追放薬師は人見知り!?

川上とむ

文字の大きさ
上 下
23 / 59
第二部 まさかの弟子ができました!?

第3話『薬師、弟子を取る 前編』

しおりを挟む

 わたしたちは居住スペースへ向かうと、ダイニングテーブルに腰を落ち着ける。

 いつもは四人で食事をするところに女の子が加わり、少し狭く感じた。

「どうぞー。熱いですから、気をつけて飲んでくださいね」

 やがてクロエさんが温かいお茶を用意してくれ、わずかに場の空気が和む。

「さて、話を聞く前に、軽く自己紹介するとしよう。私はミラベル・ラステルクだ」

 凛とした態度でミラベルさんが名乗り、それに続く形でクロエさんとマイラさん、そしてわたしが自己紹介をする。

 それを聞く間も、少女は不安げな表情を浮かべたままだった。

「……私は、スフィアといいます」

 そして最後に、少女が消え入りそうな声でそう名乗ってくれる。

「スフィア、お前は奴隷商人から逃げてきた。その認識であっているか?」

「はい」

「奴隷商人……法律で禁止されてるのに、まだいるんだね」

「この国では禁止されているが、よその国ではその限りでないからな。おおかた、他国から紛れ込んだのだろう」

 ため息まじりに言うマイラさんに、ミラベルさんがそんな言葉を返す。

「スフィアちゃんは、どうして奴隷に……なってしまったんですか?」

 続いて、クロエさんが遠慮がちに尋ねる。スフィアはわずかに瞳を伏せたあと、身の上話を始めた。

 それによると、スフィアの母親は彼女を産んだ時に亡くなり、長い間父親と二人で暮らしていたそう。

 その父親も数年前に病死し、唯一の親戚である叔父に引き取られるも、酒癖の悪い叔父に散々虐待された挙げ句、まるで酒代の足しにするかのように身売りに出されてしまったらしい。

「……この街に来て、逃げるチャンスを伺っていたんですが、エリンさんのおかげでなんとかなりました。本当にありがとうございます」

 話の最後に、スフィアはそうお礼を言ってくれた。

「あっ、いえ、わたしは特に何も……」

 そう口にしながらも、わたしはスフィアと、かつての自分の境遇を重ねてしまっていた。あまりに似すぎている。

「……あの、お願いがあります。この工房に、私を置いてください」

 その時、スフィアは椅子から降り、頭を床にこすりつけんばかりの勢いで平伏した。

「……頭を上げろ。悪いが、それはできない」

 その様子を見たミラベルさんが、申し訳なさそうに視線をそらす。

「この国の決まりでな。身寄りがない子どもは国の施設に預けなければならない。そこなら元奴隷だろうが、成人するまでは面倒を見てくれる」

 そんな施設があるのかと衝撃を受けながら、わたしは他の皆の顔を見る。その誰もが、どこか悔しそうな顔をしていた。

「もちろん、今晩はここに泊めてやる。自分の家だと思って、くつろぐといい」

「……いえ。お気持ちだけ頂いておきます。お茶、ごちそうさまでした」

 明らかに声のトーンを低くしたスフィアは今にも泣き出しそうな顔で立ち上がると、静かに背を向けた。

「……あの、待ってください」

 この子は、このまま出ていってしまう……そう気づいた時、自分でも驚くくらい、自然に声が出た。

「あの時、路地裏で……どうして薬の作り方を教えてほしいと言ったんですか?」

「お母さんが……薬師やくしだったので」

 顔の半分だけをこちらに向けて、スフィアは声を絞り出していた。

「私はお母さんの顔を知らないけど、優秀な薬師だったって。お父さんが何度も話してくれました。お前もいつか、立派な薬師になれって」

 在りし日の父親を思い出したのか、スフィアは汚れた服の裾で目頭を拭った。

 それを見て、わたしの中で何かが動いた。

「あの、ミラベルさん」

「……なんだ」

「こ、この子を、私の弟子にしてはダメでしょうか」

「……ふむ。一時の感情で動くのは感心しないぞ?」

 必死に進言してみたものの、横目で睨みつけられてしまった。

 マイラさんとクロエさんも、困ったような顔のまま。助け舟も望めそうにない。

 ……けれど、ここで諦めてなるものか。負けるなエリン。頑張れエリン。

「せ、せっかく薬師になりたいと言うんですし、わたし、力になってあげたいんです。それに、この子は……皆さんと出会えなかった、わたしかもしれないので」

「……どういうことだ?」

「前の工房を追い出されて、路頭に迷っていたわたしを助けてくれたのは、クロエさんや、ミラベルさんでした。だから、わたしも救ってあげたいんです。皆さんが、してくれたみたいに」

 皆の視線を一身に浴び、背中に冷たい汗が流れ、緊張で声が出なくなっていく。それでも、全身全霊をもって言葉を紡いだ。

「……わかった。エリンがそこまで言うのなら、なんとかしてみせよう」

 やがて、ミラベルさんがふっと息を吐きながら、そう言ってくれた。

 直後、周囲を支配していた冷たい空気が和らいだ気がした。

 それはスフィア本人にも伝わったようで、呆然とした表情でわたしたちのほうを見ている。

「うちの薬師様がこう言っているが、スフィアもそれで構わないか?」

「わ、わたしが教えてあげますので、ここで、薬師を目指しませんか」

 それまでと打って変わって、軽い口調になったミラベルさんに続き、わたしもスフィアにそう伝える。

「ほ、本当に、いいんですか?」

「も、もちろんです」

「……ありがとうございます!」

 彼女はその大きな瞳いっぱいに涙を溜めたかと思うと、ほとんど体当たりするようにわたしに抱きついてきた。

「わひゃ!?」

 その勢いに負けたわたしは押し倒される形になり、同時に変な声が出た。

「私、頑張ります! よろしくお願いします! エリンさ……いえ、エリン先生!」

「え、エリン先生!? こここ、こちらこそよろしくお願いします……!」

「おいおい、さっきまでの威勢はどうした」

「あはは、いつものエリンさんに戻っちゃったよ」

「本当ですね。いつものエリンさんです」

 床にひっくり返ったまま、あたふたするわたしを、皆が微笑ましそうに見ていた。

 ……こうして、わたしは小さな弟子を持つことになったのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【7話完結】婚約破棄?妹の方が優秀?あぁそうですか・・・。じゃあ、もう教えなくていいですよね?

西東友一
恋愛
昔、昔。氷河期の頃、人々が魔法を使えた時のお話。魔法教師をしていた私はファンゼル王子と婚約していたのだけれど、妹の方が優秀だからそちらと結婚したいということ。妹もそう思っているみたいだし、もう教えなくてもいいよね? 7話完結のショートストーリー。 1日1話。1週間で完結する予定です。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

もう、終わった話ですし

志位斗 茂家波
ファンタジー
一国が滅びた。 その知らせを聞いても、私には関係の無い事。 だってね、もう分っていたことなのよね‥‥‥ ‥‥‥たまにやりたくなる、ありきたりな婚約破棄ざまぁ(?)もの 少々物足りないような気がするので、気が向いたらオマケ書こうかな?

聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。

重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。 あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。 よくある聖女追放ものです。

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星里有乃
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2023年01月15日、連載完結しました。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました! * 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

【短編】追放した仲間が行方不明!?

mimiaizu
ファンタジー
Aランク冒険者パーティー『強欲の翼』。そこで支援術師として仲間たちを支援し続けていたアリクは、リーダーのウーバの悪意で追補された。だが、その追放は間違っていた。これをきっかけとしてウーバと『強欲の翼』は失敗が続き、落ちぶれていくのであった。 ※「行方不明」の「追放系」を思いついて投稿しました。短編で終わらせるつもりなのでよろしくお願いします。

パーティのお荷物と言われて追放されたけど、豪運持ちの俺がいなくなって大丈夫?今更やり直そうと言われても、もふもふ系パーティを作ったから無理!

蒼衣翼
ファンタジー
今年十九歳になった冒険者ラキは、十四歳から既に五年、冒険者として活動している。 ところが、Sランクパーティとなった途端、さほど目立った活躍をしていないお荷物と言われて追放されてしまう。 しかしパーティがSランクに昇格出来たのは、ラキの豪運スキルのおかげだった。 強力なスキルの代償として、口外出来ないというマイナス効果があり、そのせいで、自己弁護の出来ないラキは、裏切られたショックで人間嫌いになってしまう。 そんな彼が出会ったのが、ケモノ族と蔑まれる、狼族の少女ユメだった。 一方、ラキの抜けたパーティはこんなはずでは……という出来事の連続で、崩壊して行くのであった。

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

処理中です...