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狐目ねつき

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Eroded Life

34話 尋問

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 闇の中、ジェセルの眼前に立つ人物は尋問を開始した。
 しかし、彼女の回答を待たず、思い出したように口開く。

「――ああ、失礼。質問の前にこれを使わないとでした」

 そう言うと、彼女の額に人差し指を当て――。

「"レゾナーレ"」

 術を唱える――が、何も起こらない。


「……既に存じているかと思いますが、今の術についてご説明をしましょう」

 人差し指を当てたまま、その人物は説明を始める。

「今、貴女の全身に微弱な振動波を発する水術をかけました。与えた振動は、人体に含まれる水分へ波紋のように広がり、貴女の緊張による筋肉の収縮や鼓動のスピードなど、様々な情報が反響となって人差し指を伝い私に流れ込んでくる、という仕組みです――」

「――つまり、質問に対し私がいくら平静を取り繕っても、動揺や緊張が全てアナタヘ筒抜け、という事よね。もちろん知っているわ。質問の方を続けて」

 ジェセルは被せるように続きの説明をする。

「ククク……そんな急かさないでくださいよ。説明しなきゃいけない決まりなんですから……」

 粘っこい話し口調の人物。
 ニタニタとした表情をしているのが暗闇越しでも伝わる。

「では、先程の質問をもう一度………」

 そして、一呼吸を置き――。

「――魔神族と内通しているのは、貴女ですよね?」

 改めてジェセルへ投げ掛けた質問。
 数十秒前のものと一字一句どころか、声色やテンポ、全てがたがわなかった。

「違うわ」

 だが彼女は、語気から発せられる無機的な気味悪さにも動じることなく簡素に答える。

「……"乱れ"は何もないですね。では次の質問へ……ここからはテンポ良く行きましょう」

 ジェセルの体内から一切の変化を感じ取ることができなかったその人物は、続けた。

「約四ヶ月前、ガストニアに上位魔神が出現したのはご存知で?」

「ええ。バズムントから団士全員に周知されているわ」

「出現した魔神の特性は?」

「人体が液状化になるまで視認不可の斬撃を与えるもの。もう一つは、分厚い石壁を貫くほど貫通力に優れた光線」

「他には?|

「知らないわ」

「もう一つありませんでしたか……?」

「ヴェルスミス達からの報告を受けたバズムントが、私達に周知したのはその二つだけよ」

 連続される問答。
 矢継ぎ早に問われる質問に対し、全て正直に即答してみせたジェセル。
 当然、額に添えられた人差し指には何の反響も届かない。

「ふむ……乱れもなく、満点の回答ですね。素晴らしい」

「まだ聞きたい事はあって? 無いなら早く帰らせてちょうだい」

 称賛の言葉を袖に、ジェセルは尋問の終了を促す。

「今日はこの後に予定でも?」

「それは尋問の主旨に沿う問いなの?」

「いえ、個人的な興味です」

「だったら答える義理は無いわ」

「いいじゃないですかぁ。答えてくれたって」

 駄々をこねるような口調でねだられ、ジェセルは小さく溜め息をつく。

「はぁ……今日は記念日なのよ。あの人との」

 隠す義理も無いと判断したジェセルは、観念でもするかのように伝えた。
 彼女の目の前に立つ人物は、高いトーンの声で笑い転げる。

「そんなに可笑しいかしら?」

「ククク……いや、失礼。貴女はともかく、"彼"が結婚を記念する日なんかを祝うと考えたら……つい、ね。クククク」

 苛立ちの感情が募りきった彼女は、無言で席を立とうとする。
 しかし、再び人差し指を額に当てられ――。

「ああ、少々お待ちを――最後の質問をさせてください」

「……なにかしら?」

 ジェセルは座り直し、聞き返す。
 その人物はふざけた様子を一切出さず、一つの質問を言い放つ。


「――アウリスト・ピースキーパーについて、貴女はどう思っています?」

「…………」

 それまで即答で応じてきたジェセルが、ここに来て初めての沈黙。
 抽象さが多分に含まれた質問内容。
 意図が読めず、迂闊に答えることが出来なかったのだ。

「おやぁ? 動揺と緊張が伝わってきますねぇ?」

「……なんて答えればいいのか、わからないのよ」

 最適解な答えを脳内で必死に模索したが、思い浮かぶことができない。
 時間だけが無情に過ぎていく――。


「……あら、術の効力が切れてしまいましたか。まあ、この質問も私の興味本位です。もう退室して宜しいですよ。お疲れ様でした」

 結局、適切な回答が思い浮かばなかったジェセル。
 人差し指をスッと離され、顔色が安堵に染まり、緊張を解く。


「……最後の最後で随分と嫌らしい質問をしてくるじゃないの、"エルミ"」

「ククク……失礼。貴女があまりにも冷静に答えるもんですから、少し意地悪をしてみたくなったんですよぉ」

 名を呼ばれたその人物は、一転して明るいトーンで返す。

 エルミと呼ばれたこの人物のフルネームは
 ピエルミレ・リプス――。

 主に諜報関連の任務に従事をする、親衛士団所属の第9団士だ。
 今回行った尋問以外にも、偵察や潜入など、任される仕事は多岐に渡る――。


「――で、エルミ。私からも質問をしてもいいかしら?」

 部屋の出口である鉄扉のドアノブに手を掛けながら、ジェセル。

「どうぞ。答えれる範囲であれば、ですが」

 但し付きではあるが、エルミは申し出を許可をする。

「この尋問の目的は、なに?」

「貴女は恐らく潔白ですので、お答えしましょう」

 核心を衝く質問に対し、あっさりと了承を示したエルミ。次いで、真意を明かす。

「内通者を炙り出す為ですよ。どうやら上位魔神の中に、特性としてリーベ・グアルドを扱える個体が確認されたみたいです」

 エルミが述べたその内容だけで、ジェセルが悟る。

「……ゼレスティア軍の誰かが、魔神に回避術の伝授をした、ということね」

「ええ、そうです」

 意図を知ることが出来た彼女は、続いて口にする。


「もう一ついいかしら? 今回の尋問は、私で何人目・・・なの?」

「その質問は、貴女で三人目ですよ。ジェス」

 主旨とはややズレた答えのエルミ。
 おもむろに、自身の胸辺りの高さで上向きに掌を広げる。

「"リフール"」

 すると、白色の光を放つ光球を発生させるだけの、初歩的な光術をエルミが唱えて見せた。
 部屋全体が一瞬にして白に染まる程の眩い光が、生み出された光球から放たれる。

「……エルミ、眩しいわ。光量が強すぎよ」

 あまりの眩しさに、腕で両目を覆うジェセル。

「ああ、失礼。どうも私はマナのコントロールというものが昔から苦手でして……これくらいで、いいですかねぇ?」

 エルミが陳謝をしながら、光量を調節する。
 徐々に明かりは弱まっていき、部屋の四方に明かりが及ばない程度にまで、光は抑えられた。

「全く……相変わらずね。そのだらしない着こなしも」

 ジェセルが目を細めたまま、やっと露わになったエルミの身なりについて指摘をする。

 エルミの風貌は、前髪の一部だけが赤く染まったボサついた黒髪。ジェセルの指摘にあった通りの、サイズの合わない灰色のカーゴパンツと白のYシャツがはだけた服装。
 顔は、声と同様に女性か男性かの判別がつきにくい造形に、チェーンが付いた黒ぶち眼鏡と、大きな八重歯が印象的な容姿となっていた。

「嫌だなぁ、こういうコーディネートなんですよ~。まあ、私のファッションについての批評はいいとして、コレを見てください」

 エルミはそう言うと、シャツの胸ポケットから折り畳まれた一枚の紙を取り出す。
 ジェセルはドアから離れ、差し出された紙を覗き込む。


「……字が汚すぎて読めないわ」

「……失礼。"情報"を扱う任務に就いてると、漏洩を防ぐためにこういう字になってしまうんですよ、クククク……今、読みやすくさせますね」

 エルミが自身の乱筆に対して弁解し、再び光球の調節をする。

「あのね、明るさの問題じゃないの。そもそも解読できないの」

 眩しさを堪えながら、エルミのあまりの要領の無さにうんざりとした様子のジェセル。

「……ああ、失礼。では、何が書かれているのか私からお教えしましょう。この紙は、尋問にかける人達のリストです。貴女の名前もホラ、ここにありますよね?」

 エルミが、ジェセルの名前らしき文字列を指差す。

「……言われないと気付けないレベルね」

 とても読めたものではない字ではあるが、自身の名前だということもあり、彼女はかろうじて確認をすることができた。

「貴女以外の他の名前にチェックのマークが付いていますよね?」

「ええ、それはわかるわ」

 エルミの説明通り、紙上に並んでいる他の文字列には、確かに同じマークが幾つも記されていた。

「ここに記されている名は、私以外の全団士の名前です。マークは、既に尋問を終えた証明の印となっています」

 その解説を受け、ジェセルは改めて紙をくまなく見渡す。
 十数人の名前の文字列の殆どにマークが記されているのが窺えた。

「私が最後……ではないわね。後一人残っているようだけど、これは誰かしら?」

「そうです。ジェセル・ザビッツァ、貴女は最後からニ番目でした。そして残る最後の一人は――」

 エルミは、話し途中でジェセルの耳元へ口元を寄せ――。

「――@#%♭♯※、です」

 その名を小さく、囁いた。

「…………」

 名を聞いたジェセルは、無言で納得の意を表す。
 そして、再び尋問室の出口へと。

「もう行っちゃうんですか?」

「ええ、そろそろ行くわ。内通者、見付かると良いわね。頑張って、エルミ」

 武運を祈る言葉を最後に残し、ジェセルは尋問室を後にした。

「……ふう、流石ですね。ジェセル・ザビッツァ」

 一人部屋に取り残されたエルミは、既に去った彼女に対し感嘆を漏らす。
 そして、ジェセルが部屋を後にしてから数十秒経った頃に、エルミも鉄扉を開く。


「――エルミ」

「――っ!?」

 扉の先には、薄暗い照明の光を浴びながら、薄い笑みを浮かべたジェセルが立っていた。
 驚きのあまり、エルミの心臓が大きく脈打つ。


「な……何でしょうか?」

「内通者の件、もちろんアナタ達・・・・は潔白なのよね?」

 透き通るような声で、冷たさを含ませた語気の彼女。
 底冷えに似た感覚が、エルミの全身に行き渡る。

「もちろん……じゃないですか。ジェセル」

「他人の動揺は見抜けるのに、自身の平静は取り繕えないのね」

 圧迫感を含ませた物言いは、エルミに更なる動揺を。

「えっ……その、あの……」

 エルミが言葉に詰まる。
 自身が尋問される経験などこれまでに無かったのだろう、というのがその反応から窺えた。
 しかし、エルミの動揺などお構い無しと言った風に、ジェセルは近付いていく。
 尋問中と同様、眼前にまで迫ると、彼女は――。




「ふふ……ちょっと仕返ししてみただけよ」

 美しい顔立ちで女神のような微笑みを浮かべながら、彼女は冗談だと告げた。
 そして、今度こそエルミの前から立ち去り、一階への階段を昇って行った。

「…………」

 彼女の背中が見えなくなったのを確認したエルミ。
 肺にこれでもかと溜め込んでいた空気を大きく吐き出し、安堵。


「…………こわっ」
 
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