PEACE KEEPER

狐目ねつき

文字の大きさ
上 下
144 / 154
Beauty fool monster

84話 隣に相応しき

しおりを挟む
 雲の切れ間から覗くオレンジの夕陽に照らされた、鈍色の光沢を放つ分厚い鋼鉄製の門。
 重厚なその見映え通りの重々しい音をたて、両開きに開かれていく――。

 この門は、四方を塀で囲まれた刑務所からの出入りを可能とさせる、唯一の箇所である。
 受刑者の出入りの際には、つまるところ『自由の束縛』と『不自由からの解放』という意味を成し、門そのものが城塞都市ゼレスティアに於いての『自由を司っている』とたとえても過言ではない。

 そしてその門をくぐり本日、永きに渡る不自由から解放された者が一人。文字通りの新たな門出となる一歩を、塀の外へと踏み出す――。



『…………』

『えっと、こういう場合……ごめんなさい、って言うべきなのか……それとも素直に、って言えば良いのか……判断に困るわね』


 晴れて自由の身となったにも関わらず、不可解さを前面に押し出した表情で門から出たアダマス。その彼に対し、ジェセルは苦味を含ませた笑顔と曖昧な祝言で出迎えた。

すこぶる機嫌の悪そうな所長の言われるがまま、あっという間に牢を追い出されたんだが……ああ、これは一体どういうことだ?』

『それについてはごめんなさい、が正解ね。私に落ち度があるわ……』

 アダマスからの率直な疑問に、ジェセルが頭痛を我慢でもするかのような仕草をしつつ反省を述べる。

『……ここだとどうにも落ち着かないわね』

 ジェセルは周囲を見回しそう呟くと、王宮とは真逆の繁華街の方面へと歩みを開始する。
 いつまでも刑務所の真ん前で立ち止まっている訳にもいかない、とでも思ったのだろう。アダマスもつられるように、彼女の背中に付いていくことにした。

『アダマス、夕食はこの時間だとまだ済んでないわよね? 私もまだなの。一緒にどう……かしら?』

 背後でのそのそと歩くアダマスに向けて、ジェセルが顔色を窺うように提案する。

『ああ、行こう』

 アダマスがそう了解を示すと、二人はそのままドメイル市で適当な店を見繕い、夕食を過ごした――。


◇◆◇◆


 ――ドメイル市、レストラン店内。


刑務所あそこ以外での久々の食事はどう? やっぱり全然味が違うかしら?』

『そうだな……舌が狂ってしまったせいもあるが、の料理はとにかく味が濃く感じられるな。だが……ああ、結局腹に入ればどれも一緒だな』

『随分と理に適ったご感想ね』

 正面に向かい合って座る二人が、何気のない会話をする。
 テーブルの上には、ジェセルの大盤振る舞いにて高級料理の品々が所狭しと並べられていた。が、ものの数分で食器は全て空となってしまう。
 アダマスの食欲はその巨大な体躯に見合うがほどに旺盛で、店内に居合わせていたほとんどの客が、同じ人間とは思えぬその食いっぷりに唖然とするばかりであった。


『ジェセル』

 そんな多数の視線に晒された中、アダマスはナプキンで口元を雑に拭うと、おもむろにジェセルの名を呼んだ。

『……なにかしら?』

 食後の珈琲でも頼もうかとメニュー表を眺めていたジェセルが、唐突に名を呼ばれ反応する。
 アダマスは、やや改まった様子で口を開く。

『……感謝する。過程がどうであれ、こうして俺が塀の外で過ごせていられるのは、ジェセル……お前のお陰だ。

 宝石のようなジェセルの両の瞳をしっかりと見捉え、重く低い声でアダマスは感謝の意を口にした。
 店に向かう道中にて、彼は釈放までの経緯をジェセルから聞き及んでいた。その上で、不本意な形によって無実が証明されてしまった事に不満を覚えもした。
 しかし報酬も無しに尽力をしてくれたエルミへ敬意を払い、立つ瀬を失わせないよう、素直に処遇を受け容れることにしたのであった。

『…………』

 そして一方でジェセルは、アダマスからの礼に思わず視線を逸らしてしまう。
 彼女の立場上、エルミには頼んで協力をしてもらった手前、とは本人に向かって口が裂けても言えやしないが、その彼の独断専行によってアダマスの釈放に漕ぎ着けることができた。
 だが、嘘を交えての証言を用いたことに対し彼女は、どうにも拭い去ることのできない罪の意識に苛まれていた。
 既に潔白は証明されてしまったとはいえ今でも、棘のように心の中につかえたままだったのだ。

 そんな心情もあってか手放しでは喜べず、ジェセルはばつの悪そうな表情で礼に応える。

『……礼なら、アナタの為に動いてくれたエルミさんに言った方が良いわよ』

 素っ気のない口振りでジェセルは続けた。

『私はただ、自分の目的だけの為にアナタを都合良く利用したに過ぎな――』
『だからまずはお前に礼を言いたかったんだ。最初にお前が俺に会いに来なければ、俺はいつまでもあそこに囚われたままだったからな。お前には感謝してもし尽くせない……ああ』

『……っ』

 真に迫ろうかというアダマスの礼に、ジェセルが気圧けおされる。
 これ以上の否定や謙遜を挟ませる余地など与えてくれないほどに、その謝辞には強靭な誠意が込められていたのだった。


『それで……アナタはこれからどうするの? 以前も言ってたけど……軍に復帰するつもり、なの?』

 動揺を隠すように話題を逸らし、ジェセルはアダマスに進退を尋ねる。

『ああ、勿論だ』

 愚問だな、とでも言わんばかりに、アダマスは口角を持ち上げ意思を示してみせた。
 いくら闘争への欲が尽きかけたといっても、それは飽くまで、我慢を許容できるレベルにまで落ち込んだ――という程度であった。自由の身となった今では、その欲が再燃していくのは彼にとって必然なのだろう。

(やっぱり……私が彼と結ばれるなんて……)

 ジェセルが胸中で諦めをこぼす。
 彼女はかつて、“他人ひとを好きになる”という誰もが当たり前に抱く感情を、持ち合わせてはいなかった。
 だが、今は違う。
 彼女はアダマスを一人の人間として尊敬し、一人の異性として好意に似た感情を寄せていたのだ。
 
 きっかけは、最後の面会のあの日。
 強くなれ、と言ってくれたあの時。
 唯一優しく笑いかけてくれた、あの瞬間。

 と言えば陳腐に聞こえてしまうが、ジェセルはあの日あの時あの瞬間、確かに心を奪われていたのだった。

(……無理よね)

 しかしアダマスは自分以上に、他人に好意を寄せるといった類いの感情を抱かないだろう。ジェセルはそう確信する。
 彼の場合つねに頭の中で、三大欲求以上の強い欲が本能として、血液のように通っていたのだ。
 想いに応えるどころか、振り向いてすらくれないだろう。

(……そうよ。私の存在なんて、彼の今後にとって一利にもならない――)

 ジェセルが感情に見切りをつけようとした、その時だった。

『軍へ復帰、か……いずれはお前とも肩を並べて戦う機会があるかもな、ああ』

『え?』

 アダマスがふと零した言葉に、ジェセルは伏し気味に置いていた視線を反射的に上向ける。
 
『……ああ、なんだ? なにかおかしい事でも言ったか?』

 驚かれた事に対し、アダマスが訝しむ。
 他意はなく呟いた、というのがその反応から窺えた。

『えっと……その……』

『何をそんなに驚く? お前も軍人だろう? 今後はそうなる可能性くらいあるだろう、と言っているんだ、ああ。当然、お前が強くなって俺と共に戦線の最前に送り込まれれば、の前提だがな』

『……!』

 常識でも説くかのような口振りで応えられたジェセルは、目から鱗でも落ちたかの如く、口が半開きのまま呆然とする。

『……っ』

 えも言えぬ感情が脳裏を過るが、奥歯を噛み締め、何かを思い留まらせる。



『……アダマスっ』

 だがしばしの沈黙の後、意を決したのか、彼女は芯の通った声で彼を呼ぶ。

『なんだ。ああ』

『私……やっぱり……』


 ――もっと早く気付くべきだった。

『……どうしても、アナタのことが諦めきれないみたい』

 ――彼と“永遠の愛を誓い合う”には。

『改めて……を要求させて』

 ――ともに一生を、闘争《たたかい》そのものに捧げなければ、ということに。

『“強くなって、常にアナタの隣で戦い続けてみせる”』

 ――そして、それを叶え、為であれば。

『今度はそう約束するわ。だから……私と……』

 ――私の人生くらい、安いものよ。

『……結婚して』



 切実にぶつけたその告白には力強く、鋼のように強固な意志が宿っていた。

『……ふっ』

 その決意を聞き入っていたアダマスの固くつぐんでいた口が綻び、微笑が零れ出る。
 次第にその笑いは、店のホール中に響き渡るほどの音量にまで肥大していった。

『…………』

 まだ若い身空ながらの、一世一代を賭した決死の告白。
 それを大開口にて笑い飛ばされたにも関わらず、ジェセルの表情はその意志と同様に、微塵も揺らがない。
 イエスかノーの返答以外を一切受け付けない、といった様子だ。
 そんな、肝を据わりきらせた彼女と相対をしたアダマスは、ひとしきり笑い飛ばした後に――。


『……なにを言うかと思えば、ああ。そうきたか』

 二度三度頷き、口元を歪ませたまま――。


『随分と良いオンナになったものだなぁ。ああ』

 ――ジェセルを異性として、認めたのであった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

異世界を【創造】【召喚】【付与】で無双します。

FREE
ファンタジー
ブラック企業へ就職して5年…今日も疲れ果て眠りにつく。 目が醒めるとそこは見慣れた部屋ではなかった。 ふと頭に直接聞こえる声。それに俺は火事で死んだことを伝えられ、異世界に転生できると言われる。 異世界、それは剣と魔法が存在するファンタジーな世界。 これは主人公、タイムが神様から選んだスキルで異世界を自由に生きる物語。 *リメイク作品です。

外れスキル《コピー》を授かったけど「無能」と言われて家を追放された~ だけど発動条件を満たせば"魔族のスキル"を発動することができるようだ~

そらら
ファンタジー
「鑑定ミスではありません。この子のスキルは《コピー》です。正直、稀に見る外れスキルですね、何せ発動条件が今だ未解明なのですから」 「何てことなの……」 「全く期待はずれだ」 私の名前はラゼル、十五歳になったんだけども、人生最悪のピンチに立たされている。 このファンタジックな世界では、15歳になった際、スキル鑑定を医者に受けさせられるんだが、困ったことに私は外れスキル《コピー》を当ててしまったらしい。 そして数年が経ち……案の定、私は家族から疎ましく感じられてーーついに追放されてしまう。 だけど私のスキルは発動条件を満たすことで、魔族のスキルをコピーできるようだ。 そして、私の能力が《外れスキル》ではなく、恐ろしい能力だということに気づく。 そんでこの能力を使いこなしていると、知らないうちに英雄と呼ばれていたんだけど? 私を追放した家族が戻ってきてほしいって泣きついてきたんだけど、もう戻らん。 私は最高の仲間と最強を目指すから。

パーティーを追放されるどころか殺されかけたので、俺はあらゆる物をスキルに変える能力でやり返す

名無し
ファンタジー
 パーティー内で逆境に立たされていたセクトは、固有能力取得による逆転劇を信じていたが、信頼していた仲間に裏切られた上に崖から突き落とされてしまう。近隣で活動していたパーティーのおかげで奇跡的に一命をとりとめたセクトは、かつての仲間たちへの復讐とともに、助けてくれた者たちへの恩返しを誓うのだった。

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

王太子様に婚約破棄されましたので、辺境の地でモフモフな動物達と幸せなスローライフをいたします。

なつめ猫
ファンタジー
公爵令嬢のエリーゼは、婚約者であるレオン王太子に婚約破棄を言い渡されてしまう。 二人は、一年後に、国を挙げての結婚を控えていたが、それが全て無駄に終わってしまう。 失意の内にエリーゼは、公爵家が管理している辺境の地へ引き篭もるようにして王都を去ってしまうのであった。 ――そう、引き篭もるようにして……。 表向きは失意の内に辺境の地へ篭ったエリーゼは、多くの貴族から同情されていたが……。 じつは公爵令嬢のエリーゼは、本当は、貴族には向かない性格だった。 ギスギスしている貴族の社交の場が苦手だったエリーゼは、辺境の地で、モフモフな動物とスローライフを楽しむことにしたのだった。 ただ一つ、エリーゼには稀有な才能があり、それは王国で随一の回復魔法の使い手であり、唯一精霊に愛される存在であった。

婚約破棄された竜好き令嬢は黒竜様に溺愛される。残念ですが、守護竜を捨てたこの国は滅亡するようですよ

水無瀬
ファンタジー
竜が好きで、三度のご飯より竜研究に没頭していた侯爵令嬢の私は、婚約者の王太子から婚約破棄を突きつけられる。 それだけでなく、この国をずっと守護してきた黒竜様を捨てると言うの。 黒竜様のことをずっと研究してきた私も、見せしめとして処刑されてしまうらしいです。 叶うなら、死ぬ前に一度でいいから黒竜様に会ってみたかったな。 ですが、私は知らなかった。 黒竜様はずっと私のそばで、私を見守ってくれていたのだ。 残念ですが、守護竜を捨てたこの国は滅亡するようですよ?

処理中です...