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Brotherhood
32話 窮地
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グラウト市、中央商店街通り――。
現在は緊急時の為、市民全員が避難し無人となっている。
安価な武具屋や胡散臭い骨董品屋が出店の様に建ち並ぶこの通りを、全速力で駆け抜けていたアウル。
西門広場方面に打ち上がった10ヤールト程の高さの火柱を目撃する。
(あれは――兄貴の術……! じゃあないか……)
――アウルは王宮前広場でエレニドに問い詰められ自己嫌悪に陥り、ここまでの間に後悔の念を何度募らせてきただろうか。
頭の中では既に兄の安否以外考えることができず、頼りなさげに握る片手剣の鞘の中身を確認する余裕すらなかったのだ。
(早く、急がなきゃ兄貴が……!)
不安定な精神のまま、奔走する少年。
脇目も振らず、ただただ全力で駆け続ける――。
◇◆◇◆
(今の火術は……?)
アウルからは約1ミーレ後方を走るサクリウス。
ビスタの放った『クアドレイド・プロミネ』を、彼も走りながら視界に捉えていた。
(ワインの奴、もう着いたっていうのか? いや、それはありえねー。ウチらの中に信号での伝達を怠るマヌケなんていやしねーし……一般兵の誰かか?)
再び考え込んでしまうサクリウスだが、先程ワインロックに諭された事を思い出す。
(……ここでまた考えちまったらダメだな。今はとにかく急がねーと!)
そう思考をリセットした彼は、走る勢いを落とすことなく広場へと急行した。
◇◆◇◆
二本の火柱――おまけに二回目は従来の物とは違い、真下からのもの。
完全に虚をつかれる形となってしまったクルーイル。
しかし体に染み付いた感覚だけで反射的に回避し、なんとか一命は取り留めていた。
「はぁっ、はぁっ……ッ!」
煤けている石畳から数ヤールト離れた位置。
地面にうつ伏せる形での不格好な着地となってしまったが、避けきれればそれでいいのだ。格好など問題ではない。
「くっ……!」
更に襲い来るであろうビスタの火術に備え、彼は起き上がろうとする。
しかし、ある違和感に気付く。
(なんだ、この感覚は……?)
何故か、上手く立ち上がることが出来ない。
炎剣による左腕の抉れた火傷の痛みを堪え、二本の腕で上体だけを起こす。
振り返り、自身の下半身に目を配ったがそこには――。
「ウソ…………だろ?」
口から零れるは驚嘆。
彼のその視線の先には。
足首から先が欠損した左足。
膝から下が存在しなくなった右脚。
「うっ、うわああああああああ――っ!」
傷口が焼け焦げていたので、出血はさほどでも無い。
しかし、無惨な姿に変わり果てた自身の両足を認識した彼の脳内へ、痛みと恐怖心が一同に襲い掛かる。
「あはははははははははははははははははははははは――クルーイルぅ、何だよその情けない姿は?」
消し飛んだ両足を見て悲鳴を上げるクルーイルに向かい、狂ったように高笑いを上げるビスタ。
クルーイルは強固な意志を携えてこの戦いに臨んでいたが、それは遂に決壊。
圧し殺していた恐怖心が鉄砲水の如く爆発的に溢れ出す。
一方でビスタは左肩から先を切断され、絶え間なく鮮血を垂れ流したままだ。
喚き散らすクルーイルとほぼ同程度の負傷なのにも関わらず、取り乱す姿を微塵も見せていない。
徐々に迫り来るビスタに対し、腕の力だけを使い匍匐前進で逃げ惑うクルーイルだが、歩くスピードには到底敵う筈もなかった。
その上、辺りは火の海で囲まれていたので逃げ場は殆ど残されていない。
案の定、炎の壁とビスタに挟まれる形に追い込まれてしまうのだ。
炎に背を向け、怯えるクルーイルの前に佇むビスタ。
残った右手で長剣を鞘から引き抜き、ニヤニヤと笑みを浮かべながらゆっくりと口を開く。
「どうしたんだよクルーイル。さっきまでの落ち着きはどこに行ったのかなぁ?」
「いやだ、死にたくない……! 死にたくない……! 死にたくない……!」
ビスタの問い掛けに対し、無視をするように自分の感情だけを主張し続けるクルーイル。
いつも小綺麗にセットされていた金髪は汗と熱波で散らかり、砂埃と煤で顔と服は汚れ、涙と鼻水で濡らしたその表情。
羨望を集めてならなかったかつてのエリートとしての威厳は、最早消え失せていた。
「怖いかい? 怖いよね? 安心してよ。楽に死なせてあげるからさ……」
意地の悪さを含んだ優しい声色。
剣先を、目の前で怯え竦む男の左胸へと突き付ける。
心臓に向けて無慈悲に突き付けられた刃。
クルーイルは何を思う。
――死にたくない!
――死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない……!
――誰か……誰か……助けて……!
――誰でもいい……誰でもいいから…………!
口から発する命乞い同様、慈悲を求める言葉。
そればかりをただ巡らせ、懇願するのみ。
そんなクルーイルの訴えを聞く耳など、ビスタが持ち合わせているわけもなく。
そのまま剣を握る手に力を込め――。
「兄貴――!」
「っ!?」
突然の第三者の声に驚くビスタ。
汚辱にまみれた顔色のクルーイル。
両者が同時に振り向いた先には、息を切らしながら広場の入り口に立つアウルだった――。
現在は緊急時の為、市民全員が避難し無人となっている。
安価な武具屋や胡散臭い骨董品屋が出店の様に建ち並ぶこの通りを、全速力で駆け抜けていたアウル。
西門広場方面に打ち上がった10ヤールト程の高さの火柱を目撃する。
(あれは――兄貴の術……! じゃあないか……)
――アウルは王宮前広場でエレニドに問い詰められ自己嫌悪に陥り、ここまでの間に後悔の念を何度募らせてきただろうか。
頭の中では既に兄の安否以外考えることができず、頼りなさげに握る片手剣の鞘の中身を確認する余裕すらなかったのだ。
(早く、急がなきゃ兄貴が……!)
不安定な精神のまま、奔走する少年。
脇目も振らず、ただただ全力で駆け続ける――。
◇◆◇◆
(今の火術は……?)
アウルからは約1ミーレ後方を走るサクリウス。
ビスタの放った『クアドレイド・プロミネ』を、彼も走りながら視界に捉えていた。
(ワインの奴、もう着いたっていうのか? いや、それはありえねー。ウチらの中に信号での伝達を怠るマヌケなんていやしねーし……一般兵の誰かか?)
再び考え込んでしまうサクリウスだが、先程ワインロックに諭された事を思い出す。
(……ここでまた考えちまったらダメだな。今はとにかく急がねーと!)
そう思考をリセットした彼は、走る勢いを落とすことなく広場へと急行した。
◇◆◇◆
二本の火柱――おまけに二回目は従来の物とは違い、真下からのもの。
完全に虚をつかれる形となってしまったクルーイル。
しかし体に染み付いた感覚だけで反射的に回避し、なんとか一命は取り留めていた。
「はぁっ、はぁっ……ッ!」
煤けている石畳から数ヤールト離れた位置。
地面にうつ伏せる形での不格好な着地となってしまったが、避けきれればそれでいいのだ。格好など問題ではない。
「くっ……!」
更に襲い来るであろうビスタの火術に備え、彼は起き上がろうとする。
しかし、ある違和感に気付く。
(なんだ、この感覚は……?)
何故か、上手く立ち上がることが出来ない。
炎剣による左腕の抉れた火傷の痛みを堪え、二本の腕で上体だけを起こす。
振り返り、自身の下半身に目を配ったがそこには――。
「ウソ…………だろ?」
口から零れるは驚嘆。
彼のその視線の先には。
足首から先が欠損した左足。
膝から下が存在しなくなった右脚。
「うっ、うわああああああああ――っ!」
傷口が焼け焦げていたので、出血はさほどでも無い。
しかし、無惨な姿に変わり果てた自身の両足を認識した彼の脳内へ、痛みと恐怖心が一同に襲い掛かる。
「あはははははははははははははははははははははは――クルーイルぅ、何だよその情けない姿は?」
消し飛んだ両足を見て悲鳴を上げるクルーイルに向かい、狂ったように高笑いを上げるビスタ。
クルーイルは強固な意志を携えてこの戦いに臨んでいたが、それは遂に決壊。
圧し殺していた恐怖心が鉄砲水の如く爆発的に溢れ出す。
一方でビスタは左肩から先を切断され、絶え間なく鮮血を垂れ流したままだ。
喚き散らすクルーイルとほぼ同程度の負傷なのにも関わらず、取り乱す姿を微塵も見せていない。
徐々に迫り来るビスタに対し、腕の力だけを使い匍匐前進で逃げ惑うクルーイルだが、歩くスピードには到底敵う筈もなかった。
その上、辺りは火の海で囲まれていたので逃げ場は殆ど残されていない。
案の定、炎の壁とビスタに挟まれる形に追い込まれてしまうのだ。
炎に背を向け、怯えるクルーイルの前に佇むビスタ。
残った右手で長剣を鞘から引き抜き、ニヤニヤと笑みを浮かべながらゆっくりと口を開く。
「どうしたんだよクルーイル。さっきまでの落ち着きはどこに行ったのかなぁ?」
「いやだ、死にたくない……! 死にたくない……! 死にたくない……!」
ビスタの問い掛けに対し、無視をするように自分の感情だけを主張し続けるクルーイル。
いつも小綺麗にセットされていた金髪は汗と熱波で散らかり、砂埃と煤で顔と服は汚れ、涙と鼻水で濡らしたその表情。
羨望を集めてならなかったかつてのエリートとしての威厳は、最早消え失せていた。
「怖いかい? 怖いよね? 安心してよ。楽に死なせてあげるからさ……」
意地の悪さを含んだ優しい声色。
剣先を、目の前で怯え竦む男の左胸へと突き付ける。
心臓に向けて無慈悲に突き付けられた刃。
クルーイルは何を思う。
――死にたくない!
――死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない……!
――誰か……誰か……助けて……!
――誰でもいい……誰でもいいから…………!
口から発する命乞い同様、慈悲を求める言葉。
そればかりをただ巡らせ、懇願するのみ。
そんなクルーイルの訴えを聞く耳など、ビスタが持ち合わせているわけもなく。
そのまま剣を握る手に力を込め――。
「兄貴――!」
「っ!?」
突然の第三者の声に驚くビスタ。
汚辱にまみれた顔色のクルーイル。
両者が同時に振り向いた先には、息を切らしながら広場の入り口に立つアウルだった――。
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