銀狼の花嫁~動物の言葉がわかる獣医ですが、追放先の森で銀狼さんを介抱したら森の聖女と呼ばれるようになりました~

川上とむ

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第21話『森の危機です!?』その③

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「……銀狼さん」
「……遅くなって、すまんな」

 私の目の前に現れた銀狼さんは、すでに彼らと何度も交戦したのか、至るところから血が流れていた。

「で、出やがったな、化け物め!」

 銀狼さんは私に触れようとしていた一人を吹き飛ばしたものの、残る二人は離れていて無事だった。彼らはすぐさま銀狼さんに銃を向ける。

「銀狼さん、避けてください!」

 私はティアナと一緒に地面に伏せながら叫ぶ。

「ぐうっ」

 ……その直後、二発の銃声と、苦しそうな銀狼さんの声がした。
 見ると、彼はその場から逃げることなく、銃弾をその身に受けていた。

「ど、どうして避けなかったのですか? あれくらいなら、銀狼さんなら避けられていたはずです」
「……避けていれば、背後のお前たちに当たっていたかもしれぬからな」
「え?」
「命に変えても妻と子どもを守るのが、父親の務めなのだろう」

 そんな銀狼さんの声からは、並々ならに覚悟が感じ取れた。
 その声で冷静になった私は、彼の傷の具合を素早く確認する。
 ギリギリのところで急所は外れているけれど、なるべく早く止血をしないといけない。

「なんだこいつ、まさか、女と子どもを守ったのか」
「それにあの女……銀狼と会話してなかったか」
「そんなわけねーだろ……それより、ヤツはだいぶ弱ってる。あと少しだ」

 そんな彼らの会話が聞こえ、再び銃口が向けられた。

「……お父さんにひどいことするな!」

 そんな彼らの前に、ティアナが両手を広げて立ちふさがった。
 銀狼さんのことを初めて父と呼んだ彼女に驚きつつ、私もその隣に並び立つ。

「お前ら、どかないと一緒に撃っちまうぞ!」
「どきません! この人は、私の大切な人です!」
「……変わってやがる。そんな化け物を守ろうとするなんてな」
「化け物じゃありません!」
「化け物じゃない!」

 私とティアナの声が重なった。

「彼は私たちにとって、大事な家族です。むしろ、今はあなたたちのほうが森を荒らす化け物に見えます!」
「言ってくれるじゃねーか。女だからって調子に乗るんじゃねーぞ」

 私たちに銃口を向けたまま、彼らの口調は怒りに満ちていた。
 今にも火を吹きそうなその銃口を見つめながら、私は大きく深呼吸をする。

「……聖女さまに何する気だ! こいつめ!」

 その時、彼らの背後の茂みから一頭のオス鹿が飛び出してきた。それは先日父親になった、あのオス鹿だった。
 彼は勢いそのままに、その立派な角で密猟者たちに背後から襲いかかった。

「ぎゃああ!?」

 茂みの近くにいた一人は完全に虚を突かれ、その衝撃で銃を取り落とし、もんどり打って倒れた。見たところ、鹿の角がお尻に刺さってしまっているようだ。

「……へぇ、これが銃ですかい」

 そんな彼が落とした銃を、オス鹿さんに続いて森から出てきたゴローさんが拾い上げた。
 どうやら手負いの彼も来てくれたらしい。

「この筒のせいでオイラは! ふぅん!」

 そして銃を両手に持つと、力任せに銃身をぐにゃりと曲げてしまった。
 あれではもう、使い物にならないと思う。

「先生さんたち、大丈夫ですかい?」
「え、ええ。ありがとうございます」

 呆けながらもお礼を言うと、ゴローさんは落ちていた別の銃も拾い上げ、同じように壊してしまう。
 あれは銀狼さんに吹き飛ばされた密猟者が持っていた銃のようだ。

「し、鹿の次は熊だと!? しかもその額の傷、よく見たらこの前仕留め損なったやつか!」

 一人残った彼は素早く距離を置き、ゴローさんに銃を向ける。

「ゴローのアニキを守れー!」
「皆の衆、一斉攻撃ですぞ!」

 その直後、上空から鳥たちの声がした。
 反射的に見上げると、彼らは空から次々と小石や木の実を落としていく。

「いてっ! いててっ! くっそ! やめろ鳥ども! 静かにしろ!」

 彼はすかさず空に向けて発泡するも、鳥たちは素早く逃げ去り、当たりはしなかった。

「静かにするのはあんたのほうだよ」

 彼が上空に気を取られたタイミングを見計らったように、背後からカエデさんが忍び寄り、太い丸太でその頭を叩いた。

「ぐぎゃあ」

 その衝撃はすさまじく、彼は一撃で気絶してしまった。

「それにしても、うちの旦那を怪我させたのはコイツだったのかい。こんなヒョロガリにやられるなんて、情けないね」

 カエデさんは呆れた声で言うと、倒れた彼の傍らに落ちていた最後の銃を拾い上げ、いとも簡単にへし曲げてしまった。

「いっちょあがりだよ」

 それを乱暴に地面に放り投げると同時に、動物たちから歓声が巻き起こる。
 森の動物たちの助太刀によって、形勢は完全に逆転したのだった。

「ひ、ひぃぃ……」
「あわ、わわわわ……」

 その後、捕まった密猟者たちは動物たちに囲まれて震えていた。
 先ほどまでの威勢はどこに行ってしまったのでしょう。

「アンタたち、銀狼さまにまで怪我をさせて、ただで済むと思ってんだろうね」
「オイラだってそうさ。ハチミツをいくら積まれたって、この怒りは消えねぇ」

 そんな中、カエデさんとゴローさんが怒りをあらわにしながら三人へと近づいていく。

「待ってください。そこで暴力に出ては、彼らと同じですよ」

 そんな彼らを、私は押し留める。

「こ、この女、熊を従えてるのか……?」

 明らかに私の言葉に反応したクマたちを見て、密猟者たちは困惑していた。
 そこで私は、自分は銀狼の花嫁で、この森の聖女であると告げる。

「銀狼の花嫁……?」
「森の聖女……?」

 村の者でない彼らにとって、どちらも初めて聞く言葉なのだろう。意味がわからないといった様子で、顔を見合わせていた。

「つまり、私は動物たちと意思疎通ができるのです。私のさじ加減一つで、次はあなたたちがその銃のようになるかもしれませんよ。ねえ、皆さん」

 私が動物たちの顔を見渡すように言うと、彼らは一斉に反応した。
 動物の言葉がわからない密猟者たちには、さぞかし異様な光景に見えていることだろう。

「……暴力は駄目だけど、脅すのはいいの? お母さん、そんなことしないよね?」
「時と場合によっては必要なのですよ」

 私の服を引っ張りながら小声で言うティアナにそうささやいて、その頭を撫でてあげる。

「せ、聖女さま、命だけはお助けください!」
「どうかお願いします! どうか! この通りです!」

 すると案の定、密猟者たちは涙ながらに命乞いをしてくる。揃って土下座までしていた。

「仕方ないですね。今回だけは見逃してあげますので、二度とこの森には来ないでください。わかりましたか?」
「は、はい! 聖女さま! ありがとうございます! お前ら、いくぞ!」
「うわああーー!」
「お助けー!」

 私が笑顔で言うと、それがより一層不気味に思えたのか、三人の密猟者たちは泣きながら逃げていった。

「……ところでお前たち、森の奥に隠れていろと言ったはずだが?」

 そんな彼らの姿が完全に見えなくなったあと、銀狼さんは動物たちに対し語気を強める。

「す、すみません。この傷を負わせてきた連中に、目にもの見せてやりたかったんですわ」
「お、俺だってそうです。聖女さまに酷いことをしようとする連中は許せません」

 そう言いつつも、森の主たる銀狼さんを前に、ゴローさんたちは頭を垂れる。
 特にオス鹿さんはよほど勢いよく突撃したのか、角が折れてしまっていた。

「お母さん、あのシカさんの角、直してあげられないの?」

 そんな彼を見つめていると、ティアナがそう聞いてくる。

「鹿の角は年に一度生え変わるので大丈夫ですよ。春には抜け落ちて、また新しい角が生えてきます」

 そう説明してあげると、ティアナはその大きな目を丸くしていた。

「それより優先すべきは……銀狼さんの治療ですね」

 そう言いながら、私は地面に横たわる銀狼さんへ近づいていく。

「酷くやられたものだ」
「まったくです。命に別状はなさそうですが、体の中に何発銃弾が残っているかもわかりません。きつい治療になりますよ」
「ま、麻酔とやらはないのか」
「ありません。森の主なのですから、我慢してください。森の仲間たちも、あなたの娘も、その妻も、皆が見守っているのですよ」
「……そうだな。父親として、夫として、情けない姿は見せられんな」

 そう呟いたあと、彼は静かに目を閉じた。
 そんな銀狼さんの言葉を噛み締めながら、私は医療器具を手にして、彼の治療を始めたのだった。

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