追放薬師は人見知り!?

川上とむ

文字の大きさ
上 下
29 / 59
第二部 まさかの弟子ができました!?

第9話『薬師、貴族の依頼を受ける』

しおりを挟む

「エリン工房というのは、こちらでよろしいでしょうか」

 ……ある日、開店直後の工房に立派な身なりの男性がやってきた。

「はい! いらっしゃいませ!」

 スフィアとクロエさんが営業スマイルで迎えるも、彼は特に表情を変えず。「オーナー様を呼んでもらえますかな」とだけ続けた。

 反射的に調合室へ飛び込み、カーテンの隙間からその様子を見ていると、男性は二階から下りてきたミラベルさんと少し話をしたあと、店の奥へと案内されていく。

「エリン、ちょっと来てくれ」

「は、はひっ……!」

 そのタイミングで、わたしはミラベルさんに呼び出される。妙に緊張してしまって、変な声が出た。

「こちらが我が工房の看板薬師やくし、エリン・ハーランドでございます」

「ど、どうも……はじめまして……」

 ミラベルさんとともにテーブルにつくと、彼女はわたしをそう紹介してくれる。

 男性の持つ独特の雰囲気にすっかり気圧されたわたしは、ペコペコと頭を下げるだけ。この人はいったい誰だろう。

「わたくし、ノーハット家で執事をしているエドヴィンと申します。このたび、街一番と評判の薬師様にお願いがあって参りました」

 ややあって、彼は洗練された動作とともに会釈をした。

「ノーハット家ですか。伯爵家の執事が、うちのような工房に何用でしょう」

 少し驚きを含んだミラベルさんの言葉を聞いて、わたしは思い出した。

 ノーハット家といえば、貴族街でも一番大きなお屋敷を持っている名家だ。

 元々は小さな貿易商だったが、戦争の功績によって取り立てられ、今やこの街の物流を取り仕切るまでの規模になっている……と、どこかで読んだ本に書いてあった気がする。

「ここ最近、伯爵令嬢であるオリヴィア様が謎の病に苦しんでおりまして。医師を兼務するわたくしにも、手に負えないのです」

「謎の病とは、穏やかではありませんね。どのような症状が?」

 神妙な顔で言う彼に、ミラベルさんが質問を投げかける。わたしはそのまま耳を傾ける。

「熱などはないのですが、ただただ、咳が出るのです」

「咳……?」

 その返答を聞いて、ミラベルさんは首をかしげた。

 そういえば少し前にも、貴族街から咳止めの薬の調合依頼が入っていた記憶がある。

 もしかして、貴族たちの間で何か妙な病気でも流行っているのかな。

「当店にも咳止め薬は売っておりますが、そちらをお試しになられては?」

「すでに試しております。一時的に症状は緩和されるのですが、すぐに再発してしまうのです」

 ため息まじりに彼は言い、テーブルに視線を落とす。そして続けた。

「貴族にとって、咳というものは厄介でして。その症状があるだけで社交界に出ることができなくなります。体調管理もできぬ者と、陰で笑われるでしょう」

 彼の言う通り、多少の傷であれば衣装や化粧で隠して参加することもできるだろうけど、ゴホゴホと出る咳は隠せないと思う。わたしは社交界なんて参加したことがないから、あくまで想像だけど。

「お願いします。エリン様、薬を作ってはいただけないでしょうか」

 そこまで話してから、エドヴィンさんは立ち上がり、深々と頭を下げる。

「わ、わわ、頭を上げてください。お仕事はお受けしますので」

「ありがとうございます。わたくしの力が至らぬばかりに」

 わたしの言葉に顔を上げた彼は、心の底から安堵している様子だった。

「そ、その代わり、少しだけお時間をいただけますか。医師を兼務しているとのことで、その……オリヴィア様が飲まれている薬について、お伺いしたくて」

「かしこまりました。お嬢様に処方しておりますのは……」

 ……その後の話によると、オリヴィア様が服用しているのはシロイモを主体とした咳止め薬であることがわかった。ジャールの根やスイートリーフも入っていて、咳止め薬としての効果は十分のはずだ。

 症状を抑えるだけなら、そこに白ニンジンを加える手もあるけど……すぐに症状がぶり返すあたり、何か別の原因がある気がする。

「……あの、失礼ですが、お嬢様は最近、何か悩んでいるような様子は見受けられませんでしたか」

「言われてみれば……このところ、弟のイアン様の体調が芳しくなく、それを気にされているようでした」

「お、弟さんがいらっしゃるんですね」

「ええ。ですが、生まれつきお体が弱く……お嬢様はそんなイアン様を放って社交界に出ることを、大変に気に病んでおりました」

「そ、そうですか。ありがとうございます」

 そこまで聞いて、私はオリヴィア様の体調不良の原因に、間違いなく精神的なものがあると理解した。これは、専用の薬を調合する必要がある。

 その旨をエドヴィンさんに伝えると、彼は納得顔をし、「また明日、薬を取りに参ります」と言って、工房から去っていった。

 そんな彼を見送ったあと、わたしは工房へ向かい、薬の調合を始める。

 今回の薬に使用する薬材やくざいは、シロイモにスイートリーフ、白ニンジン、月の花、サポリンの実、それにグリーンオリーブの6種類だ。

 シロイモやスイートリーフは咳止めの代表格で、白ニンジンは全身強壮剤になる。

 そこに加えるのが、月の花やサポリンの実といった、精神安定の効能がある薬材。

 完成品は婦人薬に近いのだけど、エドヴィンさんの話を聞いた限り、心身両面から治療していく必要ありと判断した。

「月の花は柔らかいから乳鉢にゅうばちでいいかな。シロイモとサポリンの実は硬いから薬研やげんで……」

「エリン先生、かっこいいです……!」

「エリンさんってば、時々ああやってスイッチ入るよねぇ」

「お前たち、邪魔するんじゃないぞ」

 テキパキと調合作業を進めていると、調合室の入口からそんな声が聞こえ、わたしは固まる。

 聞こえてます。全部聞こえてますから。

「あ、あの、スフィア、少し手伝ってもらえませんか」

「はい!」

 恥ずかしさをひた隠しにしながらそう声をかけると、割烹着姿のスフィアが調合室へ飛び込んできた。

 おそらく、声をかけられるのを待っていたのだろう。

「で、では、グリーンオリーブの粉砕作業をお願いします。その、気合はほどほどでいいので」

 先日の出来事を思い出しながらそう告げると、スフィアは黙って頷き、真剣な表情で薬研を握りしめた。

 それを横目にわたしも粉砕作業を始めるも、ある考えが浮かび、振り返る。

「あ、あの、ミラベルさん」

「うん? どうした?」

「少し、ご相談したいことがありまして……この薬にもう一つ、隠し味を入れたいのですが」

「まるで料理のように言うな……」

「あっ、すみません。でも、絶対にあったほうがいい薬材なんです。お値段は跳ね上がってしまいますが」

「相手は貴族様だし、そのあたりは気にする必要もないだろう。して、その薬材とは?」

「モグラダケというキノコです。倉庫にないので、採りに行きたいのですが」

「キノコということは、森にあるのか?」

「は、はい。そこまで森の奥ではないのですが、土の中に埋まっているんです」

「……キノコなんだよな?」

「そ、そうです。正確には、切り株の、土に埋まった部分に生えるキノコといいますか」

「そんなものがあるのだな……」

「も、森の中ですし、穴を掘る必要があるので、できたら皆さんに手伝ってもらいたいんですが……」

「わかった。その粉砕作業が終わり次第、出発できるように準備しておこう」

「あ、ありがとうございます。急なお願いで、すみません」

「気にするな。オリヴィアお嬢様は今も苦しんでいるのだろうし、少しでも良い薬を届けてやりたいしな」

 そう言うが早いか、ミラベルさんは調合室を出ていき、クロエさんやマイラさんに指示を出してくれていた。

 わたしはそんな彼女に感謝しながら、スフィアとともに粉砕作業に精を出したのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。

重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。 あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。 よくある聖女追放ものです。

家の全仕事を請け負っていた私ですが「無能はいらない!」と追放されました。

水垣するめ
恋愛
主人公のミア・スコットは幼い頃から家の仕事をさせられていた。 兄と妹が優秀すぎたため、ミアは「無能」とレッテルが貼られていた。 しかし幼い頃から仕事を行ってきたミアは仕事の腕が鍛えられ、とても優秀になっていた。 それは公爵家の仕事を一人で回せるくらいに。 だが最初からミアを見下している両親や兄と妹はそれには気づかない。 そしてある日、とうとうミアを家から追い出してしまう。 自由になったミアは人生を謳歌し始める。 それと対象的に、ミアを追放したスコット家は仕事が回らなくなり没落していく……。

お妃様に魔力を奪われ城から追い出された魔法使いですが…愚か者達と縁が切れて幸せです。

coco
恋愛
妃に逆恨みされ、魔力を奪われ城から追い出された魔法使いの私。 でも…それによって愚か者達と縁が切れ、私は清々してます─!

結界師、パーティ追放されたら五秒でざまぁ

七辻ゆゆ
ファンタジー
「こっちは上を目指してんだよ! 遊びじゃねえんだ!」 「ってわけでな、おまえとはここでお別れだ。ついてくんなよ、邪魔だから」 「ま、まってくださ……!」 「誰が待つかよバーーーーーカ!」 「そっちは危な……っあ」

もう、終わった話ですし

志位斗 茂家波
ファンタジー
一国が滅びた。 その知らせを聞いても、私には関係の無い事。 だってね、もう分っていたことなのよね‥‥‥ ‥‥‥たまにやりたくなる、ありきたりな婚約破棄ざまぁ(?)もの 少々物足りないような気がするので、気が向いたらオマケ書こうかな?

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

【完結】悪役令嬢が可愛すぎる!!

佐倉穂波
ファンタジー
 ある日、自分が恋愛小説のヒロインに転生していることに気がついたアイラ。  学園に入学すると、悪役令嬢であるはずのプリシラが、小説とは全く違う性格をしており、「もしかして、同姓同名の子が居るのでは?」と思ったアイラだったが…….。 三話完結。 ヒロインが悪役令嬢を「可愛い!」と萌えているだけの物語。 2023.10.15 プリシラ視点投稿。

処理中です...