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本編

第33話 先入観ってあるよね

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「もう、買い物は終えていますのでー! 心配しなくて大丈夫ですよー! ですので、駅に向かいましょうー!」

 どうやら、誠にはゴリラが買い物を無事終えているかどうかを気にしているように映っているらしい。

 だが違う。

 ゴリラが頭を抱えている理由は、買い物を終えているかどうかではないのだ。

 自身の顔色話と誠の個性豊かな服装を目の当たりにしたことで、その動きを止めているだけ。

 しかし、ゴリラが考えていることなど良かれと思い、大きな声を出している彼女に通じるわけもなかった。

 言葉が出てこない彼に対して、誠は以前として大きな声で話し掛けるのを止めない。

「ゴリラ主任ー! どうかしましたかー?」

 その姿に隣で恥ずかしそうな表情をする犬太と同様に、またゴリラも珍しく諦めモードとなりそうになっていた。

 とはいえ、彼らはこの10分の間に猛スピードで店内を駆け回り、バーベキューの食材調達を終えていたのだ。


 あの格好(自衛隊さながらの服装)で――。


 これを褒めるべき……いや、まずは大きな声で話すことを止めさせるべき……一体どっちをするべきだろう。

「……ウホウホ」

 ゴリラはまたもや頭を抱えて悩んでいる。

 一方、誠の右隣で荷物持ちをしている犬太は空を見上げて現実逃避していた。

 その上、買い物の疲れも相まってか死んだ魚の目をしている。

 本来、元気が取り柄で思ったことを口にする真っ直ぐな性格だというのに……。

 すると、その犬太は誰にも聞こえないくらいの声量で呟く。

「――まじでやばい……恥ずい」

 ここで、いつもならゴリラが気付くはずなのだが、聴覚に限り霊長類最強の生物であるゴリラでも、人間と大差がなかった。

 ましては、彼は都会のジャングルで何年もインテリゴリラとして社会の雑音を耳にしてきたのだ。

 なので、残念ながら聴覚は少しばかり衰えていた。

 しかし、同時に彼は手にしていたのだ。

「ウホ!」

 ゴリラは犬太の動く口元を見て頷いている。

 これがゴリラが人間社会で生きる為に、身に着けたスキル。

 その名も読唇術。

 リモート会議で電波が悪くなり、会話が聞こえなくなっても、スムーズに場を回せるよう身に着けた物だ。

 状況を把握した彼は部下であり、バナ友でもある犬太の元に向かう為、階段を勢いよく駆け下りていく。

「ウホウホ!」

 そして、買い物を終えた2人の前に降り立った。

 まず、ゴリラは暴走仕掛けていた誠に声を掛けた。

「ウホ、ウホウホ?」

 その表情は真剣というよりは、逆光で以前として黒く見えている為に、怒っているように見えなくもない。

 そんな真剣な表情(逆光のせい)に彼女は戸惑いを隠せずにいた。

「な、何でしょうか? ゴリラ主任……」

 それもそのはずで、誠はただ尊敬する熊主任からの「犬太と仲良くして下さいね」という言葉を彼女なりに解釈して行動に移しただけなのだ。

 とはいえ、そのことに囚われ過ぎたり、元々融通がきかない性格のせいで、空回り誤解を与えてしまったのだが……。

 部下である犬太が困っていたから、急いで下りてきただけで、ゴリラはこの一連のやり取りに悪意がないことを気付いていた。

「ウホゥ」

 彼は腕を組みながら、帽子を深く被り直して俯く誠に優しい眼差しを向ける。

 ここで、並の人間なら大声を出していた彼女を怒るのが当然だろう。

 しかし、彼は人間ではなくゴリラ。

 いや、正確には、彼は人間が大好きでたまらないゴリラなのだ。

 だから、彼は落ち着いた声色で2人に声を掛けることにした。

 まずは、恥ずかしさで考えることを放棄した犬太に。

「――ウホウホ?」
「あ、はいっす! 誠さんのおかげで早く買い物を終えられたと思います」
「ウホウホ!」

 ゴリラは部下の素直な答えに微笑みながら頷いている。

 そして、怒られると思い込み落ち込んでいる誠に声を掛けた。

「ウホ?」

 先程より、ゴリラの顔が近づいたことで、その優しい表情が誠にも見える。

「ゴ、ゴリラ主任……怒っていなかったのですね……」
「ウホ? ウホウホ!」
「あ、そうですね……ドラミングはしていませんでした」
「ウホ! ウホウホ?」
「わ、私ですか? そうですね……犬太が文句も言わず指示に従ってくれたので……とても助かりました。その……怒るどころか感謝しています」
「ウホウホ」

 ゴリラは彼女の素直な気持ちを聞いたことで満足そうに頷く。

 そして、その隣でこのやり取りを真剣な表情で聞いている犬太に尋ねた。

「ウホ、ウホ?」
「そ、そうっすね……えーっと、なんか恥ずかしいとか、何回も言ってすみませんでした!」

 尊敬する上司の言葉と誠の真摯な態度。

 その両方に心を打たれた犬太は勢いよく頭を下げる。

 誠も犬太の真っ直ぐな姿が響いたようで、勢いよく頭を下げ返した。

「いや、私の方こそ……自分のことでいっぱいいっぱいになってしまってごめん!」

 ゴリラは仲直りをした部下たちを、目の当たりにしたことで、子供のような笑みを浮かべた。

「ウホウホ」

 こうして、ゴリラの機転によりお互いの良いところ再確認した2人は和やかな雰囲気となり、この食材調達班もバーベキュー会場へと向かうことになった。



 ☆☆☆



 時刻【9時30分】
 
 B-SITE付近。

 ここを歩くゴリラは、ふと思い出した。

 あの幻のバナナジュースのことを。

 しかし、今はバーベキュー会場へと向かうことが第一優先。

 その上、一緒に歩く部下たちの前にして、ちょっとバナナジュース飲みたいから、B-SITEに寄っていいかな? なんて言い出せるわけもない。

 彼は、仕事の出来るインテリゴリラであり、バナ友たちが大切なのだから。

 そんなことを考えているゴリラにいい案が浮かんだ。

 そう、じゃあ偶然を装って入ればいいのだと。

「ウホウホ!」
「えっ? 主任……B-SITEは逆っすよ?」
「はい、ここからだと大回りになります!」
「ウホウホ?」
「そうっすね! それに開くのって10時じゃなかったですか?」
「あ、そうね! 10時だと思いますよ?」
「ウホ……」

 部下たちの指摘を受けてゴリラは冷静になり、瞬時に理解してしまった。

 もう……バナナジュースを飲むことが叶わないことを。
 それはバーベキューの開始時刻が10時だからだ。

「ウ……ホゥ……」

 その事実にゴリラは肩を落とし、なんとも言えない表情を浮かべる。

「なんかあったんっすか?」
「ええ、私たちでよければ聞きますよ?」

 それを不思議そうに犬太と誠は見つめる。

「ウホ、ウホウホ――」

 2人の優しい声にゴリラは口を開き、何があったのかをバーベキュー会場へと向かうまでに、全てを吐き出すことにした。
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