PEACE KEEPER

狐目ねつき

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Liebe guard

08話 ピリムの不安

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「"イグニート"っ!」

 開いた両の手から勢い良く放たれたのは、数千度にも及ぶ火炎。
 燃えるという過程を飛ばしたかに見紛う程、炎は一瞬にして木人形を灰燼へと変えてみせた。


(ふう、今日はこんなもんで切り上げようかな。あまり無理すると“マナ・ショック”になりかねないしね……)

 魔術組で訓練を行っていたピリムは、額から流れる汗を首に掛けていた白いタオルで拭う。
 そんなピリムの背後から、一人の少女が声を掛ける。


「相変わらずすごいねー、ピリムの火術は」

「……アイネの光術ほどじゃないよ」

 声だけで判別し、振り向かずにピリムがアイネと呼んだ少女。

 真っ白な肌。腰まで長く伸ばした白金のように明るい髪。サファイアカラーの瞳。
 衣服も純白のローブと、瞳以外の全身が白に包まれた少女の名は、アイネ・ルス・リフトレイという。
 ゼレスティアでは珍しい、魔女族の血が混じった9修生だ。


「アイネはもう休憩?」

 ステンレス製の水筒に口を付けながら、ピリムは問い掛けた。

「うん。今日は軽く流す程度にしたかったからもう訓練は終わりかな~。でも、これから7修生の子達に光術のレッスンをするって約束があるんだー」

(さ、さすが優等生……!)

 驚きと同時に感心もするピリム。
 面倒見が良く、魔女族の血が多く混じる彼女は当然の如く魔術に秀でていた。
 そのため、この特別授業はいつも後輩の女学士から引っ張りだこになるのがアイネの日常だった。

「……そういえば、今日はピリムの仲良しコンビの姿が魔術組こっちに居ないようだけど、どこに行ったんだろうね?」

 辺りをキョロキョロと見回しながら疑問を唱えるアイネに、ピリムは飲んでいた水を噴き出しそうになる。

「あ、アイネ~? 仲良しコンビって誰と誰のこと言ってるの? まさかアウルとライカのことじゃないでしょうねえ?」

 アイネには悪気など微塵もなく、純粋に思ったことを口走ったのだろう。
 引きつった笑顔で聞き返すピリムのその言葉に対し、我慢が出来ずに腹を抱えて笑い始めてしまう。

「じ、自分から名前出すってことは、心当たりあるんじゃーん……。笑わせないでよピリム~」

 自ら墓穴を掘ったことに気付いてしまったピリムが『しまった』と言い、赤面する。

(……それはそうと、確かにアウルとライカあいつらがこっちに居ないのは変ね。あの二人にとって魔術組は絶好のサボり場だっていうのに……。まあ、でもあんな奴らどうでもいいわ。どうせ適当にどこかでサボってるんでしょ!)

 異変について思いを巡らせていたピリム。
 だが少女の元――というよりは魔術組が集う場に、一人の男学士が剣術組の方から走ってくる姿が見えた。

「剣術組でなにかあったのかな?」

「さあ……厄介事じゃないといいけど」

 息を切らす男学士に、ピリムが『どうしたの?』と訊く。

「み、みんな! トーナメント……! アウルとライカの試合がすごいことになってるんだ!」

「え……? なんでその二人が試合してるの?」

 耳を疑ったピリム。
 しかし、驚いているのは彼女だけではなかった。
 その場に居た9修生全員が、同様の反応を示していたのだ。
 普段のアウルとライカの性格と間柄を知っている学士達からすれば、二人が剣術組に顔を出す事自体が珍しく、あまつさえトーナメントにまで参加。
 更に言えばその二人が試合をしているとなれば驚くのも無理はない。

「と、とにかく見たい奴は来いよ! 試合時間が3分しかないから、早く行かないと終わっちゃうぞ!」

 それだけを言い残すと、男学士は慌てて剣術組の方へと駆け戻っていった。
 すると、興味を引かれた他の9修生達も彼を追うように駆け足で一目散に向かう。

「ピリムは行かないの? あの二人の事ならあなたが一番気になってるんじゃないの?」

 さっきのやり取りを思い出して、再び笑い出しそうになるアイネ。

「もう、アイネったらまたそういうこと言うんだもん。アタシは……行く、つもりだけど、アイネも一緒に行く?」

 自分の意思を示し、逆に問い返す。

「んー、気になるけど……この子達に光術教えるって約束してたからパス、かなぁ。ピリムが私の分まで楽しんできてよ~」

 そう言ったアイネの後ろには、3人の女学士が不安そうな眼差しでこちらを見ていた。


「……そうだったね。わかったよ! 行ってくるね」

 その場を後にしたピリムに、アイネが手を振って見送った――――。


◇◆◇◆


「――随分な盛り上がりだねえ。それに、サクリウスがこんなに一人の学士に注目するのも随分と珍しいね」

 観戦するサクリウスの背後から、ワインロックが様子を見に訪れた。

「長ったらしい自分語りは済んだのかー、ワイン」

 一瞥もせずに返され、ワインロックは苦笑する。

「嫌だなあ、そんな皮肉たっぷりに言わないでよ。それで……サクリウスが注目してるっていうのはどの子だい?」


「んー? アイツだよ」

 サクリウスが顎をクイッと向ける。
 その方向にいる少年を確認したワインロックは、薄笑みを浮かべ――。

「ああ成る程ね、団長の……」


◇◆◇◆


(くっそぉ……全然掠りもしねえ! これだけ振り回してるってのになんで一撃も当たんねえんだ!)

 一心不乱に、闇雲に、バンブレードを振り回すライカ。
 アウルはその攻撃の殆どを紙一重で躱し、往なす。
 避けきれない一撃の場合は先刻のように柄で弾く。といった防御法をとり、敢えて刀身を使わないことで実力差を余分に見せ付けられているような気分に、ライカは陥ってしまう。

「…………っ」

 既にハイデンですら実況を挟む余裕すらなく、最初は盛り上がっていたギャラリーからも、徐々に歓声は途絶えていくのだった。


「えっ? どういうことなのコレ……?」

 試合場に辿り着いたピリムが状況の把握に戸惑う。
 すると、たまたま横に立っていたレスレイが掛けていた丸眼鏡を中指でクイッと上げ、口を開く。

「見ての通りだよピリムさん。ライカくんがかれこれ一分以上斬りかかっているんだけど、一撃もアウルくんに当たらないんだ」

「一分以上も……?」

 レスレイの説明を受け耳を疑ったピリムだったが、『そもそも何故この二人が戦っているんだろう?』という疑問が頭の中では引っ掛かりを見せる。
 しかしまずは試合の動向を見守ろうと決めたのであった。

(ライカのひどすぎる剣捌きにも驚きだけど……。何よ、あのアウルの動き! パパ同士が仲良かったからアタシが付き合いは一番長いけど、あんな実力を隠し持っていたなんて聞いてないわ……!)

 ピリムがそう分析したと同時に、実況のハイデンが思い出した様に腕時計へと目をやる。
 すると、丁度秒針が三周目に突入していた。

「に、二分経過しましたぁ! あと一分以内に決着がつかないと両者敗退になるぞー!!」

 時間経過を告げる義務があった為、致し方なくハイデンは叫んだ。



(―――っ!)

 二分の経過を告げる声と共に、アウルの目の色が変わった。
 そして身を躱しながらも、ライカに再度の敗北の宣言を要求した。

「ライカ、もういいでしょ。諦めて参ったって言ってよ」

「ぜってぇ言わねえよ!」

 剣を無茶苦茶に振り回しながら、ライカはそれを頑なに拒否した。
 そんな友人に対し、アウルの――。

「ライカ、参ったって言わないんだったら……」

 顔付きは変化を見せ――。


「……当てるよ?」


 突如として放たれる殺気に近い迫力。
 絶え間なく振り続けていた剣がピタリと止まり、ライカが戦慄とする。
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