銀狼の花嫁~動物の言葉がわかる獣医ですが、追放先の森で銀狼さんを介抱したら森の聖女と呼ばれるようになりました~

川上とむ

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第4話『傷の舐め合い、です!?』

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「あ、あのあの!? 何をしてらっしゃるんですか!?」

 私は目の前で起きた光景が信じられず、しどろもどろになりながら銀狼さんに問いかける。

「何をしているとは? 傷はこうして治すものだろう」

 ……続く彼の発言を聞いて、私は合点がいく。
 動物が自分や仲間の傷を舐めて怪我の治りを早くするのは、よく聞く話だった。
 ……いやいや。それはそうだとしても、まさか自分がされるとは思わなかった。

「こ、これは破壊力抜群ですね。その、色々な意味で」
「破壊力? よくわからんが、気分を損ねたか?」
「い、いえ、血も止まりましたので、もう大丈夫です。ありがとうございます」

 動揺しながらもお礼を言うと、彼は不思議そうな顔をしながらも、私の手を開放してくれた。

「こ、こほん。それより目下の問題は、この生い茂った草をどうするかですね」

 どこか恥ずかしくて銀狼さんの顔を直視できない私は、わざとらしく咳払いをして、うっそうと生い茂る草藪を見渡す。
 先の通り、素手での作業は無理そうです。かといって、ここには草刈り鎌などなですし、どうしたものでしょうか。

「つまり、この小屋の周りに生えた草を全て抜けばいいのだな?」
「え? そうですが……」

 私がそう言葉を返した時、銀狼さんの姿が消えた。
 そして次の瞬間、彼は目にも留まらぬ速さで動き、残像を残しながら周囲の草を抜いていく。
 それこそ森の王たる銀狼の力なのか、ものすごい速度だった。
 私はあっけにとられながら、その作業を見守るしかなかった。

「あ、あの、銀狼さん、もう十分です。ありがとうございます」
「む? もういいのか」

 大した時間もかからぬうちに、小屋の周囲に生えていた草は跡形もなくなった。
 作業を止めてもらうと、銀狼さんは疲れた顔ひとつせずに戻ってくる。

「え、ちょっと銀狼さん、手、傷だらけじゃないですか」

 そんな彼の手を見ると、細かい切り傷がたくさんできていた。
 あれだけの草を素手で抜いたのだし、銀狼さんといえど怪我をしてしまったようだ。

「気づかなかったな。コルネリア、舐めてくれるか?」
「お、おお、お断りします! 後で傷薬を渡しますので!」

 当然のように差し出された血まみれの手を、私は全力で押し返す。
 獣医ですから、血を見るのが嫌とかではなく、ただ単に恥ずかしかったのです。今の私、それこそ血のように顔が真っ赤だと思います。

「……というか今、しれっと名前で呼びました? 呼びましたよね?」
「確かに呼んだが、間違っていたか?」
「いえ、合っていますが……その、突然だったので、驚いてしまいました」
「それはすまなかった。次からは名前で呼ぶ前に、確認することにしよう」
「いちいちしなくていいですから! ところで、私は銀狼さんをなんとお呼びすれば?」
「我のことか? なんとでも好きに呼ぶがいい」

 そう言われても、いきなり名前など思いつかず。結局そのまま『銀狼さん』と呼ぶことにした。

 ◇

 銀狼さんのおかげで、小屋の周りは見違えるようにきれいになった。
 あらわになった飛び石を伝いながら、私は建物へと近づいていく。
 その扉には大きな板が打ちつけられていて、このままではとても開きそうにない。

「ここが入口なのか?」
「そうなのですが、見ての通り板で塞がれていて……」

 途方に暮れているところに銀狼さんがやってきて、その板の端を掴む。
 そして力を入れる素振りすら見せずに、打ちつけてあった板ごと扉を外してしまった。

「なんだ。開くではないか」

 あっけらかんと言う彼と、その手にある扉を交互に見る。すごい力だった。

「どうした? 入らないのか?」
「そ、そうですね。中はどんな感じなのでしょうか」

 私は取り繕うように言って、建物内へ足を踏み入れる。直後、古い本を開いたときのようなにおいが鼻をついた。
 うっすらと埃が積もってはいるものの、内部はしっかりしている。
 森に侵食されているのは建物の外だけだとわかり、私は安堵する。
 床板も腐っている様子はないし、屋根に穴が空いものはつい最近なのかもしれない。

「天井の穴を塞げば雨は大丈夫そうですが、あのかまどは使えそうにありませんね」

 室内をぐるりと見渡すと、一番奥のかまどが目につく。
 そのかまどは煙突と一体になっており、どちらもレンガで作られている。
 暖を取り、煮炊きをする場所であるためか、力の入れようが他の場所と違っていた。
 ……まぁ、その焚き口からは木の根が顔を出しているのですが。
 どうしてこんなことになったのでしょう。煙突の入口から、鳥が種でも落としたのでしょうか。

「コルネリア、どうした? その木が邪魔なのか?」

 焚き口から覗く木の根を見ながら眉間にしわを寄せていると、銀狼さんが私の肩に手を置いて聞いてきた。一瞬、どきりとしてしまう。

「邪魔と言われれば邪魔ですね。これではかまどが使えません」
「わかった。少し待っていろ」

 そう言うが早いか、銀狼さんは小屋の外へと出ていった。
 この木をなんとかしてくれるのでしょうか。斧でもないと、さすがに無理だと思うのですが。
 そう考えた矢先、メキメキという音がして、かまどに生えていた木が上へと昇っていった。

「……はい?」
「コルネリア、この木はどこに置いておけばいい?」

 私が呆気にとられていると、天井に空いた穴の一つから銀狼さんが顔を覗かせる。その手には、先ほどまでかまどに生えていた木があった。
 つまり、煙突側からあの木を引っこ抜いたと。

「ま、薪に使えると思うので、庭に下ろしておいてください」
 私がそう言うとすぐに彼の顔が引っ込み、直後に重たい何かが地面に落ちる音がした。
 ……この小屋を修理するにはそれなりに時間がかかると思っていましたが、彼に手伝ってもらえば割と早く終わるかもしれません。

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