上 下
4 / 5

第二話 反魔術

しおりを挟む
 深い森の中、木々を利用して張られた野営でアレンは目を覚ました。

「――またあの夢か」
 右腕と左眼を奪われたあの日から、既に六年が経っていた。
 あの日の出来事は、未だに夢に見るほどに心と身体の奥深くまで刻まれていたのだった。

「あー……嫌なことを思い出したな」
 右手・・・をまじまじと見つめながら呟いた。

 そこには失ったはずの右腕が。
 まるで籠手をはめているかのようなゴツゴツとした異形を成していた。
 仮に、竜が擬人化した竜人なる存在がいるのならば、きっとこんな腕をしているのだろう。

「命は助かったし、右腕も左眼もなんとかなったからよかっ……いや、よくないか。思い出すだけでも泣きたくなる、あの地獄……」

 あの後・・・、意識を失ったアレンは、見知らぬ広大な平地で目を覚ました。
 後に気付いたことだが、そこは遺跡の最下層で、何かしらの力によって転移してしまったらしかった。
 あの魔術紋の影響なのかはわからないが……。

 おかげで、巨狼の脅威から逃れることが出来たわけだが――そこでアレンは別の地獄を味わったのだった。

 まず、右腕と左眼へ尋常ではない痛みが襲った。

 アレンが目覚めた時には右腕は異形の腕と成り果て、左眼の色も鮮血のように鮮やかな赤色をしており、身体がこれらを異物と判断したのか……まるで排除するかのように、高熱にうなされた。

 これが一週間続き――その後に待っていたのは一年間のリハビリの日々。
 高熱や痛みが治っても、右腕と左眼は中々身体に馴染まず、不自由を強いられた。

 それと合わせて、食料の調達にも苦難を強いられた。
 遺跡の最下層は、地上の世界とはまるで異世界で、今まで見たこともない動植物ばかりだった。
 初めは木の実や野草で食い繋ぎ――何度も腹を下し、時には毒に侵されながらも何とか生きながらえることが出来た。

 そして、ようやく人並みに動かせるようになった頃合いに、いざ帰ろうと遺跡の踏破に試みるも、今度は五年もかかってしまった。

「おかげでどんな場所・・・・・でも生きていける術が身についたが……これ以上は思い出したくもないな……」
 頭を抱えてため息をこぼした。

 ――いかんいかん、せっかく外に出れたんだ。
 気分を変えようと立ち上がり、固まった身体をほぐすように伸びをした。
「しっかし、いい天気だな。遺跡内にも人工太陽があったけど、やっぱり本物は気持ちいいな。あの太陽の中にある黒点なんてまるで人と魔獣の影みたいで面白いな」

 天を見上げながら、健やかな気分に浸った。
 一寸ののち、違和感に気付く。

「ん? 黒点? そんなものが見えるなんてあり得ないだろ??」

 そしてその黒点は徐々に大きさを増し、黒点の姿がはっきりと視認できた。

 正体は、正しく人と魔獣だった。
 そのことに気付いたアレンは大剣をすぐさま背負い、人影に向かって飛翔した。

 人影の正体は、美しい金髪に、ツンと尖った長い耳――まるでガラス細工のような繊細な美しさを持つ少女であった。

 恐怖のあまりか、目を瞑っている少女をそっと抱き抱え、付近の大枝に着地。
 直後、アレンは重大なミスを犯したことに気付く。

「あ……しまった……あの魔獣の落下地点は……」

 バリバリバリ!!
 木々の枝をへし折りながら、魔獣は落下を続ける。

 そして、アレンが今しがた寝ていた野営に、ドーン! という重低音を響かせながら激突した。

 バラバラに粉砕された野営。辺りに舞い散る砂埃。

「……半日もかけてつくった俺の家が……」

 砂埃が治まると、人の数倍はあろうほどの大きなムカデ――バケムカデがその姿を現した。

 アレンは地面に着地し、少女を地面に降ろすと、バケムカデと対峙するように近付いた。

「貴様が俺の力作を……許さん」
 その声は、やり場のない怒りをぶつけるかのように、低く震えていた。

 そして、少女は自らが無事であることに驚きながら辺りを見渡し、アレンがバケムカデと戦おうとしていることに気付いた。
「だめです! その魔獣は熟練の魔術師でも苦戦を――」

 しかし、少女の警告は一寸遅かった。
 バケムカデは既にアレンを敵とみなし、臨戦態勢を整えていたのだった。

 バケムカデはアレンを威嚇するように、体躯を起こしながら、自らの脚元に荒々しい炎をかたどった魔術紋を浮かべた。

 そして口から火の球を吐出。
 それは人よりも一回りも大きく、轟音を立てながらアレンへと迫った。

「残念だが俺に魔術は通用しない――反魔術アンチマジック
 アレンの左眼は赤く輝いた。

 この火球も人の言うところの魔術の一種だ。
 魔術は属性魔素エレメントマナという人の眼では感知することも触れることも出来ない魔素を、魔術紋で集め、魔術回路で魔術に変換し放出している。

 魔素を繋ぎ合わせることで魔術を形づくっているが、魔素は非常に繊細なものだ。
 だからこそ、魔術回路がなければ魔術の形には成せないし、ましてや行使することなど出来ない。

 ただし、一度放出された魔術の外郭がいかくは固定され、魔素への再分解は不可能である。
 その固定度が強ければ強いほど強力な魔術であり、放出された魔術を無効化するには、それよりも強い魔術で外郭を破壊するしかない。

 この原理は人も魔獣も変わらない、だ。

 だがアレンはこのことわりから外れた存在であった。
 アレンの真っ赤な瞳は魔素の流れを読み、異形の右腕は固定された魔素に直接触れることが出来た。

 故に、外郭が強固に固定された強力な魔術であっても、その右腕で、外郭を形成する魔素を一つ取り除くだけで、外郭の繋ぎ合わせは崩壊し――魔術は霧散する。

 これが地獄を経て得たアレンの力だった。

 そして、自らが放った火球が一瞬のうちに霧散したことに驚くバケムカデ。
 その体勢が整わないうちに、アレンは背負った大剣を手に取り、袈裟斬りを一閃。
 バケムカデを真っ二つに切り裂いた。

「っと、勢いで倒してしまったが……こいつ、どこから降ってきたんだ? それにあんたは――?」

 アレンの規格外の戦いぶりに、声を失っていた少女は、はっとしたのち、アレンに頭を下げた。

「あ、ありがとうございます!」

「反射的に動いてしまっただけで助けようと思ったわけではないが……一体何があった? それにそのは何だ?」
 アレンは少女の手枷を指差しながら、静かにそう語った。
 自宅を破壊された怒りからか、その言葉には威圧感すら感じられた。

 そして少女はアレンの瞳をじっと見つめ――ゴクリと小さくのどを鳴らし、
「――た、助けてください!!」
 開口一番、懇願したのであった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

二度目の勇者の美醜逆転世界ハーレムルート

猫丸
恋愛
全人類の悲願である魔王討伐を果たした地球の勇者。 彼を待っていたのは富でも名誉でもなく、ただ使い捨てられたという現実と別の次元への強制転移だった。 地球でもなく、勇者として召喚された世界でもない世界。 そこは美醜の価値観が逆転した歪な世界だった。 そうして少年と少女は出会い―――物語は始まる。 他のサイトでも投稿しているものに手を加えたものになります。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

不要とされる寄せ集め部隊、正規軍の背後で人知れず行軍する〜茫漠と彷徨えるなにか〜

サカキ カリイ
ファンタジー
「なんだ!あの農具は!槍のつもりか?」「あいつの頭見ろよ!鍋を被ってるやつもいるぞ!」ギャハハと指さして笑い転げる正規軍の面々。 魔王と魔獣討伐の為、軍をあげた帝国。 討伐の為に徴兵をかけたのだが、数合わせの事情で無経験かつ寄せ集め、どう見ても不要である部隊を作った。 魔獣を倒しながら敵の現れる発生地点を目指す本隊。 だが、なぜか、全く役に立たないと思われていた部隊が、背後に隠されていた陰謀を暴く一端となってしまう…! 〜以下、第二章の説明〜 魔道士の術式により、異世界への裂け目が大きくなってしまい、 ついに哨戒機などという謎の乗り物まで、この世界へあらわれてしまう…! 一方で主人公は、渦周辺の平野を、異世界との裂け目を閉じる呪物、巫女のネックレスを探して彷徨う羽目となる。 そしてあらわれ来る亡霊達と、戦うこととなるのだった… 以前こちらで途中まで公開していたものの、再アップとなります。 他サイトでも公開しております。旧タイトル「茫漠と彷徨えるなにか」。 「離れ小島の二人の巫女」の登場人物が出てきますが、読まれなくても大丈夫です。 ちなみに巫女のネックレスを持って登場した魔道士は、離れ小島に出てくる男とは別人です。

悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

転校から始まる支援強化魔術師の成り上がり

椿紅颯
ファンタジー
どの世界でも不遇職はやはり不人気。モンスターからは格好の標的にもなりえり、それは人間の汚い部分の標的にもなりやすい。 だが、なりたい自分、譲れない信念を貫いていく―― そんな主人公が己が力と仲間で逆境を切り開いていくそんな物語。

恩を返して欲しいのはこっちのほうだ!

秋月一花
恋愛
「アクア・ルックス! 貴様は聖女を騙った罰として、国外追放の刑に処す!」 「ちょ、今、儀式の途中……!」 「ええい、そんなものこちらにいらっしゃる本物の聖女が継いでくれるわ! さっさと俺の前から消えろ! 目障りなんだよ!」  ……そんなに大声で、儀式中に乱入してくるなんて……この国、大丈夫?  まぁ、そんなに言うのなら国外追放受けて入れてやろうじゃないか。……と思ったら。 「ああ、その前にお前が使っていた道具すべて、王家に渡してもらうからな! アレだけ王家の金を使ったのだ、恩を返してもらわねば!」 「……勝手に持って来ただけじゃん……」  全く、恩を返して欲しいのはこっちのほうだ!  誰のおかげで魔物が入ってこなかったというのか……!  大義名分を手に入れたわたしは、意気揚々とこの国を去った。 ※カクヨム様にも投稿しています。

放逐された転生貴族は、自由にやらせてもらいます

長尾 隆生
ファンタジー
旧題:放逐された転生貴族は冒険者として生きることにしました ★第2回次世代ファンタジーカップ『痛快大逆転賞』受賞★ ★現在三巻まで絶賛発売中!★ 「穀潰しをこのまま養う気は無い。お前には家名も名乗らせるつもりはない。とっとと出て行け!」 苦労の末、突然死の果てに異世界の貴族家に転生した山崎翔亜は、そこでも危険な辺境へ幼くして送られてしまう。それから十年。久しぶりに会った兄に貴族家を放逐されたトーアだったが、十年間の命をかけた修行によって誰にも負けない最強の力を手に入れていた。 トーアは貴族家に自分から三行半を突きつけると憧れの冒険者になるためギルドへ向かう。しかしそこで待ち受けていたのはギルドに潜む暗殺者たちだった。かるく暗殺者を一蹴したトーアは、その裏事情を知り更に貴族社会への失望を覚えることになる。そんな彼の前に冒険者ギルド会員試験の前に出会った少女ニッカが現れ、成り行きで彼女の親友を助けに新しく発見されたというダンジョンに向かうことになったのだが―― 俺に暗殺者なんて送っても意味ないよ? ※22/02/21 ファンタジーランキング1位 HOTランキング1位 ありがとうございます!

パーティを抜けた魔法剣士は憧れの冒険者に出会い、最強の冒険者へと至る

一ノ瀬一
ファンタジー
 幼馴染とパーティを組んでいた魔法剣士コルネは領主の息子が入ってきたいざこざでパーティを抜ける。たまたま目に入ったチラシは憧れの冒険者ロンドが開く道場のもので、道場へ向かったコルネはそこで才能を開花させていく。 ※毎日更新 小説家になろう、カクヨムでも同時連載中! https://ncode.syosetu.com/n6654gw/ https://kakuyomu.jp/works/16816452219601856526

処理中です...