上 下
22 / 63
本編

第22話 初デート?

しおりを挟む

 8月7日(日)
 天気【快晴 最低気温25℃ 最高気温32℃】
 時刻【11時00分】

 ゴリラの住まう社宅から、徒歩20分の場所にある大型ショッピングモール。

 ゴリラはここにいた。

 その服装は胸元と背中にバナナが描かれた薄手の白色パーカー、黒色のスラックスと白色のスニーカーを履いており、肩から小ぶりでマスカット色をしたバッグを掛けている。

「ウホウホ」

 彼がこの場所に訪れた目的は、自身に似合う眼鏡を見つける為。

 ただ眼鏡と言っても、視力を補正する度付きの眼鏡ではない。

 6月の健康診断では、視力は両目共に1.5。

 野生のゴリラと比べると良すぎるくらいだ。

 しかし、そんな彼がなぜ眼鏡を欲しているのかというと、理由は単純だった。

 工程管理課で働くゴリラは、当然ブルーライトを放つパソコン画面を見ることが多く、そのせいなのか最近では目がショボショボしたり、物がかすれて見えたりなどの症状が頻繁に起きていたから。

 そう、これは都会のジャングルで生き抜いてきた弊害。
 目の現代病と言われている症状、ドライアイ。

 インテリゴリラの彼も例外ではなく、その症状に悩まされていたのだ。

 そんなゴリラは、スマホで眼鏡ショップのある階を調べている。

「ウホウホ……」

 すると、後ろから声が聞こえた。

「ゴ、ゴリラさん! おま、お待たせしました!」
「ウホ?」

 彼が振り返るとそこには、ジム友以上バナ友未満の亀浦マリンがいた。

 ゴリラは彼女の姿を確認すると、すぐさまスラックスのポケットにスマホをしまう。

 実は、この1頭と1人。

 1週間前の合同トレーニング日に眼鏡を一緒に見に行く約束を交わしていたのだ――。



 ☆☆☆



 ――あれは、トレーニングを終えて、ジム2階に設けられたストレッチを行う場所で柔軟をしている時。

 ゴリラとマリンは、隣同士になり、目の前にある鏡越しで会話をしていた。

『――ウホウホ』
『へ、へぇ……門司港に行かず、眼鏡を見に行く予定なんですね……』
『ウホ、ウホウホ……』
『なるほど……気温が高いから、10月に変更になったんですね……あ、あの……お一人で行かれる感じですか?』
『ウホ、ウホウホ……』
『あ、そうなんですね! 皆さん、予定があって一緒に行けないんですね……そうですか……そうなんですね……』
『ウホゥ……』


 8月7日。

 例年通りであれば、ゴリラは年休を取得し、門司港で開催されるバナナちゃん大会に参加をしていた。しかし、昨今の温暖化により、10月に開催されることになってしまったのだ。

 その上、仲のいいバナ友の皆は、日曜日ということもあり、事前に予定が入っていた。

 この話を聞いたマリンは、勇気を出して自ら名乗り出た。

『で、でしたら! わ、私……私が一緒に行くのはどうでしょうか?』
『ウホウホ?』
『なんで……ですか……』
『ウホゥ』
『ほ、ほら! 一応、私はそういった人体の構造とかを学んできていますし、何かしらのお役に立てるかと!』

 どう考えても無理のある理由づけ、相手は人体ではなく、ゴリラ体なのだから。

 しかし、純粋なゴリラは彼女の提案を受け入れ、また、その理由づけをしたマリンも自分が慕っている早乙女臣《さおとめじん》と「その見かけ以外、ほとんど変わらないから大丈夫!」とよくわからない紐付けのした。

『ウホウホ!』
『は、はい! 宜しくお願いします』

 ――こうして、彼らは約束を取り交わし今に至ったのだ。


 ☆☆☆



 そんなマリンは緊張しないように、ゴリラのつぶらな瞳を見ることなく、その立派な眉毛に視線を向けている。

「す、すみません! 準備に戸惑ってしまい――」

 その装いは、前日から悩み抜いた彼の大好物であるバナナが各所に散りばめられたバナナコーデ。

 上から、ポニーテールを留めるバナナの形をしたポニーフック、肩にフリルの付いた白色のブラウス、下は薄いバナナ色をしたスカートに、春を意識した桃色のヒールを履いていた。

 そして、メイクも今日の為にベストコスメなどの口コミを見て新調したもの。

 下地・ファンデーションは、自分の肌の色に合ったブラウン系で。

 目元はベージュ系のナチュラルな感じで纏めており、バナナ色に近いゴールドラメ。

 唇には、オレンジ色系の口紅を。

 その耳には、バナナの形をしたイヤリングを付けている。

 誰がどう見てもゴリラに合わしてきているのだが、鈍感……いや、人間全体が好きな慈愛ゴリラである彼にその意図は伝わることなく、ゴリラは子供のような無邪気な笑顔で応じた。

「ウホウホ!」

 彼の言葉を受けたマリンは、頬を赤く染めて直立不動となっている。

「あ、えっ……その似合っていますか……ありがとうございます……」

 そんな様子に心優しいゴリラは心配になり、その大きな黒い手を彼女の額へと当てた。

「へっ!?」と声をあげると絵に描いたように、固まるマリン。

 彼は、その反応を気にもとめず真剣な眼差しを向け続ける。

「ウホウホ……?」

 心優しきゴリラは、責任感の強い彼女が体調不良だというのに無理をして、ここに来たのだと思っていた。
 なので、その手で体温に異常がないか確認をしていたのだ。

「……ウホ?」

 だが、顔色の割にはそこまで体温が高くはない。

 ゴリラは太い首を傾げる。

 対して、マリンはそのせいでより一層体に力が入り、耳まで赤く染めていく。

「――っ!?」

 それもそのはずだった。

 彼女にとっては、恋い焦がれる相手とのデート。

 その上、ゴリラは対面した瞬間に、マリンが夜中まで自室で鏡の前に立ち、あーだこーだと悩み抜いた努力の結果を褒めてくれたのだから。

 とは言うものの、褒めた本ゴリラからすると、この行為は当たり前のことだった。

 メイクや服装を見るだけで、手間を掛けてくれたのがわかったから。

 しかし、一番の理由はバナナ。

 そう、きっと彼女はバナナの事思って、バナナの良さを伝える為に、ここまでしてくれたと考えていたからだ。

 まだバナナを一緒に食べていないが、この瞬間。

 マリンもまたかけがえの無いバナ友という認識になっていた。

 残念なことに――。

「ウホウホ……」
「は、はい。熱はありませんよ……」
「ウホ、ウホウホ?」
「あ、いえ! その……きっと急いできたからだと思います!」
「ウホゥ……ウホウホ!」

 彼女の小さな嘘にまんまと騙されて、子供ように微笑むゴリラ。

 すると、またマリンの服装に目を向け話し始めた。

「ウホ、ウホウホ?」
「そ、そうですね! バナナコーデみたいな感じです……」

 ゴリラは、バナナコーデであることを確認すると、白い歯を見せ親指を立てた。

「ウホ!」
「えへへ……ありがとうございます」

 こうして、想いゴリラであるインテリゴリラに褒められて喜ぶ恋する乙女、亀浦マリン。

 バナナの魅力を伝える為にメイクや服装まで変えてくるバナ友に出会えてよかった心から喜ぶゴリラ。

 この1人と1頭のデート? が幕を開けた。
しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。

光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。 昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。 逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。 でも、私は不幸じゃなかった。 私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。 彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。 私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー 例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。 「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」 「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」 夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。 カインも結局、私を裏切るのね。 エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。 それなら、もういいわ。全部、要らない。 絶対に許さないわ。 私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー! 覚悟していてね? 私は、絶対に貴方達を許さないから。 「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。 私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。 ざまぁみろ」 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

処理中です...