PEACE KEEPER

狐目ねつき

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Beauty fool monster

90話 異形への覚醒

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 ――身体の内側が、どうしようもなく熱い。
 ――意識が、焼けていく。
 ――苦しい。助けて、タスケテ。

 アウル――。

◇◆◇◆


 ピリムの口から、大量の血が吐瀉される。
 石畳の上の血溜まりは瞬く間に拡がっていく。

「なっ……」

 アウルは思わず顔をしかめ、動揺をおもてに出す。

「ピリムっ……だ、大丈夫?」

 ピリムのその吐血量は尋常ではなく、蛇口が故障でもしたかのように、口からは真っ赤な血が絶え間なく吐き出されていた。
 更には目・耳・鼻と、顔中の穴という穴から血は溢れ出ていて、その勢いはまるで人体を流れるを放出しているようにも見える。

「ピリムっ!」

 流石にただならぬ事態だと悟ったのか、ここまで静観を続けていたアイネが裸足で駆けつけてくる。先刻負った足の火傷の痛みなどまるで意に介していないようだ。

「アイネ、来ちゃダメだ!」
「ヤダよ! ピリムが……ピリムが死んじゃう!」

 アイネはそのままアウルの静止を振り切ると、ピリムの元へと駆け寄る。

「どうしよう……ねえ、どうしよう」

 ピリムを抱き寄せ、涙を滲ませるアイネ。親友である少女の深刻すぎる容態に、パニックへと陥る。
 だが彼女が来たところで、出血が治まることはなかった。抱き寄せたアイネの白いローブはみるみる内に赤へと染まっていく。

(くそ、どうしたら……!)

 治癒術の素養もない。医術に精通しているわけでもない。
 アウルはどう最善を尽くせばいいのか何も解らず、ただただ自身の無力を嘆くことしか出来なかった。


 そして、吐血が始まってから数十秒が経過したその時。
 ぴたり、と出血が収まったのだ。

「止まっ……た?」

 アイネに抱きかかえられたピリムの顔を、アウルが慎重に窺う。
 瞳孔が開いたままの少女の顔色は死人のように青ざめ、血の気が失われていた。

「アウルくん……! ピリム……息してない!」
「……っ!?」

 少女の呼気を確認していたアイネから、耳を塞ぎたくなる内容の報告がされる。

「嘘……だよね。ピリム……?」

 その突き付けられた現実は、あまりにも唐突であった。
 だが決して認めたくない。その一心でアウルは自らピリムの口元へと耳を寄せ、改めて確認する。

「…………っ」

 何も聞こえず、ごくりと生唾を呑み込んだ音だけが耳の奥で反響するだけ。
 続いて心音。成熟しきってない少女の小さな胸に耳を当てて確かめるが、やはり鼓動はなかった。
 更には脈拍や眼球運動と、あらゆる希望へと縋りつくように他の部位も確かめた。
 が、いずれも結果は同じであった――。


「そん、な……」

 絶望が、二人を蝕む。
 その無情な結末をあざ笑うかのように、空だけが晴れ渡っていた。


(こんな……こんな事って……)

 受け入れ難いその結末に、アウルは奥歯を強く噛み締める。悲哀の感情は、まだせきを切っていない。

(俺はまた……守れなかった……!)

 今はただ『悔しい』という想いだけが、少年の心を占めていた。

(くそっ……! 俺は……)

 項垂れ、悔恨の念にアウルは打ちひしがれた。
 アイネは少女の遺体を抱えたまま、子どもの様に泣き叫んでいた。
 そしてその一方で、木の幹に背中を預けつつ、アウルを見守っていたエリス――。

(アウル……)

 エリスにとって、ピリムは謂わば恋敵こいがたきだ。
 同じアウルを想う者として、その存在を忌み、嫉妬心を焦がした事もあった。
 先ほど相対した際に真っ先に殺そうとしたのも、アウルを自分だけのモノにしたいという、強すぎる独占欲がゆえの行動に他ならなかった。
 しかし悔しさを全面に滲ませたアウルの表情を目にした今となっては、その敵意は瞬く間に翳り、僅かに芽生えた同情心によって胸を痛ませるのみであった。


 だが、その憐れみの感情は次の瞬間、彼方へと消え失せていく――。

「――えっ?」

 思いに耽っていたエリスが、俯いていた顔を再びアウルへと戻した先。ものの数秒の間に、様相は変化を見せていた。

「なに……あれ」

 その光景の異様さに、思わず驚嘆が漏れ出る。

 アイネに強く抱き締められたピリムの背中。
 被服を突き破って、が生えていたのだ。

「腕……?」

 目を凝らして見ると、その『何か』は形状からして腕のように見える。
 しかし、木炭の如く焼け焦げた色に包まれ、長さもピリムの身長を優に超える2ヤールトほどある。どう見ても人間の腕ではなく、他に似た生物も思い付かない。
 そんな代物が絶命したのちに背中から生えているのだ。明らかに異様だろう。

「……っ!」

 腕が動く。
 ピリムは変わらず動かない。
 独りでに意思を持ったかのよう、ゆらゆらと動いている。
 アイネは泣き喚いたままだ。
 アウルは少女二人から目を背けるように、悲嘆に暮れている。腕の存在には気付いていない。

 そしてその黒い手は、拳を作る。
 更にそのまま、アイネの脳天に狙いを定めたかのように構えたのだ。

(やばい……!)

 あまりの奇怪さに思わず面を食らっていたエリスであったが、そこでようやく危険を察知する。

「危ないっ――!」

 咄嗟に声を張り上げるエリス。


「えっ」

 アイネがぴたりと泣き止む。
 頭上に掲げられた黒い腕へ、影を辿るように見上げる。

「なにこれ……? ピリム……?」

 腫れた目をきょとんと丸くさせるアイネ。
 あまりの突然とその異様さに、まだ事態が呑み込めていないようだった。

 だが腕は、少女の無垢な表情へと容赦なく襲いかかる。

「くっ……!」

 しかし、アウルが寸でのところで反応し、降りかかる腕を手首の位置から切り裂く。
 エリスが声を発してくれたことで、少年はかろうじて対処が間に合ったのだ。


「……っ!」

 一方でアイネは、危機が回避されたことによってようやくと状況を理解した。そして抱き締めていた少女の遺体をがばっと引き剥がし、顔を確認する。

「ピリ……ム……?」

 少女は生きていた。
 だが開かれた両の瞳は、いつもの緑がかった青色の輝きを放っていない。角膜との境目が無く、ギラついた赤一色が紅蓮を宿したかのように強く煌めいていた。

、アイネ」

 歪んだ口元からは、普段のトーンに低い濁声が重なった不協和音じみた声が、目覚めを発している。

「だ、だれ……?」

 アイネはそのかおとピリムが漂わせていた気配で感付く。
 目の前で嗤う少女は、ピリムの身体を借りているだけの全くの別人格だと――。

「――っっ」

 直後、腹部に強い衝撃が走る。
 そして次に、意識がひっくり返りそうになる程の痛みが、衝撃のあった部位から拡がっていく。
 アイネは自らの胴体へと視線を落とす。そこには、黒い腕に貫かれた腹部が映っていた。



「あah、気持ちいieぃ」

 ピリムは永い眠りから覚めたかのようにそう発すると、ゆっくり起き上がる。
 下腹部から突き出た黒い腕は、アイネを串刺しにしたままだ。

「……な、な、ピリム?」

 アウルの顔が青ざめる。
 背中から生えていた腕は、斬った途端に大気へと還るように消滅していた。
 だが、今度はいつの間にか腹部から腕を生やし、正面に居たアイネを一瞬にして貫いていたのだ。

「ごめnんねアイネ。あ、もう死んでるのかな?」

 惚けた口調でピリムがそう言うと、生やした腕を何事も無かったかのように消滅させる。
 貫かれぐったりとしていたアイネの体は、宙空で支えとなっていた腕が消失したことで落下。そのまま力無く、石畳へと倒れる。

「アイネっ!」

 倒れたアイネの元へ、アウルが駆け寄る。
 拳大の風穴からはどくどくと血が勢い良く溢れ出ていた。
 アイネは既に意識を失っているが、息はまだある。
 しかし動悸は浅く、次第に弱くなっていく。
 死は、確実に近付いていた――。


「neぇアウル、遊bぼうよぉ?」
「…………」


 アイネを診ている最中のアウルへ、ピリムが濁った猫なで声で誘う。

「ピリム」
「なぁaにー?」

 ピリムを呼び、アウルはすっと立ち上がった。

「アイネは……友達じゃなかったの?」
「んと、みたいdね」

 怒りの感情を静かに滾らせたアウルに対し、ピリムは違和感のある言い回しで答える。

「……そうか、わかったよ。キミはもう、俺の知ってるピリムじゃないんだね」

 アウルは納得を口にすると、切っ先を下に向けてた剣を両手で握り、刃をピリムへと向ける。

 それは、覚悟の表れだった。

「遊んddeで苦れれれるnoぉー?」

 満面の笑みで、ピリムも歓喜を表情に出す。
 同時に、背中からは黒い腕が四本飛び出す。


「ああ、遊んであげる。来なよ」

 涙声で、少年は出来るだけ明るく応えた。

(さよなら、ピリム)

 そして声には出さず胸の内にて、友達へと別れを告げた。
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