銀狼の花嫁~動物の言葉がわかる獣医ですが、追放先の森で銀狼さんを介抱したら森の聖女と呼ばれるようになりました~

川上とむ

文字の大きさ
上 下
7 / 22

第7話『もふもふは聖女の特権です!?』

しおりを挟む

 新居での生活を始めて、一週間ほどが経った。
 銀狼さんの訂正も虚しく、いつしか森の聖女という言葉が独り歩きし、私の周囲には動物たちが集まってくるようになった。

「聖女さま、ウチの子がまた怪我をしちゃったんだよ」
「ワタシも硬い木に挑みすぎたのか、クチバシが……あいたた」
「はいはい。薬を塗っておきますね。キツツキさんのほうは……止血はしておきますが、日にち薬ですね」

 中にはこのように怪我をした動物もやってくるので、私は全て診察し、できる限りの治療を施す。
 村にいた頃も家畜の世話や治療をしていたのだけど、村人たちはそれが当然といったふうで、特にねぎらいの言葉をかけてくれることはなかった。
 ですがこの森では、皆が感謝してくれる。私としては、村で過ごしていた日々の何倍……いえ、何十倍も充実した日々を過ごせていた。

「聖女さまー、この前はありがとう! これはお礼だよ!」

 その時、窓枠に一匹の若いリスさんが飛び乗ってきた。その長いしっぽに巻き込むように、数本のきのこを器用に持っている。

「ありがとうございます。これに懲りたら、度胸試しに石をかじるなんてことはしてはいけませんよ?」
「わかってるよー! そんじゃ!」

 両手を広げてそれを受け取ると、彼は照れ隠しをするように短く言って、森へと帰っていった。
 こんなふうに、お礼として食料も分けてもらえるので、私としては大変助かっていた。

 ◇

 午前中の診療が一段落したら、食事の準備に取り掛かる。
 ……でもその前に、私にはやりたいことがあった。

「少し疲れてしまったので、銀狼さん、またアレをお願いしてもいいですか」
「構わんが、足の傷には触れぬようにするのだぞ」
「もちろんわかっています」

 私が頼み込むと、銀狼さんはやれやれといった様子で外に出る。
 そして本来の狼の姿に戻ると、地面に体を横たえてくれた。
 私は勢いをつけ、そのもふもふの体毛に飛び込む。
 獣医の仕事をしているのですから、私は大の動物好き。中でも犬のふわふわな毛に触れている時は、至高のひとときだ。
 銀狼さんのもふもふ感に気づいたのは数日前で、それからほぼ毎日、こうしてもふらせてもらっている。彼はその体も大きいので、全身を預けることができます。これがまた、どんな高級ベッドより心地良いのだ。

「我にはよくわからんが、これで気持ちが休まるものなのか?」
「そりゃあもう。疲れが吹き飛んでしまいますよ」

 正直、人間の姿の銀狼さんとのスキンシップはまだ慣れませんが、この姿なら話は別。なんとも言えない香りがしますし、いくらでももふもふできてしまいます。
 ……そんなこんなで、たっぷりともふもふパワーを補充したら、食事作りを再開する。
 かまどで煮炊きもできるようになったので、手の込んだ料理も作れるようになった。今日のお昼はきのこスープだ。

「普段は肉しか食さぬから気づかなかったが、きのこを煮出すとこのような味になるのだな」

 人の姿になった銀狼さんが、スープを口にしながら唸っていた。
 狼さんは雑食なので、きのこを食べても問題ないのだと思う。
 器から直接スープを飲むのは、はしたないのでやめてほしいけど、これも狼さんなので仕方のないことかもしれない。

「これってもしや、テーブルマナーも私が教える必要があるのでは……?」
「コルネリア、何か言ったか?」

 私の気持ちなどつゆ知らず、銀狼さんは口元にきのこの欠片をつけたまま、果物の入った器に手を伸ばす。
 ちなみにこの器は銀狼さんが作ってくれた。
 彼は手先が器用な上に力が強いので、工具セットに入っていたノミ一本で木を加工し、あっという間に作ってしまったのだ。
 その材料はというと、クマのゴローさんがどこからか手頃な木を運んできてくれた。
 彼も定期的に食料を届けてくれるし、森の情報も色々と教えてくれる。
 こちらからも何かお返しがしたいところですが、クマさんの喜ぶものってなんでしょう。やはり、ハチミツでしょうか。

「そういえば、昨日手に入れた服の着心地はどうだ?」
「え? ああ、見ての通り、ぴったりです。花嫁衣装より楽ですし、助かっています」

 考えを巡らせていたところにそう言われ、私は着ている服を彼に見せる。
 銀狼さんが用意してくれた服は、彼と色違いのチュニックに、裾が広い紅色のズボン。スカートではないので、動きやすくて助かっています。

「この服、すごく状態がいいのですが、本当に捨ててあったのですか?」
「ああ。村外れの家の庭に、まるで見せびらかすように吊るしてあったぞ」
「……それ、捨てていたのではなく、干していたのでは?」
「そうなのか?」
「そうですよ。石鹸で洗って、外で乾かしていたのだと思います」
「つまり、日光浴をさせていたわけか」

 私が説明するも、銀狼さんはうんうんとうなずくだけ。悪いことをしたという認識はないようだった。

「持ってきてしまったものはしょうがないので、この服は使わせてもらいますけど……今後は村のものを持ってきてはいけませんよ。いいですか?」
「よくわからんが、コルネリアが言うのであれば従おう」

 首をかしげながらも、銀狼さんは納得してくれたようだった。
 彼に人間の常識を教えることは大変だけど、それをどこか楽しく思っている自分がいた。
 子どもを持ったことがないのでよくわかりませんが、子育てとはこんな感じなのかもしれません。

「聖女さまー! うちの旦那が大変なんだよー!」

 やがて食事を終えた頃、一匹のウサギが小屋にやってきた。

「マチルダさん、そんなに慌ててどうされました?」
「うちの旦那が人間の仕掛けた罠にかかっちまったんだよ!」
「そ、それは大変じゃないですか。場所はどこです?」

 私は反射的に医療器具の入った袋を手にしながら、彼女にそう尋ねる。

「こっちだよ! ついてきておくれ!」

 文字通り、脱兎のごとく駆け出す彼女を追いかけ、私と銀狼さんは小屋を飛び出した。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】私たち白い結婚だったので、離婚してください

楠結衣
恋愛
田舎の薬屋に生まれたエリサは、薬草が大好き。薬草を摘みに出掛けると、怪我をした一匹の子犬を助ける。子犬だと思っていたら、領主の息子の狼獣人ヒューゴだった。 ヒューゴとエリサは、一緒に薬草採取に出掛ける日々を送る。そんなある日、魔王復活の知らせが世界を駆け抜け、神託によりヒューゴが勇者に選ばれることに。 ヒューゴが出立の日、エリサは自身の恋心に気づいてヒューゴに告白したところ二人は即結婚することに……! 「エリサを泣かせるなんて、絶対許さない」 「エリサ、愛してる!」 ちょっぴり鈍感で薬草を愛するヒロインが、一途で愛が重たい変態風味な勇者に溺愛されるお話です。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして

みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。 きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。 私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。 だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。 なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて? 全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです! ※「小説家になろう」様にも掲載しています。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...