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Hello Lucifer
09話 迫りくる絶望
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ビナルファさんにあっさりと手玉にとられたディデイロは、不満気な様相を覗かせながらも定位置となる俺の隣へと戻って来た。
相手との圧倒的な力量の差を感じ取ったのか、それ以上ピースキーパーさん達に文句を零すことはなかった。
どうやらヤツもそこまでバカじゃなかったようだ。
「ランパルドさん。大丈夫ですか?」
「うるせえ。黙ってろ。……畜生、あの野郎。恥かかせやがって……!」
一応後輩だし、建前で心配してやったけど予想通りの反応が返ってきた。まあ、別に気にしちゃいないけど。
――俺は、一つのある決意を胸に宿していた。
それは、この会談が終わったらピースキーパーさんにゼレスティア軍への入隊希望の申し出をすること。
……きっと母さんや姉ちゃん、スレイズを含めた同僚騎士達は反対するだろうし、多分騎士団長も許してくれないだろう。
それでも、決めたんだ。
俺は、ゼレスティアに行くんだ……!
◇◆◇◆
ディデイロとビナルファさんの諍いから、数十分が経過した。
会談――というより作戦会議は順調に話が進み、拗れることなくこのまま終了を迎えそうだった。
「……とまあ、こんなところか。最後に何か言っておきたい事でもあるか? 三人とも」
「特にない」
最初に発したのはピースキーパーさん。
「特になーし」
続いたのはビナルファさん。
「俺も……特にない」
シングラルさんが最後に応える。
何故か釈然としていないようだが。
「ぶははっ、旦那ぁ。もしかして"後方待機"なのが不服なのかい?」
「そ、そういうわけでは……」
「ぶはっ、図星でしょっ! 安心しろよ、旦那の分もちゃんと魔神を残しておいてやるからさぁ」
シングラルさんを茶化すビナルファさん。
それとなく問題発言してるのは気のせい、じゃないよな。
「キサマっ、作戦をなんだと思ってる……!」
アルネイラが怒りを露わにする。
そりゃそうだ。
「冗談だって、アルネイラちゃん! そういえばキミいくつ? 彼氏いるの?」
堅苦しい会談が終わりに近付いてる事によってテンションが上がってきたのか、ビナルファさんがどんどんと調子づいてく。
「関係ない話をするな! ……斬るぞ!」
そう啖呵を切ると、アルネイラは腰に差しているであろう鞘から抜剣しようとするが――。
「……あれっ?」
「ぶはははっ! 今は会談中だから武器なんて携帯してるわけないじゃん!」
「…………っ!」
腹を抱えて笑うビナルファさんに対し、アルネイラは恥ずかしそうに赤面する。
クールビューティな彼女のあんな姿は初めて見る。
もしかして、会談中ずっと緊張してたのかな。
……と、今度はアビアーノが立ち上がる。
「ヴァイルスくん。静かにしたまえ! 君はここが神聖な場ということがわからないのか! ここはね、何百年の歴史を誇る由緒正しき場なんだ! 本来なら君のような無粋な男が足を踏み入れていい部屋ではないのだよ! それがわからないなら私が一から君に教育をしてやろう! いいかね、アルセア歴800年代に、この地方に"剣聖"と呼ばれた男が一人~~~~~」
「セルヴス。殴って黙らせろ」
「御意」
指示を受けたセルヴスが鉄拳制裁でアビアーノを力ずくで黙らせた。
ビナルファさんもシングラルさんから拳骨をもらっていたようで、脳天を抑え痛みに悶えてる。
何だかこの二人似てるなあ……。
「……取り敢えず、会談は終わりにしよう」
「ああ、そうだな」
騎士団長が無理矢理会談を終了させようとし、ピースキーパーさんがそれに同意を示す。
「夕方からは一回の大広間で交流を兼ねた会食の予定だ。催しの準備が終わるまで三人は応接間でくつろいでいてくれ――」
騎士団長が案内を告げた
その時だった。
「ぎゃあああああああああああああああ!!」
「「――!?」」
突如として鳴り響く断末魔。
くぐもって聴こえたそれは礼拝の間の外――扉の先からだった。
「ランパルド、開けろ!」
いち早く騎士団長が命じ。
「りょ、了解!!」
ディデイロが慌て気味に応え、直ちに鉄扉を開く。
広がる廊下の光景。
礼拝の間の守護を任されていた騎士の二人は床に倒れ、傍らに立つソレは。
「ごべぁっ……gaひゅっ……ぐぼぅえ」
理解不能な雑音じみた言語。
腐乱死体に似た鼻をつく悪臭。
全長は3ヤールト弱。
皮膚を裏返したかの様な桃色の肉々しい肌。
どこが目でどこが口かも判別不可能なひしゃげきった面。
「タイプB……下位魔神だ! ランパルド、メスバー! 殺れ!」
セルヴスが声を張り上げ指示。
扉を開け、魔神の真正面に立つディデイロと、スレイズの側に立っていた上級騎士のメスバーは直ぐ様抜剣。
「ぅおらああああっっ!」
初斬は一番近くに居たディデイロ。
勇みと共に放たれた横薙ぎの剣撃は、魔神の肩口を深々と切り裂いた。
「ぎゅりゃahっ!」
真っ青な血飛沫が舞い、魔神が怯む。
「死ねえええっ!」
続くメスバー。
両手で持った鉄剣での刺突。
「ごびゅルッっ……」
魔神の首元……と思われる位置へ刺突は命中。
肉厚な身体を貫通させ、背中側から刀身が切っ先を覗かせる。
「攻撃が甘いっ、反撃がくるぞ!」
騎士団長が言った、次の瞬間。
「げBるぉooぉぉああああ"あ"」
嘔吐でもするかのように、魔神が口からドス黒い液体を撒き散らす。
「うぉぉっ!」
ディデイロとメスバーは横に転がり液体を回避。
びちゃびちゃと不快な音をたて、ヘドロの様な物体が石床に散る。
卵が腐った様な悪臭が俺の方にまで漂ってくる。
……めちゃくちゃ臭せえ。
「亜硫酸ガスだ! フォルデン、フーバー、息を止めろ。少しでも吸い込むと喉と鼻がやられるぞ!」
――嘘でしょ!?
セルヴスからの助言を聞き入れ、俺とスレイズは息を止めながら脱兎の如く全速力で騎士団長達の元へ駆ける。
「……ビナルファ」
「あいよ」
なんとか辿り着き、肩で息をする俺とスレイズ。
それを横目にピースキーパーさんがビナルファさんの名前を呼び、空色の髪の彼は応える。
「"ピュラ・ゲーレ"」
前方に向けた掌から突風が発生。
風術だろうか。
放った方向は魔神、だがディデイロ達もこのままだと巻き添えに――。
「――っ!?」
突風を浴びたディデイロとメスバー。
怪訝そうな顔を見せるが、身体には特に異常は見られない。
ガスを吸い込まないよう無呼吸のまま魔神に向き直り、再び剣を構える。
「お二人さーん。空気洗浄しといたからもう息を止めなくていいんだぜー」
ビナルファさんがそう言うと、二人は顔を見合わせる。
「……本当だ」
「息が……できる!」
呼吸が可能になったのを確認した二人。
安堵の表情を浮かべ、意を決し魔神へ同時に斬りかかる。
「行け! 魔神にガストニア騎士の力を見せてやれ!」
騎士団長が鼓舞。
背中を押された二人は返り血を意に介することなく、魔神を滅多斬りに刻む――。
――声にならない声で叫び散らす魔神。
そして、頭部と思われる部位を斬られた事により、遂に生命機能を停止させたのだった。
「「うおおおおおおおっ!!」」
勝利の咆哮。
二人は青色の液体が大量にこびりついた鉄剣を、高々と掲げる。
「ランパルド、メスバー、良くやった! 上級騎士の名に恥じない見事な戦いぶりだったぞ!」
背中に羽織っていたマントをバサっとはためかせ、騎士団長が二人に労いを浴びせる。
……まあ、ディデイロは嫌いだが、正直マジで助かった。
会談に参加する面々には武器の携帯が禁止されている為、まともに戦えるのは上級騎士の彼等二人だけだったのだ。
(ん……? あれっ?)
このまま勝利の余韻に浸り、気持ち良く会談を終えるかと誰もが思った。
しかし空気中に霧散していく魔神の死体を見ながら、俺の思考に一つの疑問が過る。
「ところでセサエル、魔神はどうやって侵入してきたんだ? 外と階段前にも警備は敷いていたはず」
ピースキーパーさんが疑問を口にする。
でも違う、それじゃない。
「恐らく"転送術"だろうな」
「転送術?」
「ここ最近、魔神がよく使用する移動手段だ。空間が捻れるように開き、突如その場に現れるという厄介な代物だ。これも恐らくになるが、或る上位魔神の"特性"の一つだろうと俺達は踏んでる。だがしかし、ここまで正確な位置と会談中という悪いタイミングで使われたのは初めてだ」
「なるほど……それは確かに厄介だな。なんとか対策できないものか」
ピースキーパーさんが顎に手を当て考え込む。
「おいエンケドゥ。さっき言ってた"タイプB"ってのはなんだ?」
その一方ではシングラルさんがセルヴスに対して疑問をぶつけるが、違う。それでもないんだ。
「……下位魔神の種別名称だ。現存で確認できる個体の種類はタイプAからCまでの三種だ」
「わかりやすいな。ウチの兵達にも周知させておこう」
なんで誰も気付かないんだ? アレ絶対おかしいよ!
「ビナルファさん……」
絶えず浮かび続けるクエスチョンによって脳が爆発しそうになってしまった俺は、我慢できずすぐ近くに立っていたビナルファさんを呼ぶ。
「ん、どうしたレノリアス? 冴えない顔してんな? もしかして魔神にビビったのかぁ? ぶははっ」
「違います! あ、あそこ見てください……」
俺はそう訴え、さっきまで魔神が居た方角へと指を差す。入り口付近ではディデイロが高笑いを上げながら、まだ剣を掲げているのが窺えた。
「なんだよ急に……。あぁ、ハゲが調子こいてんなぁ。たかが下位魔神を殺ったくらいであんなにはしゃいじゃって……」
「そこじゃないです! あの、あそこで倒れてる騎士の二人、少しおかしくないですか?」
「ああ? どういうことだよ?」
俺が抽象的な疑問を口にすると、ビナルファさんは若干のイライラとした顔を見せる。
しかし言う通りに騎士二人の死体を凝視してくれたので、俺はもっと詳しく説明することにした。
「ほら、見てください。あっちの騎士は甲冑がベコベコにへこまされて、甲冑の隙間からは血が漏れ、確実に死んでいるのが窺えます。恐らく下位魔神に不覚を取ったのでしょう」
「んー、まあ、そうだろうな」
ビナルファさんが俺の推測に納得をしてくれた。
でも、疑問の本題は次だ。
「ですが、もう片方の倒れてる騎士は、甲冑に損傷が全くなく、血も流しているようには見えません。これって、絶対変ですよね……?」
「はぁ? ――――っっ!」
俺が発した謎に、ビナルファさんがようやく理解を示してくれた。
どこかお気楽気味だった彼の表情がまたたく間にひきつっていく。
そして――。
「――おい、ハゲ! その場から離れろっ!」
ビナルファさんが声量を目いっぱいに引き上げ、ディデイロへと退避を促す。
「……ああ? 何言ってんだあの野郎?」
ディデイロはこちらを睨むばかりで、その場から離れようとはしない。
彼の背後には、死体と思われていた騎士が倒れていたのだが――。
――その鎧を着た"何か"は。
朝、ベッドから起き上がるかのように、ゆっくりと立ち上がり――。
「後ろだ! 逃げろおおおおおっ!!」
「えっ」
(――――億斬――――)
刹那。
ディデイロの全身は鎧や剣ごと赤黒の液体へと一瞬で変容。
ばしゃっと音をたて、床に散ったのだった――。
相手との圧倒的な力量の差を感じ取ったのか、それ以上ピースキーパーさん達に文句を零すことはなかった。
どうやらヤツもそこまでバカじゃなかったようだ。
「ランパルドさん。大丈夫ですか?」
「うるせえ。黙ってろ。……畜生、あの野郎。恥かかせやがって……!」
一応後輩だし、建前で心配してやったけど予想通りの反応が返ってきた。まあ、別に気にしちゃいないけど。
――俺は、一つのある決意を胸に宿していた。
それは、この会談が終わったらピースキーパーさんにゼレスティア軍への入隊希望の申し出をすること。
……きっと母さんや姉ちゃん、スレイズを含めた同僚騎士達は反対するだろうし、多分騎士団長も許してくれないだろう。
それでも、決めたんだ。
俺は、ゼレスティアに行くんだ……!
◇◆◇◆
ディデイロとビナルファさんの諍いから、数十分が経過した。
会談――というより作戦会議は順調に話が進み、拗れることなくこのまま終了を迎えそうだった。
「……とまあ、こんなところか。最後に何か言っておきたい事でもあるか? 三人とも」
「特にない」
最初に発したのはピースキーパーさん。
「特になーし」
続いたのはビナルファさん。
「俺も……特にない」
シングラルさんが最後に応える。
何故か釈然としていないようだが。
「ぶははっ、旦那ぁ。もしかして"後方待機"なのが不服なのかい?」
「そ、そういうわけでは……」
「ぶはっ、図星でしょっ! 安心しろよ、旦那の分もちゃんと魔神を残しておいてやるからさぁ」
シングラルさんを茶化すビナルファさん。
それとなく問題発言してるのは気のせい、じゃないよな。
「キサマっ、作戦をなんだと思ってる……!」
アルネイラが怒りを露わにする。
そりゃそうだ。
「冗談だって、アルネイラちゃん! そういえばキミいくつ? 彼氏いるの?」
堅苦しい会談が終わりに近付いてる事によってテンションが上がってきたのか、ビナルファさんがどんどんと調子づいてく。
「関係ない話をするな! ……斬るぞ!」
そう啖呵を切ると、アルネイラは腰に差しているであろう鞘から抜剣しようとするが――。
「……あれっ?」
「ぶはははっ! 今は会談中だから武器なんて携帯してるわけないじゃん!」
「…………っ!」
腹を抱えて笑うビナルファさんに対し、アルネイラは恥ずかしそうに赤面する。
クールビューティな彼女のあんな姿は初めて見る。
もしかして、会談中ずっと緊張してたのかな。
……と、今度はアビアーノが立ち上がる。
「ヴァイルスくん。静かにしたまえ! 君はここが神聖な場ということがわからないのか! ここはね、何百年の歴史を誇る由緒正しき場なんだ! 本来なら君のような無粋な男が足を踏み入れていい部屋ではないのだよ! それがわからないなら私が一から君に教育をしてやろう! いいかね、アルセア歴800年代に、この地方に"剣聖"と呼ばれた男が一人~~~~~」
「セルヴス。殴って黙らせろ」
「御意」
指示を受けたセルヴスが鉄拳制裁でアビアーノを力ずくで黙らせた。
ビナルファさんもシングラルさんから拳骨をもらっていたようで、脳天を抑え痛みに悶えてる。
何だかこの二人似てるなあ……。
「……取り敢えず、会談は終わりにしよう」
「ああ、そうだな」
騎士団長が無理矢理会談を終了させようとし、ピースキーパーさんがそれに同意を示す。
「夕方からは一回の大広間で交流を兼ねた会食の予定だ。催しの準備が終わるまで三人は応接間でくつろいでいてくれ――」
騎士団長が案内を告げた
その時だった。
「ぎゃあああああああああああああああ!!」
「「――!?」」
突如として鳴り響く断末魔。
くぐもって聴こえたそれは礼拝の間の外――扉の先からだった。
「ランパルド、開けろ!」
いち早く騎士団長が命じ。
「りょ、了解!!」
ディデイロが慌て気味に応え、直ちに鉄扉を開く。
広がる廊下の光景。
礼拝の間の守護を任されていた騎士の二人は床に倒れ、傍らに立つソレは。
「ごべぁっ……gaひゅっ……ぐぼぅえ」
理解不能な雑音じみた言語。
腐乱死体に似た鼻をつく悪臭。
全長は3ヤールト弱。
皮膚を裏返したかの様な桃色の肉々しい肌。
どこが目でどこが口かも判別不可能なひしゃげきった面。
「タイプB……下位魔神だ! ランパルド、メスバー! 殺れ!」
セルヴスが声を張り上げ指示。
扉を開け、魔神の真正面に立つディデイロと、スレイズの側に立っていた上級騎士のメスバーは直ぐ様抜剣。
「ぅおらああああっっ!」
初斬は一番近くに居たディデイロ。
勇みと共に放たれた横薙ぎの剣撃は、魔神の肩口を深々と切り裂いた。
「ぎゅりゃahっ!」
真っ青な血飛沫が舞い、魔神が怯む。
「死ねえええっ!」
続くメスバー。
両手で持った鉄剣での刺突。
「ごびゅルッっ……」
魔神の首元……と思われる位置へ刺突は命中。
肉厚な身体を貫通させ、背中側から刀身が切っ先を覗かせる。
「攻撃が甘いっ、反撃がくるぞ!」
騎士団長が言った、次の瞬間。
「げBるぉooぉぉああああ"あ"」
嘔吐でもするかのように、魔神が口からドス黒い液体を撒き散らす。
「うぉぉっ!」
ディデイロとメスバーは横に転がり液体を回避。
びちゃびちゃと不快な音をたて、ヘドロの様な物体が石床に散る。
卵が腐った様な悪臭が俺の方にまで漂ってくる。
……めちゃくちゃ臭せえ。
「亜硫酸ガスだ! フォルデン、フーバー、息を止めろ。少しでも吸い込むと喉と鼻がやられるぞ!」
――嘘でしょ!?
セルヴスからの助言を聞き入れ、俺とスレイズは息を止めながら脱兎の如く全速力で騎士団長達の元へ駆ける。
「……ビナルファ」
「あいよ」
なんとか辿り着き、肩で息をする俺とスレイズ。
それを横目にピースキーパーさんがビナルファさんの名前を呼び、空色の髪の彼は応える。
「"ピュラ・ゲーレ"」
前方に向けた掌から突風が発生。
風術だろうか。
放った方向は魔神、だがディデイロ達もこのままだと巻き添えに――。
「――っ!?」
突風を浴びたディデイロとメスバー。
怪訝そうな顔を見せるが、身体には特に異常は見られない。
ガスを吸い込まないよう無呼吸のまま魔神に向き直り、再び剣を構える。
「お二人さーん。空気洗浄しといたからもう息を止めなくていいんだぜー」
ビナルファさんがそう言うと、二人は顔を見合わせる。
「……本当だ」
「息が……できる!」
呼吸が可能になったのを確認した二人。
安堵の表情を浮かべ、意を決し魔神へ同時に斬りかかる。
「行け! 魔神にガストニア騎士の力を見せてやれ!」
騎士団長が鼓舞。
背中を押された二人は返り血を意に介することなく、魔神を滅多斬りに刻む――。
――声にならない声で叫び散らす魔神。
そして、頭部と思われる部位を斬られた事により、遂に生命機能を停止させたのだった。
「「うおおおおおおおっ!!」」
勝利の咆哮。
二人は青色の液体が大量にこびりついた鉄剣を、高々と掲げる。
「ランパルド、メスバー、良くやった! 上級騎士の名に恥じない見事な戦いぶりだったぞ!」
背中に羽織っていたマントをバサっとはためかせ、騎士団長が二人に労いを浴びせる。
……まあ、ディデイロは嫌いだが、正直マジで助かった。
会談に参加する面々には武器の携帯が禁止されている為、まともに戦えるのは上級騎士の彼等二人だけだったのだ。
(ん……? あれっ?)
このまま勝利の余韻に浸り、気持ち良く会談を終えるかと誰もが思った。
しかし空気中に霧散していく魔神の死体を見ながら、俺の思考に一つの疑問が過る。
「ところでセサエル、魔神はどうやって侵入してきたんだ? 外と階段前にも警備は敷いていたはず」
ピースキーパーさんが疑問を口にする。
でも違う、それじゃない。
「恐らく"転送術"だろうな」
「転送術?」
「ここ最近、魔神がよく使用する移動手段だ。空間が捻れるように開き、突如その場に現れるという厄介な代物だ。これも恐らくになるが、或る上位魔神の"特性"の一つだろうと俺達は踏んでる。だがしかし、ここまで正確な位置と会談中という悪いタイミングで使われたのは初めてだ」
「なるほど……それは確かに厄介だな。なんとか対策できないものか」
ピースキーパーさんが顎に手を当て考え込む。
「おいエンケドゥ。さっき言ってた"タイプB"ってのはなんだ?」
その一方ではシングラルさんがセルヴスに対して疑問をぶつけるが、違う。それでもないんだ。
「……下位魔神の種別名称だ。現存で確認できる個体の種類はタイプAからCまでの三種だ」
「わかりやすいな。ウチの兵達にも周知させておこう」
なんで誰も気付かないんだ? アレ絶対おかしいよ!
「ビナルファさん……」
絶えず浮かび続けるクエスチョンによって脳が爆発しそうになってしまった俺は、我慢できずすぐ近くに立っていたビナルファさんを呼ぶ。
「ん、どうしたレノリアス? 冴えない顔してんな? もしかして魔神にビビったのかぁ? ぶははっ」
「違います! あ、あそこ見てください……」
俺はそう訴え、さっきまで魔神が居た方角へと指を差す。入り口付近ではディデイロが高笑いを上げながら、まだ剣を掲げているのが窺えた。
「なんだよ急に……。あぁ、ハゲが調子こいてんなぁ。たかが下位魔神を殺ったくらいであんなにはしゃいじゃって……」
「そこじゃないです! あの、あそこで倒れてる騎士の二人、少しおかしくないですか?」
「ああ? どういうことだよ?」
俺が抽象的な疑問を口にすると、ビナルファさんは若干のイライラとした顔を見せる。
しかし言う通りに騎士二人の死体を凝視してくれたので、俺はもっと詳しく説明することにした。
「ほら、見てください。あっちの騎士は甲冑がベコベコにへこまされて、甲冑の隙間からは血が漏れ、確実に死んでいるのが窺えます。恐らく下位魔神に不覚を取ったのでしょう」
「んー、まあ、そうだろうな」
ビナルファさんが俺の推測に納得をしてくれた。
でも、疑問の本題は次だ。
「ですが、もう片方の倒れてる騎士は、甲冑に損傷が全くなく、血も流しているようには見えません。これって、絶対変ですよね……?」
「はぁ? ――――っっ!」
俺が発した謎に、ビナルファさんがようやく理解を示してくれた。
どこかお気楽気味だった彼の表情がまたたく間にひきつっていく。
そして――。
「――おい、ハゲ! その場から離れろっ!」
ビナルファさんが声量を目いっぱいに引き上げ、ディデイロへと退避を促す。
「……ああ? 何言ってんだあの野郎?」
ディデイロはこちらを睨むばかりで、その場から離れようとはしない。
彼の背後には、死体と思われていた騎士が倒れていたのだが――。
――その鎧を着た"何か"は。
朝、ベッドから起き上がるかのように、ゆっくりと立ち上がり――。
「後ろだ! 逃げろおおおおおっ!!」
「えっ」
(――――億斬――――)
刹那。
ディデイロの全身は鎧や剣ごと赤黒の液体へと一瞬で変容。
ばしゃっと音をたて、床に散ったのだった――。
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