骨の花

サハラ鯖

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選択できない選択肢

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「店長さん、おかわり」
 出したアイスコーヒーを一気に飲み干すと、笑顔でカップを差し出す。
「落ち着いて飲めよ」
仕方なく、私は苦笑いしながら継ぎ足す。だって喉乾いてたもん、と悪びれず言う。彼もこの店の常連の高校生だ。ませた学生特有の背伸びした話し方をするが、素直な性格で優しい。だからお客様ではあるが、友人のように話す。
「そうだ、店長。本買ってくれた?」
「ばっちり。今回はロシア語にもあるよ」
「げ、フランス語で精一杯なのに。でも楽しみだ」
人懐っこい笑顔を浮かべる。彼が初めて店に訪れた時、本屋でもないのに本を買いたいと言い出した。たまたま古い洋書があったため出したら、味をしめたのだ。英語の次はドイツ語だとか、注文を吹っ掛けてくる。
「思うんだけど、何で本屋に行かないんだよ。種類沢山あるだろ?」
「まあまあ。細かいことは気にしなくていいんだよ、店長。寿命縮んじゃうよ?」
「訳がわからない」

 とりとめもない話をしていると、店に誰かが入ってきた。いらっしゃいませ、と挨拶しながらでてみると、見たくもない人がいた。完全に油断していて、体が硬直する。
「よう。良い匂いだな。俺にもコーヒーくれよ。ホットな」
「なんか用か」
 落ち着きをどうにか取り戻す。さっきまでと明らかに違う、低い声を出す。
「嫌だな、忘れたのか。依頼を受けるかどうか、考えとくっていっただろ」
 ああその事か、と呟く。始めから受けることはないと決めていた。
 ソイツは勝手に少年が座っている席の前に座り、「高校生?どこ高?」と話しかけた。彼は愛想よく答える。
「若いのにこんなマイナーな店に来るなんて君も渋いな。ま、潰れないようにあいつを頼むぜ」
そんな言葉が聞こえてきた。何様だ、と思ったが少年の手前、愚痴を言うのはやめておいた。
「お兄さんもお若いですよね。スーツも渋くて恰好良いです」
 少年は素直な感想をもらす。
「あいつと俺は友達だからな。マブダチだ」
 何が面白いのか、笑いながら返す。私も彼に、一番安い豆で淹れたコーヒーを出しながら言う。
「あまりお客様に迷惑をかけないでくれ。困ってるじゃないか」
 私に一瞥をくれると「これ以上客が減ると困るのはお前だもんな」とへらへら笑う。

 少年はコイツの性格の悪さを察したのか、にこっと微笑んで相槌を打つだけになった。
そのことにも気づかずに少年と会話を楽しんでいたが、いきなりわたしの方を見た。
「そろそろ本題に入ろうぜ。依頼、受けてくれるよな?」
「その話だが……」
 断る雰囲気を出すと、ソイツは大袈裟に息を吐き、ゆっくりと顔を上げ、こちらを睨む。
「選択肢は、わかってるよな?」
 その台詞を契機に、学生時代の記憶が次から次へと溢れだしてきた。身体が言うことを聞かなくなり、声が出なくなる。やっとわかった。いつだって選択肢は、ない。
「出来る限りやってみるけど。満足するかどうかはわからない」
 小さな声でボソボソ言う。その返事に満足しまようだ。上機嫌な声で言う。
「お前の仕事ぶりは凄いってよくわかってる。頼んだぞ」
「期限は?」
「ないって言ったろ。まぁ、できれば早いうちがいいけどな。材料と金は後で届ける」
 そう言い残してソイツは帰っていった。まるで災害だ。壊せるものは全て壊して、さっさといなくなる。

姿が完全に消えたところで彼が話しかけてきた。
「店長さんのお友達ですか?」
「断じて違う」
 そう答えると少年は何故か笑顔になった。
「ああいうタイプに初めてお会いしました。新鮮です」
「どういう感じの意味?」
「うーん、うまく言えないなぁ。強いて言えば、雰囲気がいじめっ子のタニグチ君に似てるけど、なんか違う」
 私にはなんとなくわかる。きっとタニグチ君には良心がまだある。アイツには存在しない。
「あと、マブダチって死語ですよね」
 少年が真面目な顔で尋ねた。急な質問が笑いのツボをついてくる。
堪えきれず、爆笑した。
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