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本編

第14話 入会手続き

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 ――ゴリラがジムの前に訪れて10分後。

 時刻【10時10分】

 彼は無事インターホンを押すことができていた。

 自らの為、部下の為にという2つ理由のおかげで。

 そして、職員に案内されて1階の受付兼スタッフルームの横に設けられた接客用の席に着いていた。

 そこは、白色のテーブル1台と椅子2脚の組み合わせが3つほど用意されている場所。

「ウホウホ……」

 ゴリラはボールペンを手に持ち、太い足をぶらぶらと揺らしながら、そのテーブルへと出された書類に目を通している。

「こちらのご利用は初めてですか?」
「ウホウホ!」
「そうなんですか! ジム自体が初めてなんですね!」

 彼に手続きの案内をするのは、このジムの責任者として働く女性、キリッとした顔立ちに黒髪ポニーテールが似合う亀浦マリン30歳。

 身長は165cmと女性にしては少し大きく、性格はその体に合ったさっぱりとした人物だ。

 ちなみに好きな物はりんご。嫌いな物は苦い物と辛い物全般。

 またジムに勤めているということもあり、引き締まった体をしている。

 そんな彼女の服装は、このジムのトレードマークである亀が描かれた黒のTシャツに、タイトな黒のトレーニングウェアを合わせたもの。

 そして、首にはクリアケースに入ったスマホをぶら下げている。

 ゴリラは、つぶらな瞳をキラキラと輝かせながら、マリンの話を聞いていた。

「ウホウホ?!」
「あ、そうですね! 2ヶ月間はこちらの店舗のみですが、それ以降は全世界、どの店舗でも利用できます!」
「ウ、ウホー! ウホウホ!」
「そうなんですよ! 凄いですよね! これで世界中どこの店舗でも使えるんですから!」
「ウホウホ」

 それは、新しいことを始めたことへのワクワク感といったところだろう。

 ダイエットという、頑張らないといけない。

 どうにかして成果を出さなければいけない。

 自分の為、部下の為に。

 そんな名目で始めたことだったが、今はもうすっかり楽しんでいた。

 入会手続きの段階で。

 これはゴリラならではの長所かも知れないし、彼特有の思考なのかも知れない。

「……ウホウホ?」
「あとは、そうですね……こちらの規約に了承頂けましたら、下の方にある空欄へ氏名と住所、あと電話番号も記入して下さい」
「ウホウホ?」
「あ、はい! 固定電話ではなくても大丈夫です」
「ウホ……?」
「そうですね! 住所は大阪府からよろしくお願い致します」
「ウホ!」
「では、そちらを記入されている間に電子キーの登録に必要な写真撮影の準備をしてきますね!」

 マリンはそう言って、スタッフルームへと入っていった――。



 ☆☆☆



 ――5分後。

 時刻【10時15分】

「ウホゥ……」

 ゴリラは記入欄を見つめて、ため息をついていた。

 彼は、まだ書類を書き終えていなかったのだ。

 幸いマリンも撮影の準備に時間が掛かっており、まだ席に戻ってくる気配ない。

 ゴリラは、ゆっくりとボールペンを走らせる。

【大阪府○○○市○○町】
【090-8777-8777】

 住所、電話番号は問題ない。

 しかし、彼は電話番号を書き終えるとボールペンが止まり、その下にある欄を見つめて再びため息をついた。

「ウホゥ……」

 その欄は、氏名……しかもフリガナの欄だった。

 これが書き終えれない障害となっていたのだ。
 人間であれば、何の躊躇いもなく書くことができるだろう。

 でも、彼はゴリラ。

 氏と名いう概念がない上に、唯一氏名を記入する機会であったであろう、入社手続きも彼自身がしたわけではなかった。

 そういうこともあり、初めて自身の氏名を書くということに直面したゴリラはペンを止めていたのだ。

 これは真面目過ぎる性格とゴリラ故の難点。

 そんなゴリラの頭の中で、とある考えがグルグルとまわる。

 自身の氏名は「ゴ、リラ」なのか……それとも「ゴリ、ラ」なのか……。

 または、別の書き方があるのか……。

「……ウホウホ!」

 そんな纏まらない考えを振り払う為に、頭をフルフルと横に振る。

 そして、決めた「ゴ、リラ」だと。

「ウホッ!」

 再びボールペンを握り締めて用紙に目を向けた。

「ウ、ウホ?!」

 だが、またもや手を止めてしまう。

 今度はフリガナという、存在が彼の行く手を阻む。

 それは言うまでもなく、自分の名前が全部カタカナなのにフリガナと指示されても困ってしまうからだ。

 立て続けにあらわれる予想もしない障害に、ドラミングをしそうになるが、「ヒッヒッフー」の呼吸で自分を落ち着かせた。

 これは、バナ友が近くに居ないときの対処方。

 理由はわからないのだが、この呼吸方をするとゴリラは落ち着きを取り戻すのだ。

 彼はこうして落ち着きを取り戻していく。

「ウホゥ……」

 そして、空虚感を周囲に漂わせなら、空欄になっている氏名の部分を見つめた。

「…………ウホ」

 瞳には、もうキラキラとした輝きも宿っておらず、ボールペンをテーブルの上に置いて考えることを放棄している。

 まさに意気消沈、絶望ゴリラだ。

 そんな彼に、撮影の準備を終えたマリンが話し掛けてきた。

「――ゴリラさん? どうかされましたか?」


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