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本編
第18話 ダイエット
しおりを挟む――10分後、時刻【11時10分】
ジム内1階。
取り敢えずゴリラとマリンは、トレーニングの王道中の王道。
背中の筋肉を鍛える種目、デットリフトにチャレンジしようとしていた。
ちなみに一般男性の持ち上げる重さが60~70kgほど。
まずは、霊長類最強のゴリラのターン。
彼はスマホを取り出して、有名な筋トレYouTuberとちおとめのYouTubeを再生した。
これは何事も準備を怠らないゴリラが、事前に調べてきた筋トレ初心者から上級者まで御用達のチャンネルだ。
「ウホゥ……」
「これは……とちおとめさんですね!」
その動画を目にしたことで、マリンは前のめりになってしまい彼に接近してしまう。
「あ、す、すみません!」
取り乱してポーニーテールを忙しく揺らしている。
そんな彼女に対してゴリラは優しく声を掛けた。
「ウホウホ!」
彼は全く理解していなかったのだ。
自身に向けられるこの視線が特別な物だということを。
しかし、それは仕方のないこと。
それは彼がこの都会に来てから、自分が頑張ってこれたのは、愛すべき隣人の人間たちのおかげだと思い生き抜いてきたからだ。
だから、ゴリラとって人間は、その種族全体が愛すべき存在となっていた。
そんな彼の人間愛……ゴリラ愛の溢れたやり取りにマリンは、少しため息をつくと気合いを入れてスタッフとして接した。
「ふぅ……お気遣いありがとうございます! 私も好きなんですよね! とちおとめさん、その……何だか可愛らしくて……」
「ウホウホ?」
「はい! もちろん、ちゃんとトレーニングに対しての真摯な姿勢や、視聴者さんを思いやる配信とか凄いですけど……」
「ウホ?」
「えっと、その大きいのに可愛らしい仕草とか……何だかギャップがいいですよね!」
彼女はそんなことを言うとゴリラのつぶらな瞳を真っ直ぐに見つめた。
「ウホウホ」
その言葉を受けた彼は深く頷いている。
ちなみに、とちおとめは苺の被り物をしたゴリムキ色黒のYouTuberだ。
その姿は、ゴリラに案外似ているのかも知れない。
あとは、SNSや考察動画などによると健康系VTuberあまとう2号と何か関係があるとかないとか……。
とにかく、フィットネス業界にいる人間なら誰しも知っている人物で、マリンも例外ではなかった。
そう、これは「好き」という気持ちを込めた彼女のメッセージ。
ここが勝負どころだと決めて、勇気を振り絞り、鈍感なゴリラへと自分が惹かれていることをアピールしたのだ。
しかし、彼は何も気付いていなかった。
これが恋心を抱いたマリンのアピールだということを。
それでも、彼女も負けずに全力でアピールしてみせた。
「はい! 大きいのに優しい感じとかもいいんです!」
だが、相手は慈愛に満ちた鈍感ゴリラ。
人間の常識は通用しない。
なので、彼はマリンの言葉を受けて嬉しそうな顔をしていた。
「ウホウホー!」
それもそのはずだった。
ゴリラからするとジムに来たばかりで、大きな体格であれども心細かったのだ。
だから、インターホンを押すのにも少し時間が掛かってしまっていた。
それがどうだろう。
今日、会ったばかりだというのに、合同トレーニングを誘ってくれる上に、共通の動画を見ているバナ友候補ができたのだ。
これだけで、もうジムに入会したかいがあったと。
そう思っていた。
対するマリンは、なかなか思い通りにいかないゴリラに気持ちが折れそうになっていた。
「あは、あははは! はい……可愛い……ですよね……」
ポーニーテールを揺らすこともなく、目から光は消えており、乾いた笑いしか出てこない。
だが、彼に拾えるか拾えないかの小さな声で「……負けない」と呟くと、再び何事もなかったかのように、トレーニングの話をし始めた。
「それよりも、トレーニングですよね」
「ウホ! ウホウホ!」
「そうですね! ですが、せっかく全面鏡の張りとなっていますので、実際に確認しながらの方がいいかな? と」
「ウホウホ!」
「はい、では一緒にやっていきましょうか!」
「ウホウホー!」
こうして、やっとのことで1頭と1人は合同トレーニング開始することになった――。
☆☆☆
――10分後。
時刻【11時20分】
バーベルが置かれた全面鏡ばりの場所。
屈伸運動などの準備運動を終えたゴリラと亀浦マリンはそこにおり、彼は250kgというバーベルがしなるほどの重量を軽々しく持ち上げていた。
「ウッ、ウホー!」
「さすがゴリラさん、250kgを軽々しく上げるなんて!」
「ウホウホ?」
「えっ?! 軽いんですか?」
驚くマリンにとは違い、ゴリラはバーベルを持ち上げたまま涼しい顔で会話をしている。
「ウホウホ!」
「250kgは臣さんでも、上がらないのに……本当に凄いです……」
一方、彼女は気合いを入れてスイッチを切り替えていたというのに、その姿に再び心を奪われてしまっていた。
目の前のインテリゴリラ、慈愛ゴリラにだ。
でも、何も気付いていないゴリラは、太い首を傾げている。
「ウホ?」
そして、バーベルをゆっくりと下ろすと顔を赤くしているマリンに話し掛けた。
彼女はその状態を知られたくないのか、下を向いている。
「ウホウホ?」
「あ、い、いえ! 気にしないで下さい!」
再び立派な眉毛へと向く視線。
「ウホウホ」
「は、はい! 大丈夫です!」
「ウホウホ?」
「そ、そうですね! 私の番ですよね……よぉし!」
何も気にしないゴリラへと、マリンはもう一度気合いを入れて直す。
その様子を見ていた彼は、満足そうな表現を浮かべている。
「ウホウホ!」
「で、では私がそちらにいきますね!」
「ウホ!」
「うふふっ!」
彼女は鏡を前にして笑みがこぼれた。
それは近付きたい、仲良くなりたいと思っていた人物と2人っきりで居ていること。
そして、純真無垢な表情で嬉しそうにしている想いゴリラを目にしたこと。
この2つの出来事が緊張しているマリンを笑顔にさせていた。
「ウホ?」
その様子を不思議に思いゴリラは首を傾げている。
そんな彼のおかげか、彼女はいつも通りに戻り自然体で笑顔を弾けさせて応じ、人間亀浦マリンのターン。
「うふふっ、大丈夫です! では、いきます――」
「ウホウホ――」
――その後、このジム内には、ゴリラのウホウホという陽気な声と、何だか幸せそうな明るい女性の声が響いていたとさ。
ウホウホ
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