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本編

第56話 ゴリラの気持ち

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「その靴は軽くて丈夫で、蒸れにくい上、消臭効果もあるんですよ!」
「ウホゥ!」
「ふふっ、驚くにはまだ早いですよ! なんと! レザーでありながらも撥水加工がされているので、雨の日でも問題なしです。つまりその一足でオールシーズン対応出来るんですよ」
「ウホ!?」
「マジです!」
「ウホー!」

 ゴリラは、軽く嬉し過ぎて靴を抱えながらドラミングした。

 いつものことなので、周囲にいる人間たちは気にする素振りも見せず、暖かい視線を送っていた。

「ウッホウッホ」

 自身が望んでいた以上の機能が備えられた多機能革靴に瞳を輝かせながら、靴を掲げている。

「どう? 航ちゃん。ゴリラ君、気に入ったかな?」

 ゴリラと航平が会話をしているイートインスペースの後ろにあるオープンキッチンから声を掛けるのは、航平の奥さんであり、この店のもう1人のオーナーである人物。

 海島ウミ40歳だ。

 航平と同じように山と川が描かれたエプロンをつけている。
 
「気に入ってもらえたみたいだよ!」
「あ、ほんと! 気に入ってくれて良かったー!」

 ゴリラが気に入ったいう言葉を聞いて、ウミは心から安堵した。そして、そのままゴリラに声を掛けた。

「あ、そうだ! ゴリラ君――」
「ウホ?」
「今回はね。このお店の商品と同じように、私がデザインを入れてみたのよ! きっとゴリラ君も喜ぶはずよ! 航ちゃん見せてあげて」

 実はこの店、ほぼ全て妻であるウミがデザインを手掛けており、夫である航平が形にするといった夫婦で協力して作った物を商品として取り扱っているのだ。

 ただ、ゴリラへ提供するものに限っては、ゴリラとバナ友ということもあって航平がデザインから製作まで全工程担当していた。

 しかし、今回は何か新しいアイデアを入れる為、1人ではなく普段と同じように、夫婦2人で手掛けることなり今に至る。
 
「あ、うん。ゴリラさん、靴の内側を見て下さい! ウミちゃん肝入りのデザインですので気に入って頂けるとはずですよ!」

 ゴリラは航平の指示に従い、まずは右手に持った靴の中を覗き込む。

 そこには、彼の大好きなバナナの刺繍が施されていた。 

「ウホ!」

 ゴリラは靴の中に施されたバナナの刺繍を見て、満足そうな笑みを浮かべる。

「ウホ、ウホウホ?」
「はい、もちろん! どちらにもはっていますよ」
「ウホウホ」

 ゴリラは左手に持った靴の中も確認する。
 そこには、先程同じようにバナナの刺繍が施されていた。
 
「ウホ!」
「あははっ! こちらこそ、いつも贔屓して頂きありがとうございます」
「ウホウホ!」
「あ、そういえば! ゴリラさん聞きたいことがあるのですが……」

 航平はゴリラに尋ねる。
 
 真剣な表情からして、何かあるに違いない。

 ゴリラはそう思っていた。

 だが、同時に用が済んだはずなのに、今更聞かれることがあるのかと疑問にも思っていた。

「ウ、ウホ?」
「いえいえ! 大したことではないんです! 先日来られた女性とはどういった関係なのかな? と思いまして」

 この航平という人物。
 バナナにも目はないが、人の色恋沙汰にも目がないのだ。

「コウちゃん! またそうやって人の恋路に首を突っ込むんだから! ナミにも嫌がられているでしょ? いくらゴリラ君が優しいからって、そんなことまで聞くのはどうかと思うよ?」
 
 いつものことと言わんばかりに、ウミが呆れながら注意する。

 とはいえ、人間を人類規模で見ているゴリラにとって、その質問は愚門でしかなかった。

 「……ウホ、ウホウホ? ウホ!」

 ゴリラは言葉を選びながらも、亀浦マリンと山川すももに抱いている気持ちを口にする。

 それはゴリラにとって、彼女たちはかけがえのない存在であるからだ。

 だが、言うまでもなくマリンやすももが望んでいる存在という意味ではない。

「……えーっと、それはつまり、今までバナ友よりは親しい間柄ということですか? って、どういう意味ですか?」 

 航平は言葉を発しながら、自身が何を言っているのか理解できないでいた。

 それもそのはず、人間の観点から見れば、どちらかに恋心を抱いているはずなのだから。

 この言葉を耳にしたウミもカウンターの向こうで肩を落としている。

 彼女は彼女で、女性という立場から見て、マリンやすももがゴリラに想いを寄せていることをわかっていたのだ。

 だからこそ、気の毒過ぎるという感情を抱いており、肩を落としていた。

 それだけでなく、この店の常連であるゴリラのバナ友たちもイートインスペースで固まっていた。

 バナナシフォンケーキを食べる手も、コーヒーを飲む手も止まっている。

 不幸中の幸いは、本人たちがいないということだ。

 もしいたらと、思うと……想像に容易い。

 変な空気が流れる中、当のゴリラはというと何もわかっておらず、太い首を不思議そうに傾げているのみ。

 それどころか、会話を終えると渡された革靴に夢中となり、白い歯を見せている。

 心からご満悦ゴリラといった感じだ。

 ゴリラからすると、伝えることは伝えたのだ。

 2人は、とてもかけがえのない存在存在バナ友以上だと。

 そんなゴリラの反応を前にして、全員が顔を見合わせていた。

 ここにいるバナ友たちもゴリラと短い付き合いでもない。

 なので、何となくは察していた。

 彼が色恋沙汰には鈍感極まりないということを。

 でも、まさかあんなに矢印が向いている好意に気付かないとは、ここにいる誰もがそう思った。

 

 ☆☆☆
 

 
 この後、人間たちの声にならない溜息が聞こえる中。
 
 ゴリラは、バナナシフォンケーキとアイスコーヒーのセットを楽しみ。

食べ終わると脇に革靴の入ったケース抱えて店を後にしましたとさ。

 ウホウホ
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