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本編

第20話 ゴリラからのお願い

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 時刻【11時00分】

 タコ公園の中。

 ここにさんたろうを連れたゴリラと、その裏にあるコンビニから出てきた犬太がいた。

 ゴリラの服装は、ジム帰りということもあって背中に大きなバナナが刺繍された黒のジャージを着ており、靴もいつもジムに行く時に履いている白のスニーカーを履いている。

『――ウホウホ』
『――あ、そうなんですか! だから、桃子さんも、すももさんも居ないんっすね』
『ウホ』

 今日は珍しく、さんたろうの飼い主である桃子とその孫であるすももの2人で、町内会の打ち合わせへと出ることになっていた。

 そんな話を小耳に挟んでいたゴリラが、自ら桃子の元へ訪れて、バナ友であるさんたろうの面倒をみることをかってでたのだ。

 だから、1頭と1匹は一緒にいた。

『やっぱ、主任には優しいですね! それでこそ僕の憧れる存在っす』
『ウホウホ……』
『ふふっ、照れなくていいじゃないですか! ほんとなんっすから』
『ウホゥ……』

 こうやって和やかな会話をしていると、突然ゴリラのスマホが鳴った。

《ああ、バナナは~♪ 世界を救う~♪ 求めて~♪ バナナ~♪ お~♪ バナナ~♪》

 お世辞にも上手いとは言えない、絶妙に表現力が死んだ歌声。

 仮に美味かったとしても、このご時世であれば、着信音はマナーモードか、元々スマホに入っている音を使うのが普通だろう。

 だが、彼はバナナ大好きなインテリゴリラ。

 敢えてマナーモードを解除していたのだ。

 その理由は、歌が彼の推しVTuberである、あまとう2号が作詞作曲した【世界はバナナを求めているんだ】という曲だということ。

 その上、収益全てを世界のバナナ農家へ寄付する前提で作られたものだからだ。

 なので、休日のゴリラはTPOわきまえつつも、昼間の公園などではマナーモードにしておらず、バナナの農家の方々と、推しの布教活動の一環として行っていた。

 その印象的な歌が流れる中。

 彼がスマホの画面を確認すると、そこには山川桃子の名が表示されていた。

『ウホウホ』

 町内会の会議へと向かったはずの桃子からの電話に、ゴリラは心配になり慌てて電話に出る。

『ウ、ウホウホ?』
《もしもし、ゴリラちゃん? さんたろうの面倒をみてくれてありがとうねー》

 彼の心配はよそに、スマホ越しから聞こえるその声はいつもと同じだ。

 安心したゴリラは、いつもように会話を続ける。

『ウホ!』
《うふふ、ありがとうね。そんな中、申し訳ないんだけど、イタリアンレストランに来られるかしら?》
『ウホウホ?』
《ちょっとね……EXCELのマクロ? あれがおかしくなっちゃったみたいでね》
『ウホ、ウホウホ?』
《そうそう、ゴリラちゃんが作ってくれた表計算のやつよ》
『ウホウホ?』
《うん、すももちゃんが頑張っているんだけどねー、組んだ人が一番良く知ってるから、呼んだ方がいいって言っててねー》
『……ウホウホ?』
《そうね……さんたろうには、悪いけど……お家でお留守番になるでしょうね……》

 そう言うと、声のトーンを落とす桃子。

 そんな彼女の反応を受けてゴリラは、反射的に返事をしてしまう。

『ウ、ウホ!』

 桃子は、それに申し訳なさそうな……そして、彼を気遣うように口を開いた。

《だ、大丈夫なの……? ゴリラちゃん……?》
『ウホ!』

 ゴリラが、ダメ押しの如く力強い返事で返したことで、彼女はさんたろうのことを彼に託すことした。

『――わかったわ! ゴリラちゃんお願いね』
『ウホー!』

 そして、ゴリラは通話を切った。

 だが、彼は思わず二つ返事をしてしまったことを後悔していた。

 それは、犬であるさんたろうを飲食店に連れていくわけにはいかないからだ。

 仮に近くまで一緒に行こうとしても、店の中までは入れない。なぜなら、さんたろうは犬だから。

『ウホゥ……』

 ゴリラは頭を抱え思い悩んでいる。

 そんな彼に犬太は、声を掛けた。

『主任! 僕にまかせてください』

 これはいつもお世話になっているゴリラへの恩返しそんなことを思っての行動だ。

 この言葉を聞いた時、ゴリラは嬉しかった。

 それは犬太が困る自分を思い、嫌味など全く感じさせない心からの気遣いを見せてきたから。

 しかし、思いやりの心を人……ゴリラ1倍持った彼はいくら信頼している部下とは言えど、休日に自分の私用を押し付けることに罪悪感を抱いてしまい、頼りたい反面申し訳ないとも思っていた。

 ゴリラはそんな矛盾した気持ちのせいで眉間にシワを寄せている。

『ウホウホ……』

 しかし、そんな彼に対して犬太は満面の笑みを浮かべていた。

 そして、ゴリラとさんたろうへと交互に視線を向け抱えていたバックから何かを取り出す。

『大丈夫ですって! 僕には秘密兵器がありますから、これです!』

 自信満々に差し出したその手には、サングラスを付けたニヒルな笑みを浮かべているバナナ。

 そう、バナナ先輩が握られていたのだ。

 実は、犬太がコンビニへ来ていた理由は、この先輩を購入する為。

 そのバナナ先輩を目にしたことで、ゴリラの表情は明るくなっていく。

『ウホ!』
『そうなんですよー! バナナ先輩です』
『ウホ、ウホウホ!』
『はい! これがあればきっと犬に慣れていない僕でも、さんたろうさんとコミュニケーションがとれます! 何時間でも平気っすよ』
『ウホウホ』
『その通りっす、なんと言ってもさんたろうさんもバナ友ですから』

 犬太がそう言い、足元でお座りしているポメラニアンのさんたろうへと視線を向ける。
 
『ね、さんたろうさん?』

 すると、さんたろうは嬉しそうに尻尾を振り返事をするように吠えた。

『アンアン!』
『ほら、さんたろうさんもご機嫌ですし、問題なしっす!』

 ゴリラの心は彼らが放つ仲の良さそうな雰囲気を目の当たりにしたことで決まった。

 ゴリラは優しい笑みを浮かべている。

『ウホウホ』

 彼は犬太にさんたろうを任せることにしたのだ。

 ゴリラは、その手に握っていたリードを犬太へと手渡す。

『ウホ!』
『あ、は、はい! 任せて下さい!』
『ウホ、ウホウホ』
『大丈夫ですって! 心配性ですね、主任は』
『ウホウホ?』
『僕のことはいいですから、ほら早く行ってあげて下さいって』
『ウホ!』


 時刻【11時15分】

 こうして、ゴリラは四足歩行でイタリアンレストランのある方向へ駆けていった。
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