30 / 59
第二部 まさかの弟子ができました!?
第10話『薬師、皆と森へ向かう』
しおりを挟む
お店番をしているというクロエさんを残し、わたしたちは街を離れ、森へと向かう。
「西の森も久しぶりだねぇ。季節柄、植物たちが元気な気がするよー」
先頭を行くマイラさんがどこか嬉しそうに言う。彼女の背負うリュックには、スコップや鎌といった道具がこれでもかと詰め込まれていた。
「そ、そうですね。レリックさんが定期的に薬材を持ってきてくれるようになったので、森に入る頻度も減りましたし」
わたしはそう言葉を返し、森へと延びる街道を見やる。
大きく成長した植物が左右から道を侵食せんとしていて、時折吹く風が濃い緑の匂いを運んでくる。
普段はあまり街の外に出ないので嗅ぎ慣れないはずなのに、どこか落ち着くのはわたしが薬師だからだろう。
「……あの森がそうなんですね。なんだかドキドキします」
次第に森が近づいてくると、わたしの後ろを歩いていたスフィアが興奮気味に言う。
危ないからお店にいるように言って聞かせたのだけど、「これも勉強ですので! お願いします!」と土下座され、わたしは渋々、彼女の同行を許可したのだ。
「あまり浮かれるなよ。数は少ないとはいえ魔物も出る。スフィアくらいの子どもは、奴らにとってちょうど食べ頃だ」
「ひぇ……」
しんがりを務めるミラベルさんが、腰から下げた剣に手をやりながら、冗談とも本気ともつかないことを言っていた。わたしも怖くなるから、そういう脅し文句はやめてほしいんだけど。
そんなことを考えながら歩みを進め、森の中の遊歩道を途中で逸れる。
「……スフィア、あそこに生えているのがサポリンの木です」
「あ、サポリンの実は、あの木に生るんですね」
「そ、そうです。節に鋭いトゲがあるので、触る時は気をつけてください」
「わかりました!」
木々の間を歩きながら、わたしはスフィアにそう教えてあげる。彼女は目を輝かせながらサポリンの木を見たあと、必死にメモを取っていた。
「うう……あのトゲにやられた、忌々しい記憶が蘇るよ……!」
「あの時は、エリンの話を聞かずに木に飛びついたお前の自業自得だろ」
そんな中、マイラさんが頭を抑えながら言い、すかさずミラベルさんに突っ込まれていた。
そのやりとりを聞きながら当時の状況を思い出し、わたしはつい、思い出し笑いをしてしまったのだった。
……しばらく道なき道を進んでいくと、鬱蒼と生い茂る草に埋もれるように、朽ち果てた切り株があった。
「こ、この木がそうです。この下に、モグラダケがあるかもしれません」
「あるかもしれない……ということは、確実ではないということか?」
「そ、そうなります。こればかりは、見えないので」
「エリンさん、気にしないでいいよ! 宝探しみたいで、楽しいよね!」
申し訳ない気持ちで言うも、マイラさんは全く気にする様子がなかった。どこからか鎌を取り出すと、周辺の草を手際よく刈っていく。
「よーし! それじゃスフィアちゃん、どっちが先にキノコを見つけられるか、競争だよ!」
「はい! マイラさん、負けませんよ!」
やがて草を刈り終わると、マイラさんとスフィアはそれぞれスコップを手にし、地面を掘り始める。
「マイラ、楽しく作業するのも大事だが、周囲への警戒は怠るなよー」
そんな彼女たちを、ミラベルさんは苦笑しながら見守っていた。
「あの、ミラベルさん、少し気になったことがあるんですが、質問いいですか」
「構わないぞ。なんだ?」
そう尋ねるも、ミラベルさんの視線は鋭いまま。わたしの言葉に耳を傾けつつも、魔物の気配を常に探ってくれているのだろう。
「す、少し前の話になりますが、今回と同じように貴族様から咳止め薬の依頼が入っていましたよね。その時の患者さん、性別はわかりますか?」
「性別……? 今回と同じく、女性だったな。男爵夫人だったか」
「そ、そうですか。ありがとうございます」
「何か気になることでもあるのか?」
「い、いえ。勝手な想像なんですが、貴族様たちの間で、やっかいな喉風邪でも流行っているのかなと」
「確かに、定期的に社交の場に出るだろうし、そこから感染が広がっていても不思議はないがな」
表情を変えずに、ミラベルさんは言う。
今回のオリヴィア様の場合、元々の症状に加えて、精神疲弊による免疫力の低下もあると思うし。貴族様は貴族様で、気疲れが多いようだ。
「何かありました! エリン先生、これがそのキノコですか!?」
そう思案していたわたしは、スフィアの弾けるような声で現実に戻された。
彼女が掲げたものを見てみると、手のひらほどもある大きく真っ白いキノコだった。
「あっ、それです。それがモグラダケです。スフィア、よく見つけましたね」
「えへへー、お役に立てましたか!?」
鼻の頭まで土に汚したスフィアは、誇らしげな顔でモグラダケを手渡してくれた。
そんな彼女にわたしはお礼を言い、自然とその頭を撫でてあげていた。
「先を越されちゃったかー。うーん、こっちにはないのかなー」
一方のマイラさんは顔を上げて苦笑したあと、再び土を掘り始める。
「あ、あの、たぶんないと思います。一つの切り株に、モグラダケは一本しか生えないというのが一般的なので」
「そっかー、残念」
わたしがそう伝えると、マイラさんは心底残念そうな顔をして、穴から這い出してくる。
その大きさは、スフィアの堀った穴の数倍はあった。さすがの身体能力だ。
「マイラ、気合を入れて掘り過ぎだぞ。偶然通りかかった人間が落ちたら大変だから、きちんと埋めて……む?」
そこまで話した時、ミラベルさんの表情が険しくなった。
「……囲まれているな」
一瞬、なんのことかわからなかったけど、彼女が無駄のない動きで腰の剣を抜き放ったことで、わたしは察した。
……いつの間にか、わたしたちは魔物に囲まれていた。
「西の森も久しぶりだねぇ。季節柄、植物たちが元気な気がするよー」
先頭を行くマイラさんがどこか嬉しそうに言う。彼女の背負うリュックには、スコップや鎌といった道具がこれでもかと詰め込まれていた。
「そ、そうですね。レリックさんが定期的に薬材を持ってきてくれるようになったので、森に入る頻度も減りましたし」
わたしはそう言葉を返し、森へと延びる街道を見やる。
大きく成長した植物が左右から道を侵食せんとしていて、時折吹く風が濃い緑の匂いを運んでくる。
普段はあまり街の外に出ないので嗅ぎ慣れないはずなのに、どこか落ち着くのはわたしが薬師だからだろう。
「……あの森がそうなんですね。なんだかドキドキします」
次第に森が近づいてくると、わたしの後ろを歩いていたスフィアが興奮気味に言う。
危ないからお店にいるように言って聞かせたのだけど、「これも勉強ですので! お願いします!」と土下座され、わたしは渋々、彼女の同行を許可したのだ。
「あまり浮かれるなよ。数は少ないとはいえ魔物も出る。スフィアくらいの子どもは、奴らにとってちょうど食べ頃だ」
「ひぇ……」
しんがりを務めるミラベルさんが、腰から下げた剣に手をやりながら、冗談とも本気ともつかないことを言っていた。わたしも怖くなるから、そういう脅し文句はやめてほしいんだけど。
そんなことを考えながら歩みを進め、森の中の遊歩道を途中で逸れる。
「……スフィア、あそこに生えているのがサポリンの木です」
「あ、サポリンの実は、あの木に生るんですね」
「そ、そうです。節に鋭いトゲがあるので、触る時は気をつけてください」
「わかりました!」
木々の間を歩きながら、わたしはスフィアにそう教えてあげる。彼女は目を輝かせながらサポリンの木を見たあと、必死にメモを取っていた。
「うう……あのトゲにやられた、忌々しい記憶が蘇るよ……!」
「あの時は、エリンの話を聞かずに木に飛びついたお前の自業自得だろ」
そんな中、マイラさんが頭を抑えながら言い、すかさずミラベルさんに突っ込まれていた。
そのやりとりを聞きながら当時の状況を思い出し、わたしはつい、思い出し笑いをしてしまったのだった。
……しばらく道なき道を進んでいくと、鬱蒼と生い茂る草に埋もれるように、朽ち果てた切り株があった。
「こ、この木がそうです。この下に、モグラダケがあるかもしれません」
「あるかもしれない……ということは、確実ではないということか?」
「そ、そうなります。こればかりは、見えないので」
「エリンさん、気にしないでいいよ! 宝探しみたいで、楽しいよね!」
申し訳ない気持ちで言うも、マイラさんは全く気にする様子がなかった。どこからか鎌を取り出すと、周辺の草を手際よく刈っていく。
「よーし! それじゃスフィアちゃん、どっちが先にキノコを見つけられるか、競争だよ!」
「はい! マイラさん、負けませんよ!」
やがて草を刈り終わると、マイラさんとスフィアはそれぞれスコップを手にし、地面を掘り始める。
「マイラ、楽しく作業するのも大事だが、周囲への警戒は怠るなよー」
そんな彼女たちを、ミラベルさんは苦笑しながら見守っていた。
「あの、ミラベルさん、少し気になったことがあるんですが、質問いいですか」
「構わないぞ。なんだ?」
そう尋ねるも、ミラベルさんの視線は鋭いまま。わたしの言葉に耳を傾けつつも、魔物の気配を常に探ってくれているのだろう。
「す、少し前の話になりますが、今回と同じように貴族様から咳止め薬の依頼が入っていましたよね。その時の患者さん、性別はわかりますか?」
「性別……? 今回と同じく、女性だったな。男爵夫人だったか」
「そ、そうですか。ありがとうございます」
「何か気になることでもあるのか?」
「い、いえ。勝手な想像なんですが、貴族様たちの間で、やっかいな喉風邪でも流行っているのかなと」
「確かに、定期的に社交の場に出るだろうし、そこから感染が広がっていても不思議はないがな」
表情を変えずに、ミラベルさんは言う。
今回のオリヴィア様の場合、元々の症状に加えて、精神疲弊による免疫力の低下もあると思うし。貴族様は貴族様で、気疲れが多いようだ。
「何かありました! エリン先生、これがそのキノコですか!?」
そう思案していたわたしは、スフィアの弾けるような声で現実に戻された。
彼女が掲げたものを見てみると、手のひらほどもある大きく真っ白いキノコだった。
「あっ、それです。それがモグラダケです。スフィア、よく見つけましたね」
「えへへー、お役に立てましたか!?」
鼻の頭まで土に汚したスフィアは、誇らしげな顔でモグラダケを手渡してくれた。
そんな彼女にわたしはお礼を言い、自然とその頭を撫でてあげていた。
「先を越されちゃったかー。うーん、こっちにはないのかなー」
一方のマイラさんは顔を上げて苦笑したあと、再び土を掘り始める。
「あ、あの、たぶんないと思います。一つの切り株に、モグラダケは一本しか生えないというのが一般的なので」
「そっかー、残念」
わたしがそう伝えると、マイラさんは心底残念そうな顔をして、穴から這い出してくる。
その大きさは、スフィアの堀った穴の数倍はあった。さすがの身体能力だ。
「マイラ、気合を入れて掘り過ぎだぞ。偶然通りかかった人間が落ちたら大変だから、きちんと埋めて……む?」
そこまで話した時、ミラベルさんの表情が険しくなった。
「……囲まれているな」
一瞬、なんのことかわからなかったけど、彼女が無駄のない動きで腰の剣を抜き放ったことで、わたしは察した。
……いつの間にか、わたしたちは魔物に囲まれていた。
70
お気に入りに追加
1,388
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【短編】追放した仲間が行方不明!?
mimiaizu
ファンタジー
Aランク冒険者パーティー『強欲の翼』。そこで支援術師として仲間たちを支援し続けていたアリクは、リーダーのウーバの悪意で追補された。だが、その追放は間違っていた。これをきっかけとしてウーバと『強欲の翼』は失敗が続き、落ちぶれていくのであった。
※「行方不明」の「追放系」を思いついて投稿しました。短編で終わらせるつもりなのでよろしくお願いします。
神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜
星里有乃
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」
「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」
(レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)
美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。
やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。
* 2023年01月15日、連載完結しました。
* ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました!
* 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。
* この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。
* ブクマ、感想、ありがとうございます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
ボロボロになるまで働いたのに見た目が不快だと追放された聖女は隣国の皇子に溺愛される。……ちょっと待って、皇子が三つ子だなんて聞いてません!
沙寺絃
恋愛
ルイン王国の神殿で働く聖女アリーシャは、早朝から深夜まで一人で激務をこなしていた。
それなのに聖女の力を理解しない王太子コリンから理不尽に追放を言い渡されてしまう。
失意のアリーシャを迎えに来たのは、隣国アストラ帝国からの使者だった。
アリーシャはポーション作りの才能を買われ、アストラ帝国に招かれて病に臥せった皇帝を助ける。
帝国の皇子は感謝して、アリーシャに深い愛情と敬意を示すようになる。
そして帝国の皇子は十年前にアリーシャと出会った事のある初恋の男の子だった。
再会に胸を弾ませるアリーシャ。しかし、衝撃の事実が発覚する。
なんと、皇子は三つ子だった!
アリーシャの幼馴染の男の子も、三人の皇子が入れ替わって接していたと判明。
しかも病から復活した皇帝は、アリーシャを皇子の妃に迎えると言い出す。アリーシャと結婚した皇子に、次の皇帝の座を譲ると宣言した。
アリーシャは個性的な三つ子の皇子に愛されながら、誰と結婚するか決める事になってしまう。
一方、アリーシャを追放したルイン王国では暗雲が立ち込め始めていた……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
勝手に召喚され捨てられた聖女さま。~よっしゃここから本当のセカンドライフの始まりだ!~
楠ノ木雫
ファンタジー
IT企業に勤めていた25歳独身彼氏無しの立花菫は、勝手に異世界に召喚され勝手に聖女として称えられた。確かにステータスには一応〈聖女〉と記されているのだが、しばらくして偽物扱いされ国を追放される。まぁ仕方ない、と森に移り住み神様の助けの元セカンドライフを満喫するのだった。だが、彼女を追いだした国はその日を境に天気が大荒れになり始めていき……
※他の投稿サイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる