PEACE KEEPER

狐目ねつき

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High voltage

54話 遭遇

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 ――ゼレスティア領、北門付近。

 サクリウスの前に突如として出現した空間の捻れは、ひび割れたかのように裂け、逆の回転の捻れを見せる。
 サクリウスはその回転が変わる瞬間を見逃す事はなかった。しかし、まるで、捻れが収まると魔神は姿を現していたのだ。


「…………!」

 明らかな動揺を見せるサクリウス。
 だが、転送術の仕組みについてあれこれ思慮を巡らせている暇などない。敵が目の前に現れたのだ。



「ふう、到着……っと」

 片膝をついた姿勢で一息をつく言葉を発したのは、男性の姿をした魔神だった。
 魔神らしからぬキッチリとセットされた短髪と小綺麗に整えられた顎ヒゲ。
 顔付きは人間の年齢で例えると三十代前後といったところか。
 サクリウスとほぼ同等の長身で、パープルカラーの着立ての良いダブルスーツを着こなし、長い脚と痩せすぎず太すぎずな体格。
 その容姿は一見すると、渋さを売りとしたファッションモデルかと見紛う程に整っていた。

(ツイてねーなあ俺も……よりにもよって上位魔神かよ)

 人間と殆ど変わらない姿を持つ魔神を前にしたサクリウスは、自身の不運を呪う。

(話には聞いてたが、こんなにも人間オレたちと見た目が変わりねーとはなぁ。どっからどー見ても人間じゃねーかよ)

 困惑と緊張を胸中に抱えたサクリウス。
 すると魔神は俯いていた面を上げ、集中力を高めるために閉じていたのであろう目蓋をゆっくりと開き、銀色に輝く双眸を覗かせる。

「……っ」

 サクリウスは身構え、いつでも攻撃へと移れるよう短剣を握る両手に力を込める。
 対して男の魔神は辺りに広がる平原をキョロキョロと見回し、やがて自身へ向けて武器を構えるサクリウスを視認。

「うわっ! なんだお前その頭!? 同胞なかまか!?」

 サクリウスの頭が真っ先に目についた魔神は、警戒心など微塵もない低めのトーンの声で素っ頓狂に声を上げる。

「……っ!?」

 サクリウスは驚かれたことに対し驚いたが、すぐに“そういえば”と気付く。
 彼の頭は先程の下位魔神との交戦で唱えた雷術の影響で、毛が逆立ったままだったのだ。
 魔神の反応から察するに、人間離れした頭のサクリウスを見て同胞と勘違いしてしまったのだろう。

「……? ああ、そうか。gmだguehcheなekぇukhhsnsoqkroばdgqnh~~~~」

 サクリウスから返答が来ない事に疑問を抱いた魔神は一瞬だけ怪訝とするが、人間の言語が通じないと判断するや否や魔神言語へと切り換え話し始める。

「――? 魔神の言語か何かか……? 悪りーが俺には何言ってっかわかんねーぞ」

 今度はサクリウスが訝しんだ上で言葉を返し、ようやく魔神も理解を示す。

「なんだよヒト族か……紛らわしいアタマしてんなあ」

 魔神は溜め息と共に頬をポリポリと掻く。

「……と、ここにヒト族が居るっていう事は、俺っちの転送テレンスは遂に自分自身もゲート内に行けるほど精度が高まったってことか。こいつぁ朗報だな」

「――っ!」

 魔神が嬉々として漏らした言葉に対し、サクリウスは息を呑む。

(コイツが、転送術の使い手――!)

 確信したと同時に、彼の脳裏に一つの考えが過る。

(……今ココでコイツを殺れれば、転送術に怯える心配が今後無くなるどころか、再来月に控えた掃討作戦も相当楽になるんじゃ……)


 掃討作戦の目的は『魔神族の殲滅』である。
 そして作戦の中で『味方陣営の全滅』の次に危惧されているのが『敵の逃亡』だった。
 彼が今思ったように転送術を扱う魔神さえたおせれば、逃亡の可能性はぐっと下がるのだ。

(けど俺にやれるか……? いや、やるしか……)

 このチャンスを逃す訳にはいかない。
 サクリウスは上位魔神との遭遇という本来なら不運でしかない状況を好機と捉え、魔神の隙を窺う。

「……しっかしおかしいなあ。ゼレスティアに来れたっていうのに、全然街っぽくないぞ? ウチのじゃじゃ馬が暴れて地図から消しちゃったのかあ? はは」

 そんなサクリウスの思惑など知る由もない魔神は再び平原を軽く見渡し、冗談交じりに疑問の声をこぼす。
 背後の方向に聳えるゲートと北門には、丁度視界が及んでいないようだった。

「なあ、ここってゼレスティアじゃないのか?」

「…………」

 その質問に対しサクリウスは言葉を発さず、魔神の後方へと指を差すのみで答えてみせた。
 それにより魔神は、跳ね橋状の門が塞がったままのゲートをようやく視野に入れる。

「嘘だろ、おい。ギリギリ転送失敗ってか……俺っちやらかした?」

 すると途端に頭痛に喘ぎでもするかのようにその場でしゃがみ、頭を抱え始める。

「くっそぉ、相変わらず自分の転送だけは上手く行かねえなあ……」

 本来なら敵対種族である人間サクリウスを前にしておきながら、魔神は何とも緊張感に欠けたテンションと姿を見せている。

(何なんだコイツ……スキだらけじゃねーか。クソッ、調子狂うな……)

 満遍なく隙が散りばめられている敵に対し、サクリウスは思わずたじろぐ。
 しかし狼狽えている場合では無いと彼は思考を冷静に正すと、こちらを見向きもしないで頭を抱える魔神へジリジリと距離を詰めていく。


(あと半歩踏み込めれば……)

「……ところで、オマエは一体誰なんだ? ゼレスティアのモンか?」
「――っ!」


 一瞬で首を切り裂くことが可能な間合いにまでサクリウスは達するが魔神は体勢を変えず、おもむろに端を発す。
 サクリウスは首をねるつもりが、自身の鼓動がね上げられるという始末に。
 しかしながら幸いだったのは、彼がまだ攻撃の動作に移る手前だったこと。どうやら敵意までは悟られずに済んだようだ。

「答えろよ。オマエは誰だ?」

 魔神は立ち上がりサクリウスに向き直ると、改めて問う。

(くっ、あと少しだっつーのに……おまけに答えづれー質問しやがって……)

 サクリウスの脳内ではチャンスを惜しむ声に加え、質問に対し躊躇をする。
 もし仮に自身がゼレスティア軍に所属していると正直に告げれば、戦闘は不可避だろう。
 人間が魔神族を忌み嫌うように、魔神族も人間に対しては個体ごとに差異はあれど少なからず敵意を抱いているのだ。
 相手は上位魔神――更には転送以外の“特性”も未知数。真っ向から挑むのは出来れば避けたいところだが――。

「俺っちも暇じゃないんだよ。さっさと答えてくれ」

 ――適切な回答を模索する時間を、目の前の魔神は与えてくれなかったのだ。
 語気に孕む威圧の度合いは高まる一方で、このまま沈黙を続けても交戦は必至だろう。


「……はっ」

 サクリウスは小さく笑う。

(どうやり過ごそうか考えちまうなんて……随分と弱気になったもんだな、サクリウス。そもそも俺は親衛士団だろーが。敵前逃亡は御法度で、魔神族は“皆殺し”が至上命題じゃねーかよ……!)

 自らを戒めるように覚悟を決めた彼は、立ち向かう事を選ぶ。

「よう魔神、オレの名前はサクリウス・カラマイトっていうんだ――」

 闘志で目をギラつかせたサクリウスは表情に自信を漲らせ、肩で風を切るように魔神へと歩み寄る。

「ゼレスティア軍所属、親衛士団第13団士だコラ。これで文句あっか!? あぁん!?」

 接吻しそうになる程の距離にまで顔を接近。
 目付きを鋭く尖らせ、眉根をきつく絞る。
 そして巻き舌気味の濁声で威圧。

 昔とった杵柄とは良く言ったもので、所謂“不良”だった頃に培った恫喝スタイルを駆使し、サクリウスはこれでもかと自身を強く見せる。

「いや、別に文句はないんだけどな……てかオマエ急にどうした。あと近いって」

 サクリウスの豹変ぶりに今度は魔神がたじろぐ。
 想定外過ぎる反応だったのだろう。

「あぁん!? ビビってんじゃねーぞゴラァ!」

「ダメだコイツ、関わらないでおこう」

「っだとコラ……? テメーからインネンつけて来たんだろーがッ!」

 澄み渡った風がそよぐ見晴らしの良い平原に、時代錯誤ながなり声が響き渡る――。
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