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Climax show
62話 戦闘狂
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――アルセア教会、聖堂内。
壇上で膝をつくフェリィ。
死への覚悟は既に済ませていた。
捧げるように下顎を上向かせ、抵抗することなく攻撃を受け入れる態勢をとる。
その彼女の首元目掛け、クィンが腕を振り下ろした。
「――――っ!!」
閉じていた瞼にぎゅっと力を込める。
痛みは一瞬、いや刹那にも満たないだろう。
そう信じ、彼女は意識を無へと委ねていたのだが――。
「――なんだオマエは?」
(……え?)
瞼裏の闇の中、不意に聴こえたのはクィンの声。
一方で、確実に届くであろうと思っていた衝撃は首に訪れず。
その僅かな情報のみでフェリィは瞬時に悟った。
――自身への攻撃を何者かが防いだのだ、と。
(…………!)
フェリィは恐る恐ると瞼を開く。
仄暗い聖堂内と共に彼女の目に映し出されたのは――。
◇◆◇◆
石牢内でワインロックとエルミが向かい合う。
エルミが発生させた光球は既に効力が切れ、二人を包むのは再びの静寂と暗闇。
そんな中、二人は問答を繰り広げていた――。
「彼女が生きている……だって? キミ、本気で言っているのかい?」
「何度問い質しても答えは代わりませんよ。フェリィは生きています」
ワインロックが改めて聞き直すと、エルミが事もなげに答える。
「…………」
押し黙るワインロック。
先程までは、自身が優位に立っているかとばかり思っていた。しかし今は違う。
フェリィが生存しているとなれば、状況は遥かに変わってくるのであった。
(……もし彼女が生きているんだとすれば、非常にマズいね。クィンは“食べれる”と思っていた捕食の対象に逃げられることをとても嫌う。いわゆる“おあずけ”ってヤツをね)
表情には出さないが、ワインロックの胸中に一抹の懸念が浮かぶ。
(そして機嫌を損ねた時のクィンは、僕にも手のつけられない“戦鬼”と化してしまう。そうなったら、この教会はおろか市街地まで見境なく破壊して回るだろうね。僕としては今ここでゼレスティアに損害を与えられるのは困るし……さて、どうするか)
『選択を誤れば、自身の計画に大幅なズレが生じてしまう』
そう思いを巡らせた彼は、慎重に、且つ冷静に思考を続ける。
(本当に彼女は生きているのか……それともハッタリか……)
判断に頭を悩ませるワインロックだが、実は彼もエルミ同様『人間の心理』については熟知していたのであった。
二日前にピリムとたまたま街中で出くわした彼は、泣いている少女の姿を見て言葉巧みに甘言を用いて意志を揺さぶり、結果的に薬を飲ませる事に成功をしている。
彼の話術は長年――いや、永年に近い人生の中で多様な人間との出会いや別れを経験したからこそ培われてきたもの。
今に至るまで何十人、いや何百人の人間を信者として従わせ、操ってきたのか。その数は測り知れないだろう。
――しかし、今回ばかりは相手が悪かった。
(うーん、流石にエルミの言っている事を嘘と見抜くのは難しいかなあ)
「どうしました? 私の仰った事が信じられないとでも?」
ワインロックが脳内でこぼした言葉を拾いでもするかのようにエルミが問う。
彼は尋問士であり、天啓と呼ぶべき程の観察眼を備えた男だ。何度も言うように、人の嘘を見抜く術に長けている。
しかしそれは裏を返せば『嘘を見抜かれない術にも長けている』ということだ。
ワインロックが思いあぐね、決断を躊躇してしまうのも致し方ないだろう。
(本音を言うと、今すぐ土術を解除して彼女の生存を確認したいところなんだけど……それだとエルミの思うツボな気がして、どうにも気が進まないんだよねぇ)
ふと、自身が造った石牢が聖堂との境界線を遮断した直後の事を思い出す。
(あの時のエルミの焦った姿、あれも僕に不審感を抱かせない為の演技だっていうのかい? でも、本当に焦っていたのだとしたら、今の彼の自信たっぷりな口振りは一体何を根拠にしているのだろう?)
記憶を更に遡らせ、彼は推測する。
(そもそも彼等にとって、僕がこの場に上位魔神を引き連れて現れた時点で不測の事態である事は確かだ。それは間違いない。けど、それすらもカバーできる程の対応策を予め考えていたのだとしたら……)
長々と紡いできた推測が、ある一つの確信へと辿り着く。
(……エルミとフェリィ以外にまだ駒を揃えている。これしかないだろうね)
◇◆◇◆
魔神の傍らに立ち、手首を掴んでフェリィへの攻撃を遮っていたのは2ヤールトを優に超す巨体を持つ男だった。
「離せ」
「…………」
その男の腰元程までしかない小さな体躯のクィンが見上げ、一言のみを冷たく発する。
しかし男は微動だにせず。当然、手首も掴んだままだ。
(コイツ……)
クィンは上向かせていた視線を下方へと移し、男の姿をじっくりと見定める。
伸ばしたままのきしんだダークブラウンの総髪。
それを後ろで結び、怒りの感情だけを凝縮させたかのような悪魔の如き形相。
衣服は膝上までを覆った革素材の腰巻き一枚のみで、上半身は何も着ていない半裸だ。
しかし、鍛え尽くした鋼と形容すべきほどの筋肉を身体に搭載しているため、心許なさは感じられない。
そしてその全身には切創、刺創、挫創、擦過創、割創と、歴戦の証を示す痛々しい古傷の数々が。
その様はまるで、皮膚全てをキャンバスにでもしたかのようだった。
(……人間か?)
クィンが抱いた疑問の通り、文明が発達しファッションにも多様性が多く見受けられる今日のゼレスティアに於いて見ても、その姿は“奇異”と呼ぶ他ないだろう。
(まさか、この方が私を……?)
一方で、人物の特定を既に終えていたフェリィ。
だが、窮地から救い出されたにも関わらず彼女の背筋は凍ったままであった。
(そんな……だってこの方は……!)
「……聞こえなかったのか? もう一度だけ言うぞ、“離せ”」
フェリィが戦慄としている中、男から発せられる野生的な気迫に圧されることなくそう告げたクィン。
先程よりも強調されたその言葉は『従わなければ即座に殺す』という気概を充分に孕んでいた。
「…………」
しかし男は掴んだまま、離さない。
先に攻撃をしてこい、とでも言わんばかりに沈黙と待ちに徹していたのだった。
「……そうか、聞く耳を持たないか」
その意思を汲み取ったかのようにそれだけを言うと、クィンは紅く滾っていた瞳を静かに瞼で隠し――。
(――重腕――)
――念じた。
直後、男が掴んでいた少女の腕が急激に重量を増し、巨体がもつれる。
「…………っ?」
腕を掴みつつ、跪くように膝をつく男。
手首を軽々と片手で握っていたはずが、今や両腕で支える羽目に。
少女のその赤黒に染まった細腕は、質量保存を無視した超重量の物質へと変化していたのであった。
「……まだ離さないのか、しつこいぞ」
(――重腕――)
「――っ!?」
再びの特性発動。
重くなった腕は更に重量を増す。
そのあまりの質量の密度に男はこれ以上支えきれないと判断し、遂に腕を離してしまう。
「左手を離したな? 終わりだ」
間髪入れずにクィン。
無表情を一貫していた顔をニヤリと歪ませる。
そして態勢を整えようとする男へ向けて左手を翳し、再び念じを開始する。
(――圧壁――)
僅かなタイムラグの後に訪れる、“人間一人分を圧殺する超重力の壁”。
この特性は、かつてクィンが上位魔神“オクト”を救出した際に使用し、シングラルの片腕を軽々と潰したものだ。
一度発動さえすれば致死率はほぼ100パーセント。
初見で逃れる術はない、とクィンもこれまでの経験則から確信を導き出していた。
――にも関わらず、だ。
「なっ――!?」
クィンが仰天する。
特性が発動されるまでのタイムラグ。
男はその瞬間を縫い、少女の突き出した左腕の肘裏を思い切り蹴り上げたのだ。
結果、強制的に真上へと向かされたクィンの手。
特性は既に発動を完了している。
それが意味するは――。
(く――っ!!)
真上から降り注ぐ超重力の壁。
自身の命の危機を気取ったクィン。
頭部だけは守ろうと咄嗟に身を捻るように反らす。
不可視の天井が押し潰したのは、クィンの左半身のみ。
着ていた鱗鎧は勿論、左肩から脇腹、更には左大腿から先が圧し潰され、断面からは青い鮮血が飛沫く。
「…………っ」
左半身の欠損により、身体のバランスを失ったクィンは石床へと倒れ込んでしまう。
しかし突っ伏しながらもダメージは全く顔色には出さず、眼前で立つ男の顔へ屈辱と憎悪の眼差しを向ける。
「……ぐふっ、ふふ、ふふふふはははははは!」
すると、ここまで無言に徹していた男がようやく開口。
腹の底にまで響くような声で発せられるは、貶むような笑い。
クィンの姿を見て『惨めだな』とでも言わんばかりだ。
「そうか、オマエがヴェルスミスの報告にあった“クィン”というヤツだな。特性を見てわかったぞ、ああ」
「……だったらなんだ?」
赤い眼光で見上げ、睨みつけるクィン。
失った手足は高速で修復が為され、恐らくはものの十数秒で完治に至るだろう。
「ゼレスティアに来た目的は?」
「あたいに答える義理があるのか?」
「……ないだろうな。ああ」
素っ気のない返答のクィン。
だが、男は意に介さず。
それどころか、歓喜に満ち満ちた笑みすら浮かべていた。
「……それでいい。闘争に理由なんていらない。今この瞬間を純粋に愉しもう、ああ」
怒りと歓びが混濁した形相でそう言うと、男は野生動物の如く身を低く屈め、戦闘態勢をとる――。
――彼の名は“アダマス・ザビッツァ”。ゼレスティア軍所属の第6団士。
その姓が示す通り、第10団士のジェセル・ザビッツァ
とは夫婦関係にあたる。
彼は、ゼレスティアとガストニアとの間で巻き起こった先の戦乱に於いて最も戦果を挙げた者として知られ、ガストニア中の騎士から恐れられていた。
そして知らず知らずの内に、彼には一つの通り名が付けられたのであった。
味方の兵達からは畏敬を、敵兵からは畏怖の念を込めて、彼はこう呼ばれている。
――“戦闘狂”と。
壇上で膝をつくフェリィ。
死への覚悟は既に済ませていた。
捧げるように下顎を上向かせ、抵抗することなく攻撃を受け入れる態勢をとる。
その彼女の首元目掛け、クィンが腕を振り下ろした。
「――――っ!!」
閉じていた瞼にぎゅっと力を込める。
痛みは一瞬、いや刹那にも満たないだろう。
そう信じ、彼女は意識を無へと委ねていたのだが――。
「――なんだオマエは?」
(……え?)
瞼裏の闇の中、不意に聴こえたのはクィンの声。
一方で、確実に届くであろうと思っていた衝撃は首に訪れず。
その僅かな情報のみでフェリィは瞬時に悟った。
――自身への攻撃を何者かが防いだのだ、と。
(…………!)
フェリィは恐る恐ると瞼を開く。
仄暗い聖堂内と共に彼女の目に映し出されたのは――。
◇◆◇◆
石牢内でワインロックとエルミが向かい合う。
エルミが発生させた光球は既に効力が切れ、二人を包むのは再びの静寂と暗闇。
そんな中、二人は問答を繰り広げていた――。
「彼女が生きている……だって? キミ、本気で言っているのかい?」
「何度問い質しても答えは代わりませんよ。フェリィは生きています」
ワインロックが改めて聞き直すと、エルミが事もなげに答える。
「…………」
押し黙るワインロック。
先程までは、自身が優位に立っているかとばかり思っていた。しかし今は違う。
フェリィが生存しているとなれば、状況は遥かに変わってくるのであった。
(……もし彼女が生きているんだとすれば、非常にマズいね。クィンは“食べれる”と思っていた捕食の対象に逃げられることをとても嫌う。いわゆる“おあずけ”ってヤツをね)
表情には出さないが、ワインロックの胸中に一抹の懸念が浮かぶ。
(そして機嫌を損ねた時のクィンは、僕にも手のつけられない“戦鬼”と化してしまう。そうなったら、この教会はおろか市街地まで見境なく破壊して回るだろうね。僕としては今ここでゼレスティアに損害を与えられるのは困るし……さて、どうするか)
『選択を誤れば、自身の計画に大幅なズレが生じてしまう』
そう思いを巡らせた彼は、慎重に、且つ冷静に思考を続ける。
(本当に彼女は生きているのか……それともハッタリか……)
判断に頭を悩ませるワインロックだが、実は彼もエルミ同様『人間の心理』については熟知していたのであった。
二日前にピリムとたまたま街中で出くわした彼は、泣いている少女の姿を見て言葉巧みに甘言を用いて意志を揺さぶり、結果的に薬を飲ませる事に成功をしている。
彼の話術は長年――いや、永年に近い人生の中で多様な人間との出会いや別れを経験したからこそ培われてきたもの。
今に至るまで何十人、いや何百人の人間を信者として従わせ、操ってきたのか。その数は測り知れないだろう。
――しかし、今回ばかりは相手が悪かった。
(うーん、流石にエルミの言っている事を嘘と見抜くのは難しいかなあ)
「どうしました? 私の仰った事が信じられないとでも?」
ワインロックが脳内でこぼした言葉を拾いでもするかのようにエルミが問う。
彼は尋問士であり、天啓と呼ぶべき程の観察眼を備えた男だ。何度も言うように、人の嘘を見抜く術に長けている。
しかしそれは裏を返せば『嘘を見抜かれない術にも長けている』ということだ。
ワインロックが思いあぐね、決断を躊躇してしまうのも致し方ないだろう。
(本音を言うと、今すぐ土術を解除して彼女の生存を確認したいところなんだけど……それだとエルミの思うツボな気がして、どうにも気が進まないんだよねぇ)
ふと、自身が造った石牢が聖堂との境界線を遮断した直後の事を思い出す。
(あの時のエルミの焦った姿、あれも僕に不審感を抱かせない為の演技だっていうのかい? でも、本当に焦っていたのだとしたら、今の彼の自信たっぷりな口振りは一体何を根拠にしているのだろう?)
記憶を更に遡らせ、彼は推測する。
(そもそも彼等にとって、僕がこの場に上位魔神を引き連れて現れた時点で不測の事態である事は確かだ。それは間違いない。けど、それすらもカバーできる程の対応策を予め考えていたのだとしたら……)
長々と紡いできた推測が、ある一つの確信へと辿り着く。
(……エルミとフェリィ以外にまだ駒を揃えている。これしかないだろうね)
◇◆◇◆
魔神の傍らに立ち、手首を掴んでフェリィへの攻撃を遮っていたのは2ヤールトを優に超す巨体を持つ男だった。
「離せ」
「…………」
その男の腰元程までしかない小さな体躯のクィンが見上げ、一言のみを冷たく発する。
しかし男は微動だにせず。当然、手首も掴んだままだ。
(コイツ……)
クィンは上向かせていた視線を下方へと移し、男の姿をじっくりと見定める。
伸ばしたままのきしんだダークブラウンの総髪。
それを後ろで結び、怒りの感情だけを凝縮させたかのような悪魔の如き形相。
衣服は膝上までを覆った革素材の腰巻き一枚のみで、上半身は何も着ていない半裸だ。
しかし、鍛え尽くした鋼と形容すべきほどの筋肉を身体に搭載しているため、心許なさは感じられない。
そしてその全身には切創、刺創、挫創、擦過創、割創と、歴戦の証を示す痛々しい古傷の数々が。
その様はまるで、皮膚全てをキャンバスにでもしたかのようだった。
(……人間か?)
クィンが抱いた疑問の通り、文明が発達しファッションにも多様性が多く見受けられる今日のゼレスティアに於いて見ても、その姿は“奇異”と呼ぶ他ないだろう。
(まさか、この方が私を……?)
一方で、人物の特定を既に終えていたフェリィ。
だが、窮地から救い出されたにも関わらず彼女の背筋は凍ったままであった。
(そんな……だってこの方は……!)
「……聞こえなかったのか? もう一度だけ言うぞ、“離せ”」
フェリィが戦慄としている中、男から発せられる野生的な気迫に圧されることなくそう告げたクィン。
先程よりも強調されたその言葉は『従わなければ即座に殺す』という気概を充分に孕んでいた。
「…………」
しかし男は掴んだまま、離さない。
先に攻撃をしてこい、とでも言わんばかりに沈黙と待ちに徹していたのだった。
「……そうか、聞く耳を持たないか」
その意思を汲み取ったかのようにそれだけを言うと、クィンは紅く滾っていた瞳を静かに瞼で隠し――。
(――重腕――)
――念じた。
直後、男が掴んでいた少女の腕が急激に重量を増し、巨体がもつれる。
「…………っ?」
腕を掴みつつ、跪くように膝をつく男。
手首を軽々と片手で握っていたはずが、今や両腕で支える羽目に。
少女のその赤黒に染まった細腕は、質量保存を無視した超重量の物質へと変化していたのであった。
「……まだ離さないのか、しつこいぞ」
(――重腕――)
「――っ!?」
再びの特性発動。
重くなった腕は更に重量を増す。
そのあまりの質量の密度に男はこれ以上支えきれないと判断し、遂に腕を離してしまう。
「左手を離したな? 終わりだ」
間髪入れずにクィン。
無表情を一貫していた顔をニヤリと歪ませる。
そして態勢を整えようとする男へ向けて左手を翳し、再び念じを開始する。
(――圧壁――)
僅かなタイムラグの後に訪れる、“人間一人分を圧殺する超重力の壁”。
この特性は、かつてクィンが上位魔神“オクト”を救出した際に使用し、シングラルの片腕を軽々と潰したものだ。
一度発動さえすれば致死率はほぼ100パーセント。
初見で逃れる術はない、とクィンもこれまでの経験則から確信を導き出していた。
――にも関わらず、だ。
「なっ――!?」
クィンが仰天する。
特性が発動されるまでのタイムラグ。
男はその瞬間を縫い、少女の突き出した左腕の肘裏を思い切り蹴り上げたのだ。
結果、強制的に真上へと向かされたクィンの手。
特性は既に発動を完了している。
それが意味するは――。
(く――っ!!)
真上から降り注ぐ超重力の壁。
自身の命の危機を気取ったクィン。
頭部だけは守ろうと咄嗟に身を捻るように反らす。
不可視の天井が押し潰したのは、クィンの左半身のみ。
着ていた鱗鎧は勿論、左肩から脇腹、更には左大腿から先が圧し潰され、断面からは青い鮮血が飛沫く。
「…………っ」
左半身の欠損により、身体のバランスを失ったクィンは石床へと倒れ込んでしまう。
しかし突っ伏しながらもダメージは全く顔色には出さず、眼前で立つ男の顔へ屈辱と憎悪の眼差しを向ける。
「……ぐふっ、ふふ、ふふふふはははははは!」
すると、ここまで無言に徹していた男がようやく開口。
腹の底にまで響くような声で発せられるは、貶むような笑い。
クィンの姿を見て『惨めだな』とでも言わんばかりだ。
「そうか、オマエがヴェルスミスの報告にあった“クィン”というヤツだな。特性を見てわかったぞ、ああ」
「……だったらなんだ?」
赤い眼光で見上げ、睨みつけるクィン。
失った手足は高速で修復が為され、恐らくはものの十数秒で完治に至るだろう。
「ゼレスティアに来た目的は?」
「あたいに答える義理があるのか?」
「……ないだろうな。ああ」
素っ気のない返答のクィン。
だが、男は意に介さず。
それどころか、歓喜に満ち満ちた笑みすら浮かべていた。
「……それでいい。闘争に理由なんていらない。今この瞬間を純粋に愉しもう、ああ」
怒りと歓びが混濁した形相でそう言うと、男は野生動物の如く身を低く屈め、戦闘態勢をとる――。
――彼の名は“アダマス・ザビッツァ”。ゼレスティア軍所属の第6団士。
その姓が示す通り、第10団士のジェセル・ザビッツァ
とは夫婦関係にあたる。
彼は、ゼレスティアとガストニアとの間で巻き起こった先の戦乱に於いて最も戦果を挙げた者として知られ、ガストニア中の騎士から恐れられていた。
そして知らず知らずの内に、彼には一つの通り名が付けられたのであった。
味方の兵達からは畏敬を、敵兵からは畏怖の念を込めて、彼はこう呼ばれている。
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