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狐目ねつき

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Climax show

67話 第6団士 vs 上位魔神

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(――――重腕ジェミナス――――)

 開戦早々、クィンは特性を発動。
 先程と同様に、少女の細腕は何倍にも質量を増す。

 対するアダマス。
 その巨体からは想像もつかない程のスピードで、クィンとの間合いを一瞬にして詰めてみせると――。

「――隙だらけだぞ、ああ」

 その言葉と共に豪腕から右拳が放たれる。
 固められた拳は、クィンの顔の面積とほぼ同等のサイズで、最早それは『金属製の鈍器』と形容すべき代物。
 突進の勢いそのままに力を込めたその拳が、少女の顔面へとまともに直撃したのであった。


「…………っ!!」

 衝撃が、重く鈍い音となって聖堂内を反響。傍から眺めていたフェリィは思わず目を背けてしまう。

 そう、いくらクィンが上位魔神とは言っても、その容姿は十代半ばの少女と何ら変わりはない。
 そんな幼気いたいけさを残した姿の相手に対し、一切の慈悲も容赦も無い攻撃だ。
 彼女が直視を避けてしまうのも仕方の無いことだろう。

 しかし――。



「――――っ!?」

 殴ったはずのアダマスが驚く。
 彼は当然、油断も手加減もした覚えはない。
 相手の背後にあった石柱に叩きつけるつもりで、全力で鉄拳を見舞わせたのだ。
 にも関わらず、少女は仰け反るどころか直立不動なまま。
 立ち位置は寸分もズレていなく、その様はまるで地に深く根ざした大木かのよう――。

「中々な一撃だったぞ」

 巨拳で覆われた先から漏れた細いトーンの声。
 直後、途絶えていた少女の殺気が再び放たれ、空間を支配する。

「……ヒト族にしてはだが、な」

「な――――」

 怪訝を発そうとしたアダマスの声が途切れる。
 彼の脇腹へと、特性によって重量を増した右拳が鋭く、深く突き刺さったのだ。

「ガ……ハ……ッッ!」

 殴られた衝撃によって、彼の身体は大きく後方へと飛ばされていく。
 そして先刻にフェリィが土術で変形させた床――隆起した石の塊へと背中からぶつかる。


「……っ! ほう、やるじゃないか」

 振り抜いた拳から伝わった手応えでクィンは察し、感嘆をこぼす。
 アダマスは拳が脇腹に触れたと同時に、咄嗟の判断で背後へとステップを取り、威力を最小限に受け流していたのだった。
 団士である彼も当然の如く、リーベ・グアルドの使い手である。歴戦の経験で培われた反射神経が、その防御を可能にしたのだろう。


「ああ、やはり凄まじいな。上位魔神は」

 石を背もたれに口端から一筋の血を流しながら、愉悦を満面に含ませた表情でアダマスが嗤う。
 国内最強を誇る第1団士、シングラル・マルロスローニにも引けを取らない程に鍛え抜かれた彼の肉体。
 バックステップによるダメージ軽減とその鋼のボディをもってしても負傷は避けられなく、彼の左の肋骨は数本折れていたのであった。

「楽しくて仕方がないなぁ、ああ」

 だが彼は重傷にも怯むことなくすぐに起き上がり、自身と同等以上の実力を持つ強者との戦いに喜びを馳せるのみ。
 
「……ふむ、の一撃では殺れないか」

 一方で、額から青い血を流したクィンが感心でもするかのようにアダマスへと向き直る。
 少量の流血が鼻筋を伝い、口の横を流れたところで少女はぺろりと舌を這わせ血を舐め取ってみせた。

(――――重腕ジェミナス――――)

 そして再び念じ、特性を発動。
 既に重くなっていた腕は更に重量を増す。

「次はってやろう」

 その宣言と同時、クィンは石床を強く蹴る。
 先程とはうって変わって、今度は少女から仕掛けたのだった。

「――――っっ」

 二人の間合いは瞬く間に至近距離へと。
 見上げる程の巨躯を誇るアダマスの懐へ、一瞬にして入り込んだクィン。
 防御も回避も儘ならない、人間の反応速度を優に超すであろういかずちの如きはやさで、強烈なショートアッパーを見舞う。
 先程よりも速さと重さを伴ったそれは、少女の言葉通りの全力の一撃。
 無防備であったアダマスの下腹部に深々と刺さり、内臓を直接損傷たらしめる――つもりでクィンは打ったのだが。


「…………なんだと?」

 刹那的な時の間ではあるが、クィンの眉がぴくりと持ち上がる。
 目を丸くしたその先には、アダマスの下腹部に触れた自身の拳があった。
 しかし全くと言っていいほどに刺さらず、頑丈な鉄壁を殴ったかのような感触だけが拳を伝い――。
 
 ――そして直後。

「……っっ!?」

 クィンが目を疑う。
 握った手の甲を流れる血管が破裂し、地下水でも掘り当てたかのように青い血が吹き出たのだ。

「オマエ……何をした?」

 少女は不可解な痛みダメージを意に介すことなく、疑問を眼前の男へとぶつける。

「ああ、いいな。その表情……」

 だがアダマスは疑問には答えようとせず、見上げる少女の鋭い目付きに対して愉しむばかり。
 更には上位魔神の全力の一撃を受けたとは思えない程に、平然としていたのだ。

「…………っ!」

 疑問を袖にされたクィンは静かな怒りを拳に乗せ、再度打ち込む。

「ふはは……いいぞ。ああ」

 鉤打ちフック気味に放たれた次弾を、今度は易々とアダマスが避けてみせた。
 しかしクィンは回避されたことに特には驚かず、無言でそのまま一発。更にもう一発と続き、目にも止まらぬ速さの乱打ラッシュを繰り出していく。

「ああ、その調子だ。もっと来い……!」

 だがアダマスは巨体を軽やかに動かし、その高速の一撃の一つ一つをどれも寸でで躱してみせる。
 先程の意表を衝かれた時とは異なり、しっかりとクィンのスピードに対応してみせたのだ。


(…………っ!)

 その矢継ぎ早に繰り広げられる殴打と回避の凄まじい応酬に、フェリィは息を呑みながら見入る事しか出来なかった。
 だが二人に視線を這わせつつ、彼女はクィンの全力の一撃がアダマスに通じなかった現象について、密かに分析をしていたのだ。

(さっきのアダマス様の防御アレは……。まさか実戦で使える者が居るなんて……!)

 味方ながらに戦慄を覚える彼女。
 アダマスが見せた防御に心当たりが有ったのだろう。


「…………ああ、そこだな」

 ――そしてその戦慄の対象となるアダマス。
 雨霰あめあられの如き打撃の群れを全て紙一重で避け続けていた彼は、僅かな隙を縫ってクィンの踏み込んだ軸足を掬うように足裏で蹴ってみせたのだ。

「――っ!」

 意識の外からの反撃に、クィンは為す術もなく宙へと弾かれてしまう。
 一瞬だけ時が止まったかの如く、少女の小さな体躯は床から離れる。
 そして間髪を入れず、アダマスの中段蹴りがその剛脚から放たれたのだ。

「……!」

 狙いは頭部。
 クィンにとってはこの程度の攻撃であれば、マナを打点へと集中させることで容易く防ぐ事ができよう。
 先程に受けた顔面への一撃も、その方法を用いて防いでみせたのだから。

(コイツを殺るには……!)

 しかし、少女は上位魔神。
 高機能に発達した知能を駆使し、蹴撃が届くまでの僅かないとまを利用して、この状況からの反撃を試みようとしていたのだ。

(――――重腕ジェミナス――――)

 マナで創られた脳内にて、反撃の方程式を組み終えたクィンがまず行ったのは特性の発動。
 既に二度、その赤黒に染まった腕は質量を増している。
 三度目の特性の“重ね掛け”は少女にとって、戦闘で扱える腕の重さの限界を超過してしまうのであった。
 しかしながら今回は敢えての発動を敢行。
 過重量に達した腕は魔神の力をもってしても支える事は困難となり、素直に重力へ従わせることで急速に少女の全身は垂直に落下。
 結果、襲い来る剛脚から見事避けてみせたのだ。

「――っ!?」

 宙を舞っていた筈のクィンの身体が突如として床に沈み、ここまで終始笑みを浮かべていたアダマスの表情が凍る。
 彼が勢い良く放った蹴りは呆気もなく空を切り、逆に大きな隙を生んでしまう羽目に――。

 ――そして当然、その隙をクィンは逃さない。


(――解除レリース

 腕から着地したクィンは攻撃が頭上を通過したところで念じ、特性の発動を解除。
 支えることすら困難だった程の腕の重さは、見たままの質量に戻っていく。

(――――重腕ジェミナス――――)

 そして直ぐ様、再びの特性発動。
 瞬間最大攻撃力を叩き出す事が可能な二度の発動に留め、重心のバランスを崩したアダマスの懐へと再び入り込み、渾身の力を込めた一撃を放つ。
 クィンの狙いは左の脇腹。攻撃を唯一直撃させた初弾を打った位置だ。
 負傷をしているであろうここに当てれば、先程の不可解な防御をされる事も無いだろう、と踏んでいたのだ。


「…………!」

 空振りによる隙が未だ残っているアダマスが、少女の狙いに気付く。
 すると、この状況にて唯一自由に動かせる左手で脇腹を庇うように構え、攻撃を受け止めようと所作をとる。

(……ムダだ! ヒト族如きが受け止められるほどあたいの攻撃が生易しいものか……! 死ねっっ――!)

 そう胸中で確信をしたクィンは、構えられた左手ごと脇腹に叩き込んでやろうと勇み、拳を振り抜く――。

 ――だが。

「…………っっ!?」
 

 クィンの一撃は、アダマスの巨大な掌にていとも簡単に威力を失い、受け止められてしまったのであった。
 そして再び、拳からは血が吹き出す。

(……なんなんだ。コイツは一体……!?)

 クィンの顔色に、焦りが表れ始める。
『焦燥』という感情が生まれたのはどれ程振りだっただろうか。
 何十年、いや何百年振りか――。

 しかし現在、少女の心を苛んでいたのはそんな些末な疑問ではない。
 眼前で起こった不可解な現象について疑いを抱くことしか出来ず、一千年を優に超える歴戦の経験を以てしても、その謎を自ら解明することが出来なかったのだ。


 ――そんな少女の疑問に答えるかの如く、フェリィは脳内で改めて確信を抱くのであった。

(やっぱりアレは、“躱す”でも“止める”でも“受け流す”でもない……。リーベ・グアルド、第四の技術――――)




「ああ……どうだ? 自分の攻撃を“押し返される”感覚は? 格別だろう?」

 大きな口を歪ませ、戦闘狂アダマスはクィンへと笑いかけた。

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