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Brotherhood
34話 兄と弟④
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何故アウルをここに寄越したんだ、エレニド。
あいつ、まさか俺を助けようと……?
何はともあれ助かった。
戦力としては心許ないが、これで時間が稼げる。
他の団士もそろそろ駆け付けてくるハズだ。
それまでなんとか持ちこたえてくれ、アウル……。
疾走い――!
だが、攻撃が正直過ぎる――これでは!
やはり、迎撃されたか……。
アウルの奴……やはりスピードは大したもんだな。俺には無い持ち味だ。
――よし、そこだ! 行け!
なにっ!?
魔神があんな術までビスタに覚えさせていたとは……。
アウル、もう少し距離をとって戦わないと時間稼ぎにならないぞ……!
馬鹿っ、真正面からはヤメろ!
ビスタが剣を――マズい!
「アウル、距離を――!」
弟が斬り伏せられた姿を見て、俺はやっと自分の考えが間違っていることに気が付いた。
俺は一体何をやっているんだ?
アウルを、この国を、命を懸けて守ると誓ってここに来たっていうのに……。
"死にたくない"という感情ばかりが先行し、弟の登場を素直に喜んでしまい、守ると誓った相手に護られるという体たらく――。
"俺は大馬鹿野郎だ"
なにが天才だ。
なにが親衛士団だ。
なにがピースキーパー家だ。
たった一人の弟だぞ。
お前が守れよ、クルーイル!
「ビスタぁ――っ!」
◇◆◇◆
「大した実力もないのに出しゃばる真似なんてするから、こういう目に遭うんだよ」
そう言いながらビスタは、地に伏したままのアウルの方へと歩を進める。そして側に立ち、目元へと剣を突き付けた。
だがそこで先程から動かなかった――否、動けずにいたクルーイルから突如名を呼ばれ、硬直してしまう。
(――兄貴!?)
その声に反応したのはビスタだけではなく、身体から精神が乖離しかけていたアウルもであった。声量の大きさのお陰で意識を取り戻したのだ。
「……なに?」
すっかり興味を失っていた相手からの介入。
ビスタはやや苛々とした調子で返事をする。
『思えば今日は止めを刺すのを邪魔されてばかりだな』と、少しだけ苦笑を混じらせながら。
「俺を……。俺を先に殺れ!」
(えっ……?)
唐突な提案にアウルは驚き、ビスタも眉を動かす。
ただ、その提案は問題の解決足り得るものでは決してない。
殺す順序を入れ替えるだけ、という至極単純な内容ではあるが些か不可解であった。
「急にどうしたんだい、クルーイル? さっきはあんなに"死にたくない"って喚いてたのに……何か狙いでもあるのかな?」
切っ先の狙いを瀕死のアウルから少しも逸らさずに、同じく瀕死であるはずの男にビスタが問う。
「これは、元々俺の戦いだ……! アウルは関係ない。だから、殺るならまず俺からにしろ……」
(ダメだ――兄貴!)
と、アウルは叫ぼうとするが、負傷による弱りきった身体では声を出すのも儘ならない。
必死の訴えは兄には届かず。
「……主張は良く解らないけど、潔いんだね。わかった。友人であるキミに敬意を表して、先に殺してあげるよ」
「……オマエとは友人になった覚えは無いがな」
「あははは」
この後に及んで憎まれ口を叩くクルーイルに向けて、ビスタは長剣の切っ先を先程と同じように心臓部へと突き付けた。
(ダメだって、兄貴……! 頼むから……)
懇願をするようにアウルは目で訴えを続ける。
通じたのか、大人しく坐したままのクルーイルと視線がぶつかる。
するとクルーイルは『心配するな』とでも言わんばかりに、落ち着いた様子で微笑んでいた。
しかしその笑みは、安心感を与えるようなものではない。
"覚悟は決まっている"といった類いのそれであった。
「――最後に何か言い残すことはあるかい?」
魔神なりの温情なのか辞世の言葉を残す機会を与えると、クルーイルは静かに口を開く。
「そうだな、ビスタに伝えといてくれ。先にあっちで待ってる、と」
「……伝えとくよ」
「それと――アウル」
―――っ!
不意に呼ばれたアウルは返事をすることが敵わなかったが、目の動きだけで反応を示す。
「約束……守れなくてすまない」
――ダメだよ、兄貴。そんなこと言わないで。
「さっきも言ったが、お前は必ず俺なんかよりも優秀な戦士になれる。それは嘘なんかじゃない。俺が保証する」
――兄貴、死なないで、お願いだから……!
涙を流すアウルは気力を振り絞ってどうにか起き上がろうとする。
だが血を失いすぎたためか、身体に全く力が入らない。
「……あと最後に、ひとつだけ」
――やだ。やだ、やだ、やだ、やだ……!
「今まで兄貴らしいこと、何一つしてやれなくて……ゴメンな」
――兄貴っ!!
その言葉はクルーイルがずっと言えずにいた言葉。
不安定でとても歪だった兄弟愛。
最後の最後で和解を見せ、結実したのだ。
「終わり?」
「ああ……殺れ」
その日、一人の戦士が、命を散らした――。
あいつ、まさか俺を助けようと……?
何はともあれ助かった。
戦力としては心許ないが、これで時間が稼げる。
他の団士もそろそろ駆け付けてくるハズだ。
それまでなんとか持ちこたえてくれ、アウル……。
疾走い――!
だが、攻撃が正直過ぎる――これでは!
やはり、迎撃されたか……。
アウルの奴……やはりスピードは大したもんだな。俺には無い持ち味だ。
――よし、そこだ! 行け!
なにっ!?
魔神があんな術までビスタに覚えさせていたとは……。
アウル、もう少し距離をとって戦わないと時間稼ぎにならないぞ……!
馬鹿っ、真正面からはヤメろ!
ビスタが剣を――マズい!
「アウル、距離を――!」
弟が斬り伏せられた姿を見て、俺はやっと自分の考えが間違っていることに気が付いた。
俺は一体何をやっているんだ?
アウルを、この国を、命を懸けて守ると誓ってここに来たっていうのに……。
"死にたくない"という感情ばかりが先行し、弟の登場を素直に喜んでしまい、守ると誓った相手に護られるという体たらく――。
"俺は大馬鹿野郎だ"
なにが天才だ。
なにが親衛士団だ。
なにがピースキーパー家だ。
たった一人の弟だぞ。
お前が守れよ、クルーイル!
「ビスタぁ――っ!」
◇◆◇◆
「大した実力もないのに出しゃばる真似なんてするから、こういう目に遭うんだよ」
そう言いながらビスタは、地に伏したままのアウルの方へと歩を進める。そして側に立ち、目元へと剣を突き付けた。
だがそこで先程から動かなかった――否、動けずにいたクルーイルから突如名を呼ばれ、硬直してしまう。
(――兄貴!?)
その声に反応したのはビスタだけではなく、身体から精神が乖離しかけていたアウルもであった。声量の大きさのお陰で意識を取り戻したのだ。
「……なに?」
すっかり興味を失っていた相手からの介入。
ビスタはやや苛々とした調子で返事をする。
『思えば今日は止めを刺すのを邪魔されてばかりだな』と、少しだけ苦笑を混じらせながら。
「俺を……。俺を先に殺れ!」
(えっ……?)
唐突な提案にアウルは驚き、ビスタも眉を動かす。
ただ、その提案は問題の解決足り得るものでは決してない。
殺す順序を入れ替えるだけ、という至極単純な内容ではあるが些か不可解であった。
「急にどうしたんだい、クルーイル? さっきはあんなに"死にたくない"って喚いてたのに……何か狙いでもあるのかな?」
切っ先の狙いを瀕死のアウルから少しも逸らさずに、同じく瀕死であるはずの男にビスタが問う。
「これは、元々俺の戦いだ……! アウルは関係ない。だから、殺るならまず俺からにしろ……」
(ダメだ――兄貴!)
と、アウルは叫ぼうとするが、負傷による弱りきった身体では声を出すのも儘ならない。
必死の訴えは兄には届かず。
「……主張は良く解らないけど、潔いんだね。わかった。友人であるキミに敬意を表して、先に殺してあげるよ」
「……オマエとは友人になった覚えは無いがな」
「あははは」
この後に及んで憎まれ口を叩くクルーイルに向けて、ビスタは長剣の切っ先を先程と同じように心臓部へと突き付けた。
(ダメだって、兄貴……! 頼むから……)
懇願をするようにアウルは目で訴えを続ける。
通じたのか、大人しく坐したままのクルーイルと視線がぶつかる。
するとクルーイルは『心配するな』とでも言わんばかりに、落ち着いた様子で微笑んでいた。
しかしその笑みは、安心感を与えるようなものではない。
"覚悟は決まっている"といった類いのそれであった。
「――最後に何か言い残すことはあるかい?」
魔神なりの温情なのか辞世の言葉を残す機会を与えると、クルーイルは静かに口を開く。
「そうだな、ビスタに伝えといてくれ。先にあっちで待ってる、と」
「……伝えとくよ」
「それと――アウル」
―――っ!
不意に呼ばれたアウルは返事をすることが敵わなかったが、目の動きだけで反応を示す。
「約束……守れなくてすまない」
――ダメだよ、兄貴。そんなこと言わないで。
「さっきも言ったが、お前は必ず俺なんかよりも優秀な戦士になれる。それは嘘なんかじゃない。俺が保証する」
――兄貴、死なないで、お願いだから……!
涙を流すアウルは気力を振り絞ってどうにか起き上がろうとする。
だが血を失いすぎたためか、身体に全く力が入らない。
「……あと最後に、ひとつだけ」
――やだ。やだ、やだ、やだ、やだ……!
「今まで兄貴らしいこと、何一つしてやれなくて……ゴメンな」
――兄貴っ!!
その言葉はクルーイルがずっと言えずにいた言葉。
不安定でとても歪だった兄弟愛。
最後の最後で和解を見せ、結実したのだ。
「終わり?」
「ああ……殺れ」
その日、一人の戦士が、命を散らした――。
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