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本編

第27話 評価は難しい

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 9月26日(月)

 天気【曇 最低気温18℃ 最高気温28℃】
 時刻【8時30分】

 大手電機メーカーのバナナとコーヒーの匂いが香る工程管理課のオフィスにて。

 今日のオフィス内には、珍しくゴリラと佐久間熊主任さくまゆうしゅにんの1頭と1人しかいなかった。

 理由は、社内研修の日程が重なったから。

 その研修は、会社の基幹人材となり得る20代から40代前半の全従業員が対象となっており、この工程管理課に所属する社員全員が該当するメンバーだったからだ。

 ただし、その感も工場は動いている為、役職を持っている従業員のみ、別日で受講するという形になっていた。

 そんな彼らは紺色と白の作業着を着ており、カフェグスト付近にある向かい合わせの席に座っていた。

 そして、互いに目の前にあるパソコンとにらめっこしている。

「ウホウホ……」
「……うーん」

 そのモニターには、評価シートが映し出されていた。
 ゴリラはバナナの椅子の上で頭を抱える。

「ウホ、ウホゥ……」

 それにリンクするように熊主任《ゆうしゅにん》も同じ動作をしている。

「ええ……困りましたね……この隙にと思いましたが……」

 なぜ、彼らが頭を抱えているかというと、人が少なくなったことによる仕事のしわ寄せが、起きたわけではない。

 今年度から、大きく変更のあった人事評価制度が影響していたのだ。

 昨年度の評価は、とてもシンプルだった。

 年の初めに目標を立て、上期・下期・年度末に分け個人面談をしながら実際の業務に照らし合わせる。
 そして、5段階の評価を直属の上司であるゴリラや熊主任などが評価を下す。

 その評価を元に会社側である雉島課長代理が昇給ベースを決めていく。といった流れだ。

 つまり、評価が良ければ誰もが昇給できる制度。

 だが、今年度は違った。

 3期に分けて評価していく部分は同じなのだが、あらかじめ会社上層部から下りてくる予算が決められており、どれだけゴリラや熊が部下たちの評価をよくしようとも、昇給ベースで見ると差をつけなければならないのだ。

 本来、このような事は日本で日常的に起きていることで、一喜一憂するものでもない。

 しかし、十人十色……十ゴリラ十色精神の彼からすると、やはり受け入れることは簡単ではなく、その影響を受けているバナ友の熊主任も同じだった。

 だから、彼らは同じように頭を悩ませていたのだ。

 ちなみに、その上司である雉島課長代理は、この評価制度に納得いかず、1人で上層部のいる1号棟とへと向かっていた。

 そんなことを知らないゴリラと熊主任は、モニター越しに会話を始める。

「ウホ、ウホウホ?」
「確かに、課長代理の姿が見えませんね……」
「ウホ?」
「ええ、今日は早く来るとLINEにも連絡来ていましたよね……」
「ウホウホ!」
「そうですね、また別件で動いているかも知れませんね」
「ウホゥ」

 彼らは姿の見えない課長の話を終えると、再びそれぞれのモニターを見つめながら会話を始める。

 だが、その表情は明るくはない。

「ウホウホ?」
「ええ、残り1人ですね」
「ウホ……ウホウホ?」
「はい、少し猪突猛進な猪狩さんです……」
「……ウホウホ」
「もちろん、彼女も私と同じようにキャリアで入ってきたので、評価をしてあげたいのですが……」
「ウホゥ……」
「そうなんですよね……仕事に対する姿勢など、素晴らしいものを持っているんですけどね……やはり、向こう見ずというか、無茶というか……」

 熊主任の悩みの種は、メンターメンティーの関係である部下、猪狩誠いのかりまこと28歳。

 好きな物は、キノコや栗などの秋の味覚を好み、嫌いな物は、唐辛子やシソなどの刺激や香りが独特な物を苦手としているハキハキした性格の女性だ。

 そんな彼女の仕事に対する姿勢は素晴らしかった。

 具体的にいうと取引先との打ち合わせや、自分の関連する会議などに積極的参加する上、ネガティブな考え方もせず、間違ったことなどはしっかりと自分の言葉にできる。

 まさに、絵に描いたようなポジティブ人間。

 実際、ゴリラと雉島課長代理が揉めた時も手を挙げてその勘違いを指摘したりなど、そのポジティブな性格が仕事だけではなく、この工程管理課の人間関係にも良い影響を及ぼしていたくらいだ。

 また、熊主任がこの部署へ来た直後の彼女も同僚からの信頼も厚かったのだが……。

 しかし、彼が周囲に馴染み始めると、それに呼応するように誠の態度は変わっていき。

 いつしか自分ができることは、他の社員もするべきだと。周囲に努力を強要するようになっていた。

 それはもしかしたら、途中で入ってきた熊主任が周囲に認められていくことで、彼女の中に焦りが募っていったのからかも知れない。

 だが、その変化についていけなくなった同僚たちからは、自然といい話を聞くことはなくなっていた。

 とはいえ、誠の上司である熊主任としては、今現在、酷評を受けているとは言えど、誠自身はいい物を秘めた人材だと考えていたのだ。

 なので、その評価を下すことに躊躇いを見せていた。
 周囲の意見も反映するべきなのか、それとも自分が考える評価を付けるべきなのかを――。
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