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テネブラエ家の三つ子
しおりを挟む【ジーク・テネブラエ】
俺が最初に彼女(トヴァ)に出逢ったのは、父さんが催した会社の交流パーティーだった。今回の交流パーティーは自由度が高く、あわよくば好条件の伴侶を自分の子供に見つけさせようと連れて来る大人達も多い中、案の定俺とアスタロトは令嬢達に囲まれていて、こういう時、自分より可愛い女はいないと自負するルシーが牽制してくれるのだが、そんなルシーも令息共に囲まれているので今回は期待できそうもない。
別に邪険に扱うつもりはない。それなりに見合う令嬢がいれば、早いうちから婚約を結んでおくのも後々楽でいい。
ただこうも、わらわらと集られると正直うんざりしてしまうのも本音だ。社交的な笑顔を貼り付け完璧に振る舞いつつも、やはり疲れてきた俺は、何気に会場を見回してみる。
ふと、一人の令嬢に目が留まった。そいつは一人、会場の隅にいて、高層ビルからの眺めを堪能するかのように、その視線をずっと外へと向けている。顔はよく見えない。
俺はアスタロトに目で合図して断わりを入れると、輪の中から抜け出した。まぁ、あの令嬢達の相手は、アスタロトが上手くやってくれるだろう。
抜け出す事に成功した俺は、少女の元へ足を運んだ。
そして声を掛ければ———
「っ!!」
こちらを振り向いた少女のその整い過ぎた顔に魅入ってしまった。他人の容姿に魅入ってしまう事なんて初めてだった。声を掛けたものの、全く次の言葉を発しない俺を不思議に思ったのか、髪色と同じ色をした長い睫毛に縁取られた金色の瞳をぱちくりとさせ、最終的には首を傾げるものだから、ようやく出した声も少し上擦ったものになってしまったと思う...。
「お、まえ、...名前は?」
「あ、すみません。トヴァ・アウラと申します」
なんと、俺の父と旧知の仲のアウラ家の令嬢だった。いや、確かに以前、アウラ家には俺やアスタロト、ルシーと同じ歳頃の子供がいるから会わせてみたいと父が言っていたような気はするが、娘だったとは...。
「俺は、ジーク・テネブラエという。テネブラエ家の長男だ」
「テネブラエ家の方だったのですね。この度は、このような素敵な場に出席させて頂き、ありがとうございます」
と言うわりには外しか見ていなかったくせに、思ってもいない事をよく言う。
まぁ、こういった場での挨拶なんてそんなものだろうが...。
「...」
「...」
「...あの、私(わたし)に何かご用ですか?」
... ... ...は?
開いた口が塞がらないとはこの事かと思う程に、俺はこの目の前の令嬢の言葉に衝撃を受けた。
今迄は令嬢が話を続ける為に、話題を振ってきていた。俺やアスタロトに気に入られようと必死にアピールしてくる令嬢にしか会った事がない。俺が何と答えたらよいか分からず固まっていると、アウラ家の令嬢は再び視線を外へと移す。
それを見て、咄嗟に思い付いた質問を投げかけてみることにした。
「...何を、見ているのかと、気になっただけだ」
「... ...え?」
「先程から、ずっと外を見ているだろう?そんなに珍しいか?」
アウラ家の令嬢ともあろう女が、たかがこんな高層ビルからの眺めを珍しがるわけがないし、寧ろ見飽きているレベルだろうが、一応聞いてみる。
「...いえ。ただ、あちらの方に私を待っていてくれている人がいるので、早く戻りたいな、と」
海を越えた先に見える小さな陸。あの辺は確か、田舎町くらいしかなかったはずだ。アウラ家が田舎町にも支社を置いているなんて話は聞いた事がないが、もしかしたら俺の考えが当たっていて、家族でも住んでいるのかもしれない。
「そうか、それは母お「ジークお兄様!!」
聞きたかった質問を遮って登場したのは、やっと令息達のアプローチを切り抜けたらしいルシーで、少し息が乱れているところを見ると、慌てて飛んできたのだろう。
きっとこの令嬢に対しても牽制しに来たんだろうが、これは違うとルシーに伝えようとすれば、ルシーは彼女を凝視して固まっており、暫くするとぷるぷると震え出した。
ルシーの異変に気付いて、声を掛けてみれば、ルシーの表情はそれはそれは嬉々としていて、目を輝かせている。
な、何事なんだ...。
「はっ初めまして!わ、私(わたくし)!ルシー・テネブラエと申します!」
... ... ...ん?
「初めまして。私はトヴァ・アウラと申します」
「トヴァ・アウラ様!!素敵なお名前ですわ!よろしければ、トヴァ様とお呼びしてもよろしいでしょうか!?もちろん、私のこともルシーで構いませんわ!」
... ...おい。
何だその態度は...?
そんなに好意的に同性に接するタイプじゃないだろう、お前は。
転んで頭でも打ったか?
未だ令嬢達に囲まれているアスタロトも遠目から此方を見ており、ルシーの奇行に驚いている様子が見て取れた。
垂れた両耳と、勢いよく左右に揺れる尻尾が見えるようだ。何故かは分からないが、それくらい喜んでいる。
彼女に許可を貰ったルシーの喜び度は跳ね上がり、何やら一生懸命、彼女との会話に挑戦し出した。彼女の好きな物や苦手な物、趣味や特技など、連続で大量の質問をするルシーに対し、嫌な素振り一つ見せず淡々と答える彼女が少し不憫に思えてきたので、もうそろそろ解放してやれと、助け舟を出そうとルシーの肩に手を置く。
すると、彼女に向けていた笑顔が嘘のように、俺にしか分からない角度でキッと睨みつけてきた。
こういう所はやはり三つ子だな、と思わないでもない。
「ルシー、アスタロトはいいのか?」
「...はい?アスタロトお兄様?
... ... ...っ!!? まぁ!大変!私としたことが!」
令嬢達に囲まれているアスタロトへ視線を向けるように促すと、思った通り、ルシーは目の色を変え、アスタロトを救出しに向かった。
やっと嵐が去ってくれたので、もう一度二人で話そうと思ったのだが、彼女は静かに海の向こうを見つめていた。
「家族が恋しいのか?」
聞けば、彼女はクビを横に振る。家族じゃなければ友か?
「友人です。誰よりも何よりも大切な」
その言葉を聞いた瞬間、そう言った時の彼女の顔を見た瞬間、
「ああ、こいつがいい」
と思った。
何故かは、はっきりとは分からない。
絶対に手に入れてやると、その為ならどんな卑怯な事でもしてやろうと———
今思えば、あんなのはただの嫉妬だった。トヴァは "友人" だと言ったが、直感的に相手は絶対に男だと思ったから。
それからの俺は、彼女にアプローチする為に何でもやった。
お互いに出席するパーティーでは必ず彼女のエスコート役を申し出たし、父が仕事でトヴァの家へ行く際は必ずついて行ったし、逆の場合は頼み込んでトヴァを連れて来てもらった。
想い人へのアプローチには、やはり贈り物が一番だというアスタロトのアドバイス通り、トヴァがよく着ている服の色合いを考慮したドレスも贈ったし、女はキラキラ光る物が大好きだと言うルシーの助言通り、普通では絶対に手に入らない宝石のあしらわれた装飾品を贈ったりもした。
中庭で花を愛でているのをよく見かけるから、荷台いっぱいの花を贈ったこともある。
ただ、贈り物に対するお礼の言葉や手紙を受け取りはするが、彼女はどれも心から喜んではいない気がして、悩む俺とおんなじ顔して悩んでくれるアスタロトと、必死過ぎてもはや引くレベルのルシー。
そう言えば、初めて彼女と出会ったパーティーからの帰宅後、ルシーの奇行の理由を聞けば、
「きっ、奇行!?変な表現はやめてくださる!?私はただ、トヴァ様の容姿や家柄があまりにもドンピシャでしたので、先手を打っただけですわ!」
と、腰に手を当てて得意げに言った。
因みに、何に対してドンピシャなのかも聞いてみると、
「そんなの、ジークお兄様かアスタロトお兄様の "婚約者として" に決まってるではありませんか」
と、パーティーの時と同じキラキラとした瞳で言った。
ルシーが特定の令嬢を認めるなんて今迄に一度もなかった事で前代未聞。いつも、パーティーなどで俺やアスタロトに言い寄ってくる令嬢達を見るやいなや、「その容姿でテネブラエ家に入ろうと仰るの?」や、「◯◯家?聞いたことないわ。ぽっとでの成り上がり?」など他にも数多の毒舌を...、流石の俺でも止めに入ろうかと思うくらいの辛口で、令嬢達を牽制しているから。
家族だという贔屓目を抜きにしても、ルシーは美人で愛らしい顔をしていると思っている。ルシー以上に容姿の整った令嬢は正直見た事がないし、そこはルシーの発言を肯定する。
だから、初めてだった。ルシー以外に整った容姿をしていると感じた令嬢は。
そう、そんなこんなで俺がトヴァを婚約者にと望んだきっかけは、彼女のその容姿。だが会う回数を重ね、会話する頻度が増え、共に過ごす時間が長くなり、トヴァという人物を知っていくうちに、中身も好きになっていった。
最初は口数が少なく、おっとりした大人しい性格かと思っていたが、ルシーが手放してしまった風船が木に引っかかった際には木登りをして取って来たり、四人で浜辺に行った時には水をかけられたり、俺とルシーが喧嘩した時には、虫を投げ付けられたりした。
そういう事をするトヴァの表情は一見相変わらず無表情だが、実はそうでもない事に気付けるようになった気がする。
トヴァがいる時は、俺もアスタロトもルシーもいつも笑っていた。
これから先もずっと、トヴァに傍にいて欲しいと思うくらいに、彼女と出会ってからは世界が色鮮やかに感じられるようになったんだ。
【アスタロト・テネブラエ】
どうやらジーク兄さんは、自分が最初にトヴァを見つけたと思っていらっしゃるみたいだが、実は兄さんより俺が先だった。
キャラメル色の髪に金色の瞳は本当に美しくて、声をかけようと思ったけれど、案の定、一人また一人と増えていく令嬢達に囲まれてしまう。
ジーク兄さんは笑顔だったけれど、それがこういった場の為の社交的な作り笑いなのは俺もルシーもお見通しだ。しかし令嬢達はそんな事とは梅雨にも思わず、俺や兄さんを見て頰を赤く染めている。
俺は正直、兄さんやルシーのように、自分達の容姿が優れていると思った事はない。ただ周りがそうだと騒ぐから、そうなのか、というくらいの認識だ。
何故なら、人の容姿なんてのは俺にとって対して重要じゃないから。これを言ったらルシーから鬼の形相で叱咤されるのだろうが。
そんな俺が見た目に惹かれたのはトヴァが初めてだったので、素直に興味が湧いたのだ。純粋に、少しでいいから話してみたいと思った。
何とか俺とジーク兄さんを取り囲む令嬢達から離れて、トヴァの元へと向かいたかったが、何やらジーク兄さんも事情があって抜け出したそうに目で合図してきたので、仕方なく令嬢達の相手を引き受けてみれば、なんと兄さんが向かったのは俺が行きたかったトヴァの所。
令嬢達に気付かれないように笑顔を保ってはいるものの、内心は不満に満ち満ちていた。
結局そのパーティー中、トヴァに話しかけられる暇はなく、彼女と初めて会話したのは後日、トヴァの父親が仕事の用事で俺達の家に来た時。彼女の父親は、仕事に子供を連れて行くのは...、と渋っていたらしいが、ジーク兄さんやルシーと父さんに頼みこんで、なんとか連れて来てもらった。
歳を重ねるごとに、勉強は勿論、父さんの仕事を手伝う事しかしなくなっていくジーク兄さんに、何か癒しをと考えていた時、トヴァを見つけたんだ。正直、俺の婚約者になって欲しいとも思うけど、やはり俺にとっては跡取りの兄さんが大切だから、応援する事に決めた。
トヴァの傍にいるジーク兄さんは本当に幸せそうに笑うから、俺も笑って二人を見守っている。
俺は上手く笑えているだろうか———?
【ルシー・テネブラエ】
強く狡賢く美しく!
それが、我がテネブラエ家代々受け継がれてきた柱だと自負しております。
ですから、ジークお兄様やアスタロトお兄様にハイエナの如く群がる、ぽっと出の小娘達は全て追い払わなくてはならないのですわ!
そもそも!お兄様達の前に立てる容姿を備えているのかどうか、きちんと鏡をご覧になってからにして欲しいと思うのですが、脳内お花畑の浮かれた小娘達には無理というもの。
ジークお兄様も、アスタロトお兄様も、いつも御令嬢に笑顔で紳士的に接しておりますが、その笑顔の裏で何を考えているかなんて、手に取るように分かります。ジークお兄様にいたっては想像するのも怖いくらいですが。
ですからいつも、私はお兄様達を守る為に牽制に牽制を重ねている訳ですが、今回のパーティーでは私も御令息方に囲まれてしまい、自由に身動きが取れない状況になってしまいました。
確かに、容姿完璧・家柄最高・魔力最強の三拍子揃ったテネブラエ家の令嬢である私を婚約者とすることは栄誉な事ではありますが、ジークお兄様とアスタロトお兄様と釣り合いが取れるくらいの容姿でなければ断固お断りです。ですので、現在私を取り囲む御令息方は全て論外ですわ!
いち早く現在御令嬢方に囲まれてしまっているお兄様達を救出しに行かなければ、と焦りを顔に出さないように会話を切り上げようとしていると、ジークお兄様が一人、御令嬢方の囲いから抜け出たのに気付きました。
そのままお兄様の行く先を見つめていれば、なんとお兄様自ら、ある一人の御令嬢の元へ足を運び、あろうことかお兄様から声までおかけに!
...これは一大事ですわ。
あのジークお兄様を誑かすとはなかなかの女狐のようね。けれど、お兄様を誑かすなんて百万年早いで————
———————!!!??
ジークお兄様の方へ視線を向けた際に見る事のできたその御令嬢のお顔に、私は時が止まってしまったのです。
だってお兄様が話しかけた御令嬢のお顔が、今迄に見たことのない程に整っていたから。最早、御令息の方々にかまけている暇なんてなく、早足でジークお兄様とその御令嬢の元へと向かえば、近くで御拝顔してあらビックリ...!!
本当に、本当に、ほんとーーに、美し過ぎるそのお顔に、再び私の時間は止まってしまいました。
髪の色も、瞳の色も、全体的に良い意味で眩しいその容姿は、テネブラエ家の者とは対照的ではあるが、神々しい美しさを感じる。
黒髪に紫煙色の瞳、キャラメル色の髪に金色の瞳。
唯一同じくらいなのは、肌の白さ。
ハッと我に返り、すぐに気になっている事全て質問する私を見て、ジークお兄様が不満げな顔をしていらっしゃいましたが、今はそんなの知ったこっちゃないですわ。
御令嬢のお名前は、トヴァ・アウラ様。
父のお仕事仲間のお一人、アウラ家の御令嬢でした。
これは運命であり、チャンスであると確信した私は、このトヴァ様を絶対に義姉にしようと心に決め、ジークお兄様とアスタロトお兄様、どちらの婚約者に...と少し悩みました。
その結果、やはりテネブラエ家の跡取りであるジークお兄様を優先にと決め、これからどんどん、お兄様とトヴァ様の仲が深まるように協力していこうと固く誓いましたわ。
ですから、例え贈り物の効果が無くても、例えお兄様の愛が一方通行であっても、トヴァ様が鈍感...であっても、そんな障壁、全て打ち破っていく覚悟なのです!
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