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Beauty fool monster
85話 感謝と期待
しおりを挟む『――あ、そうそう』
それは、任務を終え北門をくぐり、ゲート内へ帰還した直後。思い出したかのようにジェセルが口を開いた。
『カレリア。私、今度結婚するから』
隣に立つカレリアへ、そう告げたのだ。
『…………?』
その藪から棒な報告は『化粧を変えてみた』とでも言わんばかりな程に何気のないものであった。
カレリアはまだ理解を示すことができず、眉を寄せて首を傾げる。
『ん、えっと……ジェス? 私にはちょっと言ってる意味がわかんないんだけどぉ……』
『“結婚する”って言ってるだけじゃない』
『誰が?』
『私が、よ』
正気でも疑うかのようにカレリアは再度確認をしたが、どうやら発言そのままの意味だったようだ。
『……はぁ!? なによそれ!? 私聞いてないわよ!?』
『だから今教えたのよ』
『だ、だだっ……誰とするのよっ!?』
『その内紹介するわ』
『誰なのよぉっ!?』
カレリアが物凄い剣幕で詰め寄る。
『とても素敵な人よ。私には勿体ないほどの、ね』
が、ジェセルは後ろめたさを微塵も感じさせることなく、さらりと言い退けた。
『……!』
驚きのあまりカレリアは唖然としていたが、冷静さを取り戻すと、ここ数週間の記憶を思い返す。
思い当たる節に思考回路が行き着くと、彼女は踵を返すかのようにジェセルへと背を向けた。
『……最近、任務が終わった後の付き合いが悪かったのはそういうコトだったのね。そっかぁ……ふーん、私が遊びに誘って断られてばっかだった裏で、ジェスはしっかりとヤル事はやってたんだぁ~、へぇ……』
『カレリア?』
ボソボソと背中越しに呟くカレリア。彼女の正面へ回り込む形で、ジェセルが様子を窺う。
『……抜け駆けなんてサイテーよっ! もう口きいてあげないんだからっ! ふんっ!』
そのジェセルへ嫉妬心をふんだんに含ませた恨み節をぶつけると、カレリアはぷいっと外方を向く。
『……そう、残念ね』
しかしジェセルは、至って平静を崩すこともなくそう返す。そして、カレリアを袖にするように王宮の方へ歩みを再開させたのだ。
『えっ? ちょっ、ジェスぅ~! 冗談だってばぁ! 行かないでよぉ~』
一転してカレリアが慌てふためく。どうやら怒っていたのは演技だったようで、直ぐ様ジェセルの後を追う。
『寂しかっただけなのぉ~! 怒んないでよ~!』
悠然と歩を進めるジェセルの横を歩き、駄々をこねるような口調でカレリアが機嫌を取る。
『別に、怒っていないわよ』
『ホント?』
『本当よ』
(ホントに本当ね……ふぅ)
カレリアは問い質しつつもジェセルの顔色を窺い、安堵する。
『じゃ、じゃあさ、任務の報告終わったら……二人でゴハン食べに行こ? 私オゴるからさ! ジェスの彼のハナシとか……色々と聞いてみたいなー、なんて』
『うーん……誘いは嬉しいけど、今日はこれから大事な約束があるのよ』
気を取り直すようにカレリアは誘ってみたが、またもや断られてしまう。
『約束って……その、例の彼と?』
『ええ』
『…………』
本来であればもう少し粘りたかったが、これ以上後ろ髪を引くような発言をすれば、今度こそ怒らせてしまうだろう。カレリアは経験則からそう判断した。
『そっか……わかったよ。じゃあ、また今度誘うからさ、その時にでも話してよ』
『ええ、もちろんよ。断ってばかりでごめんね。次は私から誘うわ』
納得を見せたカレリアに向けて、ジェセルはそう約束を取り付けると――。
『それと……ありがとね』
付け足すかのように、面と向き合い礼を述べたのだ。
『ん? 急にどしたの?』
『私、カレリアが居なければ……きっと、自分の恋愛について真正面から向き合うことなんて無かったわ』
『お、おう。そうなの?』
突然の感謝に、カレリアが少しだけ戸惑う。
『そうよ。カレリアがきっかけを与えてくれたから、私は今こうして、誰かを好きになることができたの。本当に……感謝しているわ』
『……そ、そうよねぇ! やっぱり、女子に生まれたからには……恋愛してナンボだもんねぇ! ホント良かったな~、ジェスに男ができるなんて……あははは~』
照れ隠しをするように笑いを含ませ、お礼へと応えるカレリア。
(うーん、別にそこまで意図してなかったんだけどなぁ……。合コン誘ったのだって、男の子の人数を揃えるつもりで呼んだだけだったし……。まあ、結果オーライ……になるのかなぁ?)
――素直に喜べず、どこかむず痒さが残ってしまったカレリアだった。
その後二人は、王宮へと帰還し、本日終えた任務の成果をヴェルスミスへと報告する。
報告を終えたジェセルはカレリアと別れ、早速『とある場所』へと向かったのであった――。
◇◆◇◆
――ドメイル市、国立図書館、入口前。
『…………』
図書館に面する往来にて腕を組み、大木の如くどっしりと立ち尽くすアダマス。
入口の真ん前で立ちはだかるその様はさながら門番のようにも映り、あらゆる害敵を討ち払わんとする気概がその立ち姿から溢れ出ている。
それによって一般の利用客も、彼から発せられるただならぬ緊張感に気圧され、入り口に近寄れずにいた。
『――アダマス。アナタね、そんなところで立っていたら営業妨害で訴えられても知らないわよ?』
誰もが声を掛けられずにいる中、その緊張を解いたのはジェセルだった。
呆れ声と共に、行き交う人波の中から姿を見せたのだ。
『道理で……ああ。誰も入口に来なかったのはそういうことだったのか。てっきり閉館日なのかと疑ってしまったぞ』
アダマスが納得を口に出し、扉の前から巨躯を退かす。
『……入り口前を待ち合わせの場に指定したのは間違いだったようね』
アダマスの天然ぶりに対し、ジェセルはやれやれとした表情で、自身の選択が誤りだったと省みる。
『それとアダマス、どうしてそんな格好してるのよ? 私がアナタに買ってあげた服はどうしたの?』
一転して彼女は、革製の腰巻き一つのみを身に着けただけの姿のアダマスを指差し、苦言を呈す。
『布で締め付けられる感覚がどうにも苦手でな。やはりこの格好が一番戦いやすくてしっくりくる、ああ』
『……その格好はせめて任務の時だけにしてちょうだい。流石に周りの視線が痛いわよ』
『ああ。次からはそうしよう』
ジェセルが大きく溜め息をこぼす一方で、アダマスは満足げに笑んでいる。
アダマスは終身刑を言い渡され、服役をするにあたり、元より居を構えていた集合住宅の一室が引き払われていた。そう、出所をしても帰る家がなかったのだ。
更には金や服すらもまともに持ち合わせていない、衣食住の存在しない状態だったという。
それに見兼ねたジェセルが、自らの金を用い、最低限の暮らしを彼に保証させていたのだ。
『……それで、復帰するための手続きはもう済んだのかしら?』
『ああ、滞りなく終わった』
口元を歪ませてアダマスが応える。
出所から三日後。アダマスは早くも、軍属への復帰を果たしたのであった。
『ふふ……明日以降が待ち遠しい、って顔に書いてあるわよ』
我が子の成長を見届けるような眼差しで、ジェセルが微笑む。
待ち遠しいのは彼女も同様に、である。
アダマスと出会う数週間前、偶然にも見付けてしまった、一面が黒に染まった魔導書のページ。
その見開きにて魔筆で書かれた『謎の術』の正体を明かし、会得する――という彼女本来の目的が、本日遂に、叶おうとしているのだ。
(ここまで……短いようで、長かったわね)
反芻させるように、これまでの道程を胸中で思い起こす。
思えば、我が侭ばかりを貫き通し続けた数週間であった。
カレリアやエルミ、そしてアダマス。彼等の手助け無くしては今日、この機会は訪れなかっただろう。
(ワガママに付き合わせてしまった三人には……本当に、感謝しかないわね)
感謝の気持ちと溢れんばかりの期待を胸に、ジェセルは扉を開き、アダマスと共に図書館へと足を踏み入れる――。
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