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本編

第28話 部下たちの為に

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 ――彼らが会話をしながら、頭を悩ますこと45分後。

 時刻【9時10分】
 
「……はぁ、本当にどうしたものでしょう。困りましたね」
「ウホ、ウホウホ?」
「はい、オフィスに我々以外がいないのは好機だと思ったのですが……考えれば考えるほどわからなくなってしまいました」
「ウホゥ……ウホウホ?」
「……仰る通りです、猪狩さんが大事な部下にはかわりないです。ですが――」


 熊主任が、自分の思いの丈を吐き出そうとしたその時――。


 ゴリラは立ち上がり、その肩に大きな手を優しく乗せると、何かを諭すような眼差し向ける。

「――ウホウホ?」

 彼は、気付いて欲しかったのだ。

 自身と双璧を成す熊主任に、上司とはどういう存在なのかを。

「なるほど、将来性に掛けてみるですか……それで周囲は納得してくれるでしょうか? 寧ろ余計に猪狩さんが孤立していくような気もするのですが……」

 だが、その励ましを受けても、熊主任の答えはなかなか決まらない。

 それもそのはずだった。

 この判断によっては、いい雰囲気が漂う工程管理課の人間関係に、亀裂を入れてしまうかも知れない上、優秀な人材である誠の将来にも影響を及ぼしてしまうかも知れないからだ。

 そのせいで、なかなか決めることができない熊主任へと、ゴリラは役目を思い出させる為に声を掛ける。

「ウホ、ウホウホ!」
「……すみません。上司としての仕事を忘れていましたね……猪狩さんは私の部下であり、その長所を伸ばすのが、私の務めですね」
「ウホウホ」
「ふふっ、ありがとうございます! ちょっと将来性も含めて評価していきます」

 熊主任は、そう言うと誠の評価シートに入力をし始めた。

 その表情は迷いが無くなったのか、いつも通りの涼し気な顔をしている。

 オフィス内に響く軽快なタイピング音。

 その様子を見たゴリラは安心して席に着いた。

「ウホウホ」
「ふふっ、いつもありがとうございますね。これでもう大丈夫です」

 すると、熊主任は何かを思い出したのか、その手を止めて向かいへと座るゴリラに尋ねた。

「――そういえば、ゴリラ主任はどんな感じですか?」
「ウホウホ……ウホ」
「あと、1人ですか……誰なんですか?」
「ウホウホ」
「なるほど、犬太の評価ですか……これも難しいですね」

 熊主任が言うように、犬太の評価は難しかった。

 それは犬太と仲が良いことに加えて、ゴリラの部下思いという性格も関係している。

「ウホ、ウホウホ?」
「ええ、犬太と仲が良い分贔屓目ひいきめなしで評価しないと、他の部下に示しがつきませんしね」
「ウホ、ウホ!」
「ふふっ、確かによく頑張っていますね! 現に私の部下たちも、犬太の他の人が嫌がることを率先してする姿勢に刺激されている方々もいますし」

 この言葉を受けたゴリラは、眉間のシワ寄せていた。太い腕も組みながらオフィスの天井を仰いでいる。
 
「ウホウホ……」

 彼の部下である犬太は人懐っこく、素直な性格。

 これだけであれば、期待も込めいい評価を下せばいいのだが、結果を急ぎ過ぎるところに加えて、お調子者でもある。

 もし評価されたことを偉くなった履き違えたり、自分の間違いをすぐ認める素直な犬太が、人の言う事に耳を傾けない傲慢な性格へと変貌してしまわないかなど、そんなことがゴリラの頭をよぎる。

「ウホゥー」

 ゴリラは腕を組みながら、鼻息を漏らす。

 それにつられて熊主任もため息をついた。

「ふぅ……だからこその難しさもありますよね」
「ウホゥ」
「ですが、犬太なら、勘違いを起こさないと思いますよ?」
「ウホウホ?」
「ええ、犬太の目標はゴリラ主任、貴方ですからね」

「ウ、ウホ!?」

 熊主任の言葉を耳にしたゴリラは目を見開く。

 さっきまでバナナの椅子で仰け反りながら、天井見ていたというのに、今は熊主任に釘付けだ。

「ウ、ウホゥ?!」
「はははっ、はい、本当ですよ!」

 それはメンターメンティーの関係であれど、まさか自分のことを目標にしているとまで、考えていなかったからだ。

「ウホゥ……ウホウホ」
「ははっ、気付いていなかったんですか? ずっと「ゴリラ主任のようになるっす!」って言ってますよ?」

 熊主任から犬太の口癖を聞いたことで、ゴリラの表情は徐々に明るくなっていく。

「ウホゥ! ウホウホ!」

 ゴリラ少し控え目のドラミングをする。

「ふふっ! ですから、きっとゴリラ主任がしっかりお手本を見せ続ければ問題ないと思います」
「ウホウホ……?」
「大丈夫です! 貴方も言うではありませんか。皆違ってみんないいと」
「ウホウホ」
「そうです。犬太にとって、貴方がなりたい自分に近かったのでしょう」
「ウホウホ?」
「そこは、ほら! 私に言ったように彼らしさを発揮できるようにするのが、我々上司の務めではありませんか?」

 ゴリラは、先ほどまで励まし諭していた相手にもっともな指摘を受けて笑みを浮かべていた。

 それは、新しいことに気付いたからだ。

 彼はバナ友である熊主任や犬太、雉島課長代理を助けたいという思いで相談などを乗ってきたつもりでいた。

 しかし、実際は逆だったのだ。

 工程管理課には……いや、会社……いや、社会ではさまざまな性格の人間がいて、その違う性格と能力によって互いを支え合っており、それはインテリゴリラである彼も例外ではなかった。

 よく考えてみると、バナナ農家の人がバナナを育てるように。

 運送会社の人がそれを運ぶように。

 また運ばれたバナナを売るスーパーや八百屋があるように。

 誰もが輝く場所がある。

 そんなことに気付いたゴリラはある決心をした。

「ウホ!」

 ゴリラは勢いよく席を立つ。

 その瞳はやる気に満ち溢れている。

「ウホ、ウホウホ! ウホ!」
「えっ!? この人事制度がどうにかできないか上層部に掛け合ってくるんですか?」
「ウホウホ、ウホ!」
「伝えるだけ、伝えてみるですか……」

 ゴリラは熊主任の問い掛けに、右手の親指を立て子供もような笑顔で応じた。

「ウホゥ!」


 そして、彼がオフィスをあとにしようとしたその時――。


 熊主任がゴリラの太く逞しい腕を掴んだ。

「私もご一緒します……」
「ウホウホ?」
「――はい! 私もこの工程管理課の一員ですからね」
「ウホウホ!」

 こうして、部下思いの1頭と1人は意図せず、先に社長室のいる1号棟へと向かった雉島課長代理のあとに続くこととなった。



 ☆☆☆


 
 ――この数日後。


 桃印の印鑑が捺された《評価制度の見直しについて》という書類の添付されたメールが全従業員に向けて送信された。

 これが工程管理課の1頭と2人による成果なのかは、真因はわからないが、この制度の見直しにより、会社内の雰囲気は格段に良くなったとさ。



 ウホウホ
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