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第三部 夏の思い出を作りに行きます!?
第1話『薬師、夏の暑さと戦う』
しおりを挟むわたしは薬師エリン・ハーランド。
ミランダ王国の城下町にある、国家公認工房で働いている。
その工房の名は『エリン工房』。わたしはそこで、日々薬を作っていた。
人見知りなわたしだけど、オーナーのミラベルさんをはじめ、工房の皆のおかげでなんとか生活できていた。
「ただいまー! あーつーいー!」
今日も今日とて調合室にこもっていると、お店側の扉が勢いよく開き、マイラさんの叫び声がした。
「あっ、マイラさん、おかえりなさい……」
カーテンの隙間から顔を出し、マイラさんを出迎えるも……彼女は全身汗だくになっていた。
おずおずとタオルを手渡すと、気持ちよさそうに汗を拭っていく。
その赤髪からも汗がしたたっていて、本当に暑そうだ。
「すっかり夏ですねぇ。はい、トマトどうぞ。井戸水で冷やしておきましたよ」
「クロエさん、ありがとー。はむっ」
その声を聞きつけたのか、クロエさんが小さなカゴにトマトを載せてやってきて、そのうちの一つをマイラさんに手渡す。
「エリンさんも、ひとつどうぞ?」
「あっ、ありがとうございます……」
わたしに向けて差し出された真っ赤なトマトを受け取ると、両手で持って一口かじる。
なんとも言えない甘酸っぱさのあと、心地よい冷たさが喉を通り過ぎていく。
「エリンさんってば、その恰好で暑くないのー?」
どっかりと椅子に座り込んだマイラさんが、ぱたぱたと胸元に風を送りながら言う。
彼女もクロエさんも、見た目にも涼しそうな半袖姿だった。対するわたしは、これまでと変わらない長袖の割烹着姿だ。
「調合室って、窓もないよね? 絶対暑いと思うんだけど」
わたしの全身を見ながら、マイラさんが苦笑する。
確かに暑いのだけど……わたしはその、薄着が苦手なのだ。同性の前でも、肌を見せるのは正直恥ずかしい。
「ただいま戻りましたー!」
その時、再び扉が開く音がして、元気な声が飛び込んできた。
わたしの一番弟子であり、この工房の元気印、スフィアだ。
薄手のワンピースと金髪のツインテールを揺らしながら、今の季節の太陽に負けない笑顔を見せていた。
「ふう。この暑さは堪えるな」
そんなスフィアに続き、この工房のオーナーであるミラベルさんが姿を見せる。その顔は疲れ切っていた。
「お疲れ様です。買い物、無事に終わりましたか?」
二人にも同じようにトマトを手渡しながら、クロエさんが問う。
「なんとかな。この調子だと、昼からはもっと暑くなりそうだし、午前中で済んでよかったよ」
ミラベルさんはため息まじりに言い、持っていた荷物を床にどさりと置いた。
「ミラベルさん、手伝っていただいて、ありがとうございました!」
「気にするな。ただ、さすがに疲れた。午後からは誰か別の人間にお供を頼んでくれ」
「そうですね……すみませんが、どなたかお願いできませんか?」
ミラベルさんの言葉に頷いたあと、スフィアはわたしたちの顔を見渡す。
……はて。スフィア、お昼からも何か用事があるのかな。
「あー、あたしはちょっと無理かなー。ほら、お店番もあるし」
「そうですねー。私もちょっと……お洗濯やお掃除、書類整理もしませんと」
疑問に思っていると、マイラさんとクロエさんはあからさまに視線をそらした。
……この二人、何やら知っている様子だ。
「じゃあ……エリン先生、一緒についてきてもらえませんか?」
「いいですけど……スフィア、お昼からどこか行くんですか?」
「イアン様のところです!」
わたしが尋ねてみると、スフィアはその赤い瞳を輝かせながら言った。
イアン様とは、縁あって彼女と仲良くなった貴族の男の子だ。
丘の上にある貴族街に住んでいて、そのお屋敷は絢爛豪華。平民のわたしは中にいるだけで緊張してしまうし、マイラさんたちが敬遠していたのも納得だった。
「あー、その……わたしも調合の仕事が残っていたような……」
スフィアの言葉を聞いた直後、わたしはおろおろしながらそう口走る。
彼女には悪いけど、できたら同行したくない。人見知りのわたしは、人と会うと例外なく緊張してしまう。
イアン様たちとはこれまで何度も会っているのだけど、こればっかりはなかなか治らない。
「大丈夫ですよ! 注文票にある薬は、全て完成しているようです! さっすがエリンさんですね!」
その時、いつの間にか調合室に足を踏み入れていたクロエさんが、薬の入った袋と注文票を見比べながら満面の笑みを浮かべる。
いやいやいやクロエさん、そこで助け舟いらないので……!
内心そう思うも、口には出せず。わたしはあわあわしながら、両手を動かすことしかできなかった。
「それはよかったです! オリヴィア様も、エリン先生に会えるのを楽しみにしてましたよ!」
「そ、そうですか。わたしも楽しみです……」
こうなると、わたしに断る勇気はない。
がっくりとうなだれながら、心底嬉しそうなスフィアに相槌を打つのが精一杯だった。
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