36 / 59
第二部 まさかの弟子ができました!?
第16話『薬師、再び貴族のお屋敷へ』
しおりを挟む「エリン様、急で申し訳ありませんが、お屋敷までご足労願います」
そう言うエドヴィンさんに頷いて、わたしは馬車へと乗り込み、ノーハット家のお屋敷へと向かう。
以前より明らかに馬車の速度が出ていて、急いでいるのがわかった。
「……イアン様、大丈夫でしょうか」
隣に座るスフィアは、四角い小窓から差し込む西日に負けない金髪を馬車の振動に合わせて揺らす。
この子には工房にいるように言ったのだけど、自分も行くと聞かなかったのだ。
「と、時々熱が出ることはあったと、エドヴィンさんから聞いています。今回もその類でしょう」
「でも、そこまで高い熱が出たことはないと、本人が言ってましたよ。主治医のエドヴィンさんがあれだけ慌てるんですから、よっぽどなんじゃ……」
膝の上で両手をぎゅっと握りながら、視線を落とす。そして続けた。
「もしかして、私が遊びに行きすぎたからでしょうか。知らず知らずのうちに、イアン様を疲れさせてしまっていたのかも」
病気を治すのが薬師の務めなのに、悪化させてしまうなんて……と付け加える。
その小さな肩はわずかに震えていて、泣くのを必死に堪えているように見える。
見かねたわたしは、スフィアの頭に手を置く。
「……頑張れスフィア。負けるなスフィア」
「……え、なんですかそれ」
「わ、わたしが自分を奮い立たせる時に、心の中で呟いている言葉です。不思議と元気になるんですよ。スフィアに伝授します」
そう伝えると、彼女は瞳に涙を溜めたまま、わたしを見上げた。
「それに、薬師は病気に苦しんでいる人の希望になる存在です。そのわたしたちが、暗い顔で患者さんに会うわけにはいかないです。あ、わたしはいつも暗い顔をしているかもしれませんが」
「……そんなことないですよ。エリン先生、ありがとうございます」
スフィアははにかみながら言うと、服の袖で素早く涙を拭う。
次に向けられたその顔に、涙はなかった。
……そのまま馬車に揺られることしばし、太陽が山の向こうに消えた頃、わたしたちはノーハット家のお屋敷に到着した。
「エリン様、来てくれたのですね!」
その入口で馬車から降りると、オリヴィア様が出迎えてくれた。
「スフィアちゃんも来てくれたのね。ありがとう」
「はい! 微力ながら、お手伝いに参りました!」
わたしに続いて馬車から降りたスフィアに、オリヴィア様は少し砕けた口調で話しかけていた。明らかに親密度が違う気がする。
「オリヴィア様、夜風は体に障りますよ」
「これくらい、頑張っているイアンを思えば大したことありませんわ。さあ、お急ぎください」
エドヴィンさんの心配をよそに、オリヴィア様はわたしたちを先導するようにお屋敷へと入っていく。
ため息をつく彼を横目に、わたしたちは彼女のあとに続いた。
オリヴィア様に案内されてイアン様の部屋にやってくるも、肝心のイアン様は眠られていた。
……いや、近くで容態を見たところ、眠っているような、熱に浮かされているような微妙な状態だった。
「……こ、この症状は、いつからですか」
「今日のお昼過ぎからですね。昼食を召し上がられたあと、急に高い熱が出まして。熱冷ましを処方したのですが、一向に熱が下る様子もなく」
誰となく尋ねると、エドヴィンさんがそう教えてくれた。
少し気になることがあって、わたしはイアン様の体に触れてみる。
「……高熱の割には、ほとんど汗をかいていないですね。処方した薬に、発汗作用のある薬材は使っていますか。たとえばビリビリ草や、グリーンオリーブです」
「グリーンオリーブは使用していますが、ごく少量です。体に熱がこもっているのでしょうか」
「そ、そうですね。汗を出すことができれば、熱も下がるかもしれません。新しい熱冷ましを調合したいのですが、お屋敷の調合室と薬材をお借りできますか」
「わかりました。こちらです」
エドヴィンさんは快諾してくれ、すぐさま部屋の扉に手をかける。
薬師にとって調合室は自分の城のようなものだし、そこに他人を入れるのは少なからず抵抗があるはず。快く了承してくれた彼に感謝しつつ、わたしはその後を追った。
「……どうぞ。中にある薬材や器具は、お好きに使っていただいて構いません」
「あ、ありがとうございます」
やがて通された調合室は、さすが立派なものだった。
わたしが普段使っている調合室の数倍の広さがあり、ところどころにランプがあって部屋全体が明るい。薬材も地下倉庫ではなく、巨大な薬棚に収められていた。
ベッド代わりに使うのか、ふかふかのソファーまで置かれている。
調合室は自分の城……その表現にふさわしい内装だけど、わたしには広すぎて落ち着かない。
やっぱり、わたしはエリン工房の狭くて薄暗い調合室が一番だ。
「エリン様、薬を作るところ、見学させていただいてよろしいですか」
「先生、私も手伝わせてください!」
室内を見渡しながらそんなことを考えていると、オリヴィア様とスフィアがやってきた。
「オリヴィア様、薬の調合は大変繊細な作業なのです。エリン様が集中できなくなりますので、どうかご容赦を」
エドヴィンさんがそう言うも、彼女は気にすることなく調合室へと足を踏み入れる。
「大事な弟の薬を作ってくださるというのに、それを見ることもできないのですか?」
続けてそう口にして、わたしに視線を送る。
エドヴィンさんの言う通り、ここは遠慮してもらうべきなんだろうけど……そんな目で見ないで。断れなくなる。
「え、えっとその……か、構いません」
「ほら、エリン様もああ仰っています。エドヴィンと違って、国家公認工房の薬師様はわたくし如きに集中を乱されることもないのですよ」
……いえ、すでに乱されまくっていますが。
そんなことを考えるも、当然口にすることはできず。
興味深そうに周囲を見渡すオリヴィア様を前に、わたしは苦笑するしかなかった。
50
お気に入りに追加
1,388
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【7話完結】婚約破棄?妹の方が優秀?あぁそうですか・・・。じゃあ、もう教えなくていいですよね?
西東友一
恋愛
昔、昔。氷河期の頃、人々が魔法を使えた時のお話。魔法教師をしていた私はファンゼル王子と婚約していたのだけれど、妹の方が優秀だからそちらと結婚したいということ。妹もそう思っているみたいだし、もう教えなくてもいいよね?
7話完結のショートストーリー。
1日1話。1週間で完結する予定です。
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
もう、終わった話ですし
志位斗 茂家波
ファンタジー
一国が滅びた。
その知らせを聞いても、私には関係の無い事。
だってね、もう分っていたことなのよね‥‥‥
‥‥‥たまにやりたくなる、ありきたりな婚約破棄ざまぁ(?)もの
少々物足りないような気がするので、気が向いたらオマケ書こうかな?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。
よくある聖女追放ものです。
神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜
星里有乃
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」
「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」
(レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)
美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。
やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。
* 2023年01月15日、連載完結しました。
* ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました!
* 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。
* この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。
* ブクマ、感想、ありがとうございます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【短編】追放した仲間が行方不明!?
mimiaizu
ファンタジー
Aランク冒険者パーティー『強欲の翼』。そこで支援術師として仲間たちを支援し続けていたアリクは、リーダーのウーバの悪意で追補された。だが、その追放は間違っていた。これをきっかけとしてウーバと『強欲の翼』は失敗が続き、落ちぶれていくのであった。
※「行方不明」の「追放系」を思いついて投稿しました。短編で終わらせるつもりなのでよろしくお願いします。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
パーティのお荷物と言われて追放されたけど、豪運持ちの俺がいなくなって大丈夫?今更やり直そうと言われても、もふもふ系パーティを作ったから無理!
蒼衣翼
ファンタジー
今年十九歳になった冒険者ラキは、十四歳から既に五年、冒険者として活動している。
ところが、Sランクパーティとなった途端、さほど目立った活躍をしていないお荷物と言われて追放されてしまう。
しかしパーティがSランクに昇格出来たのは、ラキの豪運スキルのおかげだった。
強力なスキルの代償として、口外出来ないというマイナス効果があり、そのせいで、自己弁護の出来ないラキは、裏切られたショックで人間嫌いになってしまう。
そんな彼が出会ったのが、ケモノ族と蔑まれる、狼族の少女ユメだった。
一方、ラキの抜けたパーティはこんなはずでは……という出来事の連続で、崩壊して行くのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる