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第三部 夏の思い出を作りに行きます!?
第2話『薬師、貴族様とのお茶会』
しおりを挟む昼食を済ませたあと、わたしはよそ行きの服に着替えてから、スフィアとともに貴族街へと向かう。
さすがに割烹着姿で貴族様に会いに行くわけにはいかないので、できる限りのおしゃれをしたのだけど……夏用の服なんて持っていなかったので、クロエさんの服を借りた。
見た目も涼しげな、水色のワンピース――両袖と胸元についたリボンがアクセントになっているのだと、試着の際にクロエさんが嬉しそうに話していた。
でも、わたしには似合っていないと思う。胸回りも少しきつい気がして、なんだか息苦しいし。
「エリン先生とイアン様たちのところに行くの、久しぶりな気がします!」
「そ、そうですね。以前、イアン様が熱を出した時以来なので、一月半ほど前ですね」
跳ねるようにわたしの前を行くスフィアの手には、焼き菓子の入ったバスケットがある。
久々の訪問ということで、これもクロエさんが用意してくれたものだ。
普段からよく遊びに行くスフィアは手土産など持って行かないのだけど、今回はわたしが一緒だし。
市販されているお菓子だから、貴族様のお口に合うかはわからないけど、弟子がお世話になっているのだから、形だけでも持っていかないと。
……そうこうしているうちに坂を上りきり、貴族街へと到着した。
「暑い……」
思わずそんな言葉が口をついて出る。
せっかくおめかししてきたけれど、ここまで来るのにすでに汗だくだった。
元気な太陽に照らされた貴族街は、人っ子一人歩いていない。この時期だし、彼らの移動は基本馬車を使うのだろう。
道の向こうに見える陽炎を憎々しげに眺めつつ、歩くことしばし。ノーハット家の立派な門が目の前に現れた。
「ど、どうも。エリン・ハーランドと申します……」
緊張しながら門番さんに声をかけると、彼は一瞬怪訝そうな顔をするも、わたしの隣にいるスフィアを見ると、納得顔で門を開けてくれた。
それからすぐにノーハット家の執事であるエドヴィンさんがやってきて、お屋敷の中へと案内してくれる。
「本日はエリン様もご一緒だったのですね。これだけの暑さですし、事前にご連絡いただければ、馬車を向かわせましたのに」
「い、いえ、さすがにそこまでしていただくわけには……」
直後に渡されたタオルで汗を拭きつつ、彼のあとに続く。
このタオル一つとっても、工房で使っているものとは肌触りや吸汗性がまったく違っていた。
貴族様だし、高級タオルなのかな。
……やがて案内された中庭には、直射日光を避けるための庇がついた真っ白い東屋があった。
「イアン様、こんにちは!」
「スフィア、いらっしゃい」
その中には四人がけの立派なテーブルセットが置かれていて、そこにオリヴィア様とイアン様の姉弟が座っていた。
イアン様と会うのは久しぶりだけど、ずいぶん体調も良さそうだった。
「あら、今日はエリン様も来てくださったのですね。ご無沙汰しています」
そしてわたしの姿に気づいたオリヴィア様が小走りにやってきて、おもむろに手を握ってきた。
「ひえっ」
彼女の思わぬ行動に、わたしは小さく飛び跳ねてしまう。
距離が近くなった証だし、喜ぶべきなのだろうけど……人見知りのわたしにとっては、心臓に悪い。
「オリヴィア様、これ、お土産のクッキーです!」
わたしが視線を泳がせていると、スフィアがそう言いながら、バスケットを掲げるように持ち上げた。
「お、お口に合うかはわかりませんが」
恐縮しながらそう伝えるも、彼女は笑顔でそれを受け取ってくれる。
「わざわざありがとうございます。それなら、お茶を用意しないといけませんね」
「はい。用意してございます」
オリヴィア様がそう言った直後、どこからともなく茶器を手にしたエドヴィンさんが現れた。
彼女の発言を予知していたかような早業に、わたしとスフィアは言葉を失ったのだった。
……その後、エドヴィンさんが淹れてくれたお茶をいただきながら、二人とお話をする。
春のうちに収穫したというバラを使ったお茶はほんのり甘酸っぱくて、その冷たさもあっておいしい。
「えっと、お茶、おいしいです。ありがとうございます」
「ふふ、クッキーもおいしいですよ」
たどたどしくお礼を言うと、オリヴィア様は笑ったあと、優雅にクッキーを口に運ぶ。
時折中庭を通り抜ける風が、その白銀色の髪を揺らしていた。
相変わらず、すごく絵になる人だ。
「それにしても……エリン様が来られるとわかっていたら、お父様も出立を先延ばしにされたでしょうに」
「そうだね。父様、エリンさんを相当気に入ってるようだし」
イアン様はそう言って、朗らかな表情でクッキーを口にする。見た目は子供っぽいのに、その所作は無駄がなかった。
というか、ノーハット伯爵様がそこまでわたしを気に入ってくれている理由がわからない。
いくらこの二人の病気を治した実績があるとはいえ、わたしはただの薬師だというのに。
「伯爵様、お出かけになられてるんですか?」
その一方で、まるで小動物のようにもふもふとクッキーを頬張っていたスフィアが尋ねる。
オリヴィア様はイアン様やエドヴィンさんの顔を見たあと、静かに口を開く。
「ええ、海辺の街ポルティアに行かれています。わたくしたちも、近いうちにそちらへ行くんです」
「え、引っ越されるんですか?」
予想外の言葉に、わたしとスフィアの声が重なった。
ポルティアといえば、ここから馬車で数日はかかる。そうなると、おいそれと会いにはいけなくなってしまう。
「ああ……ずっとじゃないんです。夏の間だけですよ。あの街には別荘があるので」
わたしとスフィアがショックを受けているのを見て、オリヴィア様は慌ててそう訂正する。
「そ、そうだったんですね……もう、会えなくなるのかと思ってしまいました」
涙目になっていたスフィアは、へなへなとテーブルに突っ伏した。
わたしたちが住む国の夏は短いけど、すごく暑くなる。
なので、貴族様は海沿いの街に避暑に行く……なんて話を聞いたことがあるけど、まさか実際に避難する人たちに出会えるとは。さすが貴族様は違う。
「なにか勘違いをさせてしまったようですね。驚かせてごめんなさい」
安堵感からか、思わず脱力してしまったわたしを見ながら、オリヴィア様が謝ってくる。
勝手に勘違いしたのはこっちなのだから、謝る必要はないと思うけど。
「それで、ものは相談なのですが……エリン様たちも、わたくしたちと一緒に来ませんか?」
「はい!?」
そして続く発言に、わたしとスフィアの声は再び重なってしまったのだった。
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