PEACE KEEPER

狐目ねつき

文字の大きさ
上 下
26 / 154
Brotherhood

25話 エレニド・ロスロボス

しおりを挟む
 エレニド・ロスロボスの人となりについて少しだけ触れよう。

 彼女の学士時代は、クルーイルに比べると素行に少々の問題はあったが成績自体は良く、同修生からは文武両道の才女として謡われていた。
 卒業後は志願せずともゼレスティア軍からスカウトを貰う程に優秀であったという。

 そんな順風満帆な人生を歩んでいた彼女だが軍に入隊後、左目の視力が突然失われるという奇病を患ってしまう。
 片目ではまともに戦えるわけもなく、エレニドは視力が元通りになるまで療養を強いられた。
 当然戦線への復帰を考えていたエレニドは、ゼレスティア中の名医に診てもらい、あらゆる手を尽くしてどうにか治療をしようと試みる。

 しかしどの医士からも『治る見込みが無い』と診断をされ、17歳という若さで軍を除隊することに。

 そして早すぎるセカンドライフの選択先として彼女が選んだのは――鍛冶士。

 当初は武具職人としての経験も知識も殆ど無い彼女に対し、現役で働く他の鍛冶士連中からは懐疑的な目を向けられていた。
 しかし、齢が19を迎える頃にはグラウト市でもトップクラスの実力を誇る鍛冶士として名を上げ、一人前の証となる自分の店を構える程にまで上り詰めたのであった――。


◇◆◇◆


 先程まで楽しそうに談笑していたエレニド。
 しかし、唐突すぎるクルーイルの相談に顔をしかめる。

「――アタシに、そいつの剣を作れって?」

 そう聞き返した彼女は、クルーイルのやや後ろに居たアウルへ威圧をするように睨みつける。
 右目から発せられる眼光の鋭さにアウルは思わず萎縮し、つい目を逸らしてしまった。

(こ、怖いよこの人……。それにしても、兄貴は何を言うのかと思えば俺の剣を作ってくれだなんて……。急にどうしたんだろう?)

 蛇に睨まれたカエル――の如く、身を竦ませてしまっていたアウル。
 しかしクルーイルは『堂々としろ』とでも言わんばかりに無理矢理隣に立たせ、エレニドへ言葉を返す。

「ああ、コイツが学園を卒業するまでに作ってほしい。金ならお前の言い値を払おう」

「!?」

 二者一様に驚くアウルとエレニド――。
 アウルも兄に何かを言いたがっていたが、エレニドが先に口を開く。

「クルーイル、話の順序を間違えてないか? そもそもソイツは何者で、なぜ剣が必要なのかを説明しな」

 エレニドは少しだけ苛々とした口調。
 するとカウンターの引き出しから紙を捩った手製の煙草のようなものを取り出し、それを咥えながら蝋燭で火をつける。

「……そうだったな。では話すが、コイツの名前はアウリスト。5つ歳が離れた俺の弟だ」

「へぇ、アンタに弟がいるのは知ってたけどソイツとはね……。それで?」

 少しだけ意外そうな表情で再びアウルを見やり、理由について説明を求めるエレニド。
 クルーイルも伝える内容を既に頭の中で考えていたらしく、すぐに説明を再開する。

「理由の方だな……。コイツの実力はピースキーパー家の後継ぎとして、現時点ではまだまだだ。だがいずれは俺を超えて、親父のような戦士になると保証する」

「で?」

 巻き煙草を噛むように咥えながら簡素に聞き返すエレニド。
 発せられる威圧感に少しも臆することなく、クルーイルは続ける。

「お前が、客の実力が伴わない限り特注を受け付けないというスタンスの鍛冶士なのは知っている。よって俺は、これからコイツが学園を卒業するまでに、お前が作る剣に恥じないレベルにまで鍛え上げるつもりだ。だからエレニド、頼む。剣を作ってくれ!」

 そう述べた直後、クルーイルは頭を深々と下げた。
 プライドが高い彼の頭を下げる姿は、エレニドは勿論、実弟であるアウルですら見たことが無かった。

「お、お……お願いします!」

 アウルも兄に倣い、慌てて頭を下げる。
 しかしエレニドは一瞥もくれず、口から紫煙を吐き出すだけ。


「……それで? 普段頭を下げることなんて殆ど無いアンタがそれをすることによって、アタシの意欲を湧かせられるとでも思ったのか? だったら浅はかすぎるな」

「そういうつもりではない! 信頼できるお前にしか頼めないんだ! 頼む……!」

 冷たく言い放つエレニドに対しクルーイルは頭を下げて食い下がり、懇願をする。
 しかしその熱意も空しく、呆れ返ったエレニドがカウンターから立ち上がるとそのまま翻り、黒いカーテンがかかったバックヤードの方へと向かった。

「他を当たるんだね。いくら同修生のよしみからのお願いでもアタシは自分のスタンスを曲げるつもりはない」

 カーテンを捲りそう言い残したエレニドは、そのまま店の奥へと消えていった。



「……出よう、アウル」

 少しの間訪れた静寂の後。
 屈んでいた上半身を元の位置へと戻し、踵を返したクルーイル。

「うん……」

 アウルも兄に続いて店を後にした。


◇◆◇◆


「――兄貴、色々と聞きたいことあるんだけど……いい?」

 人混みで賑わう雑踏の中。
 アウルは先を歩くクルーイルの背中に問いかけた。
 短時間ではあったが、エレニドとの邂逅によって生まれた幾つかの疑問を、店を出てからアウルは兄にぶつけるつもりでいたのだった。


「どうして、俺の剣を作らせようとしたの?」

 クルーイルの足がピタリと止まり、振り返る。

「……卒業祝いだ。お前は親父に教わってないから知らないかもしれんが、ピースキーパー家はフラウシェルの息子の代から、16歳になった暁に親から剣を授かるのが伝統になっているんだ」

 理由を聞いたアウルは、クルーイルの返答へ被せるよう逸り気味に口を開く。

「だから兄貴が親父の代わりに剣を……ってこと?」

「まあ、そういうことだな。本当なら親父からもらった剣をそのままお前に渡しても良かったんだが……魔神との戦闘で破壊されてしまってな。それに、せっかくならお前もオーダーで造ってもらった新品がいいだろ?」


 苦笑混じりにクルーイルはそう説明するが、彼の本来の目的は『アウルに剣を授ける』ことではなく、『アウルを親衛士団に入団させる』ということ。
 卒業までには少なくともエレニドに認めてもらえる程にアウルを鍛えなければいけない、という自分自身への発破の意味合いも込めて、今回の相談を彼女へと持ちかけたのだ。

 そんなクルーイルの狙いなどアウルは当然知る由もなく、質問を続ける。



「それとさっき、俺を卒業までに鍛え上げるって言ってたけど、それって……」

「もちろん、本気だ。俺が納得できるレベルにお前が育つまで、明日の放課後から毎日訓練をしてやる。逃げるなよ、アウル」

「……!」

 兄のその言葉を聞き、アウルは声に出して喜びたい気持ちを抑えた。
 待ち受ける訓練の辛さよりも、兄とこれからも一緒に過ごせるという嬉しさの方が上回った。これでようやくアウルは、兄との和解が達成できたことを実感できたのだ。
 ピースキーパー家の後継問題はひとまず置いといて、和解できたことを今は純粋に喜ぼう。とアウルは思い、笑顔でクルーイルに応える。

「逃げないよ。兄貴も、手抜かないでね」


「フ……お前は誰に向かって言って――」


 クルーイルが語尾を言い終える直前。
 夜分だというのに、西門方面から大きな鐘の音がけたたましく鳴り響く。


「これは……!」

 4ヤールト大の巨大な鐘は各地区に4つずつ、それぞれの門の側に設置されている。
 そしてこの鐘が鳴らされるタイミングは、全部で4つのパターンがあった。

 4つの内の3つは時報としての役割を果たしていた。
 午前6時・正午・午後6時と、一日に三回は決まったタイミングで必ず鳴るのだ。



 そして滅多に鳴らされることのない残り一つのタイミングは――



『魔物や魔神がゼレスティア国内に侵入した場合』であった。
 
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

転生者、有名な辺境貴族の元に転生。筋肉こそ、力こそ正義な一家に生まれた良い意味な異端児……三世代ぶりに学園に放り込まれる。

Gai
ファンタジー
不慮の事故で亡くなった後、異世界に転生した高校生、鬼島迅。 そんな彼が生まれ落ちた家は、貴族。 しかし、その家の住人たちは国内でも随一、乱暴者というイメージが染みついている家。 世間のその様なイメージは……あながち間違ってはいない。 そんな一家でも、迅……イシュドはある意味で狂った存在。 そしてイシュドは先々代当主、イシュドにとってひい爺ちゃんにあたる人物に目を付けられ、立派な暴君戦士への道を歩み始める。 「イシュド、学園に通ってくれねぇか」 「へ?」 そんなある日、父親であるアルバから予想外の頼み事をされた。 ※主人公は一先ず五十後半の話で暴れます。

異世界をスキルブックと共に生きていく

大森 万丈
ファンタジー
神様に頼まれてユニークスキル「スキルブック」と「神の幸運」を持ち異世界に転移したのだが転移した先は海辺だった。見渡しても海と森しかない。「最初からサバイバルなんて難易度高すぎだろ・・今着てる服以外何も持ってないし絶対幸運働いてないよこれ、これからどうしよう・・・」これは地球で平凡に暮らしていた佐藤 健吾が死後神様の依頼により異世界に転生し神より授かったユニークスキル「スキルブック」を駆使し、仲間を増やしながら気ままに異世界で暮らしていく話です。神様に貰った幸運は相変わらず仕事をしません。のんびり書いていきます。読んで頂けると幸いです。

社畜の俺の部屋にダンジョンの入り口が現れた!? ダンジョン配信で稼ぐのでブラック企業は辞めさせていただきます

さかいおさむ
ファンタジー
ダンジョンが出現し【冒険者】という職業が出来た日本。 冒険者は探索だけではなく、【配信者】としてダンジョンでの冒険を配信するようになる。 底辺サラリーマンのアキラもダンジョン配信者の大ファンだ。 そんなある日、彼の部屋にダンジョンの入り口が現れた。  部屋にダンジョンの入り口が出来るという奇跡のおかげで、アキラも配信者になる。 ダンジョン配信オタクの美人がプロデューサーになり、アキラのダンジョン配信は人気が出てくる。 『アキラちゃんねる』は配信収益で一攫千金を狙う!

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

鑑定能力で恩を返す

KBT
ファンタジー
 どこにでもいる普通のサラリーマンの蔵田悟。 彼ははある日、上司の悪態を吐きながら深酒をし、目が覚めると見知らぬ世界にいた。 そこは剣と魔法、人間、獣人、亜人、魔物が跋扈する異世界フォートルードだった。  この世界には稀に異世界から《迷い人》が転移しており、悟もその1人だった。  帰る方法もなく、途方に暮れていた悟だったが、通りすがりの商人ロンメルに命を救われる。  そして稀少な能力である鑑定能力が自身にある事がわかり、ブロディア王国の公都ハメルンの裏通りにあるロンメルの店で働かせてもらう事になった。  そして、ロンメルから店の番頭を任された悟は《サト》と名前を変え、命の恩人であるロンメルへの恩返しのため、商店を大きくしようと鑑定能力を駆使して、海千山千の商人達や荒くれ者の冒険者達を相手に日夜奮闘するのだった。

貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン
ファンタジー
ブラック企業に勤めてたのがいつの間にか死んでたっぽい。気がつくと異世界の伯爵令嬢(第五子で三女)に転生していた。前世働き過ぎだったから今世はニートになろう、そう決めた私ことマリアージュ・キャンディの奮闘記。 ※この小説はフィクションです。実在の国や人物、団体などとは関係ありません。 ※2020-01-16より執筆開始。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります

内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品] 冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた! 物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。 職人ギルドから追放された美少女ソフィア。 逃亡中の魔法使いノエル。 騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。 彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。 カクヨムにて完結済み。 ( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )

処理中です...