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第三十六話

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「【氷結魔法ソルダーアイス】! 【氷結魔法ソルダーアイス】! 【氷結魔法ソルダーアイス】!」
 アンジュの杖から放たれた数多の氷弾は、イフリムラプター目掛けて真っ直ぐに突き進む。

 イフリムラプターは素早い動きで氷弾を回避しようと動き出した。

 だが無数に放たれた氷弾を避け切るには至らず、数発の氷弾がイフリムラプターに命中。
 続けて放たれた氷弾も、続々とイフリムラプターを襲った。

 氷弾はイフリムラプターの発する熱により、命中する頃には半溶解の状態であったが、それが奏功する。
 半溶解の氷弾はイフリムラプターの身体にまとわりつくよう、更に溶け出し、そしてイフリムラプターの体温を急激に奪った。

 ――イフリムラプターは自らの身体を熱くたぎらせることで、この熱気を克服した魔物モンスター
 そして、その熱は自らの身を熱から守るだけでなく、身体を素早く動かすための原動力としても使われている。

 故に、その熱を奪ってしまえばイフリムラプターの脅威は半減する。

 アンジュの氷弾の効果は抜群で、イフリムラプターの動きは明らかに硬く、ぎこちないものへと変貌していた。

 直後、俺はイフリムラプターに飛び掛かり、首元へ一閃。
 イフリムラプターは断末魔の叫びをあげながら、ゆっくりと地面に倒れ込んだ。

「キュイー!」
 ベスカは勝利の舞を踊るかのごとく、俺の周りを飛び回る。

 しかし……随分と呆気なかったな。
 いくらアンジュの魔法が効果的であったとはいえ、ここまで簡単にいくとは考えにくい。

 考えられるとすれば……既に相当なダメージを負っていた、か。

 すると、アンジュが懐疑的な顔をしながら
「あの大きな叫び声は、この魔物モンスターの声だったのでしょうか……?」
 そう話した。

 どうやらアンジュも違和感を感じているようだ。

「いや、こいつではないな。叫び声の質も全く違っていた」
 あの叫び声はもしかすると――。

 そしてアンジュは、納得した表情を浮かべたのち、
「そうですか……それと先生、実は二人ほど私たちをつけている者がいるようなのです。最初はただの冒険者かと思いましたが、つかず離れず、ずっとついてきていて……」
 俺の耳元に近寄り、困ったようにそうささやく。

 野盗の類……もしくは俺たちが取りこぼした素材を狙うハイエナ冒険者か?

 ――いずれにせよ、つけられているのは気持ちのいいものではない。

 それにここならば一本道。

 仮に敵対する者であっても、いきなり囲まれ、不意打ちを喰らう心配もない。

 俺はアンジュの目をみつめ、黙って頷く。

 そしてアンジュは、
「――そろそろ出てきたらいかがですか?」
 後方に向かって、大きな声でそう言った。

 すると、俺たちの後方の岩陰から、坊主頭の二人の大男がのっそりと姿を現した。
「ちっ、バレちまったら仕方ない」

 一人は大きな鎌を持ち、もう一人は大きな盾を手にしている。

 あいつらは確か……。
 猫耳族のまかないで騒いでいたCランク冒険者か?
「なぜお前らがここに?」
 俺は二人に問いかける。

 すると、盾を持った男が
「俺たちのことを覚えているとは、Dランクの雑魚のくせに殊勝なこった」
 顎を手で撫でながらニヤリと不敵な笑みを浮かべ、こう話した。

「忘れられればよかったのだがな。騒ぎを起こしかけた輩の顔だ。そう易々と忘れることなど出来ないな」

 今度は鎌を持った男が、
「ここ最近、他の街で稼いでたんだがよ、久しぶりにミズイガルム村に戻ってみたらお前らの噂を耳にしてよお。おめえら、あの村長に勝ったらしいじゃねえか」

「それがどうかしたのか?」

「ああん? Dランクの雑魚がどんな手を使ったかは知らねえがよー、あの村長を倒したお前らに勝てば、俺たちは村長よりも強いってことになるよなあ? となれば、俺たちニーグ兄弟の名声は鰻登りって訳よ!」
 鎌男は鎌を天に掲げるように持ち上げて、そう力説した。

「それで私たちをつけてきた……ということですか」

「くだらない考えだな……」

「あぁ!? なにがくだらねえだ! こちとらお前らのおかげで稼ぎも名誉もどん底よ!!」
 鎌男は利己的な主張を叫ぶ。

 そして、それに呼応するように盾男も叫びを上げ、
「――あの時のお礼をここでしてやらあ! 雑魚のくせに調子に乗りやがって覚悟しやがれ!!」
 盾男は俺たちに向かって盾を構えて突進を始めた。

 俺よりも一回りは大きいであろう盾男の突進は、それなりに迫力がある。

 だが、それは人にしては……だ。
 大型魔物モンスターそれ・・と比べれば明らかに格が落ちる。

 俺とアンジュは難なくそれをかわす。

 一方、盾男はかわされるとは思ってもみなかったようで、
「うぉおっ」
 急ブレーキを掛け、溶岩の直前でなんとか停止した。

「――やるしかないようだな。アンジュ、いけるか?」
 俺はアンジュを横目でみて、そう話した。

 しかしその時、アンジュの視線は盾男ではなく、その後ろの溶岩の海に注がれていた。

 そしてそちらを指差しながら、
「あちらの溶岩からものすごい速さで魔物モンスターが接近する気配がします――これは……」
 こう話す。

 その声からは緊張の色が感じられた。
 アンジュが緊張するほどのものがこの先に……まさか!

 そして何かを探るよう一拍の間をおいたのち、
「そこ、危ない!」
 アンジュは盾男に向かってそう叫んだ。

 直後、溶岩の海からゆっくりと巨大な手が姿を現した。
 それは赤黒く、おどろおどろしい。
 普通の魔物モンスターとは一線を画すような気配すら感じる。

 しかし、盾男はアンジュの警告に耳を貸さず、巨大な手の気配にも気付いていない。
「は? 何言ってんだ? 油断させようったってそうはいかねえぞ!」

「お、おい! そうじゃねえ!! う、うしろ! は、早く逃げろ!!」
 とっさに鎌男が盾男に向けて叫ぶ。

「――あ?」
 鎌男の言葉でようやく後ろを振り向く盾男。
 だがその時には既に、巨大な手は盾男の真後ろに迫っていた。

「ぁあ…………」
 巨大な手をその視界に納めた盾男は、予想外の光景を目にしたかのように硬直してしまう。

 そして巨大な手は振りかぶると、
 ブゥン!!
 風を切る音を響かせながら、盾男に向けて平手打ちが勢いよく放たれた。 
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