追放薬師は人見知り!?

川上とむ

文字の大きさ
上 下
22 / 59
第二部 まさかの弟子ができました!?

第2話『薬師、女の子を助ける』

しおりを挟む

「……そこの人、助けてください! お願いします!」

 暗く狭い路地から飛び出してきたのは、一人の女の子だった。

 年の頃は12歳前後に見えるも、暗がりの中でもわかるほど酷い恰好をしている。

 本来はきれいな金色と思われる髪は泥にまみれ、手入れもされておらずボサボサだ。身につけた衣服も、ところどころ穴が空いていた。

「えっ、あの、どうしたんですか」

「追われているんです! かくまってください!」

 その子はわたしにすがりつき、強い意志を持った目で見つめてくる。

「か、匿ってと言われても……」

 その赤い瞳に気圧されながら、おろおろと周囲を見渡す。するとそこに、人が入れそうな大きな樽があった。とっさに蓋を取ると、中身は空っぽのようだ。

「こ、これに入ってください」

「ありがとうございますっ!」

 少女は感謝の言葉を口にしながら樽をよじ登ると、その中に身を隠す。

 それを確認して、わたしはいそいそと蓋を閉めた。

「……あのガキ、どこに行きやがった」

「まったく、てめぇがちゃんと見張ってねぇからこんなことに」

「そう言うな。あの身なりだ。すぐに見つかるさ」

 その直後、少女がやってきたのと同じ方角から、男性たちの話し声が聞こえてきた。

 その内容から、今の女の子を探しているのだろう。

 わたしはシロイモの入った袋を肩に担ぎ、あたかも通りすがりを装う。

 やがて姿を見せたのは、いかにもゴロツキといった風貌の男性二人組だった。

「おい、そこの女。こっちにガキがやってこなかったか。金髪で、赤い目をしてるんだが」

 彼らはわたしの全身を舐めるように見ながら、いぶかしげな視線を向けてくる。

 あの子のためにも、ここはなんとか切り抜けないと。

 わたしは凛とした態度で、彼らと対峙――。

「い、いえその、あの、あのあの」

 ――できなかった。思いっきり人見知りが発動してしまっている。挙動不審もいいところだ。

「……怪しいな。なんか知ってるんなら、正直に言ったほうが身のためだぜ?」

「あっ、その、わたし、ただ迷子になっただけで……すみません」

「迷子だぁ? そんなバレバレな言い訳、通じるとでも思ってんのか」

 必死に言葉を紡ぐも、まったく信じてもらえなかった。

「ほ、本当に迷子でして……住んでる街なのに迷ってしまって、すみませんすみません……」

「……ダメだこの女、会話にならねぇ」

「アニキの顔が怖いんじゃないっすか?」

「うるせぇ。こんなやつに構ってる場合じゃねぇ。二手に分かれるぞ」

 しどろもどろになっていると、彼らはわたしを一瞥し、呆れ顔のまま別々の路地へと入っていった。

「はへぇ……」

 その足音が聞こえなくなったのを確認して、へなへなとその場に座り込む。

 ……今回ばかりは、人見知り特有の口下手が功を奏したみたい。

「そ、そうだ。も、もう出てきてもいいですよ」

 ややあって、わたしは麻袋を地面に置き、樽の蓋を取る。

「お姉さん、ありがとうございます。なんとお礼を言ったらいいか」

 もそもそと樽から這い出してきた少女が地面に降り立つ。

 その直後、地面の袋に彼女の足が当たり、中からシロイモが転がり出た。

「……おいも?」

「あっ、これは食べられません。薬の材料なので」

「薬……? お姉さんは、なんのお仕事をしているんですか?」

 こぼれたシロイモを袋に戻しながらそう口にすると、少女は首をかしげた。

「えっと、薬師やくしです」

「え、薬師様!?」

 その子は雷に打たれたような顔をしたあと、ものすごい勢いで地面に頭を擦りつけた。

「……お願いします。私に薬の作り方を教えてください!」

「ええっ!? 誰か、具合の悪い人でも……?」

「いえ、実は……」

「あー! ミラさーん! エリンさんいたよー!」

 あたふたしながら理由を尋ねた時、背後から聞き覚えのある声がした。

「え、マイラさん? ど、どうしてここに」

「エリンさんの帰りが遅いから、ミラさんと二人で探しにきたんだよー。いやー、見つかってよかった!」

 暗がりの中でもわかるキラキラの笑顔をわたしに向けながら、マイラさんが言う。その背後から、腰に剣を携えたミラベルさんが走ってくるのが見えた。

「……む? エリン、その子は誰だ?」

「え、えっと、この子はですね……」


 ◇


「……というわけなんです」

 工房に戻る道すがら、わたしはこの女の子と出会った経緯をミラベルさんたちに話して聞かせた。

「なるほどな。その子の恰好を見る限り、お前が遭遇したのは奴隷商人だろう」

「この街じゃほとんど見なかったんだけど、まだいるんだねー。キミ、大丈夫? 怖かったでしょー?」

 マイラさんが少女に同情の言葉をかけるも、彼女は黙ってついてくるだけだった。

 ……そうこうしているうちに、エリン工房へと帰り着く。

「エリンさん、おかえりなさい! 心配したんですよ?」

「ひぇっ……す、すみません」

 扉を開けると同時にクロエさんが飛び出してきて、わたしの手を握る。思わず変な声が出た。

「……あれ? その子はどうしたんですか?」

 続いて、クロエさんがわたしの背に隠れる少女に気づいた。

「えっと、この子は、ですね……」

「男たちに追われているところを、エリンが助けたらしい」

 わたしが言い淀んでいると、代わりにミラベルさんが答えてくれる。

「なるほど。帰りが遅いから心配していましたけど、さすがエリンさん、人助けをしていたんですね」

「え? ええ、まあ……」

 尊敬の眼差しを向けてくれるクロエさんに、わたしは視線を泳がせながら曖昧な言葉を返す。まさか、迷子になっていたなんてとても言えない……。

「まあ、色々とわけありのようだがな……中で話を聞こう。入っていいぞ」

 ミラベルさんが優しい声色で少女に声をかけ、その背中を押す。

 身を縮こませていたその子は、小さく頷いて工房へ足を踏み入れた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【7話完結】婚約破棄?妹の方が優秀?あぁそうですか・・・。じゃあ、もう教えなくていいですよね?

西東友一
恋愛
昔、昔。氷河期の頃、人々が魔法を使えた時のお話。魔法教師をしていた私はファンゼル王子と婚約していたのだけれど、妹の方が優秀だからそちらと結婚したいということ。妹もそう思っているみたいだし、もう教えなくてもいいよね? 7話完結のショートストーリー。 1日1話。1週間で完結する予定です。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

もう、終わった話ですし

志位斗 茂家波
ファンタジー
一国が滅びた。 その知らせを聞いても、私には関係の無い事。 だってね、もう分っていたことなのよね‥‥‥ ‥‥‥たまにやりたくなる、ありきたりな婚約破棄ざまぁ(?)もの 少々物足りないような気がするので、気が向いたらオマケ書こうかな?

聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。

重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。 あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。 よくある聖女追放ものです。

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星里有乃
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2023年01月15日、連載完結しました。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました! * 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

【短編】追放した仲間が行方不明!?

mimiaizu
ファンタジー
Aランク冒険者パーティー『強欲の翼』。そこで支援術師として仲間たちを支援し続けていたアリクは、リーダーのウーバの悪意で追補された。だが、その追放は間違っていた。これをきっかけとしてウーバと『強欲の翼』は失敗が続き、落ちぶれていくのであった。 ※「行方不明」の「追放系」を思いついて投稿しました。短編で終わらせるつもりなのでよろしくお願いします。

パーティのお荷物と言われて追放されたけど、豪運持ちの俺がいなくなって大丈夫?今更やり直そうと言われても、もふもふ系パーティを作ったから無理!

蒼衣翼
ファンタジー
今年十九歳になった冒険者ラキは、十四歳から既に五年、冒険者として活動している。 ところが、Sランクパーティとなった途端、さほど目立った活躍をしていないお荷物と言われて追放されてしまう。 しかしパーティがSランクに昇格出来たのは、ラキの豪運スキルのおかげだった。 強力なスキルの代償として、口外出来ないというマイナス効果があり、そのせいで、自己弁護の出来ないラキは、裏切られたショックで人間嫌いになってしまう。 そんな彼が出会ったのが、ケモノ族と蔑まれる、狼族の少女ユメだった。 一方、ラキの抜けたパーティはこんなはずでは……という出来事の連続で、崩壊して行くのであった。

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

処理中です...