PEACE KEEPER

狐目ねつき

文字の大きさ
上 下
105 / 154
High voltage

45話 カオス・エモーション

しおりを挟む
「ピリム……?」

 アイネは自身の目を疑う。

 なぜ、殺人犯から逃げおおせたと思っていたピリムが家の中に居るのか。

「アイネ、来たんだ」

 ニコッと微笑み、廊下に立つアイネの元へ悠然と歩み寄るピリム。
 そして面と向かい合ったと同時に、アイネの白い手をピリムが両の手で包み込む。
 妙に冷たい手が、不気味さを煽る。


「ピリム……今日、どうして休んだの?」

「うーん? なんとなく……かな?」

 命じられた本来の目的をアイネは単刀直入に問い質すが、返ってきたのはなんとも曖昧な答え。

 アイネは自身の耳を疑う。

(おかしいよ……いつものピリムならこんなこと……)

 疑念ばかりが募っていく。
 そんなアイネの胸中とは相対するように、ピリムは明るく元気に接してくる。

「ねえ、アイネ。お出掛けしよ? 今日はさ、任務なんてサボって二人で遊んじゃおうよ」

 そもそもなぜ、この少女は――。

「ピリム、あのね……」

「ん、なに?」

「一階の"アレ"、ピリムのママさん、だよね……?」

 ――母親が死んでいるのに平然として居られるのだろう。

 アイネはピリムの正気を疑った。


◇◆◇◆


「ふむ……どうやら相手は一人ですね」

「エルミ、どうする?」

 地下へと潜ろうとしたエルミとフェリィの背後から、突如として現れた男。
 二人は身構えつつ、教会の入り口付近に立つその男の耳に届かないよう、小声で相談を交わす。

「相手は魔神族に与する集団――と言っても、人間ですからね。拘束に留めておきましょうか」

「……了解」

 エルミからの指示を受けたフェリィが杖剣を強く握り、気取られないよう静かにマナを練り上げる。

「キサマ等、ここが神聖なる天使教の敷地内だと解っているのか! 信者でない者はさっさと立ち去れ!」

 聖堂の中央に敷かれた赤カーペットの上をずかずかと歩みながら、男が向かってくる。

「おやおや……ここはゼレスティア国内ですよ? 民間信仰ではない宗教活動がこの国では御法度だということを存じてないのですか? 立ち去るべきは貴方達、天使教の者ですよ」

 真っ向からエルミが正論で説き伏せる。

「黙れ……! 出ていかないと言うなら、力ずくでも追い出させてもらうぞ!」

 怒りを露わにした男が、歩くスピードを早め二人の元へ。

「常識の通用しなさそうな相手のようですね」

「そりゃそうだ。魔神族なんかを崇拝している程の連中だからな」

 相手がすぐそこまで迫っているにも関わらず、二人は平静を崩さない。

「ではフェリィ、任せましたよ」

「――任せられたよ」

 その号と共に、エルミはフェリィの背中へ隠れるよう一歩下がる。

「"スレーベ・ペトラン"」

 拘束用土術を唱え、杖先で石床をコンッと突くフェリィ。

「――!!」

 すると、男の足下からカーペットを突き破り、形状を変えた平面だった石が膝元まで迫り寄る。

「なっ――」

 と、驚きの声を上げたのは、不意を衝かれた筈の男――ではなく、土術を唱えたフェリィだった。
 確実に捕えたと思っていた石による拘束は、男の膝下を掠め、空を掴む。

 そう、男は掴まれる直前で跳んで避けて見せたのだ――。

(あのタイミングで避けたというのか……!?)

「――フェリィ、上です」

「――っ!」

 狼狽えた様子のフェリィへ、エルミが敵の位置を伝える。
 それにより彼女は避けられたショックから立ち直り、視線を宙空へと。

「なんだと……」

 見上げた先には、拘束土術を人間離れした跳躍力で回避した男の姿が。
 身長の数倍もの高さまで跳んでみせた男は、そのまま落下の勢いを利用し、垂直に鉄拳を振り下ろす――というより、身体ごと降り注ぐ。

「――っ!!」

 重力に従う形で降ってくる男の拳。
 フェリィはそれをバックステップで回避。
 拳が石床に突き刺さり、めり込みは肘にまで達する。

「コイツ……人間なのか?」

 埋まった腕を床から悠々と引き抜き、自身へと向き直る男。
 同じ人間とは思えないほどの跳躍力に加え、いとも簡単に石床を貫いてみせた生身での攻撃。
 その一連の動作を一通り窺ったフェリィが、思わず率直な感想を零してしまった。

 一方、男の頭部を目深に覆っていたフードはフェリィとの攻防によりいつの間にか外れ、素顔が露わになっていた。

「…………」

 短い金髪にギラついた目付きの男。
 容姿だけを見るに、年齢は二十代半ばといったところか。
 そう、たった今披露した身体能力以外は至って普通の――人間なのだ。


「キサマ等、さっきの問答と今の動きから見るに、一般人ではないな。軍の者か……?」

 注意深く観察するエルミとフェリィへ男が口開き、所属を問う。

「だったら、どうだと言うんです?」

 フェリィに比べ、まだ冷静さを保っていたエルミが即答する。

「ふ、ふふ……ふふはhaははは……!」

 すると期待通りの答えだったのか、男は全身を小刻みに震わせながら喜びを爆発させる。

「わわ我らが召しますす、ててて天使様よ……巡りっ、合わせにににに、か感謝致しま、す……」

 吃音混じりに崇拝すべく魔神へ祈り、感情を奮い立たせる男。
 着ていた黒いローブをバサッと脱ぎ捨て、薄手の白いシャツがはち切れんばかりの筋骨隆々な上半身をさらけ出す。

「いい忌むべkiきっ、宿敵きき……ヒト族へっ……私が、代行者とっ、なってて、ささ裁きの鉄槌を……下して、見せせま、しょっ、う……」

 絶えず動き回る、定まらない視線の焦点。
 強く食い縛った口の端には白い泡。
 突如として狂人化した彼は、明らかに"普通"とは程遠い状態へと成り果てていた。


「おい、エルミ……なんなんだコイツは!? 人間なのか!?」

 その男は今にも襲い掛からんと気概を露わにしている。
 相対するフェリィが、背後に立つエルミへ訊く。

「…………」

 慌てるフェリィを矢面にするよう、飽くまで冷静さを絶やすことなくエルミは男の様子を分析する。

("サイケデリック・アカルト"……では無さそうですね、人間としての感情の赴くままに行動理念がある。では一体……)

 思慮を巡らせるエルミ。
 敵であるにせよ、人間のまま扱うのか魔神として扱うのか、思いあぐねているようだ。

「エルミ、どうしたらいいんだ! 来るぞ!」

 立場上、上司であるエルミへとフェリィが指示を仰ぐ。

 ――城塞都市ゼレスティアでは、攻撃魔術を人間相手に放つのは重罪として処される。そのため敵を人間として扱う場合は、先程と同様にやはり拘束を敢行しなければならないのだ。


「――エルミ!」

「少し考えさせてください。というわけで、時間稼ぎをよろしくお願いします」

「……嘘でしょ?」

「この状況下で嘘を言うわけがないでしょう。ファイトですよ、フェリィ。ご褒美に後でハグしてあげましょう」

「――っ!?」

 エルミがキッパリと無理難題と褒美をちらつかせる。

「無茶を言うなよ……あんな動きをする相手に、傷付けず時間稼ぎをしろって……」

 小声で苦言を呈しつつ、フェリィは杖剣を構える。

(まあ、でも……エルミからのハグはちょっと嬉しいかな……ちょっとだけだけど)

 が、彼女にとって褒美は魅力的だったようだ。


◇◆◇◆


「……ああ、ママね」

 一階にあったシャリエ・ネスロイドの死体について、アイネはピリムへ問い質した。
 するとピリムは、柔和な笑みを絶やすことなく答えて見せた。

「うん、アタシが殺したよ」

「――っ!?」

 僅かだった動揺が奔流となってアイネの胸中を駆け巡る。それでもアイネは出来るだけ平静を取り繕い、再度問う。

「そんな、どうして……」

「……どうして? ムカつくからに決まってるじゃない!」

 ピリムは語気を荒げて言う。

「いつまでもいつまでもアタシの事子供扱いして――」

 怒り。

「何するにしたって、否定から入ってさぁ――」

 憂い。

「……パパと離れて暮らすようになったのも、ママのせいなの――」

 悲哀。

「どうして、仲良くできないの……」

 瞳には涙。

「だからもう、全部どうでも良くなったの」

 無。

「でもスッキリしたなぁ……あはははは」

 屈託のない笑顔。

 喜怒哀楽のフルコース。
 荒波の如く寄せては返す感情の触れ幅。
 情緒不安定どころではない。

「ピリム……」

 異様に異常で異質な様相。
 付き合いの長いアイネでなくとも、少女の精神が狂ってしまったという事に気付くことができるだろう。
 だが、そんなアイネの心配を余所に少女は更なる本心を曝す――。


「――アタシね、アイネとアウルさえ居ればそれでいい。もうなにもいらないよ」

 伏し目がちに少女はそう言った。
 視線は、机の上にポツンと置かれた空の小瓶へ――。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

Pop Step

慰弦
BL
「私のために争うのは止めて!」 と声高々に教室へと登場し、人見知りのシャイボーイ(自称)と自己紹介をかました、そんな転校生から始まるBL学園ヒューマンドラマ。 彼から動き出す数多の想い。 得るものと、失うものとは? 突然やってきた転校生。 恋人を亡くした生徒会長。 インテリ眼鏡君に片想い中の健康男児。 お花と妹大好き無自覚インテリ眼鏡君。 引っ掻き回し要因の俺様わがまま君。 学校に出没する謎に包まれた撫子の君。 子供達の守護神レンタルショップ店員さん。 イケメンハーフのカフェ店員さん。 様々な人々が絡み合い、暗い過去や性への葛藤、家族との確執や各々の想いは何処へと向かうのか? 静創学園に通う学生達とOBが織り成す青春成長ストーリー。 よろしければご一読下さい!

元勇者、魔王の娘を育てる~血の繋がらない父と娘が過ごす日々~

雪野湯
ファンタジー
勇者ジルドランは少年勇者に称号を奪われ、一介の戦士となり辺境へと飛ばされた。 新たな勤務地へ向かう途中、赤子を守り戦う女性と遭遇。 助けに入るのだが、女性は命を落としてしまう。 彼女の死の間際に、彼は赤子を託されて事情を知る。 『魔王は殺され、新たな魔王となった者が魔王の血筋を粛清している』と。 女性が守ろうとしていた赤子は魔王の血筋――魔王の娘。 この赤子に頼れるものはなく、守ってやれるのは元勇者のジルドランのみ。 だから彼は、赤子を守ると決めて娘として迎え入れた。 ジルドランは赤子を守るために、人間と魔族が共存する村があるという噂を頼ってそこへ向かう。 噂は本当であり両種族が共存する村はあったのだが――その村は村でありながら軍事力は一国家並みと異様。 その資金源も目的もわからない。 不審に思いつつも、頼る場所のない彼はこの村の一員となった。 その村で彼は子育てに苦労しながらも、それに楽しさを重ねて毎日を過ごす。 だが、ジルドランは人間。娘は魔族。 血が繋がっていないことは明白。 いずれ真実を娘に伝えなければならない、王族の血を引く魔王の娘であることを。

OLサラリーマン

廣瀬純一
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双

たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。 ゲームの知識を活かして成り上がります。 圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

社畜の俺の部屋にダンジョンの入り口が現れた!? ダンジョン配信で稼ぐのでブラック企業は辞めさせていただきます

さかいおさむ
ファンタジー
ダンジョンが出現し【冒険者】という職業が出来た日本。 冒険者は探索だけではなく、【配信者】としてダンジョンでの冒険を配信するようになる。 底辺サラリーマンのアキラもダンジョン配信者の大ファンだ。 そんなある日、彼の部屋にダンジョンの入り口が現れた。  部屋にダンジョンの入り口が出来るという奇跡のおかげで、アキラも配信者になる。 ダンジョン配信オタクの美人がプロデューサーになり、アキラのダンジョン配信は人気が出てくる。 『アキラちゃんねる』は配信収益で一攫千金を狙う!

クズスキル、〈タネ生成〉で創ったタネが実はユグドラシルだった件

Ryoha
ファンタジー
この木、デカくなるの早過ぎじゃね? リクルス・アストリアは15歳の時、スキル授与の儀で〈タネ生成〉という誰も聞いたことのないスキルを授与された。侯爵家の三男として期待を一身に背負っていた彼にとって、それは失望と嘲笑を招くものでしかなかった。 「庭師にでもなるつもりか?」 「いや、庭師にすら向いてないだろうな!」 家族からも家臣からも見限られ、リクルスは荒れ果てた不毛の地「デザレイン」へと追放される。 その後リクルスはタネ生成を使ってなんとかデザレインの地で生き延びようとする。そこで手に入ったのは黒い色をした大きな種だった。

処理中です...