PEACE KEEPER

狐目ねつき

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High voltage

51話 ノット・オア・ニアリー

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「いやぁ、見事な暗殺術だったねえ」

 貫かれた首を右へ左へと捻り、動作の確認でもするかのような挙動をとりながら、ワインロックが称賛を口にする。

「どうやら僕が見くびっていたようだ。戦闘とはほぼ無縁の任務にばかり就いていたキミがまさかこんなに動けるとは、ね。さっきの非礼は謝るよ、あはは」

 口の片端から一筋だけ血を流し、屈託の無い笑顔。
 その陽気な口調は、自身を殺しかけた相手に対するものとは到底思えない。

「けど、あれだね。"明"るくしてから"暗"殺っていうのは、中々洒落が利いてて面白いね。言葉遊びの妙というか~~~~」

「…………」

 雰囲気を選ばずにべらべらと語る彼。
 その一方で、エルミの胸中は後悔の念で一杯となっていた。

「……もしかして、脳幹を貫くんじゃなくて首を切断しておけば良かった、とでも思っているのかな?」

「――っ!」


 まるで今度は自分が短剣ナイフで刺されでもしたかのようにぐさり、と図星を突かれる。
 そんなエルミのお株を奪った読心術を披露してみせたワインロックは、更に続ける。

「魔神なら……それで死ぬだろうね。でも生憎、僕は魔神じゃないんだ。れっきとした――人間だよ」

 自ら正体を明かす。
 が、当然腑に落ちる訳もなく――。

(ククク……まるで答えになってませんね)

 神経を司る器官を破壊されて、生存できる人間がどこに居ようか。
 まだ魔神であってくれた方が納得のしようがある程だ。
 記憶の奥底から過去の情報をどれだけ引っ張り出しても該当しようのないケースに、エルミは訝しみながらも笑う。

「貴方は一体、何者なんですか?」

 そして、握り続けていた短剣を懐へしまい込むと、ありのままの疑問をエルミは眼前の男にぶつけた。
 石牢の外にいる相方フェリィの安否も気にはなるが、脱出も外への連絡も不可能と見た彼は、自身の為すべき事を情報収集に切り替えた方が合理的だと判断したのだ。
 

「嫌だなあ、もう何年も肩を並べて働いてきた仲じゃないか。今さら僕の事を"何者"だなんて、結構傷付くよ?」

 その問いに対し、ワインロックは苦笑を混じらせて答えた。

「貴方という人間の本質が解らないから、こうして聞いているんですよ。"包み隠さず全てを教える"、と確か貴方は先程言いましたよね?」

 牢に閉じ込められる前、一方的に言われていた彼からの言葉を持ち上げ、エルミは衝いた。

「あはは、そんなこと言ったっけ?」

「とぼけてもムダですよ。私を誰だと思っているんですか」

「だよねえ。尋問士キミ相手だということをすっかり忘れていたよ」

 シラを切り通せない事に気付いたのか、ワインロックは茶目っ気混じりに失言を悔やむ。
 だが、本心の底から悔いているという様子は微塵も窺えなかった。
 そして――。



「――エルミ、キミは"アルセア"という人物を知っているかい?」

「知っていますよ。知らない人間がこの大陸に居るのならば驚きです」

 突拍子のない唐突な質問に、エルミが冷静に答えた。

「そう、誰もが知っているよね。この大陸ワンダルシアに於ける最初のヒトであり、時間という概念を定めた人物だ」

 エルミは、物心がつきたての子供ですら常識として知っている人物の話など、今さらする気はなかった。

「そのアルセアが、貴方の正体と何の関係が?」

「ねえエルミ。彼がどういう人間なのか、知っているかい?」

 質問に対し質問。どうやらこの話が終わらないと次の話題には進めないようだ、とエルミは諦めを覚える。

「……知るわけが無いでしょう。1500年以上も前の人物ですよ」

 面倒ではあるが、仕方ないと言わんばかりに返す。

「彼の性格はね、とても寂しがりやなんだ。だから動物以外誰もいないこの大陸に、自らの手で友人をたくさん作ったんだよ」

「……?」

 首を傾げるエルミだが、ワインロックは続ける。

「その作られた数々の友人という存在の総称は様々にあった。"マナロイド"、"アラーサル"、"神の使い"、などなど――。どれも後から生まれてきた人間が、時代の変化と共に呼び名を変えていってね。ここ500年くらいでようやく定着したのかな?」

「それって……」

 エルミが察する。
 しかしその逸話じみた真実は、とても信じ難いものだった。

「気付いたかい? 人間であるアルセアが、人類の天敵、魔神族を生み出したんだよ」

「馬鹿な……! そんなの、有り得ない……!」

 認めず、否定の言葉を繰り返すエルミ。

「なぜ、そんなことをする必要が……?」

「本人に直接聞いてみればいいんじゃないかな? ってまあ、その本人が……君の目の前にいるこの僕なんだけど、ね」

「――っ!?」

 更なる衝撃が、エルミの脳内に走る。


◇◆◇◆


 ――PM13:00、ハーティス食堂にて。

「ふう、ごちそうさま」

 昼食を食べ終えたアウルが、厨房に立つライカへと空になった皿を手渡す。

「あいよ」

 調理に勤しんでいたライカは、シンク内に置かれた未洗浄の容器の山の一部へ、受け取った皿を加える。

「美味しかったよ、ライカ」

「ったりめぇだろうに。今世紀最後の最強にして最高な料理人、ライカさんのお料理だぞ」

 16世紀があと数ヶ月で終了を迎えるからなのか、取って付けたような仰々しい異名を名乗り始めたライカに対し、アウルは愛想笑いで返す。


「……じゃあ、そろそろ出ようかな。また明日同じ時間に来るよ」

「おう、待ってるぜ」

 隣に座っていたエリスと共に席を立ったアウルへ、ライカが返した。

「明日は私も食べようかなぁ」

「お、じゃあ明日はデザートの用意もしとかなきゃな」

「ふふ、ありがと」

 ライカの気前の良い心遣いに、エリスは喜ぶ。

「はい、ナタールさん」

 アウルはお代を帳台レジに立つナタールへと渡し、店を出ようとまばらに置かれたテーブル席の群れを縫うように歩く。
 現在の時間帯はランチを目的とした客が大勢な為、客足はそこそこの入りといったところか。

「……エリス、もう全員に認識は刷り込んだの?」

 歩きながら、アウルは小声で訊く。

「もちろんよ。安心して」

 心配ご無用、と言ったようにウインクをするエリス。
 アウルが食事を摂っている間にも、エリスは訪れた客一人一人へ特性を使い、抜かりなく認識を刷り込ませていたのだ。

(とりあえずは、刷り込みの漏れを心配しなくても良さそうなのかな)

 といった具合に、満腹感と共に安心感がアウルの胸中に訪れる。

 そしていざドメイル市へと赴こうと、少年が出口のドアに手を伸ばす。
 しかし触れるか否かのタイミングで、ドアが先に開き、ハーティス食堂へ新たな客が来店したのだ――。

「いらっしゃ――」
「アウリスト……! ここにいたのか!」

 ライカの声を遮ってアウルの名を呼び、目の前に現れたのは――。


「……パシエンス?」
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