追放薬師は人見知り!?

川上とむ

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第三部 夏の思い出を作りに行きます!?

第5話『薬師、休憩中に大失敗する』

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「私が爵位を得ることができたのは、セドオアの助力が非常に大きかった。だからこそ、旧恩に報いねばなるま
い……そう思ったのだ」

 それから父との思い出話をしてくれた伯爵様は、最後にそう締めた。

「実に興味深いお話でしたわ。わたくしたちが生まれる前に、そのような出来事があったなんて」

 オリヴィア様やイアン様も初めて聞く内容だったようで、まるで英雄の冒険譚を聞き終えたあとのような表情をしていた。

 一方のわたしは時折相槌を打っていたものの、終始緊張しっぱなしだった。

 伯爵様が父の親友とわかったところで、わたしの性格上、緊張感がなくなるわけがなかった。

 ◇

 その後、半日ほど馬車を走らせ、川の近くに来たところで一旦休憩となる。

「このあとはまた日が暮れるまで馬車に揺られるのだ。各自、十分な食事と休息を取ってくれ」

 馬車での長距離移動が商隊を率いていた頃を思い出させるのか、伯爵様は嬉々として指示を出してくれる。

 そこに貴族としてのオーラはなく、他の皆もどこか開放的な雰囲気に包まれていた。

 それからエドヴィンさんが用意してくれた食事を堪能したあと、わたしは皆から少し離れた木陰に移動し、愛用の薬研やげんで粉砕作業を始める。

 せっかくだし、皆のために食後の薬湯やくとうを作ろうと思ったのだ。

 まずはジャールの根とスイートリーフ、パープルアイを用意して粉にしていく。

 それを煮出してから、しっかりと冷ませば、とろみのついた液体ができる。

 そこにハチミツを加えれば、疲労回復効果と血行促進効果を併せ持った、甘い薬湯が完成するのだ。

「……やはり、リーベルグ商会のご令嬢であったか」

「ご令嬢など、そんな大それたものではございません」

 土瓶での煮出し作業を進めていると、少し離れたところから伯爵様とクロエさんの声がした。

「お父上はお元気か」

「はい。おかげさまで。今は遠方で商隊を率いています」

「はっはっは、相変わらず自ら動いているのだな。いい歳だろうに」

「本当です。娘の気も知らないで」

 木の陰に隠れるようにしてその様子を覗き見ると、クロエさんは優雅な所作で伯爵様とお話をしていた。

 普段は見せないけど、クロエさん、やっぱりお嬢様なんだ……。

 そんなことを考えていた時、火にかけていた土瓶が盛大に吹きこぼれた。

「わ、わわわわわ」

 外出先だから、火の調整がうまくいかなかったのかな……なんて思いつつ、土瓶に手を伸ばす。

「熱っ!」

 直後に吹き出した蒸気に触れてしまい、驚いた拍子に土瓶をひっくり返してしまう。

 がしゃんと大きな音がして、それまで聞こえていた会話が止まった。

「……これは何事だ?」

「わ、エリンさん、こんなところで何をしてるんですか?」

 やがて姿を見せたクロエさんと伯爵様は、中身をぶちまけて地面に転がる土瓶と、その隣で顔面蒼白のわたしを交互に見て、驚きの声を上げていた。

「い、いえその、食後の薬湯を作ろうと思ったんですが……ご覧の通り、失敗してしまいまして」

「はっはっは。国家薬師やくしでも失敗することがあるのか」

「あうう、すみません。余計なことをしようとしたばかりに、貴重な薬材やくざいを無駄に……」

「気にするでない。それより、その手の火傷は大丈夫か?」

 思わず萎縮してしまうも、伯爵様はそうわたしを気遣ってくれた。

「あっ、はい。濡らした布で冷やしておけば、すぐに良くなります。いざとなれば、塗り薬も作れますので」

「ほう、エリン殿の薬には、塗り薬もあるのか」

「な、軟膏の一種になりますが、月の花を使った炎症止めです。皮膚の病気のほか、火傷や虫刺され、切り傷にも効果があります」

 わたしはそう答えると同時に、伯爵様の言葉に微妙な違和感を覚えていた。

「ほらほら、薬の説明もいいですが、手当しますよ!」

 その違和感の正体に気づかぬうちに、わたしはクロエさんに近くの小川へと引っ張っていかれる。

「まだまだ時間はある。その薬湯とやら、楽しみにしているぞ」

 そんな伯爵様の声を遠くに聞きながら、あとでスフィアの土瓶を借りて調合作業をしよう……なんて、わたしは考えたのだった。
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