前に、そのような出来事があったなんて」
オリヴィア様やイアン様も初めて聞く内容だったようで、まるで英雄の冒険譚を聞き終えたあとのような表情をしていた。
一方のわたしは時折相槌を打っていたものの、終始緊張しっぱなしだった。
伯爵様が父の親友とわかったところで、わたしの性格上、緊張感がなくなるわけがなかった。
◇
その後、半日ほど馬車を走らせ、川の近くに来たところで一旦休憩となる。
「このあとはまた日が暮れるまで馬車に揺られるのだ。各自、十分な食事と休息を取ってくれ」
馬車での長距離移動が商隊を率いていた頃を思い出させるのか、伯爵様は嬉々として指示を出してくれる。
そこに貴族としてのオーラはなく、他の皆もどこか開放的な雰囲気に包まれていた。
それからエドヴィンさんが用意してくれた食事を堪能したあと、わたしは皆から少し離れた木陰に移動し、愛用の薬研で粉砕作業を始める。
せっかくだし、皆のために食後の薬湯を作ろうと思ったのだ。
まずはジャールの根とスイートリーフ、パープルアイを用意して粉にしていく。
それを煮出してから、しっかりと冷ませば、とろみのついた液体ができる。
そこにハチミツを加えれば、疲労回復効果と血行促進効果を併せ持った、甘い薬湯が完成するのだ。
「……やはり、リーベルグ商会のご令嬢であったか」
「ご令嬢など、そんな大それたものではございません」
土瓶での煮出し作業を進めていると、少し離れたところから伯爵様とクロエさんの声がした。
「お父上はお元気か」
「はい。おかげさまで。今は遠方で商隊を率いています」
「はっはっは、相変わらず自ら動いているのだな。いい歳だろうに」
「本当です。娘の気も知らないで」
木の陰に隠れるようにしてその様子を覗き見ると、クロエさんは優雅な所作で伯爵様とお話をしていた。
普段は見せないけど、クロエさん、やっぱりお嬢様なんだ……。
そんなことを考えていた時、火にかけていた土瓶が盛大に吹きこぼれた。
「わ、わわわわわ」
外出先だから、火の調整がうまくいかなかったのかな……なんて思いつつ、土瓶に手を伸ばす。
「熱っ!」
直後に吹き出した蒸気に触れてしまい、驚いた拍子に土瓶をひっくり返してしまう。
がしゃんと大きな音がして、それまで聞こえていた会話が止まった。
「……これは何事だ?」
「わ、エリンさん、こんなところで何をしてるんですか?」
やがて姿を見せたクロエさんと伯爵様は、中身をぶちまけて地面に転がる土瓶と、その隣で顔面蒼白のわたしを交互に見て、驚きの声を上げていた。
「い、いえその、食後の薬湯を作ろうと思ったんですが……ご覧の通り、失敗してしまいまして」
「はっはっは。国家薬師でも失敗することがあるのか」
「あうう、すみません。余計なことをしようとしたばかりに、貴重な薬材を無駄に……」
「気にするでない。それより、その手の火傷は大丈夫か?」
思わず萎縮してしまうも、伯爵様はそうわたしを気遣ってくれた。
「あっ、はい。濡らした布で冷やしておけば、すぐに良くなります。いざとなれば、塗り薬も作れますので」
「ほう、エリン殿の薬には、塗り薬もあるのか」
「な、軟膏の一種になりますが、月の花を使った炎症止めです。皮膚の病気のほか、火傷や虫刺され、切り傷にも効果があります」
わたしはそう答えると同時に、伯爵様の言葉に微妙な違和感を覚えていた。
「ほらほら、薬の説明もいいですが、手当しますよ!」
その違和感の正体に気づかぬうちに、わたしはクロエさんに近くの小川へと引っ張っていかれる。
「まだまだ時間はある。その薬湯とやら、楽しみにしているぞ」
そんな伯爵様の声を遠くに聞きながら、あとでスフィアの土瓶を借りて調合作業をしよう……なんて、わたしは考えたのだった。
33
お気に入りに追加
1,388
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【7話完結】婚約破棄?妹の方が優秀?あぁそうですか・・・。じゃあ、もう教えなくていいですよね?
西東友一
恋愛
昔、昔。氷河期の頃、人々が魔法を使えた時のお話。魔法教師をしていた私はファンゼル王子と婚約していたのだけれど、妹の方が優秀だからそちらと結婚したいということ。妹もそう思っているみたいだし、もう教えなくてもいいよね?
7話完結のショートストーリー。
1日1話。1週間で完結する予定です。
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
もう、終わった話ですし
志位斗 茂家波
ファンタジー
一国が滅びた。
その知らせを聞いても、私には関係の無い事。
だってね、もう分っていたことなのよね‥‥‥
‥‥‥たまにやりたくなる、ありきたりな婚約破棄ざまぁ(?)もの
少々物足りないような気がするので、気が向いたらオマケ書こうかな?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。
よくある聖女追放ものです。
神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜
星里有乃
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」
「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」
(レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)
美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。
やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。
* 2023年01月15日、連載完結しました。
* ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました!
* 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。
* この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。
* ブクマ、感想、ありがとうございます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【短編】追放した仲間が行方不明!?
mimiaizu
ファンタジー
Aランク冒険者パーティー『強欲の翼』。そこで支援術師として仲間たちを支援し続けていたアリクは、リーダーのウーバの悪意で追補された。だが、その追放は間違っていた。これをきっかけとしてウーバと『強欲の翼』は失敗が続き、落ちぶれていくのであった。
※「行方不明」の「追放系」を思いついて投稿しました。短編で終わらせるつもりなのでよろしくお願いします。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
パーティのお荷物と言われて追放されたけど、豪運持ちの俺がいなくなって大丈夫?今更やり直そうと言われても、もふもふ系パーティを作ったから無理!
蒼衣翼
ファンタジー
今年十九歳になった冒険者ラキは、十四歳から既に五年、冒険者として活動している。
ところが、Sランクパーティとなった途端、さほど目立った活躍をしていないお荷物と言われて追放されてしまう。
しかしパーティがSランクに昇格出来たのは、ラキの豪運スキルのおかげだった。
強力なスキルの代償として、口外出来ないというマイナス効果があり、そのせいで、自己弁護の出来ないラキは、裏切られたショックで人間嫌いになってしまう。
そんな彼が出会ったのが、ケモノ族と蔑まれる、狼族の少女ユメだった。
一方、ラキの抜けたパーティはこんなはずでは……という出来事の連続で、崩壊して行くのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる