上 下
25 / 30

第二十五話 硝子をつくりたい①

しおりを挟む
 クウネルから家を購入した翌日、俺は昼食を求めアレクのお店を訪れていた。

「カズトくん、こんにちは!」
 レイミがいつものように俺に挨拶をする。

「レイミさん、こんにちは。ご無沙汰しちゃってすみません」
「ほんとだよー!」

 などという他愛もない話をしていた所、隣接するテーブルで食事中の客が興味深いことを話しているのが聞こえてきた。
「昨日、東の砂漠に行ってきたんだけど、すごく暑くってさー」

 東の砂漠? 聞き間違いでなければこの世界にも砂漠があるらしい。
 少し興味の湧いた俺はレイミに聞いてみた。
「この街の近くに砂漠があるんですか?」
「あるよー! ここからアイネルで1時間ぐらい東に行った所あたりから砂漠が広がってるんだ! どこまで続いているのかは私にはわからないんだけどね」

「なるほど、それならこの世界でもアレを作れるかもしれないな......」

 俺がそう呟いていると、レイミから誘いがかかった。
「砂漠に興味があるの? じゃあさ、今から行ってみる? 午後はお休みなんだー!」

 俺にとっては願ってもない申し出であった。断る理由などあるはずもない。
「はい! お願いします」

 こうして俺達は東の砂漠を目指すこととなった。

 --------

 ミズイガハラを出発して1時間が経ったであろうか。レイミの話通り、砂漠が見え始めてきた。

「あれが砂漠ですか」
「そうだよ! 大きいでしょー」
 そう言うレイミの顔はなぜか得意げであった。

「なんでレイミさんが得意げなんですか。あんまり関係ないじゃないですか」
 俺は冗談まじりにレイミに指摘した。

「えへへ、ついね!」
 レイミは満面の笑みで俺に返す。

 ──そうこうしているうちに俺たちは砂漠へと辿り着いた。
 そこはまるで砂がうねりをあげているかの如く、見渡す限りの砂の海が広がっていた。

「──ここが砂漠」
「そうだよー! 広いでしょー!」

 そう言うと俺は砂漠の砂をひと掬いした。
 その砂の色は肌色と言えばよいのだろうか、いわゆる"白い砂浜"と同じような色をしていた。そして、砂の粒一つ一つが非常に細かく、角のない球状になっていた。

「──これならいけそうだ」

 俺の呟きに対し不審そうな顔をしているレイミ。
「さっきから砂しかみてない......!」
 少し不満そうな顔をしていた。

「ああ、ごめんなさい。つい夢中になってしまって」
 俺はそう言いながらも興味の半分は砂に向けられていた。
 これは研究者を志したことのある人間に共通しているであろうことだが、研究対象や興味の対象が目についてしまうと、そちらから中々離れることが出来ないのだ。

「もう!!」
 レイミは両手を腰にやり、怒ったようなポーズをとった。
 元の世界ではとても古臭いポーズであるが、こちらではおそらくこれが一般的なのであろう。

 砂については十分に観察が出来た俺は、興味の対象をレイミに戻した。
「──もう大丈夫です。すみませんでした」

「わかればいいのだ」
 レイミの顔には笑顔が戻っていた。
 そしてこうも話した。
「でもただの砂をそんなにまじまじみてどうするの?」

 当然の疑問であろう。
 俺は素直に答えた。
「この砂は硝子の材料になるんです」

「──がらす......?」
 やはり。といった反応を見せるレイミ。

「硝子は、透明で薄くて、大きさも自由に出来て......」
 俺は硝子について言葉で説明しようとしたが、これが存外難しい......。

「さっぱり想像できないや......。出来たら実物みせてもらえる、かな??」


「ええ、もちろんです!」

 ──この日は2人で持てるだけの砂を回収し、ミズイガハラへと戻ったのであった。

 --------

 翌朝、俺は”ゴブリン”の群れの住処であった洞窟へと向かっていた。
 火傷跡"ゴブリン"が伝令に戻ってきた場合も考え、この日はファティマについて来てもらった。

「カズトよ、あの洞窟に今更何の用があるのだ?」

「あの洞窟にある鍾乳石が欲しくて」

「鍾乳石? なんだそれは??」

「うーん......岩石に含まれる成分が溶け出したものですね。例えば氷柱とかタケノコみたいに、まるで岩石から生えてきてるかのように生成されるんです」

「ふむ。さっぱりわからんな」
 そう話すファティマの顔は珍しく不思議そうな表情であった。

 そして洞窟へついた俺達は、早速中へと進んでいく。
 準備してきた松明に火を灯し、暗がりを灯しながら。

「そう言えば洞窟の中に入るのは初めてですね」
「うむ。──存外冷えるものなのだな」

 洞窟のいたるところにはススの汚れが残されていた。それは相当な業火に見舞われたことを物語っているが、現在の洞窟内はそんなことがなかったかのように冷え込んでいた。

 そしてしばらく進んでいると、目的のものが姿を現した。

 そこには大小様々な鍾乳石が立ち並んでいた。
 上から生えているもの、下から生えているもの、どれ一つとして同じものがなく、その一つ一つに個性が感じられる。

「では早速」
 俺はファティマに周囲の警戒を任せ、鍾乳石の採取に専念した。

 小さな鍾乳石の根本をハンマーで叩き、一本一本折るようにして採取していく。ポキポキと簡単に折れていくその様は存外に面白く、俺は時間も忘れるほどに熱中してしまった。

 ──数時間ほど採取をしたであろうか。俺はファティマからの呼び掛けで現実に引き戻された。

「おい、いつまでやっておる」
「──え......ああ! つい熱中しちゃいまして」

「取りすぎだ。全部は持って帰れんぞ?」

 俺の周りには大量の鍾乳石が転がっていた。
 それは確かに2人で全て持ち帰るのは不可能であろう量であった。

「はい......。良さげなものを選別して持ち帰ります」

 ──結果、俺達は半分以上の鍾乳石を洞窟に残しミズイガハラへと戻ることとなった。
しおりを挟む

処理中です...